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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
真意を試す対抗戦
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個性の力

 円華side



 スクリーンを見て、3回戦目のチェスの終了を確認する。


 真央の敗北に対して、控室では隣に座っていた紫苑が少し長く息を吐いていた。


「まさか、ここまで成長していた……とはな」


 勝敗としてはSクラスの勝利ではあるが、精神的な疲労が見て取れる。


「この戦い、おまえの想定では何ターンで終わると思ってたんだ?」


「……私の予測では、最低でも30ターン、最高でも40でチェックまで持っていけるはずだった。しかし、25ターンの時点で私の思惑からは完全にれていた」


 女帝は空虚にスクリーン上で固い握手を交わす真央と藤崎を見て、こう呟いた。


「この対戦……翔斗しょうとの勝利ではあるが、私の完敗だな」


 彼のことを認めるセリフを残し、椅子から立ち上がる。


「……どこに行くんだ?次の対戦は見て行かねぇのかよ」


「4回戦…か。確か、百人一首だったな。次に出るのは―――」


 控室の中を見渡す彼女の視界に、1人の女子が飛び込んだ。


「はーい!うちうち!真央っちのリベンジ、頑張っちゃうぞー‼」


 ハイテンションで自己主張をしたのは、茶髪ツインテールのアホガール。


 我らがDクラスのムードメーカー、新森久美だ。


「・・・おまえが?」


 流石の女帝様でも、久実に対して目が点になっていた。


 まぁ、気持ちはわからなくもねぇ。


「何だ、その目はー!?うちだって、立派なクラスの代表なんだぞー‼」


 自己主張している胸を張りながらドヤ顔している久実の態度に、紫苑の目から光が消えていく。


 そして、そのアホを指さしてこっちを見た。


「おまえのクラス、血迷ったのか?」


 この反応からして、彼女の中では百人一首の対戦相手として久実は想定していなかったらしい。


 うん、まぁ、そうなるよな。


 仮に俺が相手のクラスだったとしても、久実みたいな奴がクラスの命運を分ける対抗試験に参加するとは到底思わない。


 だけど、そこが奴らに付け入る隙になる。


 女帝が状況を読めないまま、4回戦目の案内人が来た。


「第4回戦『百人一首』の参加者、新森久美さん。ご準備の程をよろしくお願いいたします」


「はいはい、はーい!」


 緊張な様子も見せずに元気に返事をし、久実はスキップしながら行ってしまった。


「……よもや、おまえたちは勝負を棄てたのか?訳が分からないな。何だったら、今すぐにでも自由決闘の申請をしても―――」


「黙って見てなよ」


 紫苑の提案をさえぎり、恵美が鋭い眼を向ける。


「次の勝負でそっちのクラスが勝ったなら、私たちのクラスの負け。だけど、あんたの思ってるようにはならないから」


木葉このはを倒したことで、大口が叩けるようになったか、小娘」


 彼女に向ける女帝の目付きもまた、不穏さを感じさせる。


 自分の想定を超える結果を出した恵美に対して、紫苑も思うところがあるのかもしれない。


「それでは、別室で見させてもらうとしよう。どちらにしても、5回戦があれば出番は私だ。そろそろ、向こうに戻らなければならない頃合いだしな」


 女帝は恵美とすれ違いざまに、殺意に近い視線を交わしながらDクラスの控室を後にした。


「おまえ、そんなに紫苑のことが嫌いか?」


「嫌い」


 間を開けることなく即答かよ。


「特にあの上から目線な感じ……ムカつく。私たちのこと、円華のおまけ程度にしか思ってないんだよ」


「……最初は、そう思ってたかもしれねぇな」


 恵美の見解も間違ってない。


 紫苑は俺との戦いにしか興味は無かった。


 そう、この対抗戦が始まるまでは。


 だけど、これまでの3つの戦いを通じて、その認識が変わり始めているのが隣で見て取れた。


 特に先程までの真央のチェス戦は、少し動揺しているように見て取れた。


 紫苑もバカじゃない。


 目を向けるべき範囲が、徐々にだが俺1人から広がり始めているはずだ。


 そして、次の4回戦でその視野が劇的に広がることになるだろう。


 何故、この最終戦前の対戦で久実を選んだのか。


 その答えは、次の対戦が始まると同時にすぐにわかるはずだ。


 新森久美は、ただのアホじゃない。


 俺たちには無い特別な個性を持った、この対抗戦での切り札だ。



 ーーーーー



 4回戦の会場は畳が並べられた和室。


 そこには事前に、100枚の札から50枚の札がランダムに選ばれ、正方形を作るように並べられていた。


 その場に、2人の対戦者が到着する。


 1人は優雅な面持ちで、両手を前に重ねた状態でお辞儀をして入ってくる。


 学生名簿を確認すれば、Sクラスの中澤幸代(なかざわ さちよ)という名前がわかった。 


 もう1人は久実であり、「失礼しにゃーっす」と礼儀もへったくれもない態度で畳に上がった。


 態度まで点数に入っていたら、大幅減点も良いところだぜ。


「今頃、向こうの控室では久実のことを笑ってるんだろうね」


 スクリーンを見ながら、後ろから恵美が話しかけてくる。


「笑いたい奴は笑わせとけよ。それも、この戦いが始まるまでの余裕だ」


 俺はこの対戦を成瀬が組んだ時、必ず勝てる戦いとして想定していたものがあった。


 それが、この百人一首だ。


 紫苑は勝負を棄てたかと聞いてきたが、それは真逆だ。


 この対決において、久実が負けることはあり得ない。


 スクリーン上では、久実と中沢が対面する形で正座で座って対峙する。


 そして、久実が軽く右から左に視線を動かしたタイミングで、札の読み上げが始まった。


「奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の」


 上の句を読み、下の句に入る次の瞬間。


「声聞く―――」


 スパァ―――ンっ‼


 その場に居た者は、その甲高い音に反応するのに数秒遅れた。


 気づいた時には、久実は前屈みになっており、中沢の右斜め前にあった札を弾いていた。


「……へ?」


 間の抜けた声を出す相手に対し、顔を上げては苦笑いする久実。


「あ、にゃはははっ。気合が入り過ぎちゃった~。驚かせちゃってごめんね?」


 そう言いつつ、弾いた札を取りにいき、拾ったのは読み上げられた下の句だった。


「声聞く時ぞ 秋は悲しき。……これだね」


 この時、中沢幸代は目を見開き、顔を引きつらせていた。


「冗談…でしょ」


 その後も5回ほど札を読み上げられるが、その全てを久実が取っていく。


 相手が反応するよりも速く、正確に札の配置を把握して仕留めに行く。


「これは……一方的な勝負になっていますね」


 控室に真央が戻り、スクリーンを見ては苦笑くしょうしている。


「おー、お疲れ。久実がおまえのリベンジだって、張り切った結果がこの状況だ」


「……そうですか。少し情けない気持ちになりますけど、こんなに頼もしい彼女を見ることができて……嬉しくも思います」


「まっ、あいつが自分から対抗戦に出ると言った時は、正直賭けだとは思ったけどな」


 Sクラスとの対抗戦において、絶対に負けられない戦いであることはクラス全員が理解していた。


 そのプレッシャーを感じながらも、最初に参加する意志を現したのは意外にも久実だった。


 麗音を助けるために、何かしたい。


 あいつを突き動かしたのは、その想いだけだった。


 そして、久実の特性を活かすことができる競技を1週間模索した結果、見いだされたのが百人一首だった。


 あいつの瞬間記憶能力をフルに生かせると判断したからだ。


 恵美のように公式戦に出ているわけでも、川並のように部活に入って結果を残しているわけでもない。


 ましてや、真央のように戦略を得意としているわけでもない。


 いわば、向こうは久実に対して、その個性を把握はしていても、この競技でのデータは皆無だったんだ。


 その無警戒の戦力に対し、虚を突かれた。


 その決断がこうを奏し、相手との圧倒的な差を開いている。


 相手の表情から、動揺が隠しきれていないのが見て取れる。


「中沢さんはSクラスの中でも、日本文化に精通する名門の生まれだったはずです。この対戦種目においても、実力は高かったはず……」


「それでも、心に生まれた隙を突かれ、本来の実力を発揮できずにいる。そりゃそうだ。普段の久実を見ている俺たちだって、とてもあんな戦い方ができる奴だなんて思わなかったしな」


 久実の戦い方は、まさに狙撃手のそれだ。


 瞬時に記憶した札の配置を把握し、耳で聞いた言葉から正確に狙い撃っている。


 100枚の札を全部暗記していたとしても、普通なら聞く、探す、弾くという3つの動作を必要とする。


 だけど、久実の場合は探すという工程をはぶくことができる。


 それだけで、反応速度に大きく差が出る。


 気づいた時には、残り30枚まで盤面の札は減っていた。


 その間に、中沢が取れた札は辛うじて2枚。


 もはや、自分の狙った札が読まれるように、運任せの戦い方になっているように思える。


「何だ、この感覚…?」


 そして、俺にはこの戦いを見て、少し懐かしさを覚えた。


 映像越しでも伝わってくる、久実のこの気迫。


 俺は前に、これを感じたことがある気がする…。


 それも、ずっと前に。


「同じだ……」


 スクリーンをじっと見て、真央が呟く。


「同じ…って、何がだよ?」


 気になって聞いてみれば、彼は映像を見たまま答える。


「以前にも、あの状態の新森さんを見たことがあるんです。前は後ろ姿でわからなかったですけど……あの時の彼女は、こんな顔をしていたんですね」


 久実の表情を見れば、いつもの陽気さが消えており、瞳から光が消えていた。


 まるで別人のように、戦いに集中している。


 その姿勢からは、相手への情けや容赦など微塵も感じない。


「何か、あの久実……ちょっと、恐いね」


 恵美ですらも、恐怖を覚えるほどの気迫と威圧感。


 それほどまでに、久実がこの戦いに賭ける想いが強いのか。


 麗音を助けるために、一切の躊躇いが消えている。


 気づけば、読み上げられた札は既に30枚。


 久実の手元には25枚、中沢の手元には5枚。


 もはや、次の札から相手は全部の札を取らなければ、久実に引き分けることもできない状況になった。


 絶望的な状況に立たされる中で、次の札が読み上げられる。


「君がため―――」


 上の句が読み上げられた瞬間、中沢が動いた。


 その句に対する下の句は、彼女の手元にあったんだ。


 久実からしてみれば、手を伸ばさなければ届かない位置。


「取った…‼」


 思わず、彼女は安堵感からか、口からその言葉を呟いた。


 しかし――――。


 パ―――――ンっ‼


 中沢が触れた先に、札は無かった。


 そして、1枚の札が宙を舞い、ポトッと音を立てて畳の上に落ちる。


「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな。……この戦いの最後には、ぴったりの句かもしれないね」


 久実が拾い上げ、句を読み上げたところで決着はついた。


 勝ち取った札の数は、26対5。


「第4回戦『百人一首』。勝者 1年Dクラス 新森久実」


 勝利という言葉を聞いても、久実は無邪気に喜ぶことは無かった。


 いつものあいつなら、何も気にせずにはしゃいでいたはずなのに。


 ただ映像から見える久実の表情は、対戦相手を見ることもなく、どこかはかなげだったのが印象に残った。


 これで2勝2敗。


 次の5回戦で、俺たちの戦いが終わる。


 種目は『自由決闘』。


 戦うのは、俺と紫苑だ。

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