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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
真実と嘘の選挙戦
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曇りから晴れへ

 午後4時30分。


 昼休みの内に待ち合わせ場所は決めておき、向かうのはAクラスの教室だ。


 目的地に着くと教室の中で、中央の席に1人で座る薄い赤髪の女子が見えた。


 向こうからの連絡で、時間までに人払いは済ませておくとは聞いていたけど、周りを見ても生徒の姿は無く、誰かが隠れている気配もない。


 本当に、1人で待っていてくれたようだ。


 というよりも、これからの話にクラスメイトを巻き込みたくなかったのかもしれない。


 後ろから教室のドアを3回ほどノックし、自分の存在を知らせる。


 すると、肩をビクッと震わせては、ゆっくりとこちらを振り返る。


 そして、俺の顔を見ると笑顔を向けてくれる。


 待ち人……和泉要のいつもの対応に思えるが、その表情に違和感しかない。


「ヤッホー、椿くん。ごめんね、話をする場所が教室で」


 その顔は反射でいつものように明るく振舞おうとしても、本能的に恐怖を隠せていないのだろう、表情が強張っているのが見て取れる。


「謝るのはこっちの方だろ。突然、話があるって言って時間を作ってもらったのは俺の方だしな。……場所については、ちょっと疑問には思うけどな」


「確実に人が居ない状況を作れる場所が、私にはこの教室しか思い浮かばなかったんだ。みんな、私がお願いしたら、すぐに教室を出てくれたから……」


 自分の願いが叶った状況だと言うのに、和泉の表情は曇っている。


 今朝のことを経験しているからか、その顔は疲れているのがわかる。


「別に俺の部屋でも、そっちの部屋でも良かったんだぜ?1回行ったことあるし、そっちの方が人払いなんてしなくても良かったんじゃねぇの?」


「アハハっ、そう思うよね~。私も本当はそうしたいんだけどぉ……円華くんのお部屋に上がるのも悪いし、私の部屋は今……ちょっと、人を通せる状態じゃないからさ」


 苦笑いをしながら、頭の後ろに手を回して視線を逸らした。


「そんなの、別に気にしねぇけど……。まぁ、良いや。少しでも落ち着ける場所の方が、話するにも気が楽だろうしな」


 俺は教室に足を踏み入れ、自然に彼女の右隣の席に座る。


「雨水とは、まだギクシャクしてんのかよ?」


 前振りもなく、直接的に気になることを聴いてみた。


 おそらく、和泉の顔色から、2人の関係性が回復していないのはわかる。


 それでも、本人の口から答えを聞きたかったんだ。


 話さなきゃいけないことは、この後に必ず話すことは決めている。


 だけど、和泉とあいつの関係を見てきた存在として、彼女に確かめたいことがあったから。


 俺の問いに対し、和泉は小さく息を吐いてはコクンっと頷いた。


「全然、仲直りできてないんだよね。……この前、彼に怒られたって言ったの、覚えてる?」


 雨水のことを聞いてくれるのを期待していたかのように、彼女は聞いてくる。


 確かあの時、和泉は怒られたと言いながらも、どこか嬉しそうなだったのを覚えている。


 少しだけ、昔に戻ることができたと言っていた。


「一応は、な。あいつがおまえにキレるなんて、相当のことだったんだと思うぜ。おまえの言うことが絶対だって思ってる奴だと思ってたし」


「それは……流石に言い過ぎだよ。雨水だって、ちゃんと自分の考えを持ってるんだから。私にとっては、それに救われていたところがあるんだよね…」


 和泉は顔を俯かせてしまい、前髪で表情が見えなくなる。


 頑張って笑顔を取りつくろおうとしていたが、気力がもう限界に近づいていたらしい。


 当然だ、朝にあんなことを体験すれば、いつも通りの自分をたもつのに余計にエネルギーを使うはず。


 そして、今の彼女には支えになっていた存在が近くに居ない。


 精神が不安定になっていても、おかしくはない。


「この前、Aクラスはいつも通りって言ってただろ。だけど、本当はそうだって、自分に言い聞かせてたんじゃねぇの?」


 現実を受け入れることを、拒否していたふしはあった。


 本当にいつも通りだって言うなら、あのアホ執事が彼女を1人にするはずがないと思ったから。


 あいつは、和泉のことを誰よりも大事に思っていたはずだ。


 そんな奴が、大切な者が大変な時に独りにするなんて選択肢が浮かぶとは思えない。


 雨水が和泉の下を離れるということは、それ相応の何かがAクラスにあったということ。


 そして、その『何か』が取捨選択試験で起きたということは想像にかたくねぇ。


 図星を突かれたのか、和泉が前髪の間から目を見開いては下唇したくちびるを噛んでいる少し噛んでいる。


「私……ごめん、少しだけ……。弱音…、吐いても良いかな…?」


 その声は震えており、勇気を出して言ったということは理解できる。


 だけど、それに対して俺はこう返した。


「それを吐き出す相手、間違えてねぇか?」


「えっ……」


 その勇気を受け入れることは無く、冷たい目を向ける。


 今の和泉の精神状態を考えれば、絶対にしてはいけない返答だったとは思う。


 だけど、彼女の心を理解できるからこそ、俺にすがりつくのは間違いだ。


「何で一応はライバルのクラスに居る奴に、弱い部分を見せるって選択肢が浮かぶんだよ。俺よりも先に、おまえの抱えてる心の内を、洗いざらい吐き出す相手が居るだろうが」


 和泉の精神状態を客観的に見れば、もはや自分を支えてくれるなら誰でも良いとさえ思っているように見える。


 俺に弱い部分を見せようとしているのも、その証拠だ。


 辛い状態から解放されたいから、自分を理解してくれる誰かに依存しようとする。


 だけど、それは危険だ。


 今の和泉には、彼女が持っている人を見る目がくもっているように見える。


 信じて良い人間と、そうでない人間を見定めることができるのが和泉の長所だった。


 それが機能しない状態では、こっちとしても困る。


 だからこそ、あいつの手を借りることに決めたんだ。


 和泉は精神的に1人で立つことができない自分を自覚しているのか、膝の上に置いた両手でスカートのすそをギュッと握る。


「椿くんは……厳しいんだね。もっと、頼ったら何も言わずに、優しくしてくれる人だと思ってたよ」


「それは、おまえの願望だ。俺は誰彼だれかれ構わず優しくするような偽善者じゃねぇし、目的のためなら何だってする悪人だって自覚してる。信頼できる人間かどうか、それを見抜けるのがおまえの力だったんじゃねぇのか?」


 仮面舞踏会の時に、和泉は俺が信頼できる人間だと言った。


 だけど、その幻想を打ち砕くことに決めた。


 信頼してくれるのが嫌なわけじゃない。


 だけど、それを理由に無条件で依存しようとするのは間違いだ。


 彼女にはちゃんと、信頼するべき相手が残っているのだから。


「おまえが一番、信頼しているのは誰なんだよ?自分の胸の内を、本当にさらけ出したいのは誰なんだ?それは俺じゃねぇだろ。()()()だって、本当のおまえの気持ちと向き合いたいって、思ってるはずだぜ」


 俺の問いに対して、和泉は何も言えずに身体を震わせる。


 言いたい。


 だけど、言葉に出すことを躊躇ためらっている。


 そう言う気持ちが見て取れ、目に涙を浮かべては頬をつたってスカートをにじませる。


 自分の気持ちを、自覚はしているはずだ。


 だからこそ、彼女は小さくその名前を口に出した。


「……れ…ん…っ‼」


 俺の前でも、もうAクラスのリーダーとしての自分を取りつくろうことはもはやできていない。


 雨水の名前が聞こえ、俺の中でそれが彼女の再起を促すための合図あいずとなった。


 2人とも、互いに一番側に居るくせに、その本当の気持ちを明かせないでいる。


 だからこそ、俺がつなげる。


 和泉要を、そして彼女が最も信頼する男を、再起させるために。


「……聞こえただろ?呼ばれてんだから、姿を見せてやったらどうだ?」


 廊下の方に視線を向け、声をかける。


 すると、廊下から教室の前に、彼女の本当の待ち人が姿を現す。


 和泉はあいつのことを見て、絶望とは別の意味で目を見開き、目にかがやきを取り戻した。


「…何…で…?だ、だって……もう、帰ったんじゃ……」


 男は彼女と目を合わせ、小さく息を吐いてはこう声をかけた。


「……帰れるわけがないだろ。そこに居る不届ふとどき者に、()()()を泣かせるって言われたらな」


 雨水はいつものような執事としての態度ではなく、自然体で和泉に声をかけた。


 それに対して、彼女は両手で口を押さえては余計に涙があふれてしまう。


 あいつは教室に入っては、俺たちに近づいてきてこっちに鋭い目付きを向ける。


「お嬢様……いや、かなめを危険に巻き込んだんだ。おまえには、さっき言っていた約束を守ってもらうぞ?」


「わかってる。和泉だけじゃない。おまえの耳にも、入れておいた方がいい情報が何個もあるんだからな」


 昼休みに会う約束をしていたのは、和泉だけじゃない。


 彼女と一緒に、雨水にも俺のことを話すことは決めていた。


 この2人に真実を明かしてこそ、Aクラスが復讐のための協力者として成立するんだからな。



 ーーーーー


 ー時は昼休みまで戻るー


『うん…わかったよ。私も聞きたいことがあったから、話してくれるなら嬉しいよ。じゃあ、放課後に教室で待ってるね』


「了解だ。巻き込んじまって悪かったな。あとで、ちゃんと説明はする。約束だ」


 そう言って電話を切り、放課後に会う約束を取り付けた後で次の相手に連絡する。


 正直、和泉よりもあの頑固野郎を引っ張り出す方が頭を使いそうだ。


 電話をかければ、すぐに出ては不機嫌な声が聞こえてくる。


『何の用だ?今、俺は貴様に構っている余裕はない』


「いきなり喧嘩腰かよ、おい。一応、確認だけど、それは時間の余裕の方か?それとも、心の余裕の方か?」


 強がって普段通りの自分を演じようとしているようだけど、いつもよりも弱っているのは見て取れる。


 何なら、声だけでもわかるほどに、取捨選択試験の時よりも弱っているように感じた。


 心の余裕という言葉に引っ掛かりを覚えたのか、あいつからの返答は来ない。


 だから、聞いていると想定して言葉を続ける。


『おまえ、今日和泉に何があったか知ってるのか?』


「……わかるはずが無いだろ。お嬢様が遅刻されているのには違和感があったが、今の俺は……彼女を、追及できる立場じゃない」


 彼女に負い目を感じているように、歯切れが悪い言い方をする。


 それに対して、俺が知っている限りの情報を明かす。


「聞いたぜ。おまえ、和泉に楯突たてついたんだって?執事がどうとか言ってた割りに、お嬢様に正面切って意見する根性はあったんだな」


 いつものように皮肉を口にしてやるが、雨水からの反発はない。


『……そうだな。俺は執事として、一線を越えた行動をしてしまった。それは恥ずべき行為だ。近い将来、お嬢様には謝罪を―――』


「謝罪なんて、する必要ねぇだろ」


 彼の言葉を遮り、俺は彼女から聞いた気持ちをそのまま伝える。


「嬉しかったって言ってたぜ。昔に戻れたみたいでって。おまえにお嬢様じゃなくて、名前で呼ばれたことも」


『っ!?そんなわけ、ないだろ!?嘘を言うな‼』


 感情を露わにし、和泉の気持ちを否定する。


 それに対して、苛立ちを感じた。


「嘘…?おまえ、それ本気で言ってるのかよ?」


 感情を押し殺しながらも、俺の声を聞いて息を飲むのが聞こえた。


「おまえが執事として、和泉とどういう関係を理想としているのかは知らねぇよ。だけど、彼女がおまえに求めている関係は、それとは違うんじゃねぇのか?」


『……俺は執事だ。お嬢様が俺のことをどう思っておられようと、その関係は変わらない。だからこそ、俺があの時に取った行動は恥ずべきものだったんだ』


 当時の自分の行動をじ、それで彼女との距離を置いている。


 本末転倒ほんまつてんとうもいいところだ。


 だからこそ、俺はあいつが抱えている現実を突きつけた。


「執事失格だな、おまえ」


『わかっている。だから、執事としての一線を越えた行為を謝罪すると―――』


「そっちじゃねぇよ、アホ。おまえが今、浮足立っている和泉の側に居ないことが、失格だって言ってんだよ」


 俺の言葉に、あいつは怒り混じりに「何?」と聞き返してきたところで、話の本題に入る。


「あいつは今日、学園の闇を知っちまった。その時に、命の危険にも巻き込んじまった。それは俺のせい、なんだけどな」


 自分の責任であることは認めつつ、今の雨水の行動を非難する。


「今の和泉は、1人で抱えきれないほどの不安を抱えてる。それなのに、あいつを1人にしてんだよ、おまえは。それで執事だよ、ふざけんじゃねぇぞ」


『な、何だと…!?そんなこと、俺には一言も…‼』


 動揺を隠せず、声が震えている。


 何故という疑問が頭に多く浮かんでいることだろう。


「言えるわけがねぇだろ。つか、そう言う時に和泉がどういう行動に出るのか、一番わかってるのはおまえだろうが。今までみたいに、あいつを側で見ていたのなら、おまえでも彼女の変化に気づけたんじゃねぇの?」


 反論することができないのか、雨水は電話越しに黙り込んでしまう。


 後悔しているのかもしれない。


 今まで、自分の理想の殻にこもって、和泉を1人にさせてしまったことを。


 だけど、後悔したままで終わらせるつもりは、毛頭ない。


「おまえにだけは伝えておく。俺は今日、和泉にこの学園の真実を、そして俺のことを話すつもりだ。正直、容赦なく彼女を泣かせるつもりだ。それが嫌なら、おまえもAクラスの教室に残れよ」


『待て、椿‼おまえの話が事実なら、今の彼女にそんなことをしたら、心が壊れる‼ただでさえ、クラスのことで心が不安定なんだぞ!?』


「だから、言ってんだろ。それが嫌なら、現実から和泉を守ってみろってな」


 雨水は知っている。


 俺がやると言い出したら、本当に決行する男だと。


 だからこそ、沈黙から迷いを感じていることが見て取れる。


「どうするかは、おまえが判断しろ。執事としてじゃなく、和泉を一番側で見て来た、雨水蓮としてな」


 それに対して返事が来ないことを見通し、俺は電話を切った。


 ここから先は、時間にならなければわからない。


 だけど、俺は雨水蓮という男の判断を信じている。


 あいつがここまで言って、和泉を見捨てるはずがないってな。

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