表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
真意を試す対抗戦
380/497

見えざる横槍

 真央side



 最上さんが2回戦目を勝利し、勝負は振り出しに戻る。


 彼女の勝利は、1つの事実を証明した。


 女帝であっても、その策略は絶対ではないと言うこと。


 自身の側近の敗北をの当たりにし、鈴城さんの表情から余裕が消えていた。


 彼女も理解したはずだ。


 Sクラス……鈴城紫苑にとっての脅威は、椿円華だけではないということを。


 そして、次は僕がこの流れに続く番だ。


 案内人の誘導により、別の個室に通される。


 四角い白い空間の中で、中央に白と黒の駒が配置されたチェス盤が用意されている。


 そして、向こうの扉から僕の対戦相手が姿を現した。


「石上……真央」


 名前は藤崎翔斗(ふじさき しょうと)


 長い髪を後ろにまとめている、口数の少ない男だと記憶している。


 影が薄い印象であり、運動面でも学業面でも目立った成績は残していない。


 彼がこの対戦に召喚されたと言うことは、鈴城さんの思惑おもわくに関係しているはずだけど……。


 互いに対面する形で机に着き、顔を見合わせる。


「裏切り者……。おまえは、ここで負ける」


「鈴城さんの策略によって、ですか?1つ、訂正しておきます。先に僕を裏切ったのは彼女の方です。僕はここに、女帝の力が無くとも勝つことができることを、証明しに来たんだ」


 Sクラスに居たままだったら、僕は今日まで生き残ることはできなかったはずだ。


 体育祭で、椿くんは僕の中の執着を断ち切ってくれた。


 そして、自分のためではなく、自分を頼ってくれる誰かのために実力を活かすことを知った。


 力だけでなく、僕という存在を受け入れてくれる人たちの温かさを知った。


 この対抗戦は、僕を見捨てたSクラスへの雪辱戦(せつじょくせん)


 新しい居場所で成長できた、実力を証明するための戦いだ。


 藤崎は盤上の黒と白の2つのポーンの駒を手に取り、僕に見えないように手を後ろに回してシャッフルする。


 そして、両手を前に出した。


 チェスにおいては、この時に選んだ駒の色によって、先行と後攻が決まる。


 白ならば先攻、黒ならば後攻。


「右手だ」


 彼が選んだ方の手を開けば、握られていたのは黒のポーン。


 藤崎が先攻の白で、僕は後攻の黒になる。


『それでは、第3回戦『チェス』。開始してください』


 審判の指示により、ゲームが開始された。


 藤崎は初手は大きく動かず、こちらの様子を見るように1つずつ駒を中央に寄せていく。


 それに対して、僕は攻めの姿勢で駒を動かす。


 相手が様子を見ている内に、形勢を自分の方に傾ける。


 だけど、一気に畳みかけることはしない。


 向こうの配置を全体で捉えつつ、守りに入る準備も忘れない。


 ターンが進むごとに、相手の駒を取り、こちらも取られる攻防を繰り返す。


「おまえは、あの時紫苑様によって(ほうむ)られるべきだった」


 10ターン目になって、彼は駒を動かしながら口を開いた。


「Dクラスにちてまで、生き恥をさらすおまえが理解できない。おまえは一体、何がしたいんだ?」


 ただの純粋な疑問か、それともさぶりのつもりか。


 どちらにしても、本来ならば真面まともに返す義理は無い。


「強くなりたい。あの時の、焦りで力におぼれた情けない自分よりも、ずっと強く。そのために、僕はDクラスで学ぶことを選んだんだ。Sクラスの地位にすがりついたままだったら、絶対に見られない光景がそこにはあった」


 だけど、僕は彼の疑問に答えた。


 そして、彼と同様に駒を動かす手も止めない。


「生き恥と思っているなら、それでも良い」


 ルークを前に出し、相手のポーンに迫る。


「僕は自分の強さを得るためなら、喜んではじを受け入れる。それによって、本当に大切なものを得られたから、そのことに気づけたから。それは、鈴城紫苑の駒に成り下がったままだったら、ずっと手に入らなかったものだから!」


「っ‼」


 僕のナイトが向こうのクイーンに迫った時、彼は苦汁の表情で震え、一瞬だけその駒を動かすことを躊躇(ためら)った。


 ターンは既に、30を過ぎていた。


 盤面の状況は、黒に有利に進んでいる。


 どこまでが、女帝の想定通りの展開だったのかは読めない。


 だけど、状況は既にその思惑から外れていることは、藤崎の表情から読みとれた。


「……」


 彼が駒を動かす手は、序盤に比べたら重くなってきている。


 目が鋭くなる中で、なおも勝利のために長考しているのがわかる。


 その間に、僕は頭の中で勝利のための戦略を盤面でイメージする。


 それも1つではなく、相手の動きに合わせて数十通りは想定して。


 やはり、鈴城紫苑の想定を超える状況ではあるようだ。


 藤崎はもはや、自分の力だけで僕と渡り合おうとしているんだ。


 女帝の想定を超えた状況でも、勝利を目指して駒を動かし続ける。


 だけど、僕も今日のために自分の腕を鍛えてきた。


 そう簡単に、盤面の状況は覆すことはできないはずだ。


 一手一手の動きが、僕も藤崎も慎重になっていく。


 もはや、無駄口を叩く余裕も無くなっていく。


 僕らは互いに盤面の白と黒の駒を見て、勝利のために一手を打つことに集中している。


「……確かに、おまえは強くなったようだ」


 攻防一体の状況の中で、50ターンが終わる頃に藤崎は重々しく口を開いた。


「俺はもう、ここから先、どう動いたらいいのかが手探りだ。紫苑様から示された勝利の道筋からは、もう大きく外れている。しかし、おまえには見えているんだろ?俺に勝つ方法が」


「……大体は」


 完璧に把握しているわけじゃない。


 だけど、ここから僕がどう駒を動かし、彼がそれに対してどう動くのかは予測ができる。


 その予測通りなら、ほぼ確実に勝利を掴んだことになる。


 藤崎からは、諦めの表情が見える。


 そして、両手をテーブルに着けて俯いた。


「降参しますか?」


 それはこれ以上、相手の心を傷つけないための提案だった。


 勝ち筋は見えている。


 僕が間違えることなく、その筋道を進むことができれば勝てる。


 それは藤崎もわかっているはず。


 しかし、彼は右手を前に出し、盤上のビショップを掴んで前に動かした。


「降参は……しない‼例え紫苑様の手を借りることができなくても、君に勝ちたいという意地がある…‼だから、戦うことを止めない」


「それは悪足掻(わるあが)きじゃないんですか?」


「おまえは今のクラスに()()してまで、力を付けた。だったら、彼女に頼らなくても勝つための方法は必ずある。これは彼女のためじゃない……俺がおまえに勝ちたいという、対抗心だけで続ける戦いなんだ…‼」


 諦めの表情が、挑戦者としての目付きに変わる。


 ここに来て、彼は僕への認識を変えたんだ。


 Sクラスの裏切り者としてではなく、Dクラスの1人として。


 そして、その上で僕に対して勝ちたいという意志を示している。


 もはや、女帝の駒としての行動から脱している。


 それならば、僕もその想いに応える必要がある…‼


 僕もクイーンを前に動かし、彼の動かしたビショップを取る。


「手加減はしませんよ。それがあなたに対しての礼儀です」


「それで良い。俺はこの戦いを通じて、おまえに近づいて見せる…‼」


 勝利を掴みたいという意地のぶつかり合いは、止まらない。


 ターンが65を超えたところで、僕は彼の変化に気づく。


 順応してきている。


 学習していると言っても良い。


 予想していた筋道から外れそうになるのを、僕の駒の動きで軌道修正を繰り返す。


 攻められそうで、攻め切れない。


「流石だ……強いよ、石上。おまえはSクラスに居た時から、その実力でクラスを先導しようとした。紫苑様には及ばなかったにしろ、おまえが俺たちよりも力も知恵もあったのは事実だ。だけど、俺たちは彼女の命令1つで、おまえを排除しようとした……」


 藤崎の目からは、少しずつ罪悪感が見え始める。


「それでも、おまえは自分の決断で新しい居場所を見つけられた。それが俺は……いや、俺たちはおまえが、うらやましかったのかもしれない。だけど、それを認めたくなくて、一方的に敵意を向けていた。俺たちが彼女に従い続けることが、本当に正しいのか……考えないようにするために」


 初めて知った。


 僕はSクラスに居た時、鈴城紫苑に勝つことしか考えていなかった。


 周りのクラスメイトのことを、見ようとなんてしていなかった。


 だけど、今ならちゃんと見ることができる。


 彼らの迷いも、そこから生まれるねたみも受け入れることができる。


「藤崎くん……」


 僕は対戦者ではなく、1人の元・クラスメイトとして彼の名前を呼ぶ。


 それに応えるように、藤崎くんは顔を上げる。


 そして、目を合わせて笑みをむける。


「ありがとう。その気持ちが聞けただけで、十分です」


 僕は認められていた。


 見るべきものに目を向けられなかったから、それに気づけなかっただけだった。


 真実を知ることができたからこそ、自身を奮い立たせることができる。


 前のクラスメイトの気持ちに応えるため、今のクラスメイトの期待に応えるため。


 僕は、この勝負に――――。


 ジージジッ、ジ―――――ジッ。


 一瞬、視界が大きくゆがむ感覚に襲われた。


 頭に電気が走っては、しびれを感じさせた。


 その直前に、僕はクイーンを動かそうとしていた。


 それなのに、その意志に反してキングの駒を掴んでいた。


 そして、相手のナイトの前に動かしていた。


 何故…!?


 意図していない一手だ。


 それは相手に、決定的な逆転のチャンスを与えることとなった。


「ここだ…‼」


 それを藤崎くんも理解し、彼はナイトを僕のキングに寄せる。


 キングを守るために、残る駒を集めるが、その際中にクイーンを奪われる。


 これもミスだ。


 おかしい。


 僕がこんな、初歩的なミスをするなんて…‼


 長期戦になったが故の思考力の低下?


 違う、それにしては違和感がある。


 まるで、自分の身体が勝手に動かされているような感覚…‼


 だけど、それに抗うことができない。


 僕は今、自分の意思で彼と戦っているのか?


 自身の思考に対して疑念を抱くうちに、焦りで動きが緩慢かんまんになっていく。


 そんな状態で勝利できる者など居るはずもなく……。


 藤崎くんのクイーンが、僕のキングの前に置かれた。


「石上……チェックメイトだ」


 緊張の面持ちで、彼はそれを宣言した。


 もはや、ここから巻き返せる一手はない。


 1分ほどの無言の後、僕は顔を上げて無理に笑ってみせた。


 悔しい気持ちを、押し殺しながら。


「僕の……負けですね…」


 敗北の言葉を聞き、藤崎くんは目を見開いては奥歯を噛みしめて震わせる。


「途中から、手を抜いたのか!?手加減はしないって言ったじゃないか‼」


「いいえ。これは僕の采配ミスがまねいた結果です。君も強くなった、それだけのことです」


 彼の怒りを冷静に受け止め、立ち上がって右手を前に出した。


「ありがとうございました。いい試合でした」


 僕の手を見つめ、藤崎くんはその手を握ってくれた。


 すると、悔しさが震えを通して伝わったのかもしれない。


 彼は握っていた手の上に、左手を乗せて強く…力強く握ってくれた。


『対抗戦3回戦『チェス』。勝者 Sクラス 藤崎翔斗』


 試合が終わり、僕らはそれぞれの控室に戻ることになる。


 案内人の誘導に従って廊下を歩く中で、自然と左目から涙がこぼれた。


 悔しい……悔しい…‼


 僕自身の力で負けたのなら、納得ができた。 


 だけど、この言い知れぬ悔しさが物語ものがたっている。


 僕はあの時、自分の力で戦うことができなかった。


 何かに思考を支配されていた。


 その何かは、僕にもわからない。


 だけど、その何かに対して、僕は言葉にできないほどの怒りを抱いた。

感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ