刺激的な出迎え
基樹side
学年末対抗試験の内容が発表され、クラス内で小さな波紋が広がっている。
授業中でも、試験のことが頭から離れない連中がほとんどだろう。
そして、それは昼休みになっても変わらない。
1年生最後の試験として、この結果が2年生になってからの意気込みに繋がっていくのは間違いない。
だけど、一松の不安を感じているのは俺だけじゃないはずだ。
今回は2学期末の時みたいに、クラスが1つ消えるような内容じゃない。
1対1のクラス対抗戦という形は、わざわざ学園側がクラスを1つ消してまでやろうとしたものだ。
それが学園としての意向なのか、組織の意向が関わっているのかで状況の見方が変わってくる。
それに巻き込まれる俺たちの心境は、たまったものじゃない。
しかも、このクラスの相手はSクラスだ。
相手は関係ないというかもしれないが、女帝の存在が与えるプレッシャーは大きい。
俺としても、あの女からは妙な威圧感を覚える。
円華が普通に接しているのが、不思議でならないくらいだ。
そう言えば、対戦相手がSクラスってわかってから、ずっとソワソワしてる奴が居たな。
そいつは自分の席で、落ち着かない様子で両足を震わせている。
「おーい、石上。大丈夫か?気張り過ぎじゃね?」
後ろから声をかければ、彼は両肩をビクッと震わせてはこっちを見上げた。
「狩野くん……。すいません、気持ちが落ち着かなくて」
「……そっか。んじゃ、ちょっと気分転換にでも行くか?」
「えっ……」
思ってもなかった提案だったようで、若干の戸惑いを見せる石上。
俺は返事を聞かずに「先行くぞー」と彼が来る前提で話を進め、先に教室を出る。
すると、向こうは慌てた様子で追いかけてきては、俺が自販機前で足を止めたことで、そこで口を開く。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいって‼勝手に誘っておいて、返事も聞かないで……。君は少し、自己中心的なんじゃないですか!?」
苦情が来ることは分かっていたので、ハハっと笑って誤魔化す。
「わざとだよ。久実ちゃんに振り回されてるのをたまに見るから、同じようにして誘っただけ。おまえの場合、言葉よりも行動で誘った方が乗せやすい」
自販機に金を入れ、ミルクティーを選んで購入すれば石上に投げ渡す。
そして、俺も同じものを買ってベンチに座り、缶を開ける。
「気負ってんだろ?相手がSクラスってわかってから、目に見えて様子が変だったもんな」
「……気づかれてましたか」
石上も1つ間を置いてベンチに座り、ミルクティーに口をつける。
「この対抗戦でDクラスがSクラスに勝つことができれば、僕の選択が正しかったと鈴城紫苑に証明することができる。できれば、僕の実力で彼女に勝ちたい所ですが……」
「女帝様の実力は、そんな甘えを許してくれるとは思えない……ってか。自信があるのか、無いのか、どっちなんだよ?わっかんねぇ~奴」
天井を仰ぎ見ながら言えば、石上は対照的に俯いては腰が丸くなる。
「自信は……ありません。僕は彼女に劣っている。それは仮面舞踏会と体育祭の時に、嫌というほど思い知りました。だからこそ、わかるんです。今の僕では、鈴城紫苑に勝てない……。それどころか、この彼女に対しての対抗心すらも利用される。それがわかっているからこそ、歯痒いんです」
自分と相手の実力の差がわかっているからこそ、理想と現実の差に苦しんでいる。
それもまた、石上が成長しているからこそ、抱える問題だ。
こういう時、円華ならどう答えるのか。
石上が俺たちのクラスに来れたのは、あいつの導きがあったからだ。
円華はどうやって、こいつを変えたのか。
それはきっと、俺にはできないやり方だったんだ。
見ていないし、聞いていなくてもわかる。
椿円華という男を近くで見て来たから。
そして、俺自身もあいつの存在に変えられた自覚があるから。
だからこそ、痛いほどわかる。
あいつの影になろうとしたけど、成れなかった。
俺はあいつのように、石上の不安を解消させてやることはできない。
「1人で劣っていると感じるなら、その不足分を誰かが補えば良い。私たちはそう言うクラスのはずよ、石上くん」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、2人で振り返れば、そこには凛とした表情のうちのクラスのリーダーが立っていた。
成瀬瑠璃だ。
そして、彼女は目尻を吊り上げ、こっちに目を向けて来た。
「誘い出したなら、これくらい気の利いた言葉を出して見せなさい。カッコ悪いわよ、基樹くん」
「アハハハっ。似合わねぇことするもんじゃないな。やっぱ、俺にはこう言うの向いてないわ」
笑って誤魔化しつつ、石上の方に横目を向ければ、俯いた顔が上がっていた。
「……そうでしたね。僕は一体、今まで何を見てきたんだ。また1人で、バカみたいに暴走して……同じことを、このままだったら繰り返していたかもしれない」
その眼には少しだが光が戻っており、ベンチから立ち上がっては彼女に身体を向け、軽く頭を下げる。
「ありがとうございます、成瀬さん。僕は仲間を求めて、あなたたちのクラスに入った。そして、それを受け入れてくれた皆さんには、とても感謝しています。そのことを、漠然とした焦りで忘れるところでした」
「あなたの抱えている焦りや不安は、私たち全員が感じているものだと思うわ。だから、その気持ちを1人で抱え込まないで、私たちにも共有して欲しい。仲間っていうのは、そう言う存在なんだから」
仲間という言葉の重みが、前よりも増している。
それは恐らく、取捨選択試験が影響している。
俺たちは1学期の菊池たちだけでなく、3学期の最初にも1人のクラスメイトを失った。
それも本人がクラスを裏切ったという、最悪な形で。
あの経験があったからこそ、そして円華が自分の真実を明かしたことで、仲間としての結束が固まったのは確かだ。
石上は瑠璃ちゃんの言葉に「そうですね」と返事をしては、重く受け止めているように見える。
「まずは、できることから始めましょう。幸い、この試験で勝負の舞台を用意する権利は、私たちにある。そのアドバンテージを最大に活かす策を、私たちで考えましょう。そのためには、あなたたちの力が必要よ」
彼女の言葉に、石上は強く頷いて「はい」と答える。
あなたたちってことは、俺も頭数に含まれてるんだろうなぁ~。
Sクラスとの戦いにおいて、注意すべきなのは女帝だけなのか。
あの女の側近の2人、綾川木葉や森園早奈江。
その他にも、Sクラスには学力を含めた総合力でDクラスを越える猛者が勢ぞろい。
……そう思ってる奴が、ほとんどだろうな。
だけど、本当にそうなのか?
Sクラスっていうネームバリューは、確かにこの学園において、他のクラスにプレッシャーを与えられる。
その地位から離れていれば、その分だけ効果はあるだろう。
しかし、それは先入観から視点を固定化させているに過ぎない。
もっと、あのクラスを探る必要があるな。
戦いは既に始まっている。
これから始まる対抗戦は、それぞれのクラスの情報戦と言っても過言じゃない。
クラスの競争に参加するとしても、俺はあくまでも影だ。
成瀬瑠璃の影として、彼女にできないことをするのが役割。
瑠璃と石上が表に立ってクラスメイトを導くなら、俺はその行進を陰ながら支える。
それが俺と瑠璃との契約だ。
これに反するつもりは、一切ない。
ーーーーー
円華side
花園館。
この場所に足を踏み入れると、前よりも空気に冷たさを感じた。
周りからの視線が、前は異端者を見るものだったが、今は敵対者を見るものに変わっているのがわかる。
それもそうだ、俺はこの館の利用者にとって、今回の試験では真っ当うな敵に当たるんだからな。
そんなことを気にしていたら、気持ちで負けるのであっけらかんとした態度で奥に進む。
すると、どこからか「そこに止まれ、椿円華!」と名指しで呼び止められる。
この声には聞き覚えがあり、面倒な女だという印象が浮かび上がる。
恐る恐る声のした方に顔を向ければ、そこには腕を組んで仁王立ちをしている森園早奈江が立っており、その後ろにはSクラス御一行がぞろぞろと集まっている。
「ここはおまえのような下級クラスの男が、無断で足を踏み入れて良い場所ではない。敵の偵察のつもりで来たのなら、真正面から来るのは愚か者のすることだ」
森園含め、Sクラスの連中からの敵対心剥き出しの視線が痛い。
話を聞いてくれそうな空気じゃねぇけど、一応は伝えておくか。
「いろいろと誤解があるぜ。無断って言うけど、俺を呼び出したのは紫苑だ。この通り、メールだって―――」
パキ―――ンッ‼
スマホを取り出してメールを見せようとしたが、その時には彼女は目の前まで迫っており、右足を振り上げてスマホを蹴り弾きやがった。
「紫苑様のことを、おまえ如きが名前で呼ぶな…‼」
「沸点が低い女だな。頭冷やせよ」
森園の目には怒りが宿っており、この言葉も届いていないのが見て取れる。
「紫苑様が、おまえを呼んだ…?ありえない‼嘘をつくのは、悪である証拠だぁ‼」
案の定、逆上して拳を振るってくる。
ったく、体育祭の時もそうだし、この前の紫苑との交渉の場でも思ったけど、こいつも大概戦闘民族だな。
そして、こいつの動きは近くで見ると……やっぱ、遅いな。
拳は左手で軽く内側に受け流し、そのまま彼女の背後に回って背中を押す。
「おまえ、あの体育祭の時から学習してないみたいだな」
「んなっ‼……このぉー‼」
感情的な攻撃が繰り返され、単調ゆえに動きの先を見通しやすい。
こいつ、本当にこれでSクラスなのか?
金本だって、もっとマシな動きをしていた。
何をもって、紫苑はこの女を近くに置いていたんだ。
10手ほどの攻防を繰り返した中で、後ろに居る連中にも不穏な空気が流れる。
攻撃一辺倒の森園の息は上がり始める中で、防戦一方の俺は平然としている。
追い詰めようとしている方が、追い詰められている。
それもSクラスがDクラスに。
その現実を受け入れたくないと言うように、目を見開いては動揺しているのがわかる。
「あと何分、この茶番を続ける?紫苑が来るまでの退屈凌ぎだ。気が済むまで付き合ってやるよ」
「茶番…?退屈凌ぎ!?貴様ぁー‼」
諦めることを知らず、さらに感情に身を任せて突撃しようとする森園。
しかし、その前に彼女と俺の前を一本のナイフが斜めに通り、床に突き刺さった。
「止まってください、早奈江さん。紫苑様の客人に対して、無礼な態度は感心しませんね」
やれやれ、やっと話がわかる方の女がお見えみたいだ。
ナイフは階段から投げられたようで、視線を向ければ紫苑のもう1人の側近、綾川木葉が立っていた。
そして、彼女は俺と視線が合うと、手を前で組んで軽くお辞儀をする。
「お待ちしておりました、椿円華様。紫苑様より、案内するように指示を受けております」
綾川の言葉に、森園は顔を引きつらせ、動揺して見せる。
「こ、木葉、どう言うことだ?本当に、紫苑様がこの男を…!?私は何も聞いていない‼」
「それはあなたが知らなくても良いことだと、紫苑様が判断したからに他なりません」
淡々とした口調で返されれば、それは森園の怒りの火に油を注ぐことになる。
「紫苑様が、私を蔑ろにしたと言うのか…‼」
「あなたが納得するかどうかは些末なことですが、このやり取りを長引かせれば、紫苑様の貴重な時間を削ることになります。それでもよろしいですか?」
遠回しに紫苑の邪魔をしていると言われれば、彼女は俺を強く睨みつけた後にその場を後にした。
そして、そんな森園のことなど気にも留めず、綾川は事務作業をこなす。
「では、紫苑様の元までご案内させていただきます。私についてきてください」
そう言って、階段を上っていく綾川。
会う場所は中庭じゃないのか。
彼女に付いていきながら向かった先は、黒いカーテンで内側を隠された部屋だった。
「ここは今は使われていない、旧・応接室です。この中にお入りください」
怪しさしか感じない空間なのは、入る前からわかる。
それでも、ここで入らないわけにもいかねぇよな。
俺は綾川の監視の下、目の前のドアを開けて中に入る。
仕切られたカーテンの内側を見れば、そこに置かれているのは2つのソファーと小さなテーブルが置いてあるだけ。
奥のソファーには、俺を呼び出した張本人が座っていた。
そして、俺がこの花園館に入ってからの一連の流れを知っているかのように、軽く手を挙げてこう言った。
「やぁ、円華。中々、刺激的な出迎えだっただろ?」
紫苑は悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべており、それに対して、こっちは大きく溜め息をついた。
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