ありえない容疑者
クラスの奴らが1限目の授業を受けている間、俺は教室に戻って改めて状況を確認する。
菊池の遺体は残っており、その表情は目が見開かれていたままだった。
今となっては目蓋を閉じさせることもできないほどに身体が硬直しているので、せめて白いハンカチで顔を隠してやる。
外傷は、俺が見る限りは心臓に一突きした所以外は見あたらない。
教室は机や椅子が普段通りに等間隔で並んでおり、新しく引きずったような跡は見当たらない。
俺は菊池の遺体の前で片膝立ちになりながら目を閉じて思考を巡らす。
おそらく、緋色の幻影の監視者は俺への警告の意味で菊池をここで殺した……のか?
いや、あらゆる可能性を考えろ。
教室の状況、心臓だけを刺された綺麗すぎる死体……本当に前から刺されただけなのか?
シチュエーションとしては、抱きしめるふりをして直前で刺すことが考えられるが、そう咄嗟にナイフを手にして心臓部分を刺すことなんてできるか?
その前に、どうして心臓を刺す必要があるんだ?
腹を刺しても人は死ぬ。抵抗されることを恐れたのか?
「どれも違うんじゃないの?」
俺がいろいろと考えていると、不意に隣から声が聞こえ、思わず「うわっ」と言って立ち上がってしまう。
そこには、黒猫を抱えながらしゃがんで菊池の遺体を見ている最上が居た。
ヘッドフォンをしているところから、俺の悩んでいる心の声は全部筒抜けだったようだな。
「最上……おまえなぁ、何をしてたんだよ?」
「ノワールがまたふてくされて部屋を出て行ったから捜してた。いつかはこんなことが起こることはわかってたけど……とんでもないことになってるね」
「ああ。俺以外にもそう言う驚きを感じてくれる奴が居てくれて、精神的に助かる。……何も聞かずに、見てくれ」
スマホを渡してさっき届いたメールを最上に見せると、彼女は一瞬目を細めた後で俺にスマホを返す。
「ある意味で、挑戦状だね」
「そう受け取るか?」
「うん。……最悪の場合、明日にもまた犠牲者は出るよ」
「だよな…。どうにかして、犯人の手掛かりを探りたいんだが、何せ不可解な所が多いのが厄介だな。どこから手を付ければ良いのか……」
頭を右手で荒くかいて考えていると、最上は菊池の額に触れる。
「最上…?」
「しっ…。雑音があると、ちゃんと聞こえない。生きている人間と違って、場面場面でしか見えない。できれば、今から少しは無心でいて」
最上が人差し指を俺の口に付けてきたので、俺は一瞬驚きながらも頷いて何も考えないようにしてボーっとする。
椿家での姉さんとの特訓で、無心になることはできるようになっている。
そして3分ほど経てば、最上は目を開けてヘッドフォンを外して首に下げる。
「円華の中の悩みが解けるヒントになるかはわからないけど、何が『視えた』か、聞く?」
「聞く前に1つ質問していいか?おまえのその能力は、死人の過去も見えるのか?」
「見ての通りだし、時間の無駄な質問には答えない。円華って、1から教えないとわからない人なの?ちょっと失望だね」
半目で言い終ると同時に小さく溜め息をつく最上に若干のイラつきを覚えたが、そこは俺が悪いと思って耐える。
「今のは無かったことにしようぜ。何が視えたのか、教えてくれ」
「うん。……黒い……黒い空間。そこには菊池が1人で居て……それで……突然、後ろからグサって音が聞こえた。それで視界が段々と暗くなって…最後に視えたのは、下を向いた時に視えた自分から突き出ている鉄の刃……そこで、おしまい」
「……もしかして、それが菊池の最後の瞬間ってことか?」
「わからない。でも、視えたのはそれだけ」
「そうか……おまえが見たものが本当なら、この死体の状況と矛盾する部分があるな」
今の最上の視た光景が確かなら、菊池は後ろから、身体を貫通するほどの刃物によって刺されたことになる。
しかし、死体には前の方にナイフが刺さっている。
つまり、このナイフはカモフラージュだ。犯人は、本当の凶器を知られたくなかったのかもしれない。
凶器を見られたくない理由って何だ?その凶器で犯人だとバレるわけじゃあるまいし……。
コンビニで買ってきた手袋をして動かし、菊池の背中を見てみると、そこには何かで刺したような生々しい痕があり、ナイフで刺した部分に貫通しているように見える。
1つの謎が解けるが、余計に謎が増えてくる。
そんな中で、最上は黒猫の頭を撫でながら何処かが腑に落ちないと言うように菊池の身体を頭から靴の先までじーっと見ている。
「やっぱり、この偽装工作はおかしい。まるで、そうなることを想定していたみたい……」
「それ、何の話だ?」
「円華は知らないの?この学園、殺人事件が起きても犯人捜しはしないの。当然、目の前で殺人が起きそうなら止めて停学処分にはするけど、起きてしまった殺人には目を瞑る。……なのにどうして、わざわざ偽装工作なんて面倒なことをするの?誰も犯人を捜さないのに」
「……確かにそうだよな。岸野先生も犯人を捜すことに意味はないようなことを言っていた。なのに、凶器を偽装するなんて……いや、凶器以外にも偽装している可能性があるな」
「そうだね……。じゃあ、頑張ってね」
「……はぁ?」
思わずキョトンとしてしまい、欠伸をしている最上を見る。
「考えるのは円華の仕事でしょ?私は円華に協力することはできるけど、円華の頭には成れないんだからね」
「ま、まぁ、そうだけど、それはどう言う意味だ?」
「つまり、私に頼るのは最終手段にしろってこと。私、依存されるの嫌いなの」
「……ですよねー、そう言う雰囲気してる」
俺が苦笑いしながら言えば、そのまま俺の近くで黒猫をくすぐりながら遊び始める最上。
こいつの思考だけは、本当によくわからない。
なので、俺は最上を無視して頭の世界に入る。
今の情報だけでも、何かしらの手がかりになるはずだ。
長い刃物……そんな物、この学園にあるのか?地下の街には武器屋のような所は無かったはずだ。
それを言ったら、ナイフ自体があるのがおかしくないか?
菊池の胸に刺さっているのはコンバットナイフ。
これを使うのは軍人か暗殺者ぐら……いや、暗殺者だったら十得ナイフを使うか、あれって何気に使い勝手が良いし。
……待てよ、そう言えば……誰かが言ってなかったか?
確か……誰かが刀を使って殺人を犯したって……。
その時、俺の頭の中にある容疑者が浮かんだ。
だけど、そいつが菊池を殺せるはずがないんだ。
この1週間、奴が外に出ることなどできないはずなのだから。
だけど、その可能性が捨てきれない。
停学中のはずの内海景虎が、自身の所持する刀で菊池を殺したと言う可能性が。




