復讐劇のチャイム
突然だが、考えてみてほしい。
この世に誰にもでも精通する善があるだろうか、誰もが共通する悪があるだろうか。
答えはNOだ。
ゲームなどに登場する魔王軍だって、憎まれ口を叩きながらも、何かしら人間の態度や言動、行動が気に入らなかったら人類を滅ぼそうとしているわけであって、ただの気まぐれではないと思う。
この世界から争いが消えないのは人間に感情があるからであり、その中にも自身を善と思い、相手を悪だと思う心があるからだ。
それ以外にも欲と言うものも入ってくるが、その欲にも善悪は関わってくるだろう。
俺の姉さんが言っていた言葉に、こんな言葉がある。
『誰かが正義と仮定したものは、他の誰かにとっては悪である。誰かにとっての英雄は、誰かにとっての魔王になる。相手にも相手なりの事情があるように、こっちにもこっちの譲れない事情がある、だから争いは起こる。だけど、自分の中に譲れないものが何1つないのは、それは生きているとは到底言えないだろ』
誰かの言葉を引用したのは棒読みだったからわかったけど、結局それが誰の引用なのかは姉さんは教えてくれなかった。
でも、今はその言葉の意味が胸の中心に突き刺さる。
きっと、俺は今からこの学園にとっての悪になるんだろう。
だけど、それでもかまわない。姉さんの仇を討てるのなら、敵が誰でも容赦はしない。
俺はアパートの部屋から出る前に、ドアの前で深呼吸をし、背筋を伸ばして胸を張る。
そして、決意を固めるためにこの言葉を口にする。
もう何回目に言うことになるかはわからないが、この言葉は自分への追い込みであり、そして励みにもなるのだ。
だから、何度でも言おう。これからが、本当の俺の復讐劇なのだから。
「これは、俺が前に進むための……復讐だ」
ーーーーー
いつもの通りに地下街を歩き、いつもの通りにエレベーターに乗って地上に向かい、いつもの通りに校舎に入り、教室に向かう。
その際に、今まで仲が『良かった者たちだろうもの』とすれ違うと挨拶をかわす。
そして、教室に入れば、『仲が良さそうに』話しかけてくる者たちと言葉を交わし、席に着く。
リュックサックから教材を机の中に入れ、そのまま外を見る。
こういうことは何時ぶりだろうか、今の俺には空の青が灰色に見える。
そんな中、俺の後ろに座った銀髪の女だけはくっきりと色彩まで見えるんだ。
「……よっす」
「うん」
「返事するんだな」
「挨拶くらいはしてやっても構わない」
「それは少し進歩だな」
今なら、どうして最上が誰とも関わろうとしなかった中で俺のことは他の奴らと違う接し方をしていたのかがわかる。誰が俺たちの敵かがわからない以上、余計な接触は避けたかったんだ。
俺のように毒されるのを避けていたんだ。
それにしたって、露骨すぎるけどな。
俺が溜め息をつくと、誰かが席に近づいてくる。
「おはよう、椿くん。昨日はどうしたの?いつもはみんなで一緒に居るのに、1人で帰っちゃったみたいだけど」
この声……そうか、麗音か。
「あ、ああ、そうだな。ちょっとした事情を思い出したんだ、悪いな」
「ううん。ただ、心配したんだよ?何かあったのかなって」
「そ…そうか、すまない。本当に何もないから、しばらくはそっとしておいてくれ。……麗音なら、わかってくれるだろ?」
少し無理して笑うと、麗音は何かを察したようで、頷く素振りをして俺から離れて行った。
本当は、おまえらが全員信用できないから近づくなと言いたいが、それを言った瞬間に『敵』は俺への接触を止めてしまうだろう。それだけは避けなければならない。
俺の復讐の最初の一手は、このクラスの敵を排除するところからなのだから。
改めて考えてみると、俺はこのクラスに異常に受け入れられ過ぎてしまった。
何をするにも、誰かの視界を集めてしまう。
人狼ゲームから期末テストまで、俺は無駄に目立ち過ぎたんだ。
正直、動きにくいったらない。
おそらく、敵は俺の情報を握っている。成瀬が偽装しなかった本当の個人データを見たんだ。その中には俺の素性や経歴が、あんなメールじゃ収まりきらない程にぎっしり書いてあるはずだ。
情報を知られている以上、変な行動をすれば怪しまれるのは必至だ。どうすれば良い……。
俺が自分の髪を少しクシャっと荒く掴んで考えていると、スマホにメールが届いた。
確認すれば、それは真後ろの席の最上からだった。
『円華が動きづらいなら、私が1人1人回る?』
『勝手に俺の心の声を聞くな。と言うか、それは本気で言ってないよな?それこそ怪しまれるだろ』
『大丈夫、さりげなく触れるだけだから』
『それが1番難しいんだろ』
『あの目付きが悪い女はすぐに触れそう』
『成瀬のことか?まぁ、疑うべき対象を減らすに越したことはねぇけど……どうするんだ?』
『それは考え中だけど……邪魔者を見つけるなら急いだ方が良い。緋色の幻影は何をするかわからない。人の命も何とも思ってないような連中だから』
最上の言葉には信憑性がある。
人を勝手に集めてデスゲームをさせるような組織だ。普通の思考をしていると考えたら、俺たちの負けだ。
学校に居る時間はジェットコースターのように過ぎていき、俺は最上とは別行動でいつもの4人と一緒に、いつも通りに帰った。
みんなは俺の変化に気づくか気づかないかくらいだったが、その中でも新森は俺のことを一点にじーっと見てくる。
「円華っち、どうかしたのかにゃあ?調子がおかしいですぞ?」
「そうか?多分、風邪でも引いたかな。熱っぽくて仕方がない」
「それはそれは……無理しちゃ駄目だぞぉ」
「あ、ああ……気を遣わせて悪いな」
新森の歩くペースに合わせていると、前の3人と距離ができてしまう。
歩くスピードを速めようとすると、新森が俺の左手を無言で掴んだ。
「……どうした?」
「え?ああ、うん……その、円華っち、雰囲気が変わったなって思ってさ。円華っちが遠くに行ったみたいで、ちょっと寂しい…的な」
そう言って、俺から復讐の意志を遠ざけるつもりなのか?それとも、本当に…。
「円華っちはどうなっても円華っちだよね。ごめんね、変なことを言って。うちは、どんな円華っちでも受け入れられるよ?」
「そ、そうか……ありがとうな、新森」
「も~、もうそろそろ久実って呼んでくれないかにゃ~」
「おまえが望むなら、今からでも呼んで良いぜ?」
「そう?…う~ん、なら、明日から呼んで!」
「明日からか?……何で?」
「良いから良いから~」
「……まぁ、別に良いか」
「約束だよ、円華っち!」
「ああ、約束約束」
その時、新森がどういう顔をしていたのかは、俺は覚えていない。笑顔だったような気がするし、どこか無理をしているだった気もする。
俺こそ、周りの変化に気を向けるべきだったんだ、新森が俺の変化に気づいたように。
なのに、俺はそれができなかった。人生をかけて後悔することに気づいていなかったんだ。




