心を削る戦い
要side
4回戦が終わり、私たちAクラスとEクラスの対抗戦は残す所、5回戦目『自由決闘』のみになった。
ここまで、Aクラスは1回戦『オセロ』と2回戦『将棋』は勝利することができた。
だけど、後の2つの戦い、『囲碁』と『花札』はギリギリの所で敗北している。
どの戦いも、私が得意とするゲームだった。
対戦者としてクラスのみんなを頼ったけど、最終的には私の介入行為で勝利を収めている。
だけど、この勝負はそう単純なものじゃない。
対抗戦には、蓮の命がかかっている。
絶対に負けられない。
それは裏を返せば、私たちが勝利するってことは、Bクラスの誰かが命を落とすと言うこと。
そのプレッシャーから、1つ1つの対戦が終わる度に身体的、精神的に大きな疲弊を感じている。
だけど、次の自由決闘で勝たないと、蓮は毒によって……。
ここに来る前、最後に彼に会いに行った時には呼吸が荒く、苦しそうだった。
あんな状態から、少しでも早く解放してあげたい。
勝たないといけない。
その気持ちだけが、先走っていく。
「第5回戦『自由決闘』。参加選手 和泉要。ご案内に上がりました」
「あ、はい!今、行きます」
案内人の言葉で、ハッと我に返った。
そっか、もう私の出番なんだ。
「大丈夫?心、ここに在らずって感じだったけど」
近くに居た、南波和美ちゃんが声をかけてくれた。
「だ、大丈夫!次で最後だもん。結果は五分五分だし、私が何とかしないと」
「……そうだよね。次で最後…だしね」
和美ちゃんは何か言いたげな顔をしていたけど、その前に周りから声をかけられる。
「何を心配してんだよ、南波。和泉さんなら、必ず勝つに決まってるだろ?」
「後半の2つの対戦に負けたのだって、向こうを油断させるためだったんでしょ?本当に策士だよねぇ~」
「そーそ。ここで逆転勝利って演出まで考えてるなんて、本当に頭が上がらないよ」
みんなの中で、私の理想像が勝手に作り上げられている。
本当は、そんなんじゃない。
前半の方までは、まだ集中力があった。
だけど、1つ1つの戦いに介入行為を繰り返すうちに、集中できなくなっていく自分が居た。
それほどまでに、向こうの対戦相手はみんな強かったから。
こっちの対戦者が、すぐに追い込まれるほどに。
「頑張ってね、和泉さん」
私を応援する声が耳に届く。
「絶対に勝ってくれるって、信じてるから!」
勝利を信じている声が聞こえる。
「和泉さんなら、何とかできるもんな!」
「なんたって、俺たちのリーダーなんだしさ」
「私たちみんな、和泉さんのおかげでここまで来れたんだからね!」
全ての声援が……重く感じる。
もう、この場に居たくないと思えるほどに。
「うん、みんな、ありがとう!行ってくるね!」
精一杯の笑顔で、みんなに手を振って対戦の場に足を進めた。
自由決闘の内容は、未だに明かされていない。
だけど、どんな対戦になるとしても勝たないといけない状況は変わらない。
みんなの、私に寄せる期待の眼差しと声がフラッシュバックする。
「絶対に……勝たなきゃ。私はみんなの、リーダーなんだから」
この時の私は、あらゆるプレッシャーに飲まれそうになっていた。
大切な人の命と他の誰かの命を、天秤にかけなきゃいけないこと。
クラスのみんなの期待に、応えなきゃいけないこと。
そして、和泉家の人間としての重圧。
その全てを抱えながら、あらゆる感情が入り混じって、ある言葉を無意識に呟いていた。
「……気持ち悪い」
ーーーーー
第5回戦の対戦場は、中央にテーブルが用意されているだけの簡素な作りになっていた。
気にし過ぎなのか、少し空間全体が薄暗く感じる。
その場には、既に対戦相手がテーブルの前で座っている。
少し長い緑髪をしていて、前髪にコンコルドを挟んでいる細身の男子。
あれ…?この人、さっきの集合場所に居たっけ?
彼は私が入室したのを見て、軽く手を挙げて声をかけてくる。
「やぁ、和泉要さん。君と戦わせてもらえるなんて、光栄だね」
「ど、どうも……。えーっと、梅原くん……だよね?」
記憶を頼りに名前を確認すれば、相手は頷いてくれた。
「嬉しいよ、俺みたいな凡人の名前を知ってもらえているなんて。君のような素晴らしい才能を持った女性の前だと、少し緊張しちゃうな」
爽やかな笑みを浮かべているけど、私にはそれが嫌なものに感じる。
何だろう……この、ドロッとした感覚。
梅原くんの口にする言葉が、ベットリと身体に染みつくような気持ち悪さ。
これも、私が疲れているから感じる不快感なのかな。
彼と対面する形で席に着けば、仮面を着けた審判員が近づいてはテーブルの中央にトランプのデッキを置いた。
「第5回戦『自由決闘』。Aクラス対Bクラスにおいては、和泉様と梅原様の性質を考慮し、ポーカー勝負に決定いたしました」
そう言って、10枚ほどのチップを束が2つ、私と梅原くんに用意される。
ポーカー。
配られるカードは5枚であり、入れ替えることができるのは1ゲームに1回だけ。
相手よりも強い役を作れば、勝利できるシンプルなルール。
だけど、そこにチップが加わると奥深さが増す。
レイズ、コール、フォールドのシステムが追加され、心理戦が繰り広げられる。
例え弱い役だったとしても、チップを上乗せしていけば、相手に『敵は強い役ができている』と思わせて勝負を降りさせることもできる。
チップの積み方によって、相手の心を揺さぶれる。
心の強さが試される勝負と言っても、過言じゃない。
「ラウンドは5回。相手より多くのチップを獲得された方が勝利となります。仮にラウンド5を迎える前に、どちらかのチップが0になった場合も敗北となります。お気をつけて」
簡単なルール説明が終わり、私と梅原くんに5枚ずつカードが配られる。
手札のカードを確認すれば、♠と♥の2と♥と♧の9でツーペア。
悪くない役だと思う。
私の父はアメリカでギャンブルを嗜む男だった。
精神を鍛える遊びとして、よく相手をしてもらった。
私の勝負での精神力は、こういう遊びを通して育まれていた。
父には数回しか勝ったことはなかったけど、同年代の男の子に負けるほどの鍛え方はしていない。
梅原くんの表情を見れば、貼りついた笑顔に変化は見られない。
「まずは参加料として、チップを1枚払うんだっけ」
そう言って、チップを1枚投げる(残りチップ=9)。
私も自分のチップを1枚置き、勝負を始める(残りチップ=9)。
「先攻は譲るよ。好きなだけ賭ければ良いさ」
梅原くんの余裕な態度であり、役に自信があるのかもしれない。
でも、勝負に出ないと結果はわからない。
ツーカードは決して悪い役じゃない。
「カードの交換はなしでチップを2枚、レイズ」
チップを2枚前に出し、賭けに出る(残りチップ=7)。
それに対して、彼は「ふ~ん」と鼻を鳴らす。
「様子見の2枚レイズかな。慎重だね。自信が無いのかな」
「そう思わせて、手堅くいくスタイルかもしれないよー?」
「それもあるね。いやぁ~、この勝負は恐いことになりそうだ」
そう言いながらも、彼は1枚チップを前に出した。
「カードを2枚、交換で」
カードを2枚、審判の持つデッキのカードと交換する。
すると、手札の役を見て一瞬だけ険しい表情をしたように見えた。
交換は失敗した?
判断はつかないけど、笑みは消えている。
「コール」
そう言って、私の賭けたチップと同じ数になるようにチップの投げた(残りチップ=7)。
そして、勝負が成立したことで互いの手札が開示される。
私は♠と♥の2と♧と♥の9のペア。
対する梅原くんは、♧と♦の3と、♦と♠の8のツーペアだった。
結果として、同じツーカードでも私の方が数字として大きいペアがそろっていた。
「ラウンド1。和泉様の勝利となります」
梅原くんのチップが、私の方に移動する(残りチップ=13)。
悪くない出だしだけど、危ない勝利だった。
このまま、順調にいけばいいけど。
「そう言えば、君が何で俺のことを見て一瞬固まったのか。当ててあげようか?」
「・・・え?」
入った瞬間の、小さな表情の変化に気づいたっていうの?
バレてないと思ってたのに。
「雑談をしている余裕が、君にあるのかな?」
「余裕が無いから、談笑でもして気分を紛らわしたいんだよ。ほら、残りチップ7枚だし」
苦笑いしながら残りのチップを見せつつ、流れで彼は予想を口にした。
「俺があの集合場所に居たかどうか。その答え合わせをしてあげるよ。正解は……」
梅原くんは私の疑問を当て、その真相を話した。
「残念ながら、あの場に俺は居なかったんだよね。さっき急遽、元の参加者と入れ替わって、この場に参加しているってわけ」
「急遽って……その参加予定だった人は、体調でも壊したの?」
考えられる可能性として予想を口にすれば、彼は「うーうん」と否定しては笑顔で首を傾けた。
「本当は君とは接触する気はなかったんだけど、気分が変わったからさ。大事な予定を終わらせてから、直接君と戦いたかったんだ。そのために、そいつには死んでもらって、俺が入れ替わったんだ」
人を殺したと、彼は平然とその事実を口にした。
「死んだって……殺したって、こと?冗談……だよね?」
「いや?冗談じゃなくて、事実だよ。だって、俺が交代してほしいって言っても、そいつ……高坂って言うんだけどさ、彼はプライドが無駄に高くて、説得するのも面倒だったから、消えてもらったんだよ」
声音は変わっておらず、まるで友達とお茶をする時のように、自然な感じで話している。
凶悪殺人犯のように自慢するようにでも、行いを後悔して懺悔するようでもない。
それが、さも当然のことのように言う梅原改という男に対して、私は言葉を返せなかった。
「君は……人を殺すことに対して、何も感じないの…!?」
「何も…?君は何を、おかしなことを言ってるんだい?だって、ここはそういうことが許される学園でしょ?戦略を練るなら、人の命を奪うこと、そして……奪われることも、視野に入れなきゃね」
ここは、弱肉強食の学園。
人の命は私が入学してからも、いくつも失われている。
そのことを知っているし、Aクラスにも亡くなった人は居る。
その事実を重く受け止めているはずなのに、今までとは違うプレッシャーを感じている。
目の前に、殺人を肯定する相手が居る。
現実を受け入れたくない気持ちで、精神的に追い詰められる。
それにさらに、彼は追い打ちをかけてくる。
「さっき、君は俺が話の中に含めた、ある違和感に引っ掛かりを覚えたはずだ。聡明な君のはずだ。聞き逃さないはずがない……。俺が終わらせた『予定』。これが何なのか、疑問に思っただろ?」
彼は確かに、予定を終わらせたと言った。
それも、大事な予定と。
「一体……何をしていたって……言うの…!?」
彼の言う疑問に促されるように、私は気づいたら問いかけていた。
それを想定していたかのように、貼りついた笑みが、不気味な満面の笑みに変わった。
「君にとっては朗報だよ。Aクラスの内通者……小山内和利。彼は俺が処刑しておいたからさ♪」
小山内くんの死。
それが耳に届いた瞬間、全身が震えた。
「嘘……」
「残念ながら、この状況で嘘はつかないよ。俺は正直者だからね」
私の中で大きな動揺が広がる中で、梅原くんはチップを1枚投げた(残りチップ=6)。
「さて、気分転換の雑談も終わりにしようか。第2ラウンドを、始めようよ」
信じられない。
目の前に居る相手は、本当に人間なの…?
私の中で負の感情が、大きく渦巻いていった。
それでも、この対抗戦は未だに終わらない。
この悪夢のような時間は、まだ続く。
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梅原改という悪魔の恐ろしさが、明かされていく。




