己を賭けた戦い
恭史郎side
時間は現在に戻る。
案内人の後に続き、対戦の場に向かう際中のことだった。
視線の先に、今回の天敵とも呼べる女が立っていた。
木島江利だ。
奴は俺のことを見つけてはまっすぐに敵意をぶつけ、目尻を吊り上げている。
2人の間の距離が縮まっていくにつれて、緊迫感を覚える。
しかし、俺は一言も言葉を交わさず、木島の横を無言で通り過ぎた。
「……残念ですね。前のあなたであれば、勝利を確信した時はくだらない挑発をしてくる、面白い男でしたのに」
「おまえを失望させたなら、光栄だ。つまらねぇ男になっただろ?」
顔を横に向け、口角を上げて笑みを見せる。
そして、案内人が足を止めたところで「5分待ってくれ」と頼む。
すると、向こうは時計を見ては時間に余裕があったのか、無言で承諾した。
「この対抗戦において、疑問点がいくつかありますが……。どうして、自由決闘の対戦相手が、あなたなのでしょうか?」
「当然の疑問だな」
身体を相手に向け、顎を引いて木島と対話する。
「本来なら、この場に立っているのは磯部だった。それが、おまえたちの筋書きだったんだろ?だが、既にこの対抗戦において、俺たちとおまえらとの勝負は、最初から崩壊していた」
「……全てを見透かしていると言いたげですね」
「言いたげ?状況が物語ってるだろ?だから、おまえは焦って4回戦目にして、この自由決闘を発動した。入念に準備した計画が、自分の想い通りに進まない。それで焦るのは、俺も経験したことがあるからなぁ」
人の振り見て我が振り直せじゃないが、今の木島を見ているとわかる。
計画が崩れたことで動揺し、怒り、焦り、持てる手段を全て使おうとする。
そこに冷静さなど、欠片も無い。
こんな状態で、あの時の俺はあの男に勝とうとしていたのか。
無茶にも程があったってわけだ。
「言っておくが、磯部は体調不良で俺に交代した。この対抗戦は、対戦種目を事前に決めることは強制しているが、選手の変更はできないなんてルールは無かったんでな」
「体調不良?対抗戦の参加予定者が、全員なんてことが…‼」
ほらな、焦って怒りに任せるから、愚か者はボロを出す。
「全員?……何でてめぇが、うちのクラスの参加予定者が、全員代わっていると思ったんだ?それは、おまえがEクラスの参加予定者を知っているって仮定しなきゃ、成立しない言葉じゃねぇか」
「っ…‼」
木島は目を見開き、言葉を詰まらせる。
こいつの言っていることは、事実だ。
俺は今日、対抗戦の参加予定者を全員、体調不良と言う理由で入れ替えさせた。
事前に登録していた参加選手を、腹痛、頭痛、発熱などの適当な理由で不参加にさせ、対抗戦に適したメンバーを配置した。
あのまま、木島が予定していたメンバーで参加していたら、Eクラスは惨敗していたに違いない。
無論、ただで入れ替えることはできねぇし、多少の対価は金で払わなきゃいけなかったけどな。
それでも、この戦いで勝利した時のリターンを考えれば、はした金だ。
「ここまでが、あなたの予定通りに進んでいたとしても、次の自由決闘で私たちが勝てば勝機はあります。余裕な態度で居られるのも、今の内ですよ」
木島の顔からは、諦めは感じられない。
この自由決闘で、何かを仕掛けるつもりか。
だったら、それごと捻り潰せば良いだけだ。
「余裕なんてあるわけねぇだろ。お察しの通り、俺たちはギリギリだ。だからこそ……」
言葉を区切り、木島を鋭い目つきで睨みつけ、内なる覇気を放つ。
「俺のクラスを荒したてめぇを、踏み台にしてやる。勝つのは、Eクラスだ」
「あなたに、それができますか?」
「当然だ。それを実現させるために、帰ってきたんだからなぁ」
木島は最後に、異様なオーラを放ちながら笑顔で威圧してくる。
今の俺なら、認識できる。
緑と黒が混じった、妖しい何か。
これが……椿の見ていた、景色か…。
『鬱陶しいな…』
頭の中に声が響き、懐に仕舞っている物から、相殺するように藍色のオーラが放たれる。
それは木島のそれを打ち消し、数秒の攻防の末に双方の覇気が消えた。
「……そんな、まさか…‼何故、あなたが、それ程までの…力を…!?」
激しく動揺し、目を泳がせる木島。
こいつはどうやら、またしてもこの女に想定外の現実を見せつけちまったみたいだな。
「驚くのは、まだ早い。観客席で指をくわえながら見てろよ、俺の復活戦……その結末をな」
調度5分が経過したところで、案内人の合図により、彼女に背を向け先に進んだ。
ーーーーー
自由決闘の場は、コロシアムルーム。
しかし、その場は白く四角い空間であり、何も置かれてはいない。
種目として、詳細なルールは判明していない。
薄っすらと聞いた情報では、対戦する双方の性質から導き出された公平な勝負になるって話だが、この学園でのそう言った方言は信じない方が良い。
向こうの扉から、対戦相手の男が姿を現す。
目の下が黒く、背中を丸めている根暗そうな男。
確か文化祭の時に実行委員をしていた、海藤徹とか言う奴だったか。
「柘榴……恭史郎…‼」
名前を呼ばれ、そいつの目を見た時。
俺は思わず、眉間に皺が寄った。
「おまえ……その目は…!?」
両目が赤と黒が入り混じり、濁ったような瞳をしている。
これは、希望の血を摂取した奴に現れる症状だ。
「どこで手に入れた、その力を…?」
「……関係ない。彼女の言う通りに、しないと……ぼ…く…は……‼死ななきゃいけないんだよぉ‼」
足取りはおぼつかなくなっており、少し押したら倒れるんじゃないかと思うほどに見た目は貧弱だ。
そして、海藤の首筋を見れば、血管が浮き出ては赤黒い痣のようなものが広がっている。
もしかして、こいつ……。
「おまえ……まさか、例の感染者って奴か!?」
「ああぁ、そうだよぉ!?この勝負は、君か、俺か、どっちかが死ぬことで終わる対抗戦なんだ‼笑っちゃうだろ!?アーッハハハッハ‼」
奴は狂ったように笑っているが、それは希望の血の影響か、それとも毒の影響なのか、その両方か。
もはや、自我も保てていないのかもしれない。
木島江利……あいつ、こんな状態の男を参加させて、何を考えてやがる…?
俺の疑問を他所に、無機質な空間に音声が流れる。
『第4回戦『自由決闘』。今回の勝負は、お2人の性質から暴力により勝敗を決する『コロシアム』が対戦種目となりました。戦闘不能になった方が敗北となります』
簡潔なルールを説明された後に、間髪入れずに開始の合図が鳴る。
『レディー……ファイト‼』
問答無用で始まった、自由決闘。
海藤はすぐに状況を理解し、ポケットから何かを取り出した。
「戦闘不能…。だったら、おまえを殺せば……俺は解放されるってことだろ…‼だったらぁ……クヒヒヒヒッ‼」
それは黒い卵であり、紫色に発光している。
「何だ……そりゃ…!?」
「俺はぁ……生まれ変わるんだぁ‼強い……人間にぃいいい‼‼」
奴が黒い卵を握り潰せば、霧が広がっては全身を包んでいく。
そして、すぐに内側から霧を払って『何か』が現れた。
それは人間からはかけ離れた異形を成しており、もはや獣と言っても過言じゃない。
頭からは2本の触覚が生えており、全身に甲殻類のような外皮をまとった黒い怪人。
その瞳は、変わらず赤黒い。
「はっ……まるで、アリだな。鬱陶しい」
虫扱いすれば、怪人は全身を震わせてこっちに向かってくる。
『黙れぇえええ‼』
声は海藤のものであり、デタラメな動きで拳を振るってくる。
それを身体を横に捻じることで回避すれば、振りかぶったものが床に落ちた瞬間、ドスンッと鈍い震動が走った。
「……はっ、面白れぇ」
振り下ろされた先を見れば、床にヒビが入った状態でくぼんでいる。
あんなの、一回当たっただけで骨が砕けるどころじゃなくなる。
確かアリってのは人間サイズにしたら、最もパワーがある虫だったか。
「自由決闘……参加者は死んでも構いませんってか。そうだよなぁ……ここは、そう言う世界だ…‼」
俺は距離を取り、懐からある物を取り出す。
「こいつを、実戦で試すには調度良い」
手に持つのは骸骨であり、その中から収納されていた棒状の持ち手が伸びては杖となる。
骸骨の杖。
これが俺の手に入れた、新たな力だ。
『そんな不気味なものを、取り出したところでぇー‼』
海藤はなりふり構わず、なおも両手に拳を握って振るってくる。
まずは、仕返しだ。
骸骨の上に左手を置き、軽く持ち上げては床に持ち手の先を叩きつける。
コォーーン。
鉄の音が響き、周囲に振動が伝わっていく。
それによって、怪人の足場が震える。
『っ!?』
見た目は怪人でも、頭は人間の様だな。
姿勢を保とうとし、両足を踏ん張らせる。
それが決定的な隙になる。
持ち手を握って前屈みに駆け出し、骸骨の方を向けて先端を突き出す。
怪人は、両手を交差させて受け止めようとした。
その動きは想定済みだ。
両手に杖が衝突した瞬間、怪人の全身が震えだす。
『な、何だ…‼ここ、この振動は…!?』
そして、それによって体勢が崩れる。
これは力技じゃない。
この杖の能力だ。
後ろに仰け反ったところで、右足を振り上げて回し蹴りを喰らわせる。
『ぶげふっ‼』
外皮は硬いようで、生身の足で蹴ったらこっちにまで反動が返ってきた。
こりゃあ、暴力でどうにかなる相手じゃあないな。
前の俺なら、勝てなかった敵だ。
怪人はすぐに立ち上がり、その拳を振るってくる。
杖を左手に持ち替え、先端の骸骨を相手に向ける。
すると、骸骨の両目が光って紫のオーラを展開しては攻撃を受け流す。
『そんな…‼』
流れるような動作で後ろに回り、再度右手に持ち替えて杖を付き出す。
しかし、今度は身体を捻じって回避されて距離を取った。
『おまえの、その杖…‼何なんだ、それは…!?』
まるで恐怖するかのように、こっちの武器を指さしてくる。
その反応になるのも、無理はない。
こいつは、俺があの地獄の監獄で手に入れた力の象徴だ。
これを手に入れるために、血を吐くような苦痛に耐えてきたんだ。
俺自身、動きを止めていると杖から震動が伝わってくる。
そして、『早く暴れさせろ』と言いたげに、骸骨がカタカタと音を鳴らしながら震えている。
「震えてるだろ?能力の一部を解放しただけで、この様だ。これでも、抑えこむのに相当苦労してるんだぜ?」
オーラを通じて、頭に声が流れ込んでくる。
『彼なら……僕を破壊できるかなぁ、恭史郎?』
破滅願望を口に出し、怪人に近づこうとするのを右手で強く握って抑える。
全く、我ながら癖の強い奴に認められたもんだ。
「1人で興奮すんなよ。おまえを破壊するのは、俺との契約を果たした後だって言ってんだろ?」
俺はこの武器と契約し、溢れる力を手に入れた。
だが、こいつはただの力じゃない。
自らの破滅を望み、使用者すらも巻き込もうとする。
それを抑えこむためには、こいつに適合した俺自身も実力をつける必要があった。
力の意味でも、心の意味でも。
「クッフフフ。本当に、呆れるくらいに面倒な奴だぜ……ベルゼブブ」
魔装具とは別の、俺の新しい力。
それは、七つの大罪具と呼ばれる存在の1つ、『暴食』を背負いし杖だった。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼
柘榴の新たな力が解放される。
震えて待て。




