傍観者の参戦
円華side
対抗戦の種目を決めなければならない期間は、1週間だと決められている。
その内の3日間が経過し、残された時間は4日。
成瀬たちの様子から見て、まだ何も種目は決まっていないようだった。
だからこそ、こっちの意思を示すチャンスは今しかない。
俺は小さく息を吐いた後で、電話をかけた。
『……何よ、こんな時間に私に電話をかけてくるなんて。また何か企んでるのかしら、円華くん?』
こっちの思考を詮索してくるような言い草から、『ただ声を聞きたかったから』なんて言っても信じてもらえる感じではない。
電話に出た成瀬瑠璃の口調は、完全に俺のことを疑ってきている。
「企んでるって……人聞き悪くね?まぁ、暇潰しの雑談でかけたわけじゃねぇけど」
『だったら、お得意の悪知恵を働かせてたんじゃない。私の予測は間違ってないわ』
「・・・はいはい、そうですねー」
否定するのも面倒になり、適当に返事をして流そうとすれば、不機嫌そうな声で『切るわ』と言ってきたので態度を改める。
「あー、悪い悪い。端的に用件を言うから、切りたい気持ちに従うのは3分後にしてくれよ」
『ふーん…』
疑いを含んだ声音は変わらねぇけど、すぐに切るという選択肢は消えたのは伝わった。
「対抗戦について、話がしたいんだ。できれば、会って直接伝えたいことがある」
成瀬はすぐには返事をしなかったが、小さく唸るような声がスマホから聞こえてくる。
『その話をあなたから切り出されるとは、思ってなかったわ。まさか、この試験もあなたの目的と関係があるのかしら?』
「関係ねぇ……ってわけでもねぇみたいだ。俺もつい最近知ったことだけど、今度のSクラスとの戦い、負けるわけにはいかなくなった」
俺の目的……復讐に関係している可能性を伝えれば、成瀬は当然、こう返してくる。
『あなたも今度の対抗戦に参加する。私はそう判断して良いのかしら?』
「……参加する気はある。だけど、条件付きだ」
『そうでしょうね。でないと最悪の場合、クラスのみんなの信頼を裏切ることになるもの』
椿円華はクラス同士の競争には参加しない。
俺の決断はこの約束を破ることに、繋がりかねない。
それを懸念し、成瀬の声音から険しい表情をしているだろうと察する。
おそらく、復讐と関係していることを理解はできても、納得はしていないんだ。
「この電話で、おまえの許可を取る気はねぇ。だから、直接会って話したいって言ったんだ」
『そう言うこと。……だったら、話は早いわ。私もあなたの考えを聞きたいと思っていたことがあったから、都合が良い』
どうやら、向こうも俺に用があったみたいだ。
しかし、次の一言に唖然としてしまった。
『円華くん、あなた、今から私の部屋に来てくれるかしら』
「・・・は?」
俺としては、どこかのレストランで飯でも食いながら話すつもりだった。
だけど、向こうは俺が男であることを意にも介さず、部屋に招こうとしていた。
「マジで言ってる?」
『マジよ。別にあなた1人だったら、部屋に上げても問題ないわ』
「・・・マジかよ」
恵美と言い、こいつと言い、俺のことを何だと思ってんだ。
一応、男だっての。
成瀬からの扱いに若干複雑な想いをしながら、「了解だ」と返す。
「今からだよな?すぐに準備するから、10分もかからねぇな」
『あなた、本当にデリカシーが無いわね。女の子が他人を部屋にあげるのに、10分程度で準備が終わるわけないでしょ?』
こっちの準備はすぐに終わっても、向こうはそうじゃねぇってことか。
そして、メールの通知音が耳に届く。
『そこに書いてある材料を買ってきてちょうだい。時間潰しに、おつかいくらいはできるでしょ?』
「おつかいってぇ……。ったく、しょうがねぇな」
買い出しを了承すれば、今度こそ電話を終了する。
そして、メールに書いてある材料を目にして溜め息をつきながら、外出の準備を始めた。
ーーーーー
午後6:05。
成瀬の時間稼ぎとして出された買い出し任務で、立ち寄ったのは大型のスーパーマーケット。
流石に夕飯時と言うことで、部下帰りなどの理由で制服のまま歩き回っている生徒が多い。
かく言う俺は、終礼後に直行で家に帰っていたので私服だ。
正直、こういう時は若干浮いている気分になるから嫌になる。
この時間に1人でスーパーに居ると、周りから暇人なんじゃねぇかと思うからだ。
実際は全っ然、暇じゃねぇけど。
「あーっと?鶏肉にブロッコリー、玉ねぎ、じゃがいも……。カレーでも作るのか、あいつ?」
成瀬と料理というワードが結びつかず、キッチンに立って調理する所をイメージすると、鍋が沸騰して驚いてる姿が頭に浮かんだ。
これ、絶対に本人には言えねぇな。
書かれている通りの食材をカゴに入れ、レジの方に進んでいると目立つ大きな背中が視界に入っては目がそちらの方に動いた。
えっ、あいつって……。
見覚えがあると言うのが、最初に見た時の第一印象だった。
そこから、頭の中でその人物だと結びつけるのに数秒ほど時間がかかってしまった。
それほどまでに、前まで感じていた雰囲気を感じなかったからだ。
前までなら、視界に入っていない内に距離を置くことを選んだだろう。
だけど、今回は逆の行動を取ることを選んだ。
見たところ、そいつは順番に列を守ってレジで会計を済ませていた。
俺もセルフレジで会計を済ませ、声をかけるタイミングを窺いつつ後について行く。
あいつ……最近見ないと思ってたけど、覇気が無さすぎだろ。
スーパーを出て、相手が向かった先は橋の下にある川辺だった。
そこに座り込んでは、ふぅぅと小さく息を吐いているのが聞こえた。
周りには、人の気配は感じない。
「おまえ……貴族様がこんな所で、安売り弁当なんて様になってねぇだろ」
後ろから声をかければ、相手は小さく肩を震わせてはこっちを振り返り、フッと困ったような笑みを浮かべた。
「君か……どこから私の後を付いてきたんだい?本当に、私のことが大好きだねぇ。ミスター椿」
「だから、その見当違いの解釈を訂正しろって言ってんだろうが。幸崎」
夜風に整えられたドレッドヘアをなびかせながら、幸崎ウィルヘルムは名前を呼ばれて口角を上げる。
「……新学期を迎えて、初めて名前を呼ばれたよ。もはや、忘れられていると思っていた」
「初めて?それはオーバーなんじゃねぇの?」
距離を詰め、幸崎の手に持っている弁当に再度視線を向ける。
値引きシールが貼られている、どこにでも売っていそうなハンバーグ弁当だ。
向こうは俺の視線に気づいては「笑えるだろ?」と自嘲する。
「笑いはしねぇよ。貴族様が珍しく、庶民の味を知ろうとしてるんだなって言うのが感想だ」
「貴族……。確かに、私は自分のことをそう言ってきた。だけど、蓋を開けてみれば、裸の王様さ」
今までの幸崎からは考えられない発言だ。
いや、こいつがこうなる片鱗は、2学期末に会った時からあったかもしれない。
あの時、幸崎は当時のCクラスのリーダーから降ろされたと言っていた。
それもあの梅原改を含めた、クラスメイト全員から。
その後どうなったのかは風の噂でも聞かなかったけど、この様子から状況は改善してるわけじゃないみたいだ。
あの過剰な自信の塊だったナルシストが、こんなに気が落ちているところから、クラス内での扱いは良くないんだろうな。
「実力とそれに裏付けされた自信さえあれば、皆が私を認めてくれると思っていた。しかし、実際はそんな甘い考えは通じなかった。実力で敵わないのであれば、狡猾な手を使ってでも陥れようとする人間も居るんだな」
「それに気づけただけでも、おまえにしては成長なんじゃねぇの?実力って言葉でいうのは簡単だけど、どれを取ってそれを示すのかは人それぞれだしな」
考えてみれば、幸崎の実力をこの目で見たことは1度も無い。
成瀬の話では、クラスのリーダーの座に上り詰めたのも金の力らしい。
だけど、それだけが今のこいつの自信を作っているのかは定かじゃない。
見た目からわかるほどの体格の良さや、その傲慢とも言えるほどの自信から感じるプレッシャー、そして、常識に縛られない洞察力は幸崎自身の実力の一部だ。
ポテンシャルって意味では、他クラスのリーダー各と同等の力は持っていると俺は思う。
その幸崎を切り捨ててまで、梅原が何をしようとしたのかはわからない。
「おまえの力を活かせば、次の対抗戦でAクラスといい勝負できるだろ。そこで名誉挽回すれば良いんじゃねぇの?」
「名誉挽回……か。君は優しいね、ミスター。しかし、あの男……梅原改は、そんな機会すらも私に与えようとはしていないよ」
幸崎は腰を丸め、俯いては身体を震わせる。
「あの男には、私よりも上に立つ者の矜持があった。勝利のために策を巡らせるだけでなく、人間の本能を刺激して戦意を向上させている。私という存在を使ってね」
「……どういう意味だ?」
幸崎を利用して、戦意を向上させる?
そういう彼の言葉からは、薄っすらとだが怒りが伝わってきた。
「私は今、クラスの中で底辺に居るのは間違いない。そして、言うなれば私は敗者だ。敗者という存在を残し、その名誉を回復する機会を与えない。つまり、私は底辺の敗者のままで居なければならないのさ、あのクラスでは」
遠回しに言っているが、その言葉選びから俺はわかってしまった。
梅原が実行している、クラスの戦意を向上させるための体制。
それを一言で、端的に表した。
「見せしめってことかよ……」
幸崎という実力者すらも、クラスに勝利をもたらすことができなければ振るい落とす。
そして、その後は介錯することもなく、生き地獄を味合わされる。
強者から敗者という名の、目に見える底辺の指標。
その指標には、挽回のチャンスすらも与えられない。
こうなりたくない。
次の幸崎の立ち位置は自分になるかもしれない。
この恐怖が、今のBクラスの士気を向上させているのかもしれない。
俺たちDクラスが上を目指すために結束しつつあるとすれば、梅原のBクラスは真逆のスタンスと言える。
「次のAクラスとの対抗戦では、梅原改が全体の指揮を取ることになるだろう。私には、彼がAクラスに対してどのような策を仕掛けるのかは見当もつかない。しかし……不気味なんだ。彼は何を考えているのか、その根底にある思想が見えない」
「……その言葉には、素直に同感だぜ」
梅原と最近は接触していないが、だからこそ、人づてに聞く情報との差異に戸惑いを覚えるのは確かだ。
他者を才能の塊だと口にする一面と、集団のためにその才能を切り捨てる一面。
どっちが本当のあいつのなのか。
それとも、両方ともあいつの本心なのか。
どちらにしろ、今までは傍観者として振舞っていた男がクラス競争に参戦することをになるのは確かなようだ。
「おまえ、これからどうするんだよ?このまま、今の状況を受け入れるつもりか?」
「それならば、逆に聞かせてくれ。私は……僕は一体、こんな状況でどうすれば良いというんだい?」
顔を横に向け、こっちを見上げてくる幸崎。
目が合いながら、俺は考えてみたら、初めて顔を見合わせる形で向こうの目を見る。
今までの傲慢な態度からは想像がつかないほど、目元が優し気だった。
「すまない。庶民である君に聞いても、答えが出るはずも無かった。忘れてくれ、ミスター」
そう言って、俺を追い払うでもなく、立ち上がっては別の場所に移って行った。
流石にその背中に『追いかけてこないでくれ』と書かれているのを見逃すほど、俺も鈍感じゃない。
最後は貴族の面を内側から押し出していたが、それが虚勢であることはすぐに見抜けてしまった。
あいつ、もしかして……。
この対話を通じて、俺は幸崎ウィルヘルムという男の本質に触れようとしていたのかもしれない。
あいつへの小さな違和感が頭に残りながらも、俺は成瀬との約束を思い出し、アパートへのルートに戻っていた。
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