悪人
要side
次の勝負が始まるのに、集中できない。
梅原くんの言葉に翻弄されて、余りの不快感からくる吐き気を抑えるのに精一杯だった。
それでも息を長く、数回吐き出すことで不安定な心を整える。
チップを1枚置き、梅原と同じく勝負に出る意思を示す(残りチップ=12)。
「私は……君を、絶対に許さない…‼」
「許さない…?その意味はわからないけど、良い目をするようになったね。誰にでも見せる笑顔よりも、その怒りに満ちた表情の方が、俺は好感が持てるな」
怒りを向ける理由は、クラスメイトを殺されたから。
内通者だとか、関係ない。
大切な仲間を奪われた。
その事実だけで、私の中で形容しがたい程の憤怒を抱いている。
それを向けられながらも、梅原くんは平静な態度を崩さない。
「さぁ、そんな素敵な君は俺を倒して……大切な大切な雨水蓮くんを、助けることができるかな?」
第2ラウンドが始まり、カードが配られる。
手札を見れば、♥、♠、♦の5のスリーカードがそろっている。
相手は手札を見るも、やはり表情が変わらない。
「……もう少しだけ、遊んでみるか」
小さな呟きだったけど、彼は今、この勝負を『遊び』と言った。
それが私の怒りという火に、油を注いだ。
だけど、感情に振り回されたら、相手の想う壺。
彼は私を怒らせて、楽しもうとしているように思える。
私には、白と黒で人の本質が判断できる能力がある。
梅原くんは黒だ。
それも底が知れない、静かな純黒。
こんな人、初めて見る。
「カード4枚、交換」
彼はチップを1枚置き、4枚のカードを審判と交換する(残りチップ=5)。
「私も2枚、交換します」
スリーカード以外の2枚を交換するけど、役はそろわなかった。
「良い役はそろったかい?」
「……どうだろうね」
それを悟らせないように、感情を押し殺す。
怒りすらも見せないために、話す言葉も最小限にとどめる。
「それじゃ、今回は奮発してみようかな。レイズ」
3枚のチップを置き、勝負に出る梅原くん(残りチップ=2)。
残りのチップの枚数を考えれば、慎重になるはず。
私に勝てると思うほどの、強い役ができているのかもしれない。
ここで降りれば、チップを2枚だけ、最小限の被害で済ませることができる。
「君が決断できるように、俺の役を教えてあげようか?」
時間が経てば、彼に話す隙を与えてしまう。
決断するのに、時間はかけていられない…‼
「コール‼」
私の出した決断は、勝負に出るコール。
それを聞き、梅原くんの言葉は止まる。
そして、互いの手札がオープンされた。
私のスリーカードに対して、梅原くんの役は――――揃っていなかった。
スリーカードに対して、ハイカード。
「第2ラウンド。勝者 和泉要」
彼のチップが移動し、私のチップは18枚。
残りチップは2枚しかないにも関わらず、梅原くんからは焦りを感じない。
どんな結果になろうとも、彼の表情に変化は見られない。
それが、とても不気味でしかない。
感情が見えない相手が、こんなにも恐ろしいなんて……。
私の方が有利のはずなのに、息をつくことができない。
心の余裕が掴めないままに、次の勝負が始まる。
「予告する。これが、君のこの対抗戦における最後の勝負になるよ」
それは挑発なのか、根拠のない自信なのかはわからない。
だけど、梅原くんは確かに最後と言った。
「それは、君の敗北って結果で終わるから……。敗北宣言かな?」
「どっちの意味かは、想像に任せるよ」
互いにチップを投げ、最後のゲームが始まる。
ルール上、残り1枚しかチップが無い彼は、手札を交換すればそれで終了。
対する私には、17枚のチップがある。
梅原くんが最後の1枚で勝負に出て、私が負けたとしても、失うチップは1枚だけ。
この勝負で全てが終わるって言っていたけど、その意味が理解できていない。
彼は一体、何を企んでいるというの?
手札が配られ、確認すれば♠の5~9のストレートフラッシュ。
相手が私よりも強い数字のストレートフラッシュか、ロイヤルストレートフラッシュでも出ない限り、敗北はありえない。
そして、梅原くんの動きを見れば、目を疑った。
彼は5枚のカードを、テーブルの上に置いたまま触っていない。
つまり、手札を見ていないと言うこと。
「……何を、しているの?」
「何って?逆に何もしていないよ。どっち道、この勝負で全てが終わるんだ。手札を見る必要もないだけさ。俺はこのまま、勝負するよ」
「だったら、私もこのままコールを―――」
「そのコールをする前に、君に伝えておかなきゃいけないことが在るんだ」
私がコールを宣言する前に、それを梅原くんは遮った。
「そんなことを言って、少しでも勝負を引き延ばすつもりかな?」
「そうかもしれないね。だけど、後悔する前に聴いておいた方が良いと思うよ?話題は、雨水蓮のことだ」
蓮の名前を出されれば、身体が一瞬強張った。
そして、それが彼の言葉を続けさせる間を与えてしまった。
「君がこの勝負に勝ったところで、雨水蓮を助けることはできないんだよ」
「……えっ……?」
目を見開き、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「何を…どうして!?だって、この対抗戦に勝てば、そのクラスの感染者の毒は治るって…‼」
「学園側が仕掛けた毒は、解毒されるだろうね」
含みのある言い方に、私の胸がざわつく。
これ以上聞きたくないと思っても、本能がそれを許してくれなかった。
「学園側の毒はって……どういうこと…?」
彼は私の問いに答える前に、ズボンから1つの小瓶を取り出してテーブルの上に置いた。
「雨水蓮……。彼には、この小瓶に入っている解毒剤でなければ治らない、もう1つの毒を仕込んだんだよ」
学園側の仕込んだものとは別の、もう1つの毒。
そんなものを、一体、何時…!?
私の疑問を見透かし、彼は事の経緯を話す。
「随分前に、男子トイレで彼と会う機会があってね?その時に仕込ませてもらったんだ。皮膚感染するもので、学園が使った物と同様遅延性のものだったからね。気づかなくてもしょうがないよ」
蓮は2つの毒に犯されていた。
その情報が、私の思考を鈍らせる。
「この毒もまた、最悪の場合死ぬこともあり得る。彼は今、他の感染者以上の苦しみを味わいながら、生死の境を彷徨っていることだろうね」
淡々と口にする梅原くんは、小瓶の蓋を持ち上げて目の前で軽く振ってみせる。
「俺に負けても、学園側の毒で死ぬ。だけど、君が俺に勝った場合も……条件次第では、僕は君にこの解毒剤を渡さないかもしれないね」
「ど、どうしたら、その薬をくれるの!?」
蓮を助けたい。
その気持ちだけが先走り、正常な思考ができないでいた。
私からの質問を待っていたかのように、彼は口角を上げた。
「簡単なことだよ。俺を君のAクラスに、移動させてほしいんだ。それを約束してくれるなら、この小瓶を君に譲ろう」
それは、悪魔の契約だった。
そして、私はこの取引を聞き、彼の目的がわかり始めた。
「君は……何のために、この場に居るの?Bクラスの勝利のために、クラスメイトのために、ここに座っているんじゃないの?」
「誰がそんなことを言ったのかな?俺を君のお花畑のような理想の、範疇に収めるのはやめてよ。君は気づいているはずだ。俺という存在が、どういうものなのか……」
自身の胸に手を当て、フッと笑みを浮かべた。
「俺は悪人だよ。君のような才能のある人間を尊び、敬い、崇拝する‼そしてぇ……」
先程まで爽やかな笑みが、段々と不気味なものに変わる。
「その先で、絶望の底に落ちて破滅していく姿を見るのが、何にも勝る快楽に感じるほどのっ……悪い人間なのさぁ‼」
尊ぶ心の先に、破滅を望む悪意の異常者。
それが、梅原改という男の本性。
そして、それを聞いた今、彼の不可解な行動が点と線で繋がり始める。
「君は私の絶望するところが見たいから……この場に来たって…こと?」
「その通りだよ、和泉要‼俺は君のその顔を見るためだけに、この場に来たんだ‼そして、これから先もぉ……君のような素晴らしい才能を持つ人間が、壊れていく姿を見たい‼」
そのためだけに、自分のクラスメイトを殺した。
そのためだけに、私のクラスメイトを殺した。
そのためだけに、蓮に毒を盛った。
私を破滅させるためだけに、彼は自身の欲望を満たすために…‼
高らかに自分の願いを口にした後、向けられるのは冷たい目だった。
「だけど……君は俺のような悪人の思惑に、まんまと乗せられてしまった。実につまらない人間だよ。親切心で言ってあげよう。俺が君のクラスに移動するのは、慈悲だ。ここから先、君のような人間が統率するクラスじゃ、この学園を生き残ることはできはしない」
尊敬とは真逆の、侮蔑を口にする梅原。
「この対抗戦というゲームにおいて、攻略する対象は1人だけだった……そう、たった1人だ。それは和泉要、君だけだった。君の思考を把握するだけで、ヌルゲーと化してしまった。他の有象無象も、君が居なければ取るに足らないクズばかりだったからね」
そもそもの標的が、私1人だった。
確かに私は、クラスメイトの実力が足りない分を補おうとしていた。
だけど、その分、自分の戦いの番になった時、思考力が低下していた。
思考力を事前に削られ、面と向かった対話で精神力を削られる。
全てが、梅原くんの手の平で踊らされていた事実に、やっと気づいた。
「君も疲れただろ?1人でクラス全員の信頼と期待を背負うのに。俺がそんなクラスを、変えてあげるよ。君には絶対にできない、悪人なりのやり方でね?」
彼は手を差しだし、契約の成立を求めている。
これは悪魔の取引。
だけど、この手を取らなかったら蓮はどうなるの?
助からないかもしれない。
今、2つの毒から彼を救うための手段は、この手を取るしかない。
それ以外の選択肢が、見当たらなかった。
未来のことを考える余裕も、無い程に。
そして、私は全ての思考を放棄して――――その手を握っていた。
「……お願い……します…‼」
それが意味することは、間違いなく降伏だった。
だけど、彼は手を握られたことに満足して、審判に目を向けて言った。
「審判。Bクラスの梅原改は、この対抗戦から降ります。Aクラスに投降します」
その宣言を聞き、審判は結果を伝えた。
「Bクラス 梅原改のサレンダーにより、勝者はAクラス 和泉要。対抗戦勝者は、Aクラスです」
結果として、対抗戦に私たちはAクラスはBクラスに勝利した。
だけど、私は…私たちAクラスは梅原改に負けた。
彼という悪人を受け入れることで始まるのが、どんな未来になるのかはわからない。
それでも、明るい未来なんて想像もできなかった。
彼は自分の悪人としての本性を現した上で、その存在を受け入れる以外の選択肢を潰していた。
「ごめん…なさい…‼ごめんなさい……ごめんなさい‼」
私はテーブルに項垂れ、涙を流しながら何度も謝った。
そんな情けない姿を見下ろし、梅原くんは悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
そして、泣き崩れる私の前に、小瓶を置いて行ってしまった。
「じゃあね、Aクラスの元リーダーさん?」
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梅原改の本性が表された。
彼は魅力的な悪人になれるかどうか……。




