学年末対抗試験
2月も中盤に入り、春に向けて少しずつ温かさを感じ始める。
学園全体を巻き込んだ大きなイベントが終わりを迎えた後も、俺たちの学生としての1日は続く。
それはつまり、高校生としての試練を突きつけられることを意味する。
俺だけでなく、クラスで何気ない日常を過ごしている傍らで、頭の片隅でそろそろ告げられるであろう試練のことを思考していることだろう。
ホームルームの時間になり、Dクラスの教室に担任の岸野敦が入ってくる。
そして、教壇の前に立つと、スマホを操作して一斉にメールを送信してきた。
「今、送ったメールに添付されているデータを確認しろ。おまえたちも薄々わかっていると思うが、学年末試験の連絡だ」
遂にその時が来たか。
教室全体で、空気が張りつめたものへと一新される。
メールのタイトルは『学年末対抗試験について』とある。
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学年末クラス対抗選択決闘戦『ファイブデュエル』
内容:2クラスでのランダム対戦方式であり、勝利したクラスは条件を学園側に一つ条件を提示して受理させることができる(最大の条件として、敗北したクラスと位置をトレードすること。そして、相手クラスから優秀な生徒を引き抜くこともできる)。
※なお、提示される条件は、事前に学園に提示しておく必要あり。
勝負内容:下級クラスが提示した勝負を設定するものとする(設定期間は決闘戦当日の一週間前厳守)。公平を期すため、上級クラスは競技内容を見てから、10分間だけボーナスタイムとしてその競技に適した『介入行為』を設定することができ、勝負中に行使することができる。そして、上級クラスは『自由決闘』を選択する権利を有する。
勝利条件:ルールに則り、先に3勝した方の勝利。
※引き分けの場合、どちらの条件も受諾されない。
対戦表示
Sクラス VS Dクラス
Aクラス VS Bクラス
Cクラス VS Eクラス
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学年末試験と特別試験を複合させる形式。
2学期末試験と似ているな。
だけど、今回は以前のものとは勝手が違う気がする。
「内容は長ったらしく書かれているが、早い話が勝った方のクラスの願いが叶う5番勝負ってことだ。見ての通り、このクラスはSクラスと対決することになる。入念な準備が必要になると思うが……質問は?」
質問を促され、やはりと言うべきか、真っ先に手を挙げたのは成瀬―――かと思ったが、率先したのは真央だった。
「先生、勝負の種目は授業で習っている科目が中心となるのでしょうか?そして、決闘と言うことは、抽選されるのはクラスから5人なのですか?勝利条件はこちらから提示する形になるのですか?それから――――」
「あぁ~、続けて言うな、答えられないだろ!……まぁ、落ち着け。1つずつ答えてやる」
真央の圧に対して待ったをかけた後で、1つずつ返答する。
「勝負の種目は学年末試験ってことで、律儀に5教科で戦っても良いが、その場合はクラス全員でテストを受けた上で、各科目の合計点で勝負することになる。それだと2学期末試験とそう変わらん。そして、正直言って、おまえたちの学力ではその戦い方では負け一直線なのは目に見えている」
担任として厳しい現実を突きつけてくるが、それでは終わらず「だからこそ」と言葉を続ける。
「多少、この試験での勝負の種類は自由が利くようになっている。日常で扱っている授業の科目で勝負をするなら、クラス全員が強制参加になるが、そうでないスポーツやゲームなどであれば、規定の人数で勝負することになる。その際、誰が出るのかは事前に名簿を出す必要があるがな。しかし、身内ネタや地域別の特有のルールがあるものについては、勝負科目から除外される。その選定を兼ねての、1週間前の設定であることを忘れるなよ」
そりゃそうだ。
自分たちにしか理解できないルールで戦ったら、公平じゃなくなる。
それにしても、やはり前回の学期末試験とは手法を変えてきたか。
自由度が高い分、俺たちが取る選択の幅も広がる。
「そして、この試験においては博打とも言える種目が設定されている。その名も、自由決闘」
自由決闘…?
そう言えば、メールの中にもそんなワードがあった。
複数の生徒が口に出して、あるいは心の中で復唱した後、説明が入る。
「この種目は対戦人数は必ず1対1になるようになっている。そして、その2人の総合力を鑑みた結果、学園側から当日に提示される勝負を行ってもらう。その勝負に勝利した方のクラスは、2つの種目に勝利したものとして扱われる。状況によっては、一発逆転を狙えるものになっていると言うことだ」
どういう内容かがわからない分、ハイリスク・ハイリターンってことか。
「その自由決闘は、必ずしも設定しなければならないわけではないんですよね、先生?」
成瀬が聞けば、岸野は頷く。
「無論だ。おまえたちの戦い方に対して、学園側が手を出すことは無い。しかし、この自由決闘に関して言えば、1つだけ条件が存在する」
人差し指を立て、メールの1文を指さす。
「この自由決闘については、上級クラスも選ぶ権利を有する。これは勝負の途中で、仮に上級クラスが下級クラスより白星が少なくなった時や、先に勝ち星を2つ獲得する目的で選択することが可能だ。つまり、どっちにしても、自由決闘に出る奴は選んでおく必要があるってことだ」
自由決闘の重要性が高まってきたな。
攻めるにしても、守るにしても、その1人の責任は重い。
それを背負える程の人間となれば、Sクラスからは願ってなくても出て来そうな女が頭に浮かぶ。
「ちなみに、1つの種目に出場したからと言って、他の種目に出てはならないという決まりはない。だが、1つの勝負で消耗する体力や気力は、おまえたちが思っているほど軽いものじゃないってことは、予め言っておく。そして、途中で選手交代を行った場合、その種目1つにつきクラスから1万の能力点が削られる。そのことも考慮して、種目を検討するように」
重要な注意を受け、種目に対してみんなの思考が向いている中で、久実が腕を組んで唸る。
「う~ん……何にするかにゃ~」
「久実ちゃんだったら、何の種目にしたいとかあるの?」
伊礼が聞いてみると、彼女はコテっと首を傾げる。
「ん?種目?……あぁ~、いけないいけない。うち、ずっと、勝ったら何をお願いするかな~って考えてたのじゃよ」
頭の後ろを掻きながら苦笑いする久実に対し、伊礼は「そ、そっか」と言って合わせて笑っているが、確かにそれも肝心か。
目的もなく目指す勝利は、クラス全体で一丸と成りにくい。
「それについても、あとでみんなで話し合いましょう。言わばこれは、クラス同士の総合戦。今は私たちの戦い方を見つけ出すためにも、情報を整理する必要があるわ。それぞれにできることを、まとめていきましょう」
成瀬の言っていることは、的を射ている。
この対抗戦で試されているのは、クラスの総合性。
これは誰か1人で解決できる課題じゃないはずだ。
何はともあれ、クラスメイトの中で、得意不得意を勉強以外でも分類するのは必要不可欠だ。
そして、俺としてはこの対抗戦への姿勢を決めることも求められている。
相手はSクラス。
あの女帝……鈴城紫苑が敵になる。
彼女との約束を守ると言う意味では、俺もこの試験に参加する必要があるのかもしれない。
だけど、それを成瀬たちが求めているのかどうかが気がかりだ。
果たして俺の力は今、このクラスに求められているのか。
「贅沢な悩み。円華としてはどうしたいの?」
後ろから声をかけられ、半眼で後ろに横顔を向ける。
見れば、気だるげな顔で突っ伏しながら、恵美がヘッドフォンを耳に当てていた。
「毎度恒例の反応だけど、勝手に人の心を読むんじゃねぇよ」
「まぁ、それはいつもの通り聞き流すとして。珍しいね、円華が試験に対して乗り気なんて。もしかして、これも奴らと関係してるの?」
「そういうわけじゃねぇよ。ただ借りを作った相手から、面倒くせぇ条件を叩きつけられたから、どうしようかって迷ってただけだ。俺だって、それが無かったら試験は成瀬たちに任せたいんだよ」
俺個人としては、純粋な力比べなら成瀬や基樹たちに全ての決定を譲渡したい。
だけど、状況がそれを許してくれるとはとても言い難い。
俺との対決を望む鈴城の願いを取るか、このクラスの成長を取るか。
天秤は未だに、どちらにも傾こうとはしていない。
「でも、円華もあの女とは戦ってみたいって思ってる。……違う?」
「……さぁな」
恵美に隠しことはできないようで、迷いの核心を突いてくる。
確かに、心のどこかでそう思っている自分が居ることは否定できないかもしれない。
基本的に無益な争いは好まない性格をしている俺でも、あの女帝には引きつけられる何かを感じずにはいられない。
復讐者としてではなく、対等な存在としての勝負を、望んでいるのかもしれない。
「何も今日中に全部を決めなきゃいけねぇってわけじゃないんだ。ゆっくり考えるさ」
「円華はそうしたくても、周りがそうさせてくれるかは別の話だと思うけどね」
「……何だよ、含みのある言い方だな」
突っかかるような言い方に違和感を覚えていると、ホームルーム終了のチャイムが鳴った。
そして、それと同時にメールの着信音が鳴った。
その内容を確認した時、俺は一瞬だけ目を見開いてしまい、恵美はそれを見てジト目に変わる。
「誰からのメールか、言い当てようか?」
「・・・いやぁ~」
「鈴城紫苑からなんじゃないの?」
「・・・はい」
こういう時、女の勘ってこえぇってつくづく思うんだ。
昼休みに話があるから、1人で花園館に来いって?
あの女帝様は本当に……状況を考えてから提案してくれよ。
恵美にはメールの内容を確認され、さらに目付きが鋭くなった。
「へぇ~、モテる男は辛いですなぁ~」
「い、いや、おまえ……何か、怒ってねぇか?」
「……別に」
「だから、そう言う態度の時って絶対―――」
「怒っっってないから…‼」
「……はい」
こういう時は、変に追及せずに宥めておくのが一番だ。
ともあれ、場所については気が滅入るとしても、話し合いの機会を作ってくれるなら好都合だぜ。
そして、それは向こうも同じことを思っているはず。
この対抗戦は言わば、あいつが望んでいた正当な舞台だ。
女帝が不敵な笑みを浮かべているのが、目に浮かぶ。
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