3度目の面会
蘭side
「あー、もう最悪!磯部が、他のクラスと繋がってたなんてぇ…‼絶対、裏切り者ってあいつでしょ!?あんたも、そう思わない!?」
「ぎゃーぎゃーやかましいんだよ、バカが。クズの掃き溜めに来てまで、やることが鍔まき散らしながら愚痴ることかよ。時間の無駄遣いが趣味なら、他を当たれ」
苛立ちMAXの私に、強化ガラス越しに呆れた目を向けてくる柘榴。
監獄施設への面会、3回目。
私は開口一番に、柘榴に浦村と磯部を尾行していた時のことを話した。
だけど、大部分は取捨選択試験の時から突っかかってきたあいつへのストレスが爆発した形で、結果的に愚痴っていた。
「はあぁ~……。あんた、いつから磯部が内通者だって気づいてたの?」
「あのクラスで、おまえの次に俺に反感を抱いていたのはあいつだ。磯部自身は気づかれないように、俺に従っていたみたいだが、自分への敵意を見透かせないほど、目は腐ってねぇんだよ」
最初から、自分のことを嫌っている磯部の敵意に気づいていながら、恐怖で服従させていたってわけね。
本当にこいつって、悪趣味っていうか……何を考えてるのかわからない。
「まぁ、あいつの実力で俺の後釜に着くなんてことは、無理な話だ。あいつはリーダーには向かない。強い奴の腰巾着になるのが、関の山。……だから、他のクラスの強者に着くことを選んだってところだろうな」
磯部の思考を分析しつつ、私から得た情報と結びつける。
「こんな状態で、対抗戦なんて……しかも、相手はCクラスよ?よりにもよって、磯部と繋がってる木島江利の居る所なんて、どうすれば勝てるって言うの?何かぁ、私たちにも奥の手みたいなのがあればぁ……」
「今の状況で勝てるわけがねぇだろ。夢みてんな、バカが」
必死に考えを巡らそうとしたところに、柘榴は容赦なく現実を突きつけてくる。
「磯部が木島の内通者として残っている上、あいつのクラスでの発言力が上がってきているなら、Cクラスが有利になる種目に誘導するだろう。十中八九、この対抗戦は八百長だ。万が一にも、おまえたちが勝てる可能性はねぇよ」
外の状況を実際に見たわけじゃないのに、柘榴が言ったらその通りになりそうで恐怖を覚える。
「じゃ、じゃあ、明日にでも磯部が裏切り者だって、クラスのみんなに言えば―――」
「仮におまえと浦村が、磯部を内通者として吊し上げたところで、白を切られて終わりだ。肝心の試験から時間が経過していることもそうだが、木島が磯部を駒としてまだ利用すると決めたなら、根回しをしている可能性は高い。後手に回るってことは、先手の裏を突く奇策が必要になる。それをおまえらで導き出すことができるか?無理だろ」
はんっと鼻で笑って言ってくるあいつに、増々イライラが募る。
「じゃあ、あんただったら、この対抗戦でどうすれば勝てると思うわけ?悪知恵しか働かないあんたなら、さ~ぞかし木島や磯部も驚く奇策ってやつが思い浮かぶんでしょうね~」
ベーっと最後に舌を出しながら嫌味で言ってやれば、売り言葉に買い言葉なのを見透かされ、「ガキか」と言って流される。
「おまえ、散々愚痴ったくせに、肝心なことを俺に話していないことをわかってるか?」
「……?肝心なこと?」
「おまえが、木島と磯部が繋がっていると確信した証拠だ。ただレストランで会っているだけで、裏切ったなんて思っているなら、説得力に欠ける」
「はぁ!?そんなわけないでしょ!?……磯部と木島の会話を外から聞いていたのよ。本当はすぐにでも突撃したかったけど、そこは浦村に止められて渋々だったけど……」
レストランで2人が食事をしていたのは、小一時間程度だった。
その間に、窓辺の席だった磯部たちの方に移動し、壁越しに聞いていた会話。
それは聞いているだけで、気が重くなる内容ばかりだった。
ーーーーー
――時間は戸木と木島がレストランで接触した時まで遡る。
2人が同じ席に着いたのを見た時に、私は店に入ろうとしたけど後ろから浦村に腰に手を回されて止められる。
「あいつ、蹴り倒してやる‼」
「おーちーつーいーて!ここで突撃したって、何の意味も無いよ。だって、傍から見たら、2人で仲良く食事をしているだけだからね」
「それでも!一発ぶん殴らないと気が済まないぃ‼」
言われても納得できずにいると、彼女は「猛獣めぇ…」と呆れながら両手を上の方に移動させ、ムニュっと胸を掴んできた。
「ひゃあう‼」
「おー、意外と良い声で鳴くじゃないか。私には無い、柔らかい感触。前から触ってみたいとは思ってたけど、まさかこんな状況でとはねぇ…」
「は、離しなさいよっ…‼つか、揉むなぁ~‼」
強引に手を掴んで離そうとするも、シーっと耳元で囁かれる。
「ここで騒いだら、それこそ2人に逃げられるよ?それで君は本望なのかい?」
「っ‼……わかったから…‼大人しく、するからっ……。は、離してぇ」
恥ずかしさと悔しさから、顔が熱くなりながら懇願すると、「よろしい」と言って手を離しては磯部たちの方を指さす。
「とりあえず、裏に回り込もうか。レッツ・盗み聞き」
好奇心剥き出しのキラキラしたその目に、NOと言うことはできなかった。
磯部たちの近くに移動し、屈みながら聞き耳を立てる。
意外にも、声は小さいながらも話し声は聞こえてきた。
「私が送り込んだ刺客の中で、残っているのはあなたともう1人だけ。あなたには期待していますよ?磯部くん」
優し気な口調で言っているのは、木島江利だとすぐにわかった。
「次のクラス対抗戦の結果次第では、あなたを私のクラスに引き上げても良いと考えています」
「ほ、本当ですか、木島さん!?」
彼女の期待を煽る言い方に、間抜けそうな声で反応しているのは磯部だ。
「はい。柘榴恭史郎が2学期末で衰退した今、Eクラスは泥船も同然。次の対抗戦で勝利することができれば、条件として私は柘榴くんの退学を望むつもりです。そうすれば、Eクラスは私の庇護下に置かれることになります」
「だったら、俺はCクラスが絶対に勝てるように、協力するつもりです」
こいつ、私たちの存在に気づいていないからとはいえ、堂々と裏切り宣言しやがってぇ~。
すぐにでも飛び蹴りしてやりたいとも考えたけど、横で浦村が半目で手をワキワキさせているから止める。
それにしても、木島も抜け目がないわね。
柘榴を退学させることで、私たちのクラスまで手中に収めるつもりみたい。
自分の支配を広げるためなら、あいつが死んでも良いって思ってるってわけ!?
「それでは、対抗戦の種目についてはこれ|に書いてある内容でお願いします。今のあなたのクラスでの地位なら、誘導するのは難しくないでしょう」
「それも木島さんのおかげです。ありがとうございます」
確かに最近、磯部のクラスでの横暴が目立っている気はしていた。
段々とやり方が柘榴に似てきたとは思っていたけど、それはただの二番煎じだと見くびっていた。
だけど、結果として磯部の影響力は、悪い意味で広がりつつあった。
あれも木島の入れ知恵だったってわけね。
「状況としては、最悪の方向に進もうとしているみたいだね…」
浦村が親指の爪を噛みながら、忌々しそうに小声で呟く。
そして、話が終わったのか、2つの椅子が動く音がする。
こっそりと窓から中を覗いてみると、もう2人の姿は無く、会計に向かっていた。
「あいつら、一体どこへ―――」
「今日はもう終わりにしよう。流石にこれ以上近づいたら、2人にバレるよ」
浦村に引き時を告げられれば、私も追いたい気持ちを抑えた。
磯部と木島の計画。
Eクラスの敗北は、柘榴の死に繋がっている。
それは私たちEクラスにとって、最悪のシナリオだった。
ーーーーー
―――時間は現在に戻る。
柘榴は私の話を最後まで聞いて、大きく溜め息をついた。
「蓋を開けてみたら、おまえのくだらねぇ愚痴よりも重要な内容しか無かったな。先にこっちを話せ、バカが」
「そ、それはっ……ごめん」
言い返すこともできないで居ると、あいつは前屈みになって目を閉じる。
「大体は俺の予想通りだったな。答え合わせができたって意味じゃ、おまえが今日、ここに来たのは正解だったってわけだ」
「あんた……今の話を聞いて、よく冷静でいられるわね。絶体絶命でしょ、私たち」
動揺する素振りを見せない柘榴から、やっぱり目の前に居る男は異常なんだと思う。
私なら、こんな状況で何をしたら良いのかが考えもつかない。
だけど、こいつなら……。
「柘榴……もしも、もしもよ?私が言えた義理じゃないのはわかってるけど、あんたがクラスに復帰したら……。Cクラスに勝てる自信、ある?」
「……さぁな」
柘榴は顔を背け、素っ気なく返す。
「今の話を聞いて、点と点が線で繋がったのもそうだが、新しく疑問も浮かんだ」
「な、何よ、その疑問って?」
気になって聞くと、あいつはそのまま目も合わせずに言った。
「今の話を仮にクラスのバカどもに話して見ろ。あいつらは、勝つことを望むと思うか?」
「それは……。当たり前でしょ、木島の言いなりになるなんて、絶対に嫌!あんな性悪女に従うくらいなら、あんたみたいな嫌われ者の方がまだマシよ」
「おまえの願望を聞いてんじゃねぇよ。金本、おまえがそう思っていたとしても、クラスの奴らは木島の下に付くことを望むかもしれない。いや、磯部がそう言う風に誘導する可能性が高い。それを考慮した上でも、今はあいつが裏切り者であることを、明かすのは得策じゃねぇんだよ」
あと少しで柘榴はこの施設から解放される。
その場合、クラスの奴らはこう考えるはず。
『また、柘榴が支配するクラスに逆戻りする』と。
それよりも、木島の下に着いた方が良いと考える者も出てくるかもしれない。
その場合、対抗戦を前にクラス内で新しい混乱が起きることは間違いない。
「俺が本当に、あのクラスに必要とされているのか……。過去の自分の実績を考えれば、死を望まれてもおかしくねぇかもな」
「ちょ、ちょっと!折角、この前の特別試験を乗り切ったのに、また退学しても良いとか思ってるんじゃないでしょうね!?」
「それを決めるのは、それこそおまえたちだろ。俺がここでどう足掻いたって、集団心理には太刀打ちできねぇよ。最悪……本当に死ぬかもな、今度こそ」
お手上げというように、手錠をかけられた両手を軽く上にあげる柘榴。
こいつが監獄施設から解放されても、対抗戦までに動ける時間は3日間だけ。
あまりにも少なすぎる。
「あんた……このまま死んでも良いの!?やりたいこととか、あるんじゃないの!?」
「だから、ここで駄々をこねたって始まらっ…‼」
柘榴が呆れた口調で顔を上げると、私の顔を見て少しだけ目を見開いて言葉が詰まる。
「な、何よ…?」
じっとこっちを見てくるのを問いかけると、あいつは目を合わせたまま問いかける。
「おまえ……何で、泣いてんだ?」
泣いてる?私が?
軽く手の甲で目を擦ると、濡れているのが感触でわかる。
「えっ……私、何で…!?あれっ、おかしいな……」
自分が涙を流してることに気づくと、止められないくらいに溢れ出てくる。
「金本、おまえ―――」
「も、もう面会時間も終わる時間ね!私、もう帰るから‼」
涙が止まらないまま、私は逃げるように面会室を出た。
柘榴が死ぬかもしれない。
それなのに、あいつは諦めるような言葉を吐いていた。
そんなあいつの姿を見たのが、とても辛く感じた。
私には、本当にどうすることもできないのか。
こういう時、柘榴を助けられる者が居るなら……。
頭の中に浮かんだ選択肢が、1つしか出てこなかった。
だけど、今はそれしか思い浮かばない。
そんな自分が、嫌になるくらいに悔しかった。
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