選挙戦当日
円華side
遂に今日、1つの復讐にケリをつけることになる。
生徒会長選挙の当日を迎え、俺の中で何か感じるものがあるかと言われれば、特に何もない。
いつも通りに目が覚めて、いつも通りに地上の校舎に向かっている。
復讐の対象者はポーカーズの1人、『女王』。
奴を捕らえるための策は、既に最終段階に入っている。
そして、俺の予測が確かなら、クイーンが倒れることと、進藤大和が生徒会長の座を手に入れることは直結している。
あの蝶の仮面を着けた女を倒せば、姉さんの願いに近づくことができるんだ。
地上へのエレベーターに足を進めていると、後ろから「恐い空気が駄々洩れだよ」と声が聞こえ、意識が現実に戻る。
後ろに視線を向ければ、そこに立っていたのは恵美であり、軽く手を挙げてくる。
「おっす。少しは正気に戻った?」
「……かもな」
ぎこちない返事をし、前を向いて足を進める。
その隣を歩きながら、彼女は首に下げているヘッドホンを耳に当て、横目を向けてくる。
「結局、今日までヴァナルガンドの力を使えるようにはなってないんだね」
「しょうがねぇだろ。それでも、やるしかない。そのために打てる手は打ってある」
ヴァナルガンドのことを考えると、変に気持ちが揺らぐから頭の隅に置いている。
認めたくねぇけど、不安なんだ。
あいつの力無しで、本当にクイーンを討てるのかが。
「まずはあいつを引きずり出すのが、第一段階だ。そのための手は、もう用意してある。そのための宝探しゲームなんだからな」
この3日間、ほとんどのクラスが風間直子のいじめのデータを探すために行動を起こしていた。
風紀委員は1日1回の身体検査をやり続け、怪しい生徒を探り続けた。
生徒の中でも、聞き込み調査をする者も居れば、2年Aクラスの教室内の大捜索、まだ保管されていた風間の部屋や、彼女に近しい存在の部屋を探索する動きもあったらしい。
成瀬の話では、レスタと共に学園中の電子機器のアクセス履歴を探ったが、USBからPCなどへのデータの移動や、他のディスクに移動させた事実は残っていなかったそうだ。
つまり、クイーンは秘密のデータを他のものに移動させていないんだ。
だけど、結果として目的のUSBは出てこなかった。
近藤先輩は、全校生徒で嫌疑をかけていた者の身体検査を行っても、USBの存在は無かったと言っていた。
だとしたら、あの女はもう自分の手にUSBを持っていない可能性が高い。
絶対に気づかれないと思っている場所に、隠しているのかもしれない。
俺としては、その方が好都合だ。
この騒動を起こした目的は、クイーンに追い詰められているというプレッシャーを与えることと、もう1つはその手からUSBを手放させることだったんだからな。
「引きずり出した後は、どうするの?話では、クイーンは魔装具以外にも危険な武器を持っている。それの攻略方法は見つかったわけじゃないんでしょ?」
「それはっ……あいつを信じるしかねぇよ。そこから先に関しては、今の俺は足手まといになりかねねぇしな」
正直言って、自分の手で決着をつけられないことに不満が無いわけじゃない。
それでも、ヴァナルガンドの力が無かったら勝てないのはわかってる。
わかってる……んだけど、な。
「戦力って意味なら、私を頭数に入れても良いでしょ。麗音だって、異能具があるんだから」
「……必要になったら呼ぶ。だけど、危険は最小限に抑えておきたいんだ。おまえは麗音と一緒に、みんなを守ってやってくれ」
みんなと言うのは、もちろんEクラスのことだ。
守るものができた俺にとって、恵美も含めてクラスの存在は弱点になっているのは自覚している。
だから、俺以外にも守る力を持つ者に近くに居てもらいたい。
それに大勢の生徒が集まる場所で行われる行事で、大胆に動こうとするわけにもいかないはずだ。
危険を被るなら、クイーンと因縁がある俺とあいつだけで良い。
エレベーターに到着してから、人前で話すことでも無いので話が終わる。
周りを見ると、今日の生徒会長選挙の話題でソワソワしている人がほとんどだ。
当然か、今日の結果次第でこの学園が大きく変わるんだからな。
だけど、この人たちの中に、その裏で起きている俺の復讐劇が結果を大きく左右させることを知る者は居ない。
誇張した言い方をすれば、この学園の未来が個人の復讐に掛かっているってことだ。
他人の未来まで背負う気はさらさらないし、俺としてはここに居る他人がどうなろうが別にどうでもいい。
だけど、守りたい奴は守りたいし、ぶっ潰したい奴はぶっ潰したい。
その意思に従って行動する上で、救われる者が居るなら、勝手に助けられてくれって感じだ。
エレベーターに乗って地上に向かう中で、隣に居る恵美の手を握る。
「ま、円華?どうしたの?」
急に手を握られて戸惑い、こっちに怪訝な目を向けてくる。
それに対して視線を逸らし、俺は彼女にだけ聞こえる声で呟いた。
「頼む……。ちょっとだけ、勇気、分けてくれ」
その声は自分でも驚くほど小さく、少し震えていた気がする。
やっぱり、気にしないようにしても、恐いんだ。
あいつの力なしに繰り広げられる、これからの復讐劇が。
そんな情けない俺を見上げ、恵美は小さく息を吐いて肩をすくめて言った。
「はいはい。……円華ならできるよ、大丈夫。信じてるからね」
慰めるような、勇気づけるような言葉を呟いた後、彼女は握った手を強く握り返してくれた。
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恵美side
昼休み明けの午後1時。
選挙戦は講堂で行われ、1年生と2年生のほぼ全ての生徒が集められている。
壇上には2人の生徒会長候補が並んで椅子に座っている。
進藤大和と仙水凌雅。
その後ろには巨大なスクリーンが用意されており、そこには2本の棒グラフとその下に2人の名前が書かれている。
青いグラフと赤いグラフで映しだされ、赤の方が上回っているのがわかる。
それは現時点での支持率を表しているらしく、青いグラフである進藤大和が後を追う形になっているのがわかる。
この状況から、仙水凌雅から生徒会長の座を奪う必要がある。
当日である今日の結果で決まるとは言っても、ここに居る大半の生徒は思っていることだろうね。
次の生徒会長は、仙水凌雅で決まりだって。
その思考が伝わっているのか、仙水の表情からは余裕の笑みが見て取れる。
もう一方の進藤先輩はと言うと、腕を組んでは目を閉じて精神統一しているように見える。
「本当に、彼はこの勝敗をひっくり返せると思っているのかしら?結局、求めていた証拠は見つかっていない。ここから先、どうなるのかが私には全く読めないわ」
成瀬が険しい表情で前を向いて呟き、焦っているのがわかる。
「大丈夫……だと思う。朝に会った時だって、ちょっと不安そうな顔はしていたけど、それはこっちの結果とは別の話だし」
心配はしていないけど、違和感が無いかと言われれば、それは違う。
もう1度、壇上に居る2人の内の1人に焦点を当てる。
状況だけ見れば、逆境に立たされているはず。
それなのに、進藤大和の表情からは何も読み取れない。
無なんだ。
勝利を確信しているわけでも、負けると思っているようにも感じない。
ただ静かに、時が来るのを待っているだけのように見える。
どうしてかはわからないけど、そんなあの人から目が離せない。
誰かに、似ているような気がするから。
「そろそろ、時間だね」
時計を見て、麗音が静かに呟いた。
そして、予定の時間が経過したことで司会者がマイクを持って壇上に立つ。
「それでは時間になりましたので、始めさせていただきたいと思います。みなさん、本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。本日司会を担当させていただきます、生徒会の石上真央です。よろしくお願いいたします」
相変わらずの王子様スマイルに対して、女子から黄色い声援が飛んでいく。
今更だけど、SクラスからDクラスに降格しても、石上個人への人気は変わっていない。
そんな彼に対して、壇上に居る仙水が茶々を入れる。
「おいおい、司会が主役よりも目立ってくれるなよ。どっちがメインかわからないだろ?」
「す、すいません、仙水先輩。進藤先輩も、気分を害されたのなら謝ります」
仙水に平謝りをしながらも、進藤先輩に声をかければ、あの人は眼鏡の位置を正しては目を開き「問題ない」と小さく返す。
石上は2人から前に身体を戻し、全校生徒に説明する。
「皆様ご存じのことでしょうが、改めて説明させていただきたいと思います。本日は生徒会長選挙期間の最終日であり、今日の投票によって次期生徒会長が決定となります。投票は支持率調査と方法は同じで、各々のスマートフォンから進藤大和様、仙水凌雅様のお2人の内、どちらが生徒会長に相応しいのかを選んでいただきます」
その説明の最中に、自然と講堂内の生徒のほとんどがスマホを開いて投票の画面を出し始める。
そして、スクリーンのグラフが2つとも0になる。
「後ろにありますスクリーンには、リアルタイムで投票された票数が映し出され、それは制限時間30分の内に、10分おきに更新されます。そして、1度投票された決定は、制限時間内であれば何度変更していただいても構いません。この場に居られる皆さまの1人1人の決断が、この学園の未来を決めると言うことを重々承知の上、投票されるようにお願いいたします」
石上は深々と頭を下げ、マイクを持って壇上を降りた。
そして、スクリーンの上に制限時間が表示され、カウントダウンが始まった。
制限時間は30分。
1回の投票で決まらないのは、生徒を適当に決断させないため、そして後悔させないためなのかもしれない。
この生と死が隣り合わせの学園で、1度の選択で全てが変わるようなプレッシャーを抱えるなんて、普通の生徒で耐えられるとは思えないから。
学園側からの、最後の配慮と考えれば納得がいく。
進藤大和と仙水凌雅では、目指している学園の姿が真逆。
それだけ、自分たちの選択によって未来が大きく違うことを実感させられているってことだね。
そして、壇上には候補者の2人の前に、2つの演説台とその上にマイクが設置された。
「お2人には、制限時間内にラストステートメントのチャンスが用意されています。ご自由に、最後に伝えるべきこと、決意表明などにご利用ください」
石上が説明すれば、仙水がマイクを見ては「へぇ~、気が利くじゃん」と言って不敵な笑みを浮かべるが、私たちに何かを言う告げる感じじゃない。
隣に居る進藤先輩をチラ見しては、フフっと笑って声をかける。
「最後に伝えるべきこと……ですって。進藤先輩は、何かないんですか?」
それに返すように、進藤先輩はマイクを口に近づける。
「何もない。俺は自分の成すべきことをし、その結果は30分後に出る。今更何かを伝えた所で、それをこの場に居る生徒たちが信じるとは思えない。見てほしいのは現在の俺ではない。過去と未来の俺だ」
それ以上口を開くつもりは無いというように、彼は静かに台の上にマイクを置いた。
仙水はその言葉を聞いて、「ひゅ~う」と口笛を吹いては軽口を叩く。
「やっぱり、カッコいいっすねぇ~、進藤先輩は。だったら、俺もその結果を見届けるとしますよ。まっ、それが先輩の想った通りの未来かどうかは、話が別ですけどね」
勝利を確信しているというように、仙水は余裕な態度を取り続ける。
2人のやり取りに気が向いていたけど、そろそろ10分が経過しだす。
残り20分を切った所で、スクリーンに2つの棒グラフとその上にパーセンテージが映し出される。
進藤大和 34%
仙水凌雅 66%
差は開いており、ここから覆すのは不可能だと誰もが思う結果だった。
それに対して、仙水は口角を上げてニヤッと笑みを浮かべるけど、進藤先輩に表情の変化は見られない。
だけど、小声で何かを呟いては小さく笑みを浮かべたように見えた。
そして、そのタイミングでその場に居た全員のスマホにそれぞれの着信が入った。
講堂内に着信音が響き渡り、それが四方八方から木霊していく。
「あ?何だ、これ…‼つか、投票中だろ!?マナーモードにしとけよ、うるさいなぁ‼」
仙水が正論を口にし、着信音が収まる頃には、次は生徒の声がゾワゾワと騒がしくなる。
それも、そのはず。
私は今届いたメールを見て、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
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証拠探しをお手伝いいただいた皆様へ
皆様のご協力のおかげで、風間直子の証拠のデータを無事回収することができました。
提供してくださった椿円華様には、既に約束の報酬を贈呈しております。
本当に、本当にありがとうございました。
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そのメールには、1枚の写真が添付してあった。
それにはテーブルの上に置かれた、蝶柄のプリントがされたUSBメモリが映っていた。
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