見通す女帝
6つのクラスの参加者が出揃い、案内人の誘導で広間から奥の部屋に移動する。
そこにはクラスごとに、グループ枠されたテーブルと椅子がセッティングがされており、それぞれの席に着くことになった。
部屋の奥には、巨大なモニターが設置されており、そこには対戦クラスごとに対戦カードが映し出されている。
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1学年末クラス対抗試験 対戦表
〇 Sクラス VS Dクラス
対戦種目
・ラグビー
・格闘ゲーム
・チェス
・百人一首
・自由決闘
〇 Aクラス VS Bクラス
対戦種目
・オセロ
・将棋
・囲碁
・花札
・自由決闘
〇 Cクラス VS Eクラス
対戦種目
・ボクシング
・100m走
・レスリング
・柔道
・剣道
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3つの対戦の種目が公表された。
自然と自分のクラスだけでなく、他の2つの戦いにも目を向けた。
AとBの戦いでは頭脳で、CとEの戦いでは身体能力で競い合うことになるみたいだな。
これが誰の狙いで設定された対戦なのかは断定はできねぇけど、そう単純な話でないのは想像がつく。
対戦種目を設定したのは、BクラスとEクラスのはずだ。
脳裏に過ぎるのは、ポケットに両手を突っ込んで静かに座っている柘榴と、この場に居ない不気味な笑みを浮かべた梅原。
他人の対戦を気にする余裕はねぇけど、無視できないと思っているのも確かだ。
案内人はモニターの前に立ち、マイクを持って口を開いた。
「これより、1学年末クラス対抗試験を開始いたします。これより、皆さまにはクラスごとの控室に移動していただき、我々の案内によって各々の対戦種目に参加していただき、競っていただきます。各クラスの実力が、存分に発揮される対戦を期待しております」
社交辞令のような挨拶を終えたのち、モニターの画面が切り替わる。
そこに映し出されているのは、各対戦における介入行為についてだ。
「対戦に先立ちまして、介入行為について説明させていただきます。対抗戦前日までに、対戦するクラスの内の上級クラスには、任意で介入行為を設定していただきました。こちらが、その内容になります」
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〇Sクラスによる介入行為(Sクラス VS Dクラス)
=特記無し
〇Aクラスによる介入行為(Aクラス VS Bクラス)
=和泉要が司令塔となり、任意のタイミングで対戦に介入可能。
制限時間は各種目ごとに15分間。
〇Cクラスによる介入行為(Cクラス VS Eクラス)
=木島江利が司令塔となり、任意のタイミングで対戦に介入可能。
制限時間は各種目ごとに15分間。
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Sクラスだけが介入行為を設定しなかったらしい。
上級クラスの切り札の1つだと認識していたが、紫苑はそれを使おうとしなかった。
Sクラスのグループに視線を向けると、俺の違和感を察したのか、彼女もこっちに目を向けては口角を上げて笑っていた。
正々堂々と戦ってやるという意志表示なのかもしれない。
だとしたら、受けてたつだけだ。
それにしても、司令塔ってシステムがあるのは初耳だ。
おそらく、介入行為の1つとして元から設定されていたものだろうな。
そして、和泉と木島がこの場に居る理由も理解できた。
介入行為のために、この場に居たってことだろうな。
頭脳戦においては、和泉が活躍する可能性はあるかもしれない。
だけど、違和感があるのは木島江利だ。
対戦種目を見ても、お世辞にもあの女が活躍できそうなものが見当たらない。
もしも介入行為を発動したとして、何をするつもりだ?
俺の疑問を他所に、話は進んでモニタールームから、各クラスごとに控室に案内された。
そこにも簡易的に椅子とテーブルが配置されており、小さいながらもスクリーンが下ろされている。
ここで他の対戦参加者は、観戦することになるみたいだな。
対戦種目の順番が、さっきのモニターに映し出された通りだとすれば、最初は……。
案内人がタブレットを確認し、参加者に声をかけた。
「対戦種目『ラグビー』。参加者選手は準備をし、廊下に並んでください」
淡々とした言い方に、最初の種目参加者が一斉に動き出した。
「んじゃ、サクッと1勝してくるぜ」
川並は立ち上がり、肩と首を回しながら軽く息を吐いた。
「油断するなよ?相手はSクラスだ。一筋縄でいくかはわかんねぇぞ」
「わーってるって。まっ、大船に乗ったつもりでいてくれよ。ラグビー部の次期エースの実力、嫌ってほど見せてやるからよ!」
彼は笑顔でサムズアップをし、他の選手と共に廊下出て行った。
Sクラスは介入行為を設定していない。
ということは、紫苑は俺との自由決闘まで対抗戦では何もできないということだ。
それなのに、妙な胸騒ぎがするのは何でだ?
この場には居ないと言うのに、頭には不敵な笑みを浮かべている女帝の顔が浮かんでいた。
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10:00。
スクリーンに映し出されたのは、周りが分厚い鉄の壁と天井で囲まれた芝生のフィールド。
そこには、敵味方合わせて14人の選手が、青と赤のユニフォームに分かれて並んでいる。
今回のラグビーは7人制であり、前半7分、後半7分、ハーフタイムは2分で進められる。
青のユニフォームがDクラス、赤のユニフォームがSクラスだ。
川並がやる気十分な感じで軽く腕のストレッチをする中で、目を引くのは敵チームの選手だ。
男女差別する気はねぇけど、向こうは7人の内の3人が女子だ。
その内の1人は、あの紫苑の側近の1人、森園早奈江。
向こうの人員配置も紫苑がやっているとすれば、何か狙いがあるはずだ。
「真央、おまえはSクラスのあのメンバーはどう見るんだ?」
近くに座っていた真央に話しかければ、彼は自身の顎を触って険しい表情をする。
「男女ともに、身体能力が高いメンバーが配置されていますね。ですが、それでも川並くんに競り勝てるほどのタフネスを持っている者が居るかと言われれば、警戒するべき相手は森園さんぐらいですね」
やっぱり、真央も彼女の存在には注意を向けているようだ。
川並はラグビー部で2年生や3年生とも競り合える実力を持っていると、周りからの情報を得ている。
ラグビーという競技を選択している以上、向こうもあいつが配置されることは想定していたはずだ。
何が狙いだ、紫苑…?
俺たちの疑念は解消されないまま、スクリーンの向こうではコイントスが行われた。
先行はEクラスだ。
フィールドの真ん中から、川並がボールをワンバンドさせ、ゲームが始まった。
「おっしゃぁあああ‼上げてくぜー‼」
声をあげながら、川並がボールを左脇に抱えながら突進していく。
それを最初は、向こうは男子2人で抑えようとタックルなどを仕掛けていくが、右手で軽く払いのけられ、壁の機能を果たせずに抜けられる。
そして、次に森園が前に立てば、川並の足が一瞬止まる。
だけど、すぐに左に大きく踏み込んで屈み、彼女を突破した。
その後はゴールラインがガラ空きであり、一気にゴールラインに踏み込んではボールをフィールドに着けた。
審判が笛を鳴らし、得点が5点追加される。
その後、キックによってさらに2点。
こっちの先制点によって、7ー0。
相手は川並のワイルドな攻めによって、相手にボールが渡ったとしても、パスカットなどで奪われ、悉く突破されては得点を決められていった。
ゲームが始まってから、3分が経過する頃には点数は開いて19ー0となっていた。
完全に試合の流れは、川並を中心に進んでいた。
攻めはほど川並1人が担っており、他のメンバーは中・後衛でゴールライン前を守っている状態だ。
傍から見たら、あいつ1人居れば十分な試合だ。
ここまで、ほぼ全ての流れが相手フィールドだけで完結している。
だけど、それによって生まれるリスクも当然出てくる。
そのまま流れは変わらず、前半戦が終わってハーフタイムに入った。
この時点で、点数は35ー0。
逆転を狙える状況じゃない。
まさか、あいつら、この試合は捨てているのか?
スクリーン上で水分補給などの小休憩が行われている中で、こっちの控室にも変化が起きた。
「何やら、腑に落ちないと言った顔をしているな、円華よ」
その声に対して、その場に居た全員が聞こえた方向に振り返った。
出入口のドアの前に立っているのは、鈴城紫苑だった。
「紫苑、おまえ……何で、ここに…!?」
「Sクラスの控室に居ても、つまらなくてな。こっちでおまえと共に居る方が、幾分かマシだと思ってな」
「参加者はクラスごとの控室で待ってろって言われただろ」
「順当に行けば、私たちの出番は最後だ。それまでに戻っていれば、何も問題はあるまい」
こいつの自由な行動は、対抗試験中であろうと関係なしか。
彼女はこっちへの断りもなく、「同席させてもらう」と言って、我が物顔で歩いては俺の隣に着いてきた。
それに対して、恵美が「なっ!?」と驚愕の反応をすれば、紫苑は歯を見せて笑う。
「こう言うのは、早い者勝ち…だろ?」
見上げながらそんなことを言うが、恵美は顔を背けて無視した。
俺も流石に部屋の中の穏やかじゃない空気を察しているが、言って出て行く女帝様じゃない。
仕方なく、そのまま観戦に集中する。
調度ハーフタイムが終わり、後半戦が始まる。
「おまえは、ここからの逆転はあり得ない……。そう思っていないか?」
「……状況だけ見れば、簡単じゃねぇとは思うぜ。おまえ、この競技に川並が出ることは想定していたんじゃねぇの?」
俺たちが対戦種目を1週間前に提出した後、紫苑たちはそれを見て参加者を決めることになる。
下級クラスが有利な種目、有利な参加選手を先に配置し、上級クラスがその攻略法を立てる形式の試験だ。
後手に回るとしても、何か対策は立てられるはずだ。
だけど、ここまでの試合の流れで、それが見えてこない。
紫苑は俺の疑問に対し、フフっと笑う。
「何がおかしいんだよ?」
「いや、悪かった。他意はない。おまえが予想通りの言葉を投げかけてきたのが、おかしかっただけだ」
そう言って、その笑顔のまま言葉を続ける。
「ああ、想定していたさ。川並啓介。ラグビーという種目において、おまえたちが彼という優秀な駒を投入することはわかっていた。だからこそ、私もそれを想定した上で、対抗手段とその先の展開まで伝えてある」
「その…先…?」
気になるワードを復唱すれば、スクリーンの向こうで動きがあった。
「……そんな…‼」
近くで真央が狼狽える声が聞こえ、俺も画面の方に視線を向ける。
前半戦では、信じられない光景が映る。
川並が虚を突かれ、森園に抜かれたんだ。
そして、彼女はそのまま縦横無尽にフィールドを駆け回ってはゴールラインを越えていた。
35ー7。
この試合において、初めて失点している。
「川並啓介という男のプレイスタイルなどを研究するだけでなく、彼の性格面まで考慮してのこの人選だ。……断言しよう、ここから先、彼は自分のプレイをすることができなくなる」
紫苑のその一言に応えるように、流れが変わった。
何が起きたのか、川並がボールを持つ時間が格段に減少し、失点が続いていく。
「っ‼何でっ…何で、だよ…!?」
画面の向こうで、彼も険しい表情を浮かべている。
攻め切れない状態でボールを奪われ、点差が狭まっていく。
前半戦と変わっている部分はどこだ?
敵チームの動きを見ていると、川並に着いているのは2人の女子だ。
そして、その内の1人は森園。
川並がボールを奪おうとしても、それを払いのけて突破している。
「あの男は紳士な性格をしている。だからこそ、そこに付け入る隙があると判断した。相手が女子であれば、あの男は傷つけることを恐れてパワープレイを取ることができなくなる。そして、それを抜きにしたプレイにおいては、敵を抜く際の動きが単調なものになる」
川並が抜かれれば、他のメンバーでカバーしようとするも、相手の巧みなパス回しに翻弄されて突破され、トライやキックなどでゴールを決められる。
点数は35ー28。
「前半戦は、川並の体力を消耗させることと、プレイの癖を観察する時間に当てさせた。選手1人でできる戦術、そして得点はフィールドの長さと時間から予測は可能だ。ここまでの前半戦での点差は予想の範疇だったわけだ」
自分たちの戦術を語りながら、紫苑は空虚な目をスクリーンに向けている。
「しかし、ここまで予想通りだと拍子抜けだ。もっと予想外の展開を期待していたのだがな」
紫苑は介入行為を設定しなかった理由がわかった。
わざわざ、設定するまでも無かったというだけの話だった。
彼女が対戦に介入しなくても、既に勝ち筋を他の参加選手に伝えていたってことかよ。
その対戦における、先々の展開を予測した上で。
点数はもう、35ー42。
逆転された。
残り時間は1分を切っている。
「あの男は確かに強い。しかし、敵を傷つけることを、そして味方が傷つくことを恐れる。そのあまり攻め切ることができず、味方にボールを回すこともしない。ラグビーという競技に対して強い自信があるが故に、1人で戦おうとした。それが敗因だ」
確かにここまでの流れで、川並が味方にボールを回したところを見ていない。
それはこの競技において自信があったこともそうだけど、メンバーにも問題があった。
俺たちのクラスには、ラグビー経験者が川並1人だ。
あいつは他の未経験者が傷つくことを恐れて、1人で勝とうとしていたのか。
そして、紫苑はそんな彼の心境を見抜いた上で、勝てる戦術を導いていた。
この女帝は、見通していたということだ。
スクリーンの向こう側で広がる、ここまでの展開を。
俺たちが紫苑の戦術を聞き、後悔している間も試合は止まってくれない。
試合終了のブザーが鳴り、1つ目の対抗戦が終了する。
点数は35ー63。
女帝の見通しを覆すことができないまま、俺たちEクラスの完敗だった。
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