守るための勝利条件
円華side
意識を失った麗音が、岸野の申請で駆けつけた救護班によって担架で運ばれて行く。
それを見送り、俺たちはそれぞれの机に戻る。
イイヤツの明かした裏条件を知り、それぞれが動揺を隠せないでいる。
その中でも、一番それが大きいのは恵美だった。
「私がもっと、早く気づいていればよかったのに…‼そして、みんなに言っていれば…‼」
悔やんでも悔やみきれない、そんな思いが伝わってくる。
だけど、タラレバを口にしたところで、過去に戻れるわけじゃない。
「おまえ、麗音が倒れた時に妙に反応が早かったし、焦ってたよな。あいつが、あの状態だってことを知っていたのか?」
麗音の変化に対して、戸惑いよりも先に行動に移っていたのは恵美だけだった。
あの時、状況を理解していないものは呆然としている他なかった。
俺だって、緊急事態だって認識するのに少し遅れたぐらいだ。
あの場で動けた恵美に対して、違和感を抱かない方がおかしい。
俺の問いに対し、あいつは俯いて前髪で顔が隠れながら頷いた。
「対抗戦のことが公開された辺り…だったかな。その時から、麗音が無理してるのに気づいて……。でも、彼女からは誰にも言わないでって、自分のことで余計な心配をかけたくないって言ってて……」
麗音の場合、自分の身に何が起きていてもそう言うだろう。
そして、恵美がそれを聞かずに成瀬たちに話していたら、今よりも前にあいつの変化に気づけただろうけど……できなかったんだろうな。
その後、恵美はクラスのみんなに知られないように、誰にも話さないという約束で、麗音の看病をしにあいつの部屋に通っていたことを話した。
自分1人でどうにかしようとしても、徐々に衰弱していく麗音を視ていることしかできなかったとも。
「どうして、黙っていたの!?もしも相談してくれていたら、今よりは酷い状態にならなかったかもしれないのに‼」
成瀬が恵美に抗議する目を向けるが、あいつはそれを受け止めた後で目が少し潤む。
「私だって……話したかったよ…‼でも、麗音のことだから……自分のことを知られたってわかったら、余計に気を張って誤魔化そうとして……塞ぎ込むと思ったから。そしたら、私のことも頼ろうともしてくれなかっただろうし」
恵美としても、苦汁の決断だったことは間違いない。
麗音の性格上、俺たちに迷惑をかけると判断したら、余計に強がるのは目に見えている。
そして、恵美が話したことを察した瞬間に、あいつのことも頼らなくなるのもわかる。
誰にも話さないという約束を破ったことを、許さないだろうからな。
「……ごめんなさい、あなたを責めるのは筋違いだったわ。恵美は、恵美なりに住良木さんのことを想って行動してくれていたのに。八つ当たりになってしまったわ」
成瀬としても、行き場のない怒りを発散させる方法がわかっていないんだろう。
麗音を対抗戦のための道具として利用した、学園側への怒り。
彼女の変化に気づくことができなかった、自分への怒り。
この2つの憤りを、自分の中で消化することができないでいるんだ。
「麗音ちゃんのことが心配で、何もできなくて悔しい……。その気持ちはわかるけど、今は目先の対抗戦に集中しなきゃじゃないか?」
成瀬の想いを汲み取りつつも、基樹が現実に目を向けさせようとする。
「イイヤツの思い通りに動くのは癪だけど、彼女を助けるためには俺たちはSクラスに対抗戦で勝つしかない」
「で、でもでも!向こうも麗音っちと同じ状態の人が居るってことでしょ?うちらが勝ったら、その人は……」
どちらか一方の命を、選ばなきゃいけないってことかよ。
麗音か、Sクラスの誰かか。
2人の内のどっちが犠牲になったとしても、これから先の俺たちと紫苑たちのクラスの間に、亀裂が生じるのは必然になる。
後味が悪い結末が待っているのが、無性に腹立たしい。
「この学園に居る限り、またこうやって僕たちの命が弄ばれる。でも、退学することは死に直結している……。僕たちは良いように利用されて、見せ物になることしかできないのか…‼」
真央は今まで溜めていた怒りを吐き出すように、机に両手の拳を強く振り下ろす。
気持ちはわかる。
俺たちがいくら抗ったところで、変えられるのは小さな結果だ。
そして、わざわざイイヤツがこんな宣戦布告じみたやり方をしてきた理由が、何となくわかった。
あいつは、俺のことを復讐者と呼んでいた。
こっちの目的を知った上で、挑発してきたんだ。
『この対抗戦を覆すことは不可能だ』と。
誰かの命を犠牲にしなければならない戦い。
これは学年末試験なんて言っているが、ただのクラス対抗戦じゃない。
クラス同士の殺し合いだ。
「このままだったら、私たちはずっと、誰かの舞台の上で踊らされ続ける……。何か無いの?この学園の力に振り回されない方法は…‼」
成瀬が震えた声で、絞り出すように願望を口に出す。
だけど、それはないものねだりだ。
俺たちがこの学園に入学した以上、規則やルールに縛り付けられるのは必然。
卒業することができれば、どんな願いも叶うと言われる弱肉強食の学園で、勝ち残るためには学園の定めたルールに従って勝負に勝つか、そのルールを覆すほどの力を見せつけるしかない。
もしくは―――ルールを利用するか。
俺の脳裏に、この前紫苑と邂逅した時の記憶が呼び起こされる。
そして、時を同じくして、成瀬のスマホから音声が流れた。
『あるかもしれません。学園に振り回されない方法……そのための力を手に入れる手段が』
それはレスタの声であり、彼女が胸ポケットから取り出して画面を見ると、真剣な表情が映っている。
「どう言うこと、レスタ?あなたが、そんなことを言うなんて……」
『今回の対抗戦が発表された時から、私の独断で学園のデータベースにアクセスしていました。情報を手に入れるのに、時間がかかってごめんなさい。ですが、成瀬さんの求める力が手に入る方法が、この対抗戦にあることがわかったんです』
レスタは成瀬のスマホから、俺たちにある情報を一斉送信した。
それは、対抗戦の勝利条件についてだ。
『今、みなさんが迫られている対抗戦で勝利した場合、学園側に1つの要求を通すことができます。説明欄には、最大の権限としてクラスの交代が挙げられています。しかし、それはそれ以上のことができないと思わせるためのブラフです』
ブラフ。
学園側が、俺たちの思考力を縮小させるための罠だったというわけだ。
そして、そのことは紫苑の明かしたSクラスの勝利条件から俺は気づいていた。
「つまり……僕たちが求めれば……」
「学園側に操られない権限……少なくとも、命を弄ばれないための権利を手に入れることができるってことね」
成瀬と真央の気づきに対して、一筋の光明が見えかける。
しかし、そこに基樹が疑問を投げかけた。
「そんな楽観的に考えても良いのか?ルールの範囲を決めているのは、学園側だ。俺たちがSクラスに勝てたとして、その条件を飲ませようとしても、向こうの都合で捻じ曲げられることだってあり得るだろ?」
『その心配は大丈夫です。学園側は、この試験で提示された勝利条件を妨害できないことを制約として、この対抗戦を行っています。そのルールを変更した場合、この試験自体が破綻することを意味します』
学園側に不都合な勝利条件であったとしても、それを捻じ曲げることはできないってことか?
それだったら、どうしてそんな俺たちに有利に働くような制約を…?
「レスタ、その制約を付けたのは誰だ?」
『データベースには、学園長が最終的な決定をする前に、理事長と協議した結果取り付けたものであると記載されていますね』
学園長と理事長が…?
成瀬の祖父さんが、俺たちへの救済措置として用意したのならわかる。
だけど、理事長……ヴォルフ・スカルテットが考えることは、さっぱりわからねぇ。
あの男は、組織側の人間じゃないのか?
「だとしたら、私たちの定める勝利条件は決まりよ」
成瀬はクラス委員長のみが預かる、勝利条件を記載するカードを机に出す。
そして、その上でペンを走らせる。
そこに書かれている内容は、こうだ。
ーーーーー
Dクラスの条件
学園側のルールに抗うための力を得ること
ーーーーー
この条件が、学園側に対してどれほどの効力があるのかはわからない。
だけど、これは俺たちからこの学園……それ以上に、緋色の幻影に対する意思表示。
俺たちは、おまえたちの操り人形にはならないと言う、覚悟の表れだ。
「この条件を学園側に呑ませるためにも、Sクラスに勝たなきゃいけないのは変わらない。……麗音ちゃんを助けるってことは、向こうの誰かを犠牲にするって状況は一緒だぜ。大丈夫なのか?」
「その時は……その時よ。私たちがこれから先も戦い、生き残るためには、非情と思われようと、これが今ある最善の選択になるはずだから」
基樹の確認に対して、成瀬はあいつと目を合わせることなく答える。
その態度が、とても弱弱しい。
彼女の中で、迷いは晴れていないんだ。
何かを得るために、何かを切り捨てる覚悟を固められていない。
今の言い方だって、自分に言い聞かせている様だった。
それを見透かしてか、基樹が俺の方に視線を向けてくる。
「……わかった。それじゃ、みんなは対抗戦に向けて準備を進めてくれ。俺は俺のできることをするから」
「え?ちょっと、あなた、何をするつもり?」
「俺はどこの種目にも割り振られてないし、好きにやらせてもらうよ。気になることもあるしな」
あいつの中で、自分のやるべきことが決まったみたいだ。
そして、基樹の疑問は俺のそれと一致しているはず。
ここは向こうに任せて、俺たちは自分の戦いに集中した方が良いだろうな。
成瀬はあいつの言動に疑念を抱いているようだったが、追及する前にホームルーム終了のチャイムが鳴った。
それと同時に、基樹は流れるような動作で鞄を持っては教室から出て行った。
「おい、狩野。それ持ってどこ行く気だ?」
流石の岸野も、あいつの行動に待ったをかけた。
「ああぁ~、先生、俺、今日は早退するわ。めっちゃ頭いてぇんで」
頭を軽く押さえながら、軽く舌を出して悪びれることなく行ってしまった。
「全く、あいつって奴は……。言っても聞かないなら、しょうがないか」
呆れたような言い方だったけど、彼も基樹の行動に思うところがあったのか、追いかけてまで引き留める気は無さそうだ。
「何か最近、狩野も変わったよな。前はおちゃらけてた奴だったのに、時々恐くなるって言うか……」
「あぁ~、わかる。この前の特別試験の時からじゃない?急に雰囲気変わったよね」
クラスメイトの中で、あいつの変化に戸惑いを覚える者も少なくない。
だけど、あいつはあいつなりに、クラスのことを思って行動しているはずだ。
俺たちにできないことを、引き受ける形で。
これもまた、成瀬の言っていた個性の力が発揮されているということなのかもしれない。
俺たちは俺たちで、基樹は基樹で行動して結果に繋げる。
その行きつく先は、同じ目的のはずだから。
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