最強のゲーマー
恵美side
1回戦目のラグビーの結果を見て、私たちは何も言葉を口にすることができなかった。
その中で、この部屋の中では異質な存在である鈴城紫苑だけが、小さくもゆっくりと拍手をした。
「健闘を称えよう、Dクラス。次の試合も、楽しませてくれることを期待する」
そう言って、女帝は私の方に目を向ける。
「確か、次はゲームだったか。数々の大会で優勝する、おまえのゲーミングスキル。この目で見られるとは、光栄だな」
他人には褒めているように聞こえるかもしれないけど、皮肉にしか聞こえない。
やっぱり、この女は対戦種目がわかった段階で、誰が出場するのかを確定させた状態で、勝つための戦略を立てている。
次の私の対戦相手も、鈴城から勝つための戦略を伝えられているはず。
精神的なものなのか、技術的なものなのかはわからない。
それでも、私は余裕な態度の女帝にこう返した。
「何でもかんでも、あんたの想い通りの展開になるとは思わない方が良いよ。小手先の戦術に潰されるほど、私は弱くない」
「大口を叩く。では、それが虚言でないことを証明してみせろ。予想外の展開と言うのは、大好物だ」
鈴城と言葉と鋭い視線を交錯させる中で、案内人が部屋に来る。
「対戦種目『格闘ゲーム』。参加選手、最上恵美さん。参加の準備をお願いします」
次の対戦の時間になり、誘導に従って廊下に向かう。
その際、後ろから女帝が低い声音で言った。
「1つ、訂正しよう。何でも想い通りはならないと、先程おまえは言ったな。しかし、強者とは先の展開を予想する者じゃない。……想い通りの展開に自ら誘導するのが、強者だ」
そう言う彼女からは、自分がその『強者』であるという確固たる自信と威圧感が伝わってくる。
だけど、それに対して恐れも怯えも無い。
「だったら、それを覆せば、私は最強ってことだね」
顔を横に向け、同等の威圧を女帝に放って黙らせる。
そして、横に居る円華を見て、ピースサインで微笑んでいった。
「それじゃ、行ってくるね」
「お、おう……」
ぎこちない返事だったけど、それで十分だった。
このゲームという対決において、負けることはあり得ない。
誰がどんな手段を使おうと、勝つのは私。
私に勝てる存在が居るとすれば、この世界に1人だけなんだから。
ーーーーー
案内人の誘導で向かった先は、控室よりも少し広い四角い個室。
そこには巨大なモニターと、赤と青の2つのコントローラーが設置されている。
私が到着したと同時に、対戦相手も着いたらしい。
確か、名前は綾川木葉。
花園館で1度だけ顔を合わせたことがある、鈴城紫苑の側近。
向こうも私の存在に気づき、両手を前で重ねて深々と頭を下げる。
「お久しぶりでございます、最上恵美様。本日はお手柔らかにお願いいたします」
頭をあげて笑顔を向けてくるけど、それに対して冷ややかな目で返す。
「そんな仰々しい態度で隠してるつもりかもしれないけど、私にはわかるよ。あんたのその、殺意にも近い勝ちへの欲求がね」
「……そうですか。確かに勝利への渇望は強いかもしれません。紫苑様からは、必ずあなたに勝つように仰せつかっておりますので」
その次の言葉で、綾川から笑顔と感情が消えた。
「紫苑様の命令は、何に代えても絶対ですので」
目の前の彼女からは、何としても私に勝つという黒い感情が伝わってくる。
彼女はクラスのためじゃなくて、鈴城紫苑のために戦おうとしている。
だけど、私にも勝ちたい気持ちはある。
今日、ここに来る前に麗音に誓ったんだ。
絶対に勝ってくるって。
その時、彼女は憔悴していて、言葉は返って来なかったけど、心ではこう返していた。
『負けたら許さないから』って。
「私にも、負けられない理由がある。あんたが鈴城のために戦うなら、私は今も苦しんでいる友達のために戦う。気持ちとか感情論で勝利が決まるとは思ってないけど――――勝つのは、私だよ」
この勝利宣言を最後に、綾川との会話が終わる。
対戦の準備が整い、互いにコントローラーを両手に持ってモニターに目を向ける。
今回戦うゲームは、有名な1対1式の格闘ゲームの最新作。
個性豊かなキャラクターを選択し、それぞれの特性を活かした攻撃と防御で戦い、3回勝負の内2回勝ち星を得た方が勝利となる。
制限時間は5分であり、3回勝負になれば15分かかることになる。
綾川の実力がどの程度なのかはわからないけど、女帝の側近というだけに油断はできない。
キャラクターの選択画面には総勢30人のキャラと、お遊びのランダム機能が映し出されている。
私はその中の1つを選択し、向こうもすぐにキャラを選択を終えていた。
「最初に1つだけ、お伝えしておきます。紫苑様は、この種目においてあなたのこれまでの対戦経歴を確認されておりました。あなたがどのキャラを得意としているのか、そのキャラに有利な戦術は何なのか。全てを把握され、私もその攻略法をこの1週間で熟知させていただきました。対戦ゲームを得意とされているとしても、簡単に勝てると思わないでください」
「……まぁ、そんなことだろうとは思ってたよ。川並の時から、いろいろと策を巡らせていたんだろうなって。でも、そのデータも当たってるかどうかわからないよね」
「紫苑様の策略に、間違いはありません。あなたが選ぶキャラクターも、その戦い方も、私はもう予測済みです」
フィールド画面に移るまでのロードは、大体が20秒。
それまでの間に、綾川が挑発とも取れる言動をしてくるけど、特に不安を煽られることは無い。
私のこれまでの大会とかの経歴を調べたんだと思うけど、それが本当に当てになるかはわかったものじゃない。
……だって、私自体、何のキャラが一番得意なのかわかってないから。
ロード画面が終わり、フィールドと2人のキャラが映し出される。
舞台はフェンスで囲まれた街路樹。
私のキャラは大柄なヤクザのキャラであり、綾川は小柄な美少女キャラ。
映し出される画面を見て、綾川は目を少し見開いた。
「ど、どうして…紫苑様は、あなたはスピード型の攻撃主体のキャラを選ぶと…‼」
「え?あぁ~、私ってこのシリーズだと大体、そういうキャラを引き当てる《・》ことが多いんだよねぇ~。別に求めてるわけじゃないけど」
想定していたものと違い、綾川の戦略にひびが入ったのがわかる。
「まさか、私もヤクザが来るとは思わなかった。でも、久しぶりにこれでコンボ決めるのも楽しそうだね」
「何ですか、その言い方…‼あなたは、自分でそれを選んだのではないのですか!?」
驚愕を隠せない綾川に対して、ゲームは待ってくれない。
画面に『GAME START』の文字が大きく浮かんでは消え、キャラの操作が可能になる。
そして、私は動揺している彼女を無視し、すぐにコマンド入力をして先制攻撃を繰り出した。
綾川はそれに反応できずにヒットしてしまい、そこからコンボに繋げていく。
「そんな…‼」
「あんたの選んだキャラがスピードタイプのキャラに有利なのは、ガードへの入りが早く、ジャストガードでカウンターを狙いやすいから。だけど、その分ガードのパワーは遅いから、相手のタイミングを見てガードしなきゃいけない。ただ力任せに攻撃できるパワータイプのキャラには不利なんだよ」
淡々と説明しながら、綾川が後手でガードしたのを連続攻撃で疲弊させ、体勢を崩してブレイクさせる。
「だから、こんな単調なコンボでもガードを崩される」
「だったらぁ‼」
私の攻撃が一瞬だけ止まったのを皮切りに、攻守を逆転させる綾川。
この1週間で相当練習を重ねたんだと思う。
キャラの特性を把握し、瞬発力のあるコンボを繋げてくる。
だけど、それはやっぱりスピードタイプに有効なコンボ。
今、私が使っているキャラに効果が今1つ。
そして、目の前で繰り広げられるコンボにおいて、攻撃が止まるタイミングは読めている。
向こうが弱攻撃から強攻撃にコマンド入力を繋げた瞬間、私はガードを入力してジャストガードにさせた。
すると、相手のキャラの動きが一瞬麻痺状態になった。
「バカなっ…‼」
「そのコンボは対策済み。でも、その子なら有力な戦い方ではあるから、模範通りだね」
冷静に攻撃を分析した後、攻撃に転じて止まることのない怒涛のコンボ攻撃を仕掛ける。
パワータイプのキャラ故に、大振りな攻撃で隙が大きくなりやすいけど、それに綾川は対応できていないため、私の攻撃が通りやすい。
そして、一気に体力ゲージを半分、そして最後まで削り切り、決め技でフィニッシュを決めた。
これで私の1勝になる。
「こんなこと……ありえない…‼紫苑様の予測が…外れるなんて…‼」
現実逃避するかのように、声を絞り出す綾川。
だけど、それに付き合う義理は無いために次のラウンドに意識を向ける。
無慈悲に第2ラウンドが行われる中で、彼女は画面を見て再度眉間に皺を寄せる。
「な、何故…‼先程と、キャラが違うじゃないですか!?」
「あぁ~、次はこの子になるんだね。これも久しぶりに使うなぁ」
綾川のキャラは変わっていないけど、私のキャラはヤクザから笹を咥えた小柄なパンダに変わる。
「一応言っておくけど、これは別にチートは使ってないよ。ゲームのシステム的に、私は1ラウンドごとにキャラが勝手に変わるだけだから」
「そんなこと……一体、どうして…!?」
綾川からしたら、次のラウンドでヤクザの動きにすぐに慣れることはできたかもしれない。
だけど、私はキャラを固定しない方法で対決することを選んだ。
その方法は―――。
「ランダムだよ」
私はこのゲームにおいて、30人のキャラの操作方法と特性を熟知している。
だから、自分と相手のキャラを視認した時点で勝ち筋は見える。
あとは相手の操作技能に左右されるけど、綾川の反応からして冷静に操作できているとは考えにくい。
現に彼女は、私の操作するパンダの瞬発力を生かした左右からの縦横無尽な攻撃に対応できていない。
ここまで来れば、私が気にしなければいけないのは綾川じゃなくなる。
対戦時間をチラ見すれば、残り2分を切っている。
……残り1分が限界かな。
相手もコマンド入力で対抗しようとするけど、攻撃が当たらずに思ったようにダメージを与えられていない。
その焦りが、余計にゲーミングスキルを下げていく。
「こんなこと……あっては、ならない…‼紫苑様の命令は、絶対なのにぃ…‼」
もはや、哀れでしかない。
女帝が彼女にどれほどの期待と信頼を向けて、私にぶつけてきたのかは興味がない。
大切なものを賭けた勝負をするなら、敵に対して感情を抱く余地はない。
同情も無ければ、情けをかけることも無い。
私は焦りと不安や憤りに飲まれている綾川の隣で、淡々と単調になっていく攻撃を見極めて回避し、コンボを決めて確実にダメージを与えていく。
そして、結果として、残り40秒を前にして綾川を戦闘不能させた。
綾川は第2ラウンドにして、私に勝ち星を得ることができないまま敗北したんだ。
「そん…な…」
目を泳がせ、画面を見て唖然としている。
現実を受け入れられない様子だね。
「第2回戦『格闘対戦ゲーム』。勝者 最上恵美」
審判の宣告によって、モニターが切り替わっては種目の隣に結果の表示が追加された。
「こんな……ことが…。あっては……ならない…‼」
敗北の結果を受け入れることができず、彼女は強い殺意を向けてくる。
そして、私の顔に向かって、熊手の構えで右手を突き出してきた。
それに対して、こっちは一歩下げって左足を振り上げて弾いた。
「うぐっ…‼」
その時、パキーンっと何かが折れては天井に配置されていたカメラの隣に刺さった。
鉄製の刃だ。
「あっぶな……。私じゃなかったら、死んでたね」
冷静に刃物を見上げながら言いつつ、右手を押さえて腰を丸める綾川を見下ろす。
「良かったね、それを向けたのが私で。これをDクラスの誰かに向けていたなら……その腕、一生使い物にならないようにしていたと思うよ」
目を合わせた時、彼女は怯えた表情になっては膝から崩れ落ちた。
もはや殺意すらも消え、戦意も無くなっている。
綾川は案内人ともう1人控えていた黒服に両脇を押さえられた状態で、部屋から退場していった。
1人残された私は、天井のカメラに向かって「べーっ」と小さく舌を出して見せた。
私がゲームという種目において、負ける可能性は限りなく低い。
仮に勝てるとすれば、それは私の思考を読める相手くらいだ。
これで1つの事実が証明された。
この分野において、私は『最強』ってことがね。
学年末対抗試験2回戦目(Sクラス VS Dクラス) Dクラスの勝利。
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