迷いの先に
円華side
この分厚くも横に長い、鉄の門に立つのも2度目になるけど、流石に息苦しさには慣れるもんじゃない。
正直、今すぐにでも心変わりして引き返したい気持ちでいっぱいだが、あいつが強い意思で託した想いを無駄にできないという心が勝る。
この場には俺1人しか居ない。
そして、その理由は2つある。
1つは俺1人の方が、あの頑固野郎と話すのに都合が良いからだ。
そして、もう1つは……あいつに直接、伝えた方が良いだろう。
監獄施設に足を踏み入れ、前と同じように面会の手続きを済ませて中を進む。
通されたのは、前と同じ部屋だ。
その中には、もはや説明するまでも無く、ガラス1枚を隔てて赤い髪をした男がパイプ椅子に座っていた。
「よぉ…。年が明けてから、初めて面を合わせるな」
「柘榴……」
意外にも、最初に口を開いたのは向こうからだった。
そして、前みたいに底が知れない敵意は感じない。
「大方、また金本に泣きつかれたか?女の涙に弱いってのは、予想外の甘ちゃんだぜ」
挑発とも取れる言い方だが、もはや、こいつと話す上での通常運転として、神経を逆撫でされることは無い。
「おまえにどう思われようと知らねぇけど、彼女が関係しているのは認めてやるよ。おまえがここから出た後も、対抗戦に乗り気じゃねぇってこともな」
対面する形で、こっちも椅子に座って目を合わせる。
「柘榴、マジで死ぬ気か?」
はぐらかされるのも面白くないため、鋭い視線で問いかける。
「……相変わらず、単刀直入にズカズカと……。てめぇのそう言うところが、心底気に入らねぇ」
「別におまえに気に入られようなんて思ってねぇから、安心しろよ。それで、答えは?」
「俺の意思は関係ねぇだろ。答えを出すのは、Eクラスのあいつら自身だ」
金本から聞いていた通りか。
自分の命を、Eクラスの奴らに委ねている。
以前のあいつからは、考えられない結論だ。
そこには、どういう意図があるのか。
「まさか、今更になって罪悪感が芽生えたとか言わねぇよな?」
「あ?んなわけねぇだろ、バカが」
冗談で言ったら、呆れた顔で罵倒された。
こいつ、強化ガラスの存在に感謝しろ。
無かったら、速攻で胸倉掴んでた。
罪悪感じゃねぇなら、何が柘榴の思考を変えたのか。
他に原因が考えられるとしたら……。
「……原因は、てめぇかもな」
柘榴は俺の思考を読んだのか、それとも偶然なのか、背もたれに背中を預けては、天井を見ながら空虚に呟いた。
「・・・は?俺?」
いきなり、責任転嫁かよ……と、最初に思ったが、それにしては違和感がある。
こいつは初対面の時から、俺への復讐心を糧に戦いを挑んできた。
そのやり方は褒められたものじゃなかったけど、強い覚悟を以て策を巡らせていたはずだ。
その復讐心に、俺が追い詰められたことがあるのも事実だしな。
だけど、その柘榴の心の糧を打ち砕いたのは、俺自身だ。
ターゲットである俺に完膚なきまでに敗北しただけでなく、今まで信じていた真実を否定された。
あいつが生きていくために、長年積み上げていた生きる糧を崩壊させたんだ。
確かに俺が原因だって言われても、仕方がないかもしれない。
「おまえ、弟を殺した犯人に復讐するんじゃなかったのかよ。ここで死んだら、その目的も果たせねぇだろ」
「だから…‼ここで喚いたって、どうしようもねぇって言ってんだろ‼」
感情を露わにする柘榴からは、苛立たしさと共にもう1つの感情が見えた。
迷いだ。
「どうしようもねぇってことは、どうにかできるなら、死ぬ気はねぇってことだよな?」
「……」
肯定も否定もせず、柘榴は黙って顔を背ける。
「金本はおまえの力を必要としている。その想いに応える気は―――ねぇだろうな、おまえの性格からして」
王道展開からしたら、ここで友情とか仲間意識を刺激して、気持ちを汲み取るように誘導するのが定番だろう。
だけど、俺はそんなキャラじゃねぇし、それで心が揺さぶられる柘榴でもない。
こいつが迷いを抱いているのは、事実だ。
そうじゃなかったら、こんな煮え切らない態度なんてせずに、この面会も早々に終わらせようとしているはずだ。
その迷いの原因が俺っていうのも、気になる点だ。
それが、今まで目を向けて来なかったEクラスの意思に委ねることに繋がったとすれば……。
まさかとは思ったけど、1つのシンプルな結論が口から零れた。
「おまえ、単純に……自信無くしたんじゃねぇのか?」
「っ‼」
半眼で机に頬杖をつきながら言えば、柘榴は目を見開いて動揺を見せた。
「何を…言ってやがる…!?」
「2学期末に俺に負けて、それが原因でおまえのクラスはBからEに急降下した。それに対して罪悪感や責任感は無いにしろ、おまえの力じゃ俺に勝てないことが、クラスの奴らに証明されたのは事実だ。それで、おまえはクラスに求められる存在じゃなくなったって思ったんじゃねぇの?」
1つの完全なる敗北が、クラス全員からの信頼を失わせた。
自分はもう必要とされていないという疑念が、こいつに躊躇いを与えている可能性がある。
今まで目的のためにクラスを蔑ろにした自分を、受け入れるはずがないという想いがあるのかもしれない。
だけど、諦めているようには見えない。
柘榴が迷いを抱いている事実が、それを物語っている。
「求められる存在じゃない……か。本当に、おまえの容赦無さには頭が下がるぜ。ズカズカと、俺の中心に迫ろうとしやがる。気色悪ぃほどにな」
心の壁に触れた影響か、目が鋭くなる。
それに対して、こっちも目を冷たくさせる。
「事実だろ?金本の話だと、Eクラスの中であいつ以外におまえに会いに来た奴は居ないって聞いた。散々やらかした挙句に、何の成果もあげられない暴君なんて、無能の烙印を押されたっておかしくねぇよ」
敗北した事実から広がる波紋を、淡々と口に出していく。
それに対して、無意味に言い返す柘榴じゃない。
今のこいつは、相手が俺であっても事実を受け入れる器を持っている。
「……その無能の烙印を押されたとしても、大勢の人間がおまえを否定したとしても、おまえの力を必要としている人間が1人は居る。それが誰なのかは、言わなくてもわかってるだろ?」
ここまでの話の流れで、柘榴も嫌になるほど痛感している事実はもう1つある。
周りの人間が負の感情を向けながらも、それとは別にこいつに希望を抱いている存在も居る。
「俺がここに来たのは、そいつが心と身体に鞭を打って頼ってきたからだ。……あのクラスには、復讐の暴君じゃなくて、今の柘榴恭史郎の力が必要だってな」
「……」
柘榴も大きな敗北を通じて、変化が生じている。
金本はそれを感じて、今のこいつを必要としている。
言葉が返って来ない中で、俺は1つの真実を突きつけた。
「本当なら、金本も這ってでもここに来るつもりだったはずだ。だけど、実際に来たのは俺1人……。この理由が、おまえにわかるか?」
ここからが、俺がこの場に来た大きな理由になる。
「あいつは今、学園側が仕掛けた対抗戦の裏条件……毒の感染者になって苦しんでる。Eクラスが次の戦いで敗北した場合、死ぬのはおまえだけじゃなくて、金本も道連れだ」
金本は俺に柘榴の説得を託そうとした中で、急に目の前で倒れた。
後で判明したことだけど、あいつもまた、各クラスで毒に感染した生徒の1人だったんだ。
「……マジ…かよ…」
流石に予想外の真実に、目を見開いて動揺している。
「おまえが集団意識に圧し負けて、その上Cクラスにも負けて死ぬのは勝手だ。だけど、それが金本の死にも繋がっている。それでも、おまえは指をくわえて見てるだけなのか?」
動揺しているのが、迷いを深めている証拠だ。
自分だけでなく、自分を必要としている存在の死を突きつけられる。
そして、俺はある人の言葉を借りて、その迷いの先へと背中を押した。
「迷っているってことは、おまえの中で答えはもう出てるってことなんじゃねぇのか?」
その言葉は、柘榴の心を大きく弾ませた。
客観的にも実感できるほどに、あいつの目の色が変わったんだ。
「答えは、もう……既に…。クッフフフ…‼そうか、そうだよなぁ…‼おまえの言う通りだぜ、椿ぃ…。答えはもう出ている……あとは、それを受け入れる覚悟を決めるだけだった…‼」
自身の前髪を両手でかきあげ、今日初めての不敵な笑みを見せる。
「鬱陶しい奴だが……大っ嫌いな俺に、助けられる屈辱を味合わせるのも悪くねぇ。……良いぜ、おまえの口車に乗ってやるよ。今のくだらねぇ状況を、ひっくり返せば良いだけの話だろ?」
そう容易に言葉を口にする柘榴からは、これまでにないほどの自信を感じる。
だけど、それからは以前までの醜いほどの黒さは無い。
誰かを蹴落としたり、踏み潰すことを目的としていない。
もっと純粋な、勝利を見据えた上での気迫だ。
「相手は木島江利だぜ?それに、おまえのクラスにはまだ内海が戻ってきていない。それでも、勝てると思うか?」
「そう言うなら、逆に確認させろ。俺があの女に負けねぇと思ったから、おまえは俺を利用しようと思ったんだろ?」
柘榴は顎を引き、口角を上げて俺を見上げる。
……流石に、こいつの洞察力は侮れないな。
こっちの狙いに気づいてやがった。
俺が感心して言葉が出ずにいると、それを肯定と捉えたようでハンっと笑う。
「負けねぇよ。俺をぶっ潰せるほどの敵が居るとすれば、それは目の前に居るおまえぐらいだ」
あくまで敵という言葉を使っているが、そこに悪意は感じない。
柘榴は強い覚悟を固めた。
これがEクラスとCクラスの対抗戦において、大きな影響を与えるのは予想がつく。
あいつが勝ちを目指す姿勢を見届けた後、面会終了の時間になって俺たちは別れた。
「……やっぱり、あいつは俺をただの善人とは見なかったか」
俺がここに来た理由を、最初に2つと言ったことを訂正する。
1つは俺1人で来た方が都合が良いと言うこと。
もう1つは、金本の身体を張った行動に感情が突き動かされたこと。
そして、胸の内に秘めていた、3つ目がある。
金本が倒れたという事実を告げれば、柘榴が動く可能性が大きいと思ったのは確かだ。
その上で、彼女を助けるために木島江利……あのいけ好かない魔女と戦う意志を焚きつける。
正直、あの女の想い通りに事が進むのは面白くない。
だからこそ、柘榴をぶつけて妨害する。
進藤先輩のやり方を通じて、俺も1つ学習した。
敵を倒すために、必ずしも自分を主軸に動く必要は無い。
この件において、俺が全てに介入することはできない。
だからこそ、俺は大きな敗北を通じて成長した柘榴恭史郎を利用する。
その上で、木島江利の思惑を崩壊させることを選んだんだ。
『……おい、相棒』
廊下を歩いている際中に、ヴァナルガンドの声がして足が止まる。
『気づいたか?あの赤毛野郎、また変な力に憑りつかれてやがるぜ』
「……はぁ?」
訝し気な声で反応し、思い返してみるが違和感がない。
魔装具の力に手を出した時のような、力に踊らされているような感じは無かった。
逆に以前よりも落ち着いているようであり、全ての事実を受け入れた上で冷静に考えを巡らせているようだった。
「その力、感じたおまえからの感想は?」
『漠然とした言い方になるが……七天美に近い。だが、あれのような狂気は無かった。……俺様と同じ、かもな』
「いや、本当に漠然としてんな。意味わかんねぇ」
ヴァナルガンドの言い方に引っ掛かりを覚え、振り返っては面会室の方に目を向ける。
魔装具の時は、俺でも気づけるほどの禍々しい変化があった。
だけど、今の柘榴は……普通だ。
「普通の奴が、一番怖い……かもな」
柘榴が手に入れたかもしれない、新しい力。
それが頭に引っ掛かりを残しながらも、俺は自分たちの戦いの方に思考をシフトさせた。
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