視えない真意
恵美side
―――2時間前、放課後。
円華が成瀬と会って、学年末試験について話し合っていることなど知らず、私は今日も麗音の看病をしに、部屋に荷物を置いて彼女の部屋に向かった。
体調は相変わらず悪そうだし、部屋に戻ると張りつめた糸が切れたみたいにぐったりしてる。
「毎日毎日、飽きもせずよく来れるわね」
「そう言うなら、私が飽きる前に早く体力戻してよね」
麗音の強がりに対して、いつも通りの調子で返すけど、彼女の顔色は会う度に悪くなっているのがわかる。
玉の汗が額から流れており、元々肌は白かったのに、さらに色素が薄くなっているような気もする。
こんな状態で学校に通うなんて、相当無理をしているし、本当だったら休んでほしい。
でも、そんなことを言っても聞いてくれるとも思えない。
麗音の中で、自分よりもクラスの調和を大切にする想いが強くなっているのはわかる。
だけど、それは成瀬みたいに仲間だからそういう行動をしているってわけじゃない。
彼女の中には、まだ残っているから。
クラスメイトを私利私欲のために利用した、罪悪感が。
「余計な、お世話って……何回、言えば……」
まだ強がりを言おうとする麗音だったけど、言葉の途中で意識が切れたのか、彼女は目蓋を閉じていた。
そして、一定の呼吸をしながら寝息を立てていた。
「寝ちゃった……んだよね。最近、起きてる時間よりも、寝てる時間の方が長くなっている気がする。……無理しすぎなんだよ、バカ」
頭に手を置いて、ゆっくりと撫でてみる。
昔、お母さんが私や島の子どもたちが体調を崩すと、付きっきりで看病をして、よくこうしてくれていた。
その時はいつも、不安そうな表情なんて見せず、「大丈夫」と何度も言って、笑顔で勇気づけてくれていた。
私はあの時のお母さんのように、できているのかな……。
今の麗音の状態を確認しようと、首にかけてるヘッドホンを耳に当てる。
口では強がっていても、心の底では辛いって気持ちを抱えている。
それを感じ取った上でかける言葉には、力がある。
その力を与えられるのは、この場には私だけ。
麗音に触れ、異能の力を発動させた瞬間―――。
『何故、おまえは彼女を助けようとする?』
その声は、彼女のものではなかった。
【何か】が、私の異能に介入してきたような感覚。
私は思わず、周りを見て声の主に問いかけた。
「だ、誰!?」
ヘッドホンは耳から外さず、意識を集中させる。
『俺の存在を求めるのなら、ある場所に来い。彼女は眠りの世界に浸っている』
「えっ……ちょっと、急にそんなことを言われたって…!?」
『同じ機会が、2度訪れる保証などない。今ある機会を掴めないのなら、おまえに復讐者の側に立つ資格は無い』
復讐者。
その言い方だけで、誰がのことを言っているのかはすぐにわかった。
そして、その目的に関係している人物だと言うことも。
だとしたら、答えは決まっている。
声の主も私の意思を察したのか、場所を告げてくれた。
ーーーーー
眠っている麗音には、もしもの時のために書き置きを残してから部屋を出た。
向かった先は、開かれていないプラネタリウム。
地下街のデートスポットの1つで、年中人気の場所。
確か、今日は休館日で使われていないはず。
だけど、声の主はここに来いと言っていた。
試しに扉の前に立って、ドアノブを握って前に押しだしてみる。
すると、少し重たかったけど、開錠状態だったみたいで中に入ることができた。
まるで誰かに誘導されているような感覚だけど、何故かそれに従うことに不快感はなかった。
プラネタリウムに入ったのは初めてで、天井一面には綺麗な星々が映し出されている。
罪島で見られた、満天の星空を思い出す。
「綺麗……」
思わず呟いていたその言葉に、次はくぐもったような肉声で帰ってきた。
『気に入ってくれたのなら、幸いだ。次は復讐者とでも来ると良い』
その声を聞いて辺りを見渡せば、中央の装置の前に人影が見える。
そして、その姿を見て言葉を失った。
「えっ……嘘…!?」
目を見開き、一瞬反応が遅れて右脚のホルスターからレールガンを抜いて構える。
だけど、銃口を向けた先に相手の姿は無かった。
『判断が遅いな。敵と判断したんであれば、すぐに臨戦態勢に入れ。復讐者は殺意を向け、抜き身の刃を俺に向けていたぞ?』
円華のことを、復讐者と言う存在。
それは次の瞬間には、私の前に立っていた。
純白の鎧を身に纏い、蒼いマントをなびかせる姿に対して、1人の敵を連想した。
「キング…‼」
名前を呼んで敵意を帯びた目を向けるが、キングは平然としている。
「その敵を前にした時の鋭い目。……父親に似ている」
そして、私が構えるレールガンの先を掴み、胸部外装に銃口を押し当てる。
『俺はおまえと無益な争いをするために、ここに導いたわけじゃない。信用できないのであれば、気が済むまで引き金を引けば良い。避けはしない。このレールガンなら、鎧を貫通して俺にダメージを与えることが可能なはずだ』
そういうキングからは敵意を感じられず、逆に自身の身を傷つける覚悟を示してくる。
私はレールガンとキングを交互に見て、グリップを握る手が震える。
どうして?
私はこの引き金を引くことを、躊躇っている。
キングは、円華の大切な人……涼華さんを殺した仇。
円華が誰よりも、復讐したいと思っている相手。
それを理解しているはずなのに、指が動かない。
『おまえは優しいんだな、最上恵美』
キングがレールガンから手を離せば、私も銃口を下に向け、視線を逸らしてしまう。
結局、撃てなかった。
身体がそれを拒否していた。
だけど、それを相手に悟らせるわけにはいかない。
「話って何?私は最上高太の娘で、あんたは緋色の幻影の幹部でしょ。敵同士なのに、何を話すって言うつもり?」
一歩下がり、横目で相手を捉えて問いかける。
すると、私の言葉が予測できたかのように、即答でこう返した。
『復讐者……カオスが具現化させた、混沌の魔鎧装。あれには気をつけろ』
「は…?魔鎧装って、ヴァナルガンドのこと?」
混沌の魔鎧装って呼び方から、組織の中でも異質な存在なのは間違いない。
だけど、敵であるはずの私に忠告してくるなんて、意味がわからない。
「どうして、私があんたに心配されなきゃいけないの?あんたの目的は何?」
『これはおまえへの忠告でもあり、復讐者への伝言だ。あの力は、根源の力と通じるものを感じる。それは最悪の場合、力を宿す者を飲み込み、全てを失うことになる』
そう口にするキングは、フルフェイスの仮面で表情は見えないけど、悲しみを感じているように見えた。
『今までの奴を見ていれば、わかる。おまえの存在が、復讐者を強くしている。だからこそ、彼が人として強くなれるように、助けになってほしい』
最後に彼は私に小さな声で『頼む』と言っていた。
複雑な気分になる。
緋色の幻影であり、円華の大切な人を奪った存在。
それなのに、私はキングをそれだけで割り切れない。
クイーンを通して、過去を見たことも影響しているのかもしれない。
「そんなに円華のことを気にしているのは……涼華さんを、その手で殺したから?」
私の核心を突く問いに対して、キングは何も言わなかった。
だけど、空気が変わったのはわかった。
とても、重苦しいものに。
それでも、私は真実を知るための追及を止めない。
「私はクイーンを通じて、あんたが涼華さんを助けようとしていた過去を視た。だからこそ、わからない。どうして、あんたはあの人を殺したの!?助けたかった人だったんでしょ!?それが、何でっ―――‼」
『黙れ』
拒否することを許さない、王の命令。
それを前に、身体が反応して口をつぐんでしまう。
『俺が椿涼華を殺したのは、そうする必要があったからだ。誰に恨まれようとも、その決断を後悔したことは無い』
キングの言葉からは、強い覚悟を感じた。
だけど、その決断を許せるはずもない。
「それで円華はずっと、苦しんでるんだよ!?誰かを殺さなきゃいけない決断なんて、間違ってる‼」
怒りを露わにし、その決断を否定する。
それでも、目の前の王は私の怒りに、同等の感情を向けることは無かった。
『全ては、大義のためだ』
大義。
その言葉を口にした時のキングからは、並々ならない恐れを感じる。
『おまえは、俺の目的を聞いていたな。その答えは1つだ。成長した復讐者…椿円華と決着をつけること、それが俺の役目だ』
キングは私を横切って、出口に向かってゆっくりと歩いていく。
『話は終わりだ。忠告はした。あとは、おまえたち次第だ』
そう言って、緑の炎を展開して消えようとする王。
ダメ。
まだ私は、何も手がかりを掴んでいない。
「勝手に……終わらせないでよ‼」
一か八かの賭けで、ヘッドホンを耳に着ける。
ヘッドホンをしているだけじゃ、ポーカーズの心の声は聞こえないのはわかってる。
だけど、触れることができれば、何かは感じ取れるかもしれない…‼
手を伸ばし、炎も恐れずにその籠手を掴めば、キングは数秒だけ動きを止める。
その瞬間、頭の中に手を伝って流れ込んでくるものがあった。
これは…‼
『やめろ‼』
感情を露わにするように、強引に腕を振るって解かれる。
「きゃっ‼」
その力の反動で、後ろにふらついては尻もちをついてしまう。
キングは私のことを見下ろし、炎の中にその身を隠しながら最後に告げた。
『おまえたちが今直面している、対抗戦。あれを利用し、組織はおまえたちを絶望の底に叩き落そうとしている。選択を見誤れば、おまえたちはまた仲間を失うことになる。奴らの狙いは――――共喰いだ』
それだけ言い残し、純白の王は炎に飲まれ、目の前から姿を消した。
立ち上がりながら、キングを掴んだ手から伝わった感情を思い出す。
「……嘘つき」
後悔は無いと、キングは言っていた。
だけど、異能を通じて伝わった感情は嘘をつけない。
あの時、手から伝わったキングの確かな感情は、強い後悔だった。
過去の真実を知る手がかりは掴みそこなったけど、現在の事実を掴むことはできた。
キングは、涼華さんを殺したことを後悔している。
その上で、円華と戦うことを望んでいる。
混沌の力を宿した復讐者と、純白の王。
この2つの力がぶつかり合うことが、正しいことなのか。
私の中で、小さな違和感が波紋となって広がっていった。
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