アンバランス
円華side
13時40分。
生徒会長選挙の結果が、メールに届く。
その結果を見て、俺はやっと身体から力が抜けるのを感じた。
「次の生徒会長……進藤先輩に決まったそうだ。これで、俺たちの努力も報われたようだぜ」
復讐とは別の大きな目的を達成したことで、やっと安堵の息をつくことができた。
クイーンを討ち取ることができたとしても、向こうで仙水に勝たれたら、俺たちの計画が崩れることになる。
俺と進藤先輩、2つの勝利がこれからの舞台の絶対条件だった。
俺が肩の荷が下りた気分になっている中で、その隣を横切っては基樹が前に出る。
「本当に、とんでもない力だった。これが、俺の両親を……」
倒れているクイーンと、その傍らに輝きを失った状態で落ちている七天美。
身体中から生えた刃は赤い粒子になって消えており、傷も無い。
今の奴は、気を失っているだけだ。
正直、ギリギリの勝負だった。
俺がヴァナルガンドの力を解放できたこともそうだけど、基樹や先生が居なかったら、今のこの状況は無かった。
ポーカーズの1人、クイーン。
エースは言うまでもなく、ジャックよりも手強い相手だった。
基樹はクイーンの前に立ち、スサノオの短剣を向ける。
「この女が、俺の母さんを…‼」
当然の怒りだ。
さっき、クイーンは基樹の母親を斬ったと言った。
自分の両親を傷つけた人間を、許せるはずがない。
「狩野、待て。怒りのままに、その剣を振り下ろしたら後悔することになる。まずは事の真相を、明らかにさせることが重要だろ。その女から聞き出したいことがあるのは、おまえだけじゃない」
そう言って、岸野先生は俺に目を向ける。
そうだ、俺にもクイーンに確認しなきゃいけないことがいくつもある。
この女は、調子に乗って姉さんを侮辱していた。
姉さんが、組織に反旗を翻していたことを知っており、苦しめた張本人の1人。
それだけでなく、これまでこの学園で多くの人の人生を狂わせてきたのは明らかだ。
俺だって、それを知ってこの女を許せるはずがない。
だけど、こいつを断罪するのは、こいつから引き出せる情報を全て引き出した後だ。
「まずは放課後まで待とう。恵美の異能があれば、こいつの意識が無くても記憶を読み取ることができる。こいつへの尋問は、その後だ」
「……それも、そうだな。まさか、こんな所で予想外の因縁と出会うなんて、思ってもなかったよ」
俺と基樹にとって、共通の因縁を持つ女。
前は恵美だけだったけど、今度は基樹も同席することになる。
「とりあえず、この危険極まりない剣は俺が回収っ……これは!?」
岸野が七天美に触れようとした瞬間、濃い霧が体育館中に広がっていた。
「この霧、もしかして、またジャックの異能具かよ!?」
この霧の広がり方は異常だ。
俺たちが気づいた時には、既にお互いの姿がシルエットでしかわからないほどになっていた。
「ぐっ!?誰だ!?」
岸野の狼狽える声が聞こえ、その方向に目を向ければ俺はその顔を見た。
いや、その顔を隠しているマスクを。
白い名無しの仮面を着けた、中性的な体つきをしている人間だ。
その手には、七天美が握られている。
「おまえ……。その剣を返せ‼」
「椿、迂闊に近づくんじゃない‼」
岸野の声も無視し、接近して白華を振るおうとするが、そいつは七天美を頭上に掲げては刃から桃色の輝きを放つ。
反射的に腕を前に出し、制服の袖で視界を覆ってしまった。
こいつ、何で七天美の力を使えるんだ!?
そして、名無しはノイズ混じりの声を発した。
「スサノオ、オーディン、そして未だ底が知れない混沌の狼……。見せてもらったよ、素晴らしい力だ。しかし、これを手にされては困る。それでは、アンバランスだ。あくまでも、公平に行こう……公平に、ね?」
輝きが収まると、その姿が消えたと同時に、霧は晴れていった。
七天美を、奪われた状態で。
「んなっ‼七天美は!?」
「悪い…。奪われた」
「奪われたって、そんな簡単に言うなよ‼一体何なんだよ、今のは!?」
基樹にも、さっきの名無しの存在は認識できていた。
しかし、実際に視ることができた俺と、攻撃を受けた岸野だけのようだ。
「椿、おまえは今の敵の姿が見えたのか?」
「ああ、仮面を着けていた……多分、男だ。そして、その仮面は、俺が見てきたポーカーズの5人のどれとも違っていた」
ポーカーズとは違う、名無しの仮面の男。
どうしてかはわからないけど、俺はそいつを認識した時に思った。
俺はこの男と、どこかで会ったことがあると。
基樹はその後も、納得いかないと言った様子だったが、クイーン本人は残っていたため、渋々怒りを収めてくれた。
意識の無いクイーンは、岸野に回収を任せることにして俺と基樹は教室に戻ることにした。
あの名無しは、組織の幹部を切り捨て、大罪具だけを回収していった。
つまり、七天美はそれだけ、組織の中で重要視されていることを意味している。
そして、幹部ではあっても、ポーカーズも使い捨ての駒と認識されているのかもしれない。
「円華……ありがとな。おまえの復讐に、俺を巻き込んでくれて。おかげで、俺も自分の目的が、はっきりとわかったよ」
「七天美を、奴らから取り返すつもりか?」
俺の予測の一言に、基樹は黙って頷く。
「あれだけは、どうしても俺が壊す。父さんと母さんを苦しめた、あの剣だけは…」
静かに呟いてはいるが、内に宿る怒りは抑えきれていない。
客観的に見て、キングのことが頭をよぎっている時の俺も、似たようなものなんだろうな。
「これからも、おまえの復讐に噛ませてもらうから、そこんところはよろしくな」
「…気が重くなる宣言すんじゃねぇよ」
意図していなかった、基樹の因縁との関わり。
クイーンを倒したとしても、それは終わることは無かった。
俺はこのとき、1つの復讐劇が終わるのに合わせて、新たな戦いの兆候が見えた気がした。
ーーーーー
紫苑side
全校生徒に一斉に送信された、生徒会長選挙の結果を通知するメール。
それには目もくれず、私は体育館から出てくる、黒髪と金髪の男子2人から目を離さない。
「決着はついたようだな。そして、ここから混沌の波が広がっていくわけだ。それを起こすのは、あの男か、それとも円華、おまえなのか」
憂いを帯びた目を、私は2人に気づかれないように背中に向ける。
そして、後から出てきた岸野と、彼に担がれているクイーンに注意を向けては顔を出した。
「これであなたの目的の1つは達成された。そう判断して、然るべきか?」
「……そうだな」
声をかけても驚いた様子はなく、淡々と言葉を返してくる。
まるで感情を抑え込んでいるかのように、その表情からは何も読み取れない。
「椿が魔鎧装の力を取り戻し、クイーンを潰したところで、何も解決はしていない。それどころか、状況は最悪に向かっているような気さえしている」
「何…?」
彼の気になる言い方に対して、私は眉をひそめる。
すると、岸野は横目を向けて視線を合わせて言った。
「おそらく、俺の裏切りは組織に知られている。それもポーカーズよりも、上の存在に」
「……それは聞き捨てならない推測だぞ、岸野敦。おまえは、記憶を操る異能具『メモリーライト』を持っているはずだ。記憶を改変する手があるからこそ、組織に潜みながら裏を探る立場を手にできているんだろ?」
もしも裏切りが知られていても、メモリーライトを使えばその事実を改変することができる。
その認識があったからこそ、岸野は要所要所で行動することができていたはず。
しかし、その異能具の存在を以てしても、彼の不安を拭うことはできなかった。
「先程、クイーンとの一戦を終えた後、新たな刺客が現れた。椿が言うには、ポーカーズの仮面のどれとも違っていたらしい。そいつは、クイーンを切り捨て、七天美を回収してしまった。つまり、ポーカーズとは別の存在が、学園内で暗躍していると言うことだ」
ポーカーズとは別の存在。
その言葉に、私の気も引き締まる。
この学園を動かしているのは、5人のポーカーズと言われる存在。
組織に於いて、絶対優位に立つ仮面の幹部たちだ。
その内の1人であるクイーンを切り捨てる行動は、言わば組織への戦力を減少させる行為のはず。
「この戦いを、裏から操ろうとしている存在が居る。そして、その存在を探るためには、俺の裏切りは餌になるかもしれない」
「自分の存在を使い、舞台裏に居る何者かを引きずり出すと?危険過ぎる、そんなことはマスターも望んでいない。早急に、学園全体にメモリーライトを使用すべきだ」
私の訴えに聞く耳を持つ気はないと言うように、岸野は「話は終わりだ」と言って先に行ってしまった。
岸野敦、おまえは一体、何がしたいんだ?
この学園において、組織への裏切り行為は死を意味する。
それを知っていてなお、彼は茨というには過酷すぎる道を進もうとしているのか。
椿がクイーンを討ち取ったこと、岸野敦の独断専行。
この事実を知り、あの人に報告しないわけにはいかない。
私は周りに誰も居ないこと、そして監視カメラが無いのを確認した上で胸ポケットからスマホを取り出す。
それは学園に登録している普段使っているスマホとは違う。
緊急時以外には使用することを許されていない、白いスマホだ。
ある番号に電話をかけた。
3コールで相手は出てくれる。
『もしもし?』
「私だ、マスター。報告しなければならない事態が発生したため、連絡させてもらった。すまない」
連絡したことを謝罪すれば、電話越しにマスター…師の優し気な声が耳に届いた。
『君がそう判断したことなら、俺が咎めることは無いさ。それで?何があったのか、教えてくれるか?』
「ポーカーズの1人、クイーンが椿円華の手に落ちた。しかし、あの女が手にしていた色欲の大罪具は、正体不明の何者かに回収されてしまったそうだ。岸野敦は、その何者かを探るために、独断で動こうとしている」
私の報告を聞き、師は『そうか、わかった』と返事をする。
『彼は……円華くんは、魔鎧装の力を使用できるようになったのか?』
「七つの大罪具を使う敵を、生身の状態で倒せる存在が、あなた以外に居ると思うか?ありえない。あいつは間違いなく、自身の力を取り戻しているはずだ」
『……フっ、違いない。それなら、良かった。彼は俺との約束を守ってくれているってことだからね』
嬉しそうにそう呟く師の声。
その反応が、私の胸を少しだけ締め付ける。
「私には、未だに分からない。マスター、あなたは何故そこまで、椿円華という男を気に掛ける?確かに、あいつに宿る力は強大だ。しかし、その力もまだ私ほどでは―――」
『憶測で物を語るのは、感心しないな。しかし、君の性格上、直接彼の力を確かめるまでは、納得しないこともわかっている』
師は私の性格を見通した上で、その不満な気持ちも受け止める。
『実際に、彼の力を自分で確かめれば良い。その後で彼に協力するかどうかは、君が決断すれば良い。そこに俺の意志は関係ない』
あくまでも、決めるのは私自身だと促してくる。
こういう返しをされると、私も気持ちを整理した上で事を見なければならなくなる。
「承知した、マスター。既に円華とは、決闘の約束は取り付けてある。私の全力を以て、あいつの実力を計らせてもらうとする」
『それで良い。敦くんのことについては、彼も無策で我が身を危険に晒したとは思えない。それに彼はそう簡単に殺される男じゃない。紫苑、今は自分のことに集中しなさい』
師からの命令を受け、私は電話越しに小さく頷く。
「して、こちらの状況は伝えた通りだが、そちらの状況はどうなのだ?」
『こっちの進展は、申し訳ないけど皆無だ。向こうはどうしても、俺に尻尾を掴ませたくないらしい』
「しかし、逃がすつもりは無いのだろう?」
『当たり前だ。俺の行動も、間接的には君たちのサポートになるはずだからな。君たちが戦っているのに、俺が手を抜くわけにはいかないさ。……紫苑、君に1つだけ伝えておく』
師の声音が変わり、真剣なものになる。
『これまで追跡してみて、奴らの行動原理が見えてきた。緋色の幻影の目的は、20年前のものとは違うかもしれない。奴らの目的には、破滅の力が大きく関わっている。だけど、その根源の再生が全てじゃない。奴らの行動には、十分に注意してくれ』
1度組織を潰した人間から聞いた忠告は、私の身に重く圧し掛かった。
やはり、岸野の言った通りかもしれない。
クイーンを倒したとして、状況が好転しているとはとても言い難い。
だからこそ、私は確かめたい。
マスター……我が師、最上高太が期待を寄せる、椿円華という男の力を。
彼の中に宿る混沌の力が、これからの戦いを大きく左右するものになるのだから。




