引き出すための嘘
紫苑side
最終投票開始直後、午後1時5分。
ほとんどの生徒は講堂に集まる中、その流れに背き、私は別方向に足を進めている。
その目的はこの生徒会長選挙と言う舞台において、私の成すべきことを果たすため。
人1人居ない廊下をゆっくりと歩きながら、視界は今、紅に染まっている。
この紅の世界でしか、見えないものを捉える。
そして、目的の存在は、授業であまり使われることはなく、生徒が好んで使うことのない教室に在った。
その教室のドアを、ノックすることもなく横に開き、暗闇が視界に飛び込んでくる。
人が1人も居ないような、静寂に包まれた視聴覚教室。
しかし、どれだけ巧妙に隠れようとしても意味はない。
「無駄だ。姿を隠したところで、意味はない。私には、見えている」
下ろされているスクリーンに焦点を当てれば、そこから赤黒いオーラが人型に強く放出されているのが視える。
「おまえのことを言っているんだ。聞こえているんだろ?ポーカーズの1人、クイーン」
相手の名前を出せば、スクリーンの後ろから1人の女が姿を現した。
彼女は蝶の羽を広げたヴェネツィアンマスクを着けており、私に対して明らかな敵意を向けている。
「その眼……。そう、予想外だったわ。それに視られてしまったのなら、変な誤魔化しをしても意味が無さそうね」
「その認識は間違っていない。おまえたちのような存在を暴くのが、この眼の力だ」
クイーンはマスク越しに瞳の色を赤く染め、左手に持っている刀に鞘に納めたまま、こちらに向ける。
「あなたにとっては、幸か不幸かは知らないけど、ここには私とあなただけ。1年Sクラスの女帝さん、あなたの存在は、カオスの坊やと同じくらいに危険なようね。神隠しにあってもらおうかしら♪」
臨戦態勢に入ろうとする女王に対し、私は無防備なまま冷徹な目を向ける。
「残念ながら、おまえは間もなく私の相手をしている余裕が無くなる。これは予言ではなく、前々から決められていた確定事項。そして、おまえが盤上を狂わせてきた舞台は、今日で終わる」
「わかったような口を聞いているけど、そう言う上から目線は癪に障るのよね‼」
クイーンは鞘を抜き、桃色の輝きを放つ刀身を迫らせる。
私はそれに対して、目を閉じては身体を仰け反らせて回避する。
「なっ!?」
体勢を立て直し、半歩下がっては目を閉じたまま女王を煽る。
「単調な攻撃だ。女王と呼ばれる存在のくせに、焦っているように見える。余裕がないのは、自分が追い詰められていると自覚しているからか?」
クイーンは息を飲み、奥歯をギリっと鳴らしては妖刀を上段から大きな動作で振り下ろす。
しかし、それも紙一重で回避しては口角を上げる。
「力はあっても、それに心が追いついていない。だからこそ、目を閉じていても動きが読める。おまえの自身の実力は、その程度だということだ」
相手は肩で息をし、私に対する攻撃の手を止める。
そして、こちらの目を見ては、忌々し気な目を向ける。
「私の実力が……この程度?そんなはず、無いでしょ!?何なら、ここで私の真の力を――‼」
「悪いが、この後の展開は確定事項だと言ったはずだ。そして、私のここでの役割は、おまえをあの男の復讐劇に引きずり下ろす手助けだ」
私が腕時計を見て、「時間だ」と呟けば2つのスマホにメールが届く。
それに対して気を逸らされるクイーンの前で、こちらも画面を確認する。
「……どうやら、あいつは目的の物を手に入れたらしいな」
その内容は、ある男が仕掛けた疑似的な特別試験が終了した知らせ。
そして、クイーンにとっては絶望を宣告する内容だった。
ーーーーー
証拠探しをお手伝いいただいた皆様へ
皆様のご協力のおかげで、風間直子の証拠のデータを無事回収することができました。
提供してくださった椿円華様には、既に約束の報酬を贈呈しております。
本当に、本当にありがとうございました。
ーーーーーー
そのメールを確認し、クイーンは肩を震わせる。
「そ、そんな……ありえない‼データは、キングが持っているはずじゃ!?」
「そうかそうか、おまえはキングに預けていたのか。しかし、結果として円華が回収したという事実が公表されている。おまえは、信頼していた者に裏切られた可能性も……無いわけじゃない」
相手に疑念を植え付けるために、事実を利用することは有効だ。
『本当にそうかもしれない』。
そう思わせることで、相手の行動を少しずつ誘導することは可能だ。
そして、ダメ押しに私のみが持つ証拠を提示する。
それは1枚の写真であり、写っているものを見てクイーンは言葉を絶句した。
「どうして……。それじゃあ、本当にキングが…‼」
写真には、机の上にポツンっと置かれた紫の蝶がプリントされたUSBが写し出されている。
これが意味することを、クイーンは勝手に自分の中で連想しては望みを絶たれる。
「今日の朝、私の部屋のポストに入れられていたものだ。これを椿円華が投函したかどうかは定かではないが、おまえのひた隠しにしていた証拠が、誰かの手に渡ったのは間違いない」
彼女の中では、いろいろな思考がかき乱されていることだろう。
自身の計画していたものが、崩れようとしている現実。
何者かに、自身の弱みを握られた屈辱。
そして、その事実を利用されている絶望。
その全てがクイーンの身に圧し掛かり、もはや立ち尽くしていることしかできずにいる。
「どうした?何を怯えている。棒立ちになって、私に見下されている場合では、無くないか?事実確認は、早急に動いた方が賢明だ」
「お、おまえぇ…‼」
挑発に乗り、妖刀を振り上げるクイーン。
しかし、今度は私も無抵抗に回避はしなかった。
カキ―――――ンッ‼
金属と金属がぶつかり合う音が、教室の中に響き渡る。
「そんなっ…‼」
私は手に持っている鋸状の武器で、妖刀を弾いた。
相手からしたら、突然現れたように感じるだろう。
そして、それから放たれる異様なオーラに対し、クイーンはマスク越しに目を見開いた。
「その力……。ありえない…‼おまえが何故、それを…!?」
「私に対して、疑念を抱いている場合か?早く舞台の上にのぼってやれ。おまえの人形劇の終焉を、その身をもって受け入れてくるんだな」
クイーンの中で、私への敵対心と女王としてのプライドの保持を天秤にかける。
そして、彼女はこちらに強い殺意を向けた後、マスクを外した状態で視聴覚室を出て行った。
「今度会ったら、おまえを殺す…‼」
「安心しろ。その今度が訪れることは無い」
相手に視線を向けることなく、私は淡々とそう言い返した。
そして、1人残された教室の中で、鋸が消滅しては小さなペンダントに形が変わる。
「私を選ばなかったか……。一縷の望みでも、期待していたのだが。最後まで、つまらない女王だったな」
クイーンに見せた写真を見つめ、目を細める。
この写真が封筒に入った状態で、早朝に部屋のポストに投函されていたのは本当だ。
そして、その中にはもう1つ小さな手紙が入っていた。
そこには今日行われる円華の計画が事細かに書かれており、私がどのタイミングでクイーンに接触するべきなのかも記されていた。
私としては不本意ではあったが、最後の一言に心を動かされてこの身元不明者に協力することにした。
『復讐者の手助けをしてほしい』と。
「この写真を私に提供したのは、今の話の流れでおそらく……。フフっ、この借りは高くつくぞ」
自身を利用した人物に想いをはせながら、これから先の復讐劇に目を向ける。
ここから先は、あいつの復讐劇によって未来が変わる。
そして、私としては復讐者の力を見定める機会となる。
あいつが、私の……そして、あの人の求める領域まで辿り着けるかどうか。
「希望と絶望の先に進む力……。おまえに本当にそれがあるのかどうか、見せてもらおうか、円華」
ーーーーー
円華side
時間は午後1時20分。
場所は薄暗い体育館であり、全校生徒が講堂に集まっている中、このだだっ広い空間に立っているのは、今の所は俺1人だ。
そして、ここが俺の第2の復讐劇の舞台となる。
選挙戦の方では、もう既に事前に仕掛けた策が実行されているのは知っている。
そして、それが全校生徒に送られる内容であることから、今回のターゲットが俺の下に来るのも時間の問題だった。
体育館の扉が開き、1人の女性が肩で息をしながら姿を現す。
その顔はマスクで隠されておらず、俺のことを睨みつけている。
憎しみと殺意が入り混じった感情を、向けているのが伝わってくる。
「見つけたわ……カオスゥー‼」
それに対して、こっちは悪い笑みを向けて返す。
「そんなに大声出さなくても聞こえてるっての。……まぁ、あんな内容を見たら、俺の所に来るしかねぇよな。この時を待っていたぜ、クイーン」
マスクをしていなくても、彼女がクイーンだということは容易に理解できる。
この状況で、人形を使ってくることはあり得ないからだ。
ここで他人を利用した場合、自分の弱みをまた他の誰かに握られるかもしれない。
他者の秘密を利用している人間が、他の誰かに自分の秘密を握られる危険を冒すはずがない。
「確かに、隠したくなるような顔だぜ。おまえのその悪人顔、本性を隠しきれてねぇしな」
「……口の減らないガキね。私が素顔を晒したのは、あなたはここで必ず殺すと決めたからよ‼」
クイーンの手には、この前と同じく妖刀が握られている。
こっちも右目に眼帯を着けては竹刀袋から愛刀を取り出し、白い刃を見せる。
「私のUSBメモリを返しなさい。そうすれば、この力で苦しまずに、逆に快楽を感じさせながら殺してあげるわ…‼」
「期待を裏切るようで悪い……とは、ちっとも思わねぇけど、事実だけそのまま言うぜ?おまえが欲しいものは、俺の手にはねぇよ。つか、あんなメールに振り回されるなんて、女王って言いながら案外子どもなんじゃねぇの?」
「黙れぇ‼」
刃を抜いた妖刀の桃色の輝気に対して、俺は腕を前に出すことで視界を遮る。
そして、その隙を突いてクイーンが接近しては斬りかかる。
「隙だらけよ‼」
「そう思ってるのは、おまえだけだ」
白華を下段から上段に切り上げ、妖刀を弾く。
「椿流剣術 燕返し‼」
咄嗟の反撃で力が抜け、クイーンは大きく仰け反っては跳躍して体勢を立て直す。
「余裕が無いのが見て取れるぜ。力の入り具合が、この前よりも大きく乱れている。そんなにUSBの在り処が気になるか?」
「そうね、確かにそれも重要だわ。だけど、今はあなたのその顔を絶望に染める方が大事なのよ‼」
もはや怒りにとらわれ、正常な判断ができずにいるようだ。
こっちとしては、狙い通りだけどな。
この前みたいに、逃げようとする思考ができない程に、クイーンにはプレッシャーを与えてきた。
俺を殺すことでしか、その怒りから解放されることは無いだろう。
「前もって言っておくけど、俺もどこにあるかは知らねぇからな?あのメールに書かれている内容は、おまえを誘き出すための嘘だ」
「っ…‼嘘…?だとしたら、余計におまえの存在が腹立たしいぃ‼」
聞かれる前に真実を伝えれば、火に油を注いだようだ。
「一瞬でも、おまえが生きていることが許せない‼」
クイーンは宝玉を付けた腕輪を露わにし、輝きを放ちながら蝶の紋章が浮かび上がる。
「魔装具解放‼妖蝶装‼」
解放の言葉を口に出せば、宝玉から桃色に輝く巨大な蝶が現れては、クイーンの身体を飲み込んでいき、蝶の姿が人型の鎧に変化していった。
「おまえがあの力を使う前に、その息の根を止めてあげるわ」
妖刀を向け、俺に強い殺意を向けているクイーン。
そして、周囲に黄色の無数の粒子が浮上する。
「ケージ・オブ・エアライド。おまえが1歩でも動けば、その1つ1つが爆発するわ。そして、私が動いても反応することは無い。今からじわじわと、絶望を感じながら死ぬ瞬間を迎えるのね」
悪趣味な檻だな、おい。
だけど、この粒子の範囲からして標的としているのは俺だけ。
そう、奴の意識は俺1人に向いていると言うことだ。
そのことに気づいているのは、この空間においては2人だけ。
「悪いけど、おまえの相手に今の俺じゃ役不足だ。……だから、適役を用意しておいたぜ」
俺の種明かしに応えるように、クイーンの背後に大きな影が掛かった。
「影蛇の太刀 漆」
ガキンっ‼
その声で奴が背後を振り向いた瞬間、下から切り上げる刀に反応が遅れ、鎧に衝突
しては威力で後ろに下がるクイーン。
そして、斬り付けられた鎧の傷に触れ、2つの意味で驚愕の反応を見せる。
「あなた、その鎧はっ…‼ありえない、何故、それがこの学園に!?それも使える人間が、居るはずがない‼」
朱色の甲冑に身を包み、鎧や太刀に巻き付いているものを含めて、9つの蛇が実体化してはクイーンを睨みつける。
「やっぱ、少しはトレーニングしておいて正解だったみたいだな。おまえのその反応が見れただけでも、少しは気が晴れた……」
その姿を見たのは2度目だけど、装着する者が違うだけでこうも雰囲気が違うものなのか。
魔鎧装『覇蛇の太刀スサノオ』
敵として立ちはだかった時は冷や汗をかいたけど、味方として現れると心強さを感じる。
「ここから先は、俺に任せてもらえるんだよな、円華?」
「ああ、頼むぜ。思いっきりやってやれ……基樹」
了承を得れば、基樹は「あいよ」と返事をしてクイーンに静かな敵意を向ける。
その意識の先に向いているのは、奴の持っている妖刀だ。
「やっと会えたな……七天美」
ここから先は、俺だけの復讐劇ではなくなる。
これは、基樹が過去と向き合うための戦いだ。
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