向き合う覚悟
大和side
珍しい人物から、茶会への招待状が届いた。
それが女性、しかも自身よりも地位が高い者あれば、断るのは失礼にあたる。
俺としても、選挙戦の重責から離れられる時間は欲しいと思っていた。
彼女との時間は、少しだけ自分の立場を忘れさせてくれる。
あと少しで、この学園を離れるのが名残惜しいと思うほどに。
花園館の中庭に足を踏み入れれば、待ち人は既に円テーブルに着いていた。
たった1人で。
「私を待たせるとは良い御身分ね。私の後釜を狙う男としては、少し気が緩んでるんじゃない?」
その細い脚を組んではテーブルに頬杖をつき、フフっと挑発的な笑みを浮かべてくる。
彼女は誰に対しても、皮肉から入って心を揺らそうとしてくる。
しかし、それに対して動揺する心を、残念ながら俺は持ち合わせていない。
「確かに気が緩んでいるのは、当たっているかもしれない。君は俺にとって、この学園では数少ない、気が置けない友人なんだからな」
こちらも笑みを向けてそう言い返せば、彼女……桜田奏奈は澄ました表情に変わり、吐き捨てるように「気持ち悪っ」と言った。
「素直な好意だと言うのに、そう言う返しでは傷つく者も出てくるだろう。気を付けた方が良い」
桜田に対面する位置で席に着き、俺たち2人の間で静かな空間が形成される。
そして、彼女はそれを実感と同時に人をからかうような不敵な笑みを消した。
「あなた、今更表舞台に戻って何をしようとしているの?」
目付きは殺意を含ませたように鋭くなっており、返答を間違えれば敵に回すかもしれない気迫を放つ。
「1度は生徒会を降りた身でありながら、その長の座に着こうとしている。あなたを知る者からしてみれば、その行動に疑問を持つのは致し方ないことだと思うけど。どう言い訳をしてくれるのかしら」
「言い訳か……。手厳しい言葉だ。しかし、その気持ちも理解できないわけじゃない」
俺は両肘をテーブルに着け、手を組んで桜田と視線を合わせる。
「俺は誰に後ろ指をさされようが、恨まれようが構わない。全ては恩師の遺志を叶え、俺の目的を果たすため。それには生徒会の権力が必要なんだ」
恩師と言う言葉に、彼女の表情は険しくなる。
「椿涼華……。彼女が求めた学園の姿が、あなたが掲げた目標だというのね。あなたもまた、彼女の面影に縛られている。つまらない展開だわ」
「それを決めるのは早計だ。確かに椿先生が、この学園のシステムに対して懐疑的だったのは認める。そのシステムを変えるために、俺たちが行動していたのは事実だ」
俺はそこで言葉を区切り、「しかし」と逆接を唱える。
「彼女の遺志を叶えるのは絶対条件だが、それが全てではない」
その言葉に、桜田は怪訝な顔を浮かべて頬杖をつく。
「それなら、あなたがさっき言っていた目的って言うのは何なのかしら?」
当然の問いに対して、俺は口元に笑みを浮かべて答えた。
「あと少しでこの学園を去る君になら、話しても構わないか。俺が生徒会長の座を手にし、この学園を変えれば、望んでいるものが現れる。それを確信しているからこそ、俺は自分の信念の下に行動することができる」
「回りくどく長々しく喋らないでくれる?はっきりと、一言で済ませられないのかしら。そのあなたの望んでいるものって何?」
「それは――――」
俺が望むものを言えば、桜田は目を見開いては腹を抱えて笑い出す。
「あはっ、あははははははははっ‼何それっ、本当にあなたって可笑しな人ねぇ。そんな個人的な願いのために、学園全体を巻き込むなんて、本当に最低ね」
「何と思われようと構わない。これが俺の欲望であり、それを叶えることが全てだ。でなければ、俺が存在する意味がない」
彼女は俺の意志に対して笑うのを止め、「ふうぅ」と息を吐いて両腕を組む。
「あなたが円華を巻き込んだ理由が、やっとわかったわ。そして、今日まで場を静観していた理由も。全てはその欲望に繋がっていると見て良いのかしら?」
「それについては、素直に正解だと言っておこう。君としては、望まない展開かもしれないが」
「いいえ、そんなことは無いわ。だけど、少し残念という気持ちはある。あなたたちの進む未来に、私の存在は無い。見届けられないのが、少し心残りになるかしら」
心残り。
本心からそう思っているのは、付き合いの長さで理解できる。
「そう言うなら、俺と同じように留年してみるか?」
「バカを言わないで欲しいわね。そんなことが、できるはずないでしょ。あなたと違って、私はこの学園から嫌われているんだから」
「それを知りながらも君は生徒会長の座に着き、全ての生徒の指標となった。桜田、おまえからはその景色がどう見えていたんだ?今後の参考までに教えてほしい」
全校生徒の頂点に立った者の視点。
それを問いかければ、桜田はフッと笑う。
「もう生徒会長になったつもりなのね。あなた、今の状況がどういうものかわかってるの?支持率的にも、仙水くんの方が上回っている。これを当日までにひっくり返すことができるのかしら」
「その見解は間違っている。今の状況がわかっていないほど、俺も愚かじゃない。そして、仙水が優位だと認識している状況を覆すのは、選挙戦当日だ」
眼鏡の位置を正し、薄く笑みを浮かべてみる。
それに対して、桜田は深い溜め息をついて肩をすくめる。
「また、全てがあなたの手の平の上で踊らされているのね。それなら、傍観者として楽しませてもらうわ。あなたがこの学園の生徒の頂点になる、その過程を」
彼女は経験者だからか、俺の勝利への確信が絶対だと知っている。
だからこそ、俺の描く勝利の過程を疑うことはない。
「生徒会長として見る景色の話……だったかしら?そうね、最高だったわ。私の決定で、この学園を動かすことができる。良いことも、悪いことも…ね。だけど、その分だけ重い責任を背負うことになる。その覚悟を今更問いかける必要は……無いわよね?」
「無論だ。その覚悟があるからこそ、俺はこの場に座っている」
俺の返答に納得したようで、彼女はこちらに真っ直ぐと目を向ける。
「あなたの欲望が叶ったとして、その先にあるのは何?進藤くん、あなたはどこまで見通しているの?」
この欲望が叶った先にある未来。
それを問いかけられた時、すぐに答えることができなかった。
何故なら、その先の未来に自分が存在しているはずがないのだから。
だから、この言葉で返答をはぐらかした。
「もちろん、この学園、引いては君の愛する弟にとっての明るい未来だ」
「……そう、なのね」
彼女は一瞬、悲し気な目を向けた後、席を立っては早々に俺の席を横切って行った。
「私が聞きたいことは、それだけ。もう帰って良いわ。忙しい時に悪かったわね」
「いいや、そんなことは無い。有意義な時間だったさ、俺にとってはな」
俺も席を立ち、桜田と共に中庭を出る。
「あなたの欲望が叶う日を、陰ながら祈っているわ」
「それは皮肉のつもりか?」
「いいえ、本心よ。だって、その欲望の先に居るのは、きっと円華のはずだもの。あなたの目的の先で、あの子の未来が輝いているならそれに越したことは無いわ」
義弟の話になると、目を輝かせては頬を緩め、姉の表情になっている。
そんな彼女の顔に、俺は思わずこう呟いてしまった。
「俺もそうであることを祈っているよ」
「えっ…?」
予想外の言葉だったのか、桜田はこちらを振り向く。
しかし、それに対して反応は見せず、俺は背中を向けて離れる。
「またな、桜田」
別れの言葉に対する返しは無く、俺たちの距離は遠ざかっていく。
それでも、この耳に確かに聞こえた彼女の呟きを、この先も忘れることは無いだろう。
「本当に……可哀想な人」
ーーーーー
敦side
校舎での業務を終え、戻ったのは教師用の寮の自室。
そこは何の変哲もない質素な作りをしているが、それは表面上の外見に過ぎない。
本棚に置いてある1つの本を押し込めば、壁の隠し扉が開き、その奥は暗闇が広がっている。
その中に足を踏み込み、前に進み続ければドクンっと心臓が大きく弾む。
俺の存在に反応している……魂は眠っていても、共鳴するのか。
なおも足を進め続けると、彼の前に厳重に封じるように鎖が巻きつけられた、巨大なガラスケースが視界に入る。
その中にあるのは、黄金に輝く両刃の槍。
「教え子に偉そうなことを言っておいて、俺は何をしているんだろうな。おまえも笑ってるんだろ?おまえの力から逃げた、俺のことを」
鎖の錠を解いてガラスケースに触れれば、バチっと電気が走っては手が弾かれる。
そして、頭に声が流れ込む。
『再び我が力を望むか?怖気ついた臆病者が』
自身を詰るような、冷淡な声。
付き合いは長いが、俺もこいつも互いのことを認めてはいない。
一時期は互いを信頼していたこともあったが、それを俺が裏切ってしまったんだ。
この力で、大切なものを傷つけることを恐れて。
「おまえの力が必要になるかもしれない。俺も向き合う時が来たんだ、おまえの力と自分の覚悟に」
俺の意志を感じ取っているのか、奴は静かにこう問いかけてきた。
『我が卿を許すと思うのか?』
「許さないだろうな」
『我が力が再び、卿を苦しめるかもしれん。それに対して、後悔しないのか?』
「後悔はするだろうな。だが、あいつの遺志を継いだ俺の生徒が、身体を張ってるんだ。いつか来る後悔を恐れるよりも、これから起こるかもしれない脅威に備える方を優先する」
その決意は本心からであり、ガラスケースを開けては槍を解放する。
それから放たれる黄金のオーラは、俺を包み込むように周りに広がっていく。
『敦よ、再び卿が我が主となるのであれば、覚悟することだ。我は卿が我が力を使用することを許そう。しかし、卿のことを許すことはない。努々忘れるな』
「わかっている。それでも、俺はおまえと向き合うだけだ。その上で、あいつが守りたかったものを守ってみせる」
槍に手を伸ばし、その柄を握っては強く輝きだしては力が身体に流れ込んでいく。
その瞬間、自身の身体から赤黒いオーラが放出されては黄金のオーラと交わっていく。
「ううっ…‼ぐぅうううう‼‼」
2つの力が混ざる苦しみに呻き声が漏れながらも、柄から手を離さない。
そして、その苦しみが収まった時、俺はサングラスを外して左目を押さえる。
自分の中で、槍に宿る魂の力が同調しているのを感じとる。
「おまえの力を、再び使わせてもらうぞ。あいつの力に対抗できるとすれば、それはこの学園にはおまえの力だけだからな」
最悪に備え、再び自身の力と向き合う覚悟を決めた。
椿がクイーンとの戦いで、憎しみに囚われた場合。
あいつの中の混沌の力が、その牙を剥くことも考えられる。
その時は、椿の力を受け止められる存在が必要であり、それは俺の役目となる。
柄を握っては突き刺さされた台から抜き、目を閉じて額を付ける。
「おまえの俺への怒りは理解できる。だけど、俺にもまた守るべきものができたんだ。……だから、もう1度その力を貸してもらうぞ」
俺はそう懇願し、その力の根源の名を呟いた。
「オーディン」
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