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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
真実と嘘の選挙戦
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立場を越えて

 雨水が教室に現れてから、その場の空気が変わったのは一瞬でわかった。


 あいつは今、和泉と向き合うためにこの場に立っているんだ。


 涙を流している彼女を見て、俺に鋭い視線を向けた後に頭を軽く下げた。


「申しわけありません……じゃ、ダメなんだよな。これじゃ、納得してくれるはずがない。おまえが求めていた俺は、こんな嘘だらけの存在じゃない」


 頭をあげた後で、雨水は彼女の震えている手を握って言った。


「ごめんな、要」


 お嬢様に対してではなく、目の前に居る1人の女の子である、和泉に謝罪する。


 その時の雨水もまた、いつもの気丈に振舞う執事でなく、ただの1人の男として向き合っていることが見て取れた。


「結局、おまえの言う通りになってしまったな、椿。彼女のことを、泣かせてしまった……」


 『貴様』ではなく、『おまえ』と言ったことから、俺に対しても執事としての仮面を取っているのがわかった。


「ヒーローにしては、現れるのが遅すぎたってことだろ。今度は、泣きだす前に駆け付ければ良いだけの話なんじゃねぇの?」


 俺は席を立ち、その席に雨水が移るように促す。


「選手交代だ。聞くべきこと、言わなきゃいけないこと、間違えんなよ」


 雨水が和泉の隣に座ったのを確認した後、1度教室を出ようとすると「待て」と呼び止められる。


「おまえにも、この場に居てほしい」


「……良いのかよ?話の流れ的に、おまえが言っていたクラスの弱点を、俺が知ることになるかもしれないんだぜ?」


 念のために警告を促すが、それでも雨水は考えを変えない。


「等価交換にはならないだろうが、こっちが一方的に情報を得るのはこのましくない。それに今おまえが知ったとしても、これから俺たちのクラスが変わっていけば良いだけの話だ」


 自分たちの現時点での弱点をさらすことが、俺の真実を明かすことへの対価になるってことか。


 天秤にかけるとすれば、重さは均等にはならないだろう。


 それでも、あいつが残れと言った覚悟には応えてやるか。


 教室の後ろに立ち、話を聞く姿勢に入る。


 あくまでも、話すのは2人であり、俺は傍観者に徹するという意思表示だ。


 和泉は涙が止まり、目の下が赤くなりながらも声を発する。


「……驚いちゃった。だって……絶対に、来るなんて思いもしなかったから」


「椿の口車くちぐるまに乗せられただけだ。あいつの思惑にめられたのは、大分腹立(はらだ)たしいけどな」


 本人が居る前で、腹立たしいと平然と言う辺り、マジでキレてるんだろうな。


 俺は視線を逸らしてハハハっと乾いた笑いをして誤魔化ごまかす。


「だけど、それで要と向き合えるようになったのは、感謝してやっても良い。何をたくらんでいるのかは、あとで聞きだすつもりだが、俺がここに来れたのは、あいつのおかげだからな」


 素直じゃないわりに、俺への恩義は感じているらしい。


 そして、それがただの善意でやったことではないことも見透かしている。


 雨水はそこで言葉を切ることなく、和泉に語り掛ける。


「この前の特別試験の時は、すまなかった。俺の独断で、内通者を追いつめようとした。自分の思い通りにことが進まないからって、おまえに当たり散らしてしまった。あれは、執事としてはやってはいけないことだったと、今でも思う」


「ううん、私も蓮の気持ちをわかろうとしていなかったから。蓮は私とクラスのことを考えて、現実と向き合ってほしかったんでしょ?私がずっと、目を向けようとしなかったことに……」


 和泉が向き合わなければいけない現実。


 それに気づきながらも、目を背け続けてきた彼女の弱さ。


 雨水はこの前の特別試験で、それを突きつけたのか。


「蓮は気づいてるんでしょ?2学期の脱落戦で、どうして私たちのクラスがSクラスに勝てたのか。あの時からだもんね、私が蓮を避けるようになっちゃったのは」


 2人の関係に亀裂きれつが入ったのは、あの不可解な点が多かった脱落戦までさかのぼるようだ。


 雨水はその問いに対し、静かに頷いた。


「あれは俺たちの実力で勝ちとったものじゃないことは、すぐにわかったさ。Aクラスの実力は、まだ女帝の支配するSクラスに届き得るものじゃなかったからな」


 あいつはスマホを取り出してメール画面をタップしては、1つのメールを開く。


 そして、それを和泉に見せた。


 画面を見て、和泉は奥歯をギュッと噛みしめて感情を抑えた後で「やっぱり…」と呟いた。


「俺たちは利用されたんだ。勝ちたいという欲望を刺激してきた、見えない何かのてのひらの上でな」


 そう言って、雨水は後ろの席にスマホを移した。


 まるで俺に『見たければ見ればいい』と言うように。


 その意思を尊重し、2人の話を邪魔しないように、音をたてずに近づいてはスマホを手に取って見る。


 メールの差出人は不明。


 内容はこうだ。


 ーーーーー


 1年Aクラス一同様。


 私はあなた方の勝利に貢献こうけんしたい者です。


 怪しいと思うのであれば、このメールをすぐに消去することをおすすめします。


 私の提示する情報が、あなた方のSクラスへの勝利に大いに活用されることを、せつに願っております。


 ーーーーー


 このメールには添付ファイルがあり、それを開いた時に思わず絶句してしまった。


 そう言う、ことかよ…‼


 ファイルの内容は、2学期末試験を経験している者ならすぐにわかるものだった。


 何故なら、俺たちはこれを返却された自分の解答用紙と共に手にしていたのだから。


 2学期末試験、全ての教科の問題と正答せいとうだ。


 雨水は和泉に、そして俺に聞かせるように言葉を続ける。


「これがAクラスの全員に一斉送信されたのなら、要の下にも届いているのはわかっていた。一瞬でも答えが目に入った時、おまえのことだ、落胆したんだろ?」


 和泉は言うまでもなく、正攻法で今まで戦ってきた。


 そんな彼女が、意図いとせずにこれを見てしまったことに対する罪悪感は、はかり知れないだろう。


 それはうちのクラスの成瀬でも、同じはずだ。


 今までの頑張りが、全て無駄になるような出来事に相違ないんだからな。


 人はそれが怪しいと思いつつも、その正体が何なのかを気にしてしまった場合、箱を開けてしまう。


 知りたいという欲望は、それほどまでに人間の行動に影響を与えるんだ。


「あの時は、本当に頭がおかしくなりそうだったよ。一目見た時にすぐに画面を閉じたんだけど、それでも目にしたものが頭に残ってて……。そして、テスト当日に問題を見た時に、すぐにわかっちゃったんだ。同じ内容だって」


 当時のことを思い出したのか、和泉は机の上で拳を握っては行き場のない怒りを吐き出した。


「悔しかった…‼あれだけ頑張ってきたのに、それがあんな形で…‼私たちの努力が、全部水の泡になっちゃったから。だけど、それよりも悲しかったのは…‼」


「クラスの過半数が、あのファイルのデータを信じて高得点を取ったこと…だろ」


 今ならわかる、あの時紫苑に差し出された手を取ることに躊躇っていた和泉の気持ちが。


 冬休みに雨水と会った時に、あれは自分たちの実力じゃないと言っていた理由が。


 あの勝利は、Aクラスの実力で勝ち取ったものじゃなかったんだ。


 勝ちたい、生き残りたいという欲望を支配した、外部の何者かによって仕掛けられた策略。


 紫苑の情報では、解答を得ることは難しいことじゃない。


 しかし、それをクラスメイトに共有することは困難を極める。


 だからこそ、このメールを送った黒幕は自身のクラスではなく、Aクラスにこのデータを与えた。


 自身のクラスではなく、他のクラスに解答を送りつけることに対して、1人につき10万の金を消費しなきゃいけないルールは適用されない。


 Sクラスを敗北させるという目的のために、和泉たちは利用されたんだ。


「あの出来事があっても、私はクラスのみんなを信じたかった。それなのに、あの内通者の騒動が起きちゃって……。みんなの見たくない一面が見え始めて……恐かった。凄く…嫌だった…‼」


 頭を押さえ、今までの一連の出来事で感じていた胸の内をあらわにする。


 和泉は2学期末から、徐々に感じ始めていたんだ。


 みんなが、自分の実力で勝ち上がることを望んでいる。


 みんなが、互いを信頼して協力できる存在である。


 そんなものは表面上だけであり、自分の薄っぺらい理想でフィルターをかけていただけなのだと。


「特別試験の最終日に、蓮に言われて思い知ったよ。私は本当に、見なきゃいけないものを見ることができなかったんだって」


「もっと言うと、おまえは自分が抱えている重圧に気づいたはずだ。あいつらは、自分が生き残るために長いものに巻かれたいだけ。おまえという目に見える強者の後に続いて、楽をしたいだけなんだってな」


 Aクラスの抱える闇であり、弱点。


 それは和泉要という強者1人に追随ついずいするだけの、主体性のない集団だと言うことだ。


 その現実は、彼女が信じていた理想の形態とは遠く離れたものだったはずだ。


 和泉が抱えている重圧とは、彼女が発する言葉1つ1つの影響力が本人が想定しているよりも絶大だと言うこと。


 自分が白と言えば、望んでいなくても黒いものでも白になる。


 集団心理として、強者である彼女が『正しい』という判断が下される。


 和泉の性格からして、そのことに気づいた後は自分の発言に慎重になるはずだ。


 そして、一言発するだけでも多くの精神を削ることになる。


 和泉は雨水の言葉に、悲し気な笑みを浮かべる。


「流石だね。蓮には、私のことなんて何でもお見通しだ……」


「当たり前だろ。何年、おまえの喜怒哀楽に付き合ってきたと思ってるんだ。執事であることを抜きにしても、おまえの感情の機微きびなんて嫌でも目に着くんだよ」


 ぶっきらぼうに言いながらも、雨水の目からは心配する感情がれている。


「もう……辛くなっちゃった。私1人でクラスを引っ張るなんて、無理だよぉ…‼」


 心が折れかけるのも無理はない。


 今までは、和泉の背中をクラスメイトが支えているという認識だった。


 だけど、ふたを開けてみれば、彼女1人におんぶにだっこ状態。


 それに気づいてしまえば、自身の置かれている立場になげくのも当然だ。


 だからこそ、折れる前に支えとなる存在を復帰させる。


 雨水は今までの気持ちを吐き出した和泉に、次の言葉を送った。


「1人でダメなら、2人でやれば良い。俺はもう後ろからじゃなくて、おまえの隣に立つ存在になる。だから……もうちょっとだけ、頑張ってみないか?」


 その一言は、ずっと彼女が待ち望んでいたものだったはずだ。


 和泉は目をギュッと瞑り、彼の両手を握り、肩に顔を埋める。


「うん……うんっ‼」


 その状態で何度も頷く和泉と、それを受け止める雨水。


 立場を越えた2人を見て、ここからAクラスが再起するのにそう時間はかからないように感じた。


 俺はもしかしたら、Eクラスにとっては裏切りに近い行動をしたのかもしれない。


 だけど、それよりも優先しなければいけない目的がある。


 2人が互いのことを本当の意味で理解し、開いていたみぞが埋まったと判断し、俺は声をかける。


「2人とも、仲直りはできたみたいだな?」


 確認の意味も込めて聞けば、和泉は笑顔で頷き、雨水はバツの悪そうな顔を浮かべる。


「ありがとう、椿くん。本当に……どうお礼をすれば良いのかわからないくらい、助けられちゃったね」


「俺はそのアホ執事……じゃねぇな、ただの頑固なアホをきつけただけだ。あとは自然の成生なりいきだな」


 アホという言葉に引っ掛かったのか怒声混じりに「おい」と言われたが、それはスルーして2人の前の席に腰を掛ける。


「だけど、お礼って言うなら、協力してほしいことはある。おまえたちを仲直りさせることも視野には入れていたけど、俺としては本題はここからだ」


 そう口にし、俺は左目に意識を集中させては瞳の色を紫から紅に染める。


 その変化を間近で見た2人は、突然のことに目を見開いてしまう。


「椿……おまえ、その目は…‼」


「おまえは1回、俺のこの目見てるだろ。合同文化祭での模擬戦の時だ。あの時は、突然の襲撃で何が何だかわからなかったと思うけど……おまえがあの時体験したことは、俺がこれから話すことと関係している」


 雨水としては、点と点が線で繋がり始める感覚を味わうことだろう。


 そして、和泉も今朝に体験したことの裏で起きている、残酷な現実を知ることになる。


 俺は2人に全てを話した。


 Eクラスのみんなに、そして金本や重田に話したことも含めて全部を。


 そして、その上でこの生徒会長選挙での策略について説明し、協力するように申し出る。


 その答えは、強い意思がこもった目を向けられての承諾だった。


 そこにはもう、先程まで泣き崩れていた少女の姿も、自分の立場という殻に籠った執事の姿も無かった。


 あるのはただ、互いを支え合うことを決めた2人の、心強い姿だった。


 今の和泉なら、烏合の衆となったAクラスの生徒を、奴らの意思とは関係なく、自分の意のままに動かすことができるだろう。


 数が必要となるこの策略にとって、彼女の協力は大きな利点となる。


 そして、ここから、俺たちから女王への反撃の狼煙のろしをあげることになる。


 話が終わり、教室から出ての帰り際に、2人と分かれる前に雨水が「おい」と声をかけてくる。


「おまえの目的も、この学園がいかにくさっているのかも理解できた。だから、今日の…いや、今までの礼ってわけでもないが、力が必要なら協力してやらんでもない」


「はぁ?別に好き好んでアホの手を借りたいなんて思わねぇよ。おまえは、和泉のボディーガードをやってる方がお似合いだぜ、ヒーローオタクが」


 上から目線の物言いに対して皮肉で返してやれば、あいつは眉間みけんしわを寄せてはハンっと鼻を鳴らして行ってしまった。


 だけど、別れ際に小さくだが手は振ってきており、素直じゃないにしてもこっちにまんざらでもない気持ちはあるのは感じた。


 和泉も俺たちの一連のやり取りを見て笑いながらも、「じゃあね」と言って雨水の後を追いかけていき、2人で並んで歩いていく。


 その後ろ姿にむずがゆさを覚えつつ、ふと雨水の左手に目が行った。


 そう言えば、あいつ……あの包帯の傷、いつまで長引いてるんだ?


 雨水の包帯を巻いた左手をじっと見ていると、急に視界が一瞬だけ紅く染まった。


「っ‼…今のは……。まさか、な…」


 今の変化に対して、黒いものは何も見えなかった。


 あいつなら、大丈夫。


 俺はそう自分に言い聞かせ、今の違和感を消そうとしていた。

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