見落としていた我慢
恵美side
放課後になり、クラスメイトが部活などで教室から離れていく。
その中で残っているのは、私と成瀬、石上、狩野、そして麗音。
ちなみに、円華も機嫌悪そうに速足で帰って行った。
机を囲み、成瀬が1つの分厚いファイルを置いて見せる。
「一応、昼休み中に先生に頼んで、このクラスとSクラスの生徒の総合データを準備してもらったわ。これを基に、私たちにできる戦い方を考えていきましょう」
5人で分担し、2つのクラスの個人データを見ていると、うちのクラスは個人の能力が本当にバラバラなのが見てわかる。
ラグビー部の川並は言わずもがなで、運動能力が高い。
入江は全体的に平均よりやや低い。
伊礼はコミュニケーション能力と運動能力が低いだけで、他は上々。
久実に関して言えば、伊礼と真逆。
「先生の言う通り、学力でSクラスと戦うのは愚の骨頂ね。勝ち目があるとすれば、こっちの得意な部分を活かすしかないわ」
成瀬が自身の顎を触りながら唸っていると、石上も険しい表情になる。
「Sクラスは学力の面でも、運動能力の面でもバランスが良いです。それに、あの女帝が統率する以上、我々が出す種目に対して最善の相手を見抜いて抽出してくるはず。この個人のパラメータから、対戦相手も想定しておく必要があるでしょうね」
種目だけでなく、誰が対戦相手になるのかも予測しながら戦略を練る必要がある。
それも5種目分全部となると、時間がかかり過ぎる。
2人して苦い表情をしていると、狩野がデータから目を離し、ポケットから白い紐を取り出し、指を通してはあやとりのように遊び始める。
「……ちょっと、こっちが真面目に考えている時に、他所で遊ばれると気が散るのだけど?」
「ん?あー、ごめんごめん。頭の中だけで考えるよりも、手を動かしながらの方が良いアイデアが浮かぶって言うじゃん?俺、あやとり得意だし、調度良いかなって」
悪びれる気もない謝罪をしながらも、あやとりは続いている。
それを見て、私も制服のポケットからスマホを取り出して横に向ける。
スマホに入れているアプリゲームを起動し、自分の個人データと交互に見ながら小さく息を吐く。
「勉強とか運動とか関係なく、ゲームだったら負ける気しないのに」
ムスっとしながら呟けば、麗音が呆れた目を向けてくる。
「そんなの出来るわけないでしょ。ゲームって言ったって種類はいろいろあるんだし。第一、対抗戦って言ったって学年末試験には変わりないんだから、そんなテレビゲームみたいな遊びが種目になるわけないわ」
尤もな理由を言われると、何も言い返せなくなる。
ゲームはOKって言ってたけど、多分、オセロとかトランプとか何だろうことは、私でもわかる。
すると、成瀬のスマホから『ちょっと、待ってくださーい‼』と可愛らしい声が聞こえてくる。
そして、彼女がスマホを机に置けば、画面の端からヒョコっとレスタが顔を出した。
『呼ばれてないけど、ジャジャジャジャーン‼可愛いレスタちゃんの登!場!でーっす‼』
ピースサインをしながらドヤ顔で出てくる彼女に、基樹だけが軽く手を叩いて反応する。
それに対して不服そうに一瞬だけ目が据わったけど、すぐに気を取り直して話に入ってくる。
『今回の対抗戦の内容。お兄ちゃんのタブレット内のデータから拝見しましたが、特に種目に対して制限は書かれていませんでした。あくまでも、勝敗のルールがはっきりしていることと、限られた時間の中で勝敗がつくことが肝心なのです』
そこで言葉を区切り、レスタはビシッと私を指さす。
『つまり!最上さんがテレビゲームを種目にしたいと言うのなら、短い時間で勝敗がはっきりとつくゲームでの対戦なら、問題は無いのです‼』
ゲームの種類によっては、対戦種目にできなくも無いってことだね。
確かに1時間くらいの攻略が必要なダンジョンを先にクリアした方が勝ちって言われても、それで時間を潰している余裕はない。
できるゲームって言ったら、格闘ゲームとか制限時間内のスコア勝負ができるシューティングゲームとかに限られる。
「だから、対抗戦当日の1週間前に種目を決める必要があるのね。向こうのクラスが準備できるように」
「あくまでも、公平性を保つために用意された期間ってわけか。こっちの得意分野で攻めたとしても、対戦相手の策略によっては100%勝てるわけじゃないってことだよな」
成瀬と狩野が学園側の意向を分析している中で、石上がまたも唸る。
「それに、こちらが仮に有利に進むことができたとしても、向こうが自由決闘を持ち出してこれば、その結果によっては逆転されることもあり得る。気が抜ける部分は、どこにもありませんね」
「元・Sクラスのおまえの予想では、それには誰が出ると思う?」
「十中八九、鈴城紫苑が出ると思います」
狩野から聞かれると、石上は即答で返す。
「彼女は状況を楽しむことに重きを置く性格ですが、だからこそ、勝負に出るべき場面では自分が前に出る。きっと、この対抗戦においても、それは変わらない」
鈴城紫苑の名前が出て、少しイラつきを感じた。
結局、円華は花園館から戻ってきてから、女帝との会話を話すことは無かった。
だけど、行く前よりも神妙な面持ちになっていることはわかった。
「今のクラス内で、鈴城さんに対抗できる相手が居るとすれば……正直、私は彼しか思いつかないわ」
成瀬が頭を片手で押さえ、俯いてしまう。
「彼って言うのは、当然円華のことだろうな。だけど、あいつがこの対抗戦に参加する気があるかどうかは、別の話だ。それはわかってるだろ?」
狩野が冷静に言えば、彼女は苛立たし気に「わかってるわよ」と返す。
そして、腕を組んでは下唇を軽く噛む。
「それに、本当なら彼の力は借りたくないの。私たちは、変わらなくちゃいけない。何か大きな出来事がある度に、円華くんに頼るようなら、私たちは彼が居ない状況の時に、別の選択肢を考えることができなくなる。大きな力があるからと言って、それにすぐに頼るというのは、思考停止と同じよ」
円華の力を何度も目の当たりにしているから、頼りたくなる気持ちもわかる。
だけど、成瀬はその状態から抜け出したいと思っている。
これまでは、円華の復讐と今までの試験が関係していただけのこと。
今回に関しては、今のところは関係性は見えない。
この対抗戦で円華がクラスに対して、力を貸す理由はないと言うことになる。
3人が唸っている中で、私は1人の小さな変化に気づいた。
そして、外を見ると夕日が沈んでいるのがわかる。
「今日はそろそろ、切り上げない?夜になるし、あとはそれぞれで考えて、明日また集まろうよ」
「……そうね。あまり遅くまで残ってても、今日はいいアイデアは生まれなさそうだし。今日はクラスの状況を整理できただけでも、良しとしましょう」
その言葉で切りよく終わり、それぞれに帰り支度を済ませて私たちは教室を出た。
ーーーーー
成瀬、狩野、石上と別れ、麗音と帰路につく中で、私は横目を向ける。
「……何?」
訝し気な顔になり、それを見て視線を前に戻して足を止める。
「麗音、いつまで我慢してるの?」
私に会わせて、麗音も足を止める。
「な、何よ、我慢って?」
顔を逸らし、髪を触る動作をする。
その態度から、気持ちが乱れているのがわかる。
「体調、最近良くないよね。見てればわかるよ。病院には行った?」
「……」
答えは返って来ず、麗音は背中を向け続ける。
「あたしのことは、いいから。今は試験の方に集中しなさいよ。あんたに心配されなくても、自分の身体のことは、自分がわかってるから」
そう言って、こっちを振り返ることなく足を進める。
彼女の言い方から、強がっているのはすぐにわかった。
だから、すぐに麗音の手を握って止める。
「ちょ、ちょっと…‼」
「心配されたくないかもしれないけど、心配なんだよ。麗音のことが、大切だから」
「恵美……」
麗音の手から、震えが伝わってくる。
それだけでなく、手が異常に冷たい。
私に追及されてから、顔色も悪い。
「我慢しないで。困ってる時に助け合うのが、友達…でしょ?」
拒否を認めないという意思を込め、目を合わせる。
すると、麗音も折れてくれて、「部屋まで、送ってくれる?」と提案してくれた。
ーーーーー
アパートの麗音の部屋まで送り、中に上がれば彼女をベッドに横にさせる。
歩いている途中から、気を張ることで疲労したのか、息が少しずつ荒くなっていた。
タオルを濡らし、絞りながらを小言を漏らす。
「こんなになるまで、無理をして……。バカじゃないの?ちゃんと病院に行って、薬を飲んで安静にしてないといけないでしょ」
「……うるさいわね。それができたら、とっくに…そうしてるわよ」
声が弱弱しく、いつもの強気な感じはない。
それほどまでに、麗音の身体は弱っているんだ。
部屋の中を見ると、冬休みに来た時は片付いていたのに、少し散らかっている。
「最悪……。こんな弱ってるところを、誰かに見られるなんて」
「まだ私で良かったね。久実とか成瀬だったら、慌てたり動揺するところだったよ」
「そんなこと言って、あんたも平静ってわけじゃないでしょ?顔に不安って書いてあるし」
「うっ…うるさい」
胸の内を見透かされ、目を逸らす。
そして、麗音は腕で両目を隠し、少しずつ話してくれた。
「冬休みの……終わりくらい、だったわ。最初は、右手に鈍い痛みがある程度だった。それが少しずつ、日が経つにつれて痛みが強くなっていって……この前の、生徒会長選挙が終わった辺りから、悪化が酷くなって、この様ってわけ。急に身体が重くなってきて、外で気を張ってない時は、ずっと部屋の中で寝てたわ」
「どうして、それを早く話してくれなかったの?こんなになるまで、我慢する理由なんてないじゃん‼」
怒り混じりで訴えれば、麗音はハンっと辛そうなくせに笑う。
「理由は……つい最近まで、あったでしょ?内通者を見つけることだったり、クイーンを追いつめることもあったし……。あたしのことで、みんなの……恵美と円華くんの気を、散らしたくなかったのよ」
私たちが目的に集中できるように、やせ我慢をしていてくれたんだ。
だとしたら、私って……最低だ。
目の前の使命にばかり集中して、近くに居る大事な存在の変化に気づくのが遅れてしまった。
俯いて自分を責めそうになると、麗音は「バカね」と言って、こっちの心を見透かした。
「あんたが、このことで責任を感じる必要なんて無いから。何なら、これで落ち込んだりしたら……ほっぺ、両側から引っ張るわよ?」
「……ごめん」
「それは、何に対する謝罪?」
ここで麗音の変化に気づけなかったことを理由にしたら、火に油を注ぐことになる。
「さっき……バカって、言ったこと」
「……それなら、良し。お互い様ってことよ」
そう言って笑顔を向けてくれるけど、無理しているのはわかる。
どうして、麗音がこんな目に……。
顔だけでなく、彼女の身体からは汗が滲み出ている。
体温も上がっていて、発熱してるんだ。
こんな状態で、ずっと我慢してたなんて。
麗音は本当に……強いな。
目の前の友達の精神力に驚きながら、ふと彼女が痛いと言っていた、右手に視線がいった。
「えっ……」
一瞬だけ彼女の手に、赤黒い痣が広がっているように見えた。
だけど、それはすぐに消えて肌が戻った。
今のは、一体……。
嫌な予感がする。
この状態の麗音を、1人にしちゃいけない。
「と、とりあえず……当分の間は、私が麗音のことを看病するから。良いね?」
「何言ってるのよ?別に、あんたの手を借りなくても―――」
「良いね!?」
圧をかけて聞き返せば、麗音は渋々頷いた。
「わかったわよ……。全く、お人好し」
「誉め言葉として受け取っとく」
彼女の嫌味になっていない皮肉を受け入れながら、私は身体を拭くためにお湯の準備を始めた。
困った時に助け合うのは、友達として当然のこと。
だから、私は鬱陶しいと思われても、麗音を支えるんだ。




