条件の確認
円華side
用意された旧・応接室の中は、外界を遮断するようにカーテンで仕切られており、そこには監視カメラが設置されている様子も無い。
そして、その空間には俺と鈴城、そして綾川の3人だけだ。
手荒い歓迎を受けたにもかかわらず、それを意図的に起こしたような言い方をしておきながら、謝意の全く感じない挨拶。
しかも、その表情は悪戯が成功した子どものようだ。
迷惑を被った側として、遠慮なく呆れた目線を送る。
「……そんな目をするな。これでも、おまえならば快く受け入れてくれると、期待していたんだ。おまえにもそうだが、内の下僕どもにも刺激を与えたかったのでな」
おい、今、サラッとクラスの奴らを下僕って言ったぞ、この女帝様は。
そんな些細なことは気にしてられず、紫苑の目付きが鋭くなる。
「私のクラスでは今回の試験に対して、おまえたちDクラスを見下している者が多くてな」
「まぁ、Sクラスからしてみれば、俺たちDクラスなんて勝てて当然って思われてもおかしくねぇよな」
この学園のシステムに則った見解として、間違ってはいない。
それでも、彼女は不服といった表情になる。
「しかし、奴らの中でおまえたちを卑下する権利があるほどの実力があるものは、正直見られない。私ならばいざ知らず、奴らがおまえたちを下に見るのは筋違いだ」
「それを証明するために、俺の存在を利用したってことか」
「その通り。早奈江を含め、下僕どもに1度、目に見える形で対戦相手の実力の一端を見せつける必要があると思っていたのでな。おかげで、奴らのおまえたちに向ける敵意の質は高いものに変化したはずだ」
余裕をこいてる味方に発破をかけるために、敢えて脅威を見せつける。
確かに効果的かもな。
「……って、そう言えば、おまえがこっちを下に見るのは当たり前ってか?」
「何を言っている?私の実力は、おまえのクラスの連中が総出でかかってこようが、返り討ちにできるレベルだ」
挑発とも取れる言い方だが、「しかし」と逆接の言葉を繋いで見方が変わる。
「それも、おまえと狩野基樹が本気で私と戦うつもりがあるのなら、話が変わってくるがな」
ソファーのひじ掛けで頬杖をつき、品定めするかのような目を向けてくる。
「私は勝負するからには、自分以外にも真剣に戦うことを望む。そして、私と対等に戦える相手は、この学園においてはおまえだけだと思っている」
体勢を正し、背筋を伸ばして俺を見上げる。
「改めて、私はおまえに正式に決闘を申し込む。次の学年末対抗試験の種目、私は自由決闘で出場する。その対戦相手は、おまえであることを望む」
「……それに対して、拒否権はねぇんだろうな」
「当たり前だ。おまえと戦うことが、取捨選択試験においておまえに協力する条件だったはずだ。円華、おまえは約束を反故にする男ではないだろう?」
俺のことを見透かす言い方だけど、ここで否定するのは後が恐い。
それに、こっちとしても願ってもない申し出ではある。
鈴城紫苑という女を理解するためには、こいつの実力を把握する必要がある。
彼女は、俺にとって味方なのか、敵なのか。
見極めるには、1度ぶつかった方が手っ取り早い。
「それで、何で勝負に自由決闘を選ぶのかは……聞くだけ無駄か?」
「おまえならば、その理由に気づくはずだ」
こいつもこいつで、俺を試そうとしているようだ。
対抗試験のルールを思い返せば、紫苑がこの種目を選ぶのにも合点が行く。
俺たちがどんな5種目を選ぶとしても、どっちにしろ自由決闘は選ばれることになるんだからな。
「自由決闘に勝利できれば、勝ち点が2つ。仮に俺たちがそれを選ばなかったとしても、この種目を選ぶ権利は上級クラスにも存在する。つまり、おまえたちSクラスが好きなタイミングでこれを仕掛けることができる。どっちにしろ、この自由決闘については、他の4つの種目とは違って、必ず起こる対戦になるってわけだ」
「その通り。私は確実に、おまえと戦える可能性を掴みたい。そして、それはおまえも同じだろ?」
彼女は俺の思考を見透かすように、フフっと笑う。
「私がおまえの力を試したいように、おまえも私の実力を把握したい。お互いに、個の戦いはウィンウィンの関係にあると言うことだ。もしかすれば、私にとっておまえが、おまえにとって私が、目的のために重要な戦力になるやもしれん」
目的……か。
そう言えば、この前の生徒会長選挙で、紫苑は使命のために動くと言っていた。
だけど、結果として生徒会長の座に就いたのは進藤大和だ。
それはつまり、仙水を支持していた彼女からしてみれば、その使命は果たされなかったことになるんじゃないのか?
鈴城紫苑の言う使命。
その言葉の重みが、ずっと記憶に残っている。
「目的って言うなら、おまえがこの前言っていた使命って言うのは、果たされたのかよ?」
「ああ、そのことなら、既に解決済みだ。進藤大和が生徒会長になったことで、丸く収まっている」
「・・・はぁ?」
平然と言っているけど、俺の認識とズレが生じる。
「おまえ……仙水の協力者だった……よな?」
「……まさか、おまえ、まだ私が進藤大和のスパイだったことに気づいていなかったのか?」
呆れ顔を向けられ、俺は思わず「はぁー!?」と大声を出してしまう。
そして、俺の驚いている反応から、本当に気づいていないことを察し、紫苑は当時の進藤先輩との契約の条件を明かした。
「いや、そんな話……進藤先輩から、聞いてねぇし…‼」
「わざわざ、おまえに伝えるまでもないことだったのだろう。もしくは、おまえが知らない方が都合のいいことだったのかもしれん」
足を組んでは、両肩を震わせて口を押さえる。
「それにしても、あの時のおまえの反応は……ぷふっ!傑作だったな?私に本気の敵意を向けてきて……あれでは、仙水が私を信頼するのも納得だ。まさか、あの現場で、進藤大和との契約が成立していたとは露程も思うまい」
可笑しそうに笑う紫苑だが、俺は頭を押さえて大きく溜め息をつく。
「おまえも、進藤先輩も……マジで、良い性格してるぜ」
「それは皮肉か?だが、それを見抜けなかったのはおまえの落ち度だ。反省するが良い」
上から目線で反省を促されたのが、余計に腹が立つ。
顔が引きつりながらも、頭を軽く振って平静を保つ。
「それで?今回、俺を呼んだ理由は、クラスの奴らに発破をかけることと、勝負の舞台を自由決闘にするって決定だけが目的か?だとしたら、こっちは骨折り損だぜ」
「……まさか、本当にそれだけだと思っているのか?」
俺の仮説は違うと言うように、紫苑の雰囲気が変わった。
「この対抗試験の勝利したクラスへの報酬。おまえはこれをどう見る?」
人を茶化すような態度から、神妙な面持ちになっている。
どうやら、雑談はここまでってことらしいな。
「事前に条件を提示する必要はあるけど、俺たちがおまえたちに勝てば、一気にSクラスと立場を交換することができる。学園側からしてみれば、一発逆転のチャンスを与えているってことなんじゃねぇの?」
「学園側のルールのみを把握しているのならば、順当にそれを選ぶのが王道だろうな。しかし、おまえと私からしてみれば、見る側面が異なる」
「・・・はぁ?」
紫苑の言いたいことが、いまいち汲み取れない。
俺の反応からそれがわかったのか、彼女は隣に置いてあった封筒を手に取り、その中から1つに紙を取り出してテーブルに置いた。
「これが私たちSクラスからの、学園側への要求だ」
指をさされて見るように促されれば、その内容に思わず目を見開いて絶句した。
「なっ…!?……何で、おまえが……これを!?」
紫苑……Sクラスが学園側に提示する条件は、こうだ。
ーーーーー
・緋色の幻影についての情報開示
・昨年発生した椿涼華殺人事件の真相の開示
以上2つの条件を受理すること
ーーーーー
この内容を見て、Sクラスの女帝に向ける目付きが変わる。
「おまえ……何で、組織のことを…‼それに、姉さんのことを知ってるんだ!?」
この質問を向けられるのはわかっていたのだろう、紫苑は冷静だ。
「当然の疑問だな。しかし、今この場でおまえのその問いに答えるつもりは無い。私はあくまで、おまえたちが学園に提示する条件の視野を広げたまでだ」
「おまえなぁ…‼」
彼女に迫ろうとすれば、その前に綾川が無言でナイフを投げてきたが、俺はそれを瞬時に左手を凍らせた上で、手の甲で払うようにして弾く。
その時、刃で斬り付けられた手からは血が流れるが、それは瞬時に氷っては傷を塞ぎ、何もなかったかのように治る。
「それが、おまえが……クイーンを倒した力の一端か」
俺の変化を見ても、驚く様子のない紫苑。
予め、こっちの事情は知っているってことかよ。
「……おまえ、俺のことをどれだけ知ってんだ?」
「ノーコメント」
「緋色の幻影のこと、どこまで把握している?」
「答える気はない」
「おまえはどうして、姉さんのことを知っているんだ…!?」
「言う気はない。……そもそも、押し問答では意味がないことはわかっているだろ?」
紫苑はソファーから立ち上がり、警戒心もなく、自分から俺に歩み寄ってくる。
「答えてほしければ、証明してみせろ。おまえが、私が真実を語るに足る者であることを。お互いが、お互いに対して自身の力を証明するための戦い。私たちにとって、それがこの対抗試験の真意だろ?」
彼女は俺の怒りを逆手に取り、闘争心に結び付けようとしている。
どんな状況でも、自分が戦いを楽しむために繋げようとしているのがわかる。
「つまり、この対抗試験で俺がおまえに勝ったなら、全てを話すってことで良いんだな?」
「その理解で構わない。おまえが求めるのなら、敗者としてその期待に応えてやろう」
紫苑はそう言い、手を差しだしてくる。
「無論、負けるつもりは毛頭ないがな」
俺はその手を取らず、彼女のことを冷たい眼で睨みつける。
「信用できない、怪しい奴の手を取る気はねぇよ」
「それは残念だ。どうやら、火に油を注ぎ過ぎたようだな」
俺のやる気を引き出すために、闘争心を煽り過ぎたことを反省する紫苑。
しかし、それも愉快と言うつもりか、口角は上がっている。
「おまえとは、本気の勝負を望む。私も確かめたいのでな、おまえに宿る力が、私の求める領域にまで達しているのかどうかを」
「だったら、証明してやるよ。俺たちの力は、女帝様のその鼻っ柱をへし折れるくらいのものだってな」
珍しく挑発してやれば、それに対して紫苑は歯を見せ、不敵に笑った。
「口の利き方がなってないな。私が勝ったなら、首輪を着けて飼いならして調教してやろう」
「おまえに着けられる首輪なんて、真っ平御免だ。意地でも勝ってやるから覚悟しろ」
真っ向から宣戦布告をし、俺は話は終わったと判断し、教室を後にした。
鈴城紫苑は、緋色の幻影のことを知っている。
そして、それは俺の知らない情報も握っているかもしれない。
「ったく……俄然、負けられなくなったじゃねぇか」
女帝様の思惑通りに進むのは癪だけど、俺はギリっと奥歯を鳴らしながら、両手をズボンのポケットに突っ込んで拳を震わせる。
闘争心は今、自分でも驚くくらいに跳ね上がっていた。
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