決断する者は
???side
人気の無い視聴覚室。
授業以外では誰も使うことがない、この教室。
校舎内で秘密裏に人と会う場合、適している場所の1つだ。
私がこの場所を使う理由は、空間を包む暗がりがとても落ち着くから。
そして、今の自分の姿が、他人には輪郭しかわからないから。
私はこの姿が嫌い。
だけど、自由になるにはこの姿しかない。
欲しいものは、それだけ。
どれだけの人形を手中に収めようと、どれだけの血を浴びようと、私がそれを感じることは無い。
だからこそ、他人が手にできないものが欲しい。
そのためなら、何だってする。
人間を利用して使い捨てることなんて、数えきれないほどしてきた。
その度に、捨てられた人間たちの絶望した表情が忘れられない。
捨てられた者の気持ちは、同じ経験をした者に痛いほどの共感を与える。
それが、とても心地よく感じてしまう。
この教室に近づいてくる、1つの足音が聞こえてくる。
私は1つの人形を切り捨てて、また1つの人形を手に入れるためにここに居る。
さぁ、いらっしゃい、新しい人形さん♪
視聴覚室のドアが開き、長身の人影が前に立つ。
そして、私の存在に気づいてはその場から声をかけてくる。
「俺を呼び出したのは、あんたか……。近藤との会話から、あんたのことは、クイーン……って呼んだ方が良いのかな?」
「ご名答。あなたの支配力には、素直に称賛の意を示すわ。だからこそ、直接会ってみたかったのよ」
席から立ち上がり、仮面越しに彼に視線を向ける。
「初めまして、仙水凌雅くん♪」
私に名前を呼ばれた時、彼は一瞬だけ目が泳いだのを見逃さなかった。
しかし、次の瞬間には口角を上げ、フッと私と同類のような笑みを見せる。
「俺に会いたかった…か。それは良かった。俺も遂に、裏の住人にも認められ始めたって証拠だもんな」
仙水くんはその教室と廊下の境界線を越え、こちら側に足を踏み入れる。
「俺があんたの存在に気づいている。何でそのことを知っている?」
彼にしてみれば、真っ先に行きつく当然の疑問だった。
私と近藤政との会話を盗撮していたのは、別の生徒。
そして、その生徒を始末した時には、彼に配信していた動画は消えていた。
彼は事前に、誰かを監視させるために取り決めをしていたようだ。
役割が他の誰かに変更された時、事前に送っていた動画のデータは全て消去するようにと。
その命令は徹底しており、自分との関わりを万が一にも掴まれることが無いように、監視役のスマホを遠隔で操作できるようにしていたのだから。
おそらく、彼は駒との連絡が取れなくなった時点で、遠隔操作でスマホを操作して監視のデータを消したかどうかを確認したはず。
確かに、私が確認したときに彼に映像を流していた証拠は全て消えていた。
だけど、それはその時点ではという話だ。
「あなたが私に辿りつけた理由……。それは、私もあなたと同じことをしていたからよ♪」
私は自身のスマホを取り出し、ある音声データを流す。
『なぁ、近藤。1つだけ、簡単な取引をしようじゃないか?この選挙戦から降りろよ。そうしなければ、俺はこの女の存在を学園中にばら撒く』
それは仙水くんが近藤政を脅迫した時の声。
自分の声を聞き、彼の顔から余裕が消え、警戒心を含んだものに変わる。
「それを手にしながら、俺をこれまで見逃してきたと?」
「私としては、近藤政の忠誠心を試す良い機会だったのよ。結果として、あの子は私の期待を裏切った。まぁ、私の存在を知られるような場面を作った時点で、遅かれ早かれ消すことは決まっていたんだけど♪」
選挙戦に続投しようと、辞退しようと、抹殺することは決まっていた。
余命が伸びたか、短くなったかの違いだけ。
仙水くんを指さし、口元に笑みを浮かべる。
「あなたは、私の存在に自分の権力で辿りついた。だから、少し興味が湧いたのよ。あなたの欲望が、私の求める域まで達しているのかを」
歩み寄りながら、甘い声で彼の心に絡みつこうとする。
「これは提案よ。私と手を組んで、生徒会長の椅子に座りなさい。あなたは、進藤大和に勝つことに固執している。私なら、数で物事を決める戦いで勝つことができるわ」
学園中に張り巡らせた人形たちを利用すれば、仙水凌雅を勝たせることなんて容易い。
人形たちには、私に反抗する意欲は無い。
反抗心を抱いた瞬間に、あの子たちの知られたくない秘密を暴くことになるのだから。
秘密を握られた恐怖によって、私に従うしかない。
彼の前に立って手を差しだせば、仙水はその手を見ては澄ました表情になる。
「あの人に……進藤大和に、勝つために…か」
「そうよ。あなたと私は、目的が一致している。悪い条件じゃないはずだわ」
葛藤しているようには見えなかった。
仙水くんの目からは、光が消えている。
「…そうだな。あの人に勝つためなら、何だってする……。じゃないと、勝てるはずがないんだよ。俺の憧れる、あの人には…‼」
その瞳の奥底には、黒い渦が見えるようだった。
そして、彼は小さく両端の口角を上げた後に、私の手を握った。
ーーーーー
円華side
近藤先輩との対話を終えた後、俺は遅れて登校してはそのまま授業を受けることにした。
教室に着いた後、先に戻っていた麗音から、和泉も同じようにAクラスの教室に戻ったことを聞いた。
その表情は平然を取り繕おうとしていたようだけど、作り笑みすらもできない程に焦燥していたという。
「やっぱり、そうなるよな……」
授業の間の小休憩。
人が居ない自販機の前で、俺は麗音と言葉を交わす。
「どうするの?近藤先輩のこともそうだけど、要ちゃんのことも心配。あの子、このことで組織から目を付けられたら……」
「そうならないように、前もって先生には連絡しておいた。和泉には……俺から話す」
岸野先生には、登校中に近藤先輩が組織と関わっていたというデータをメモリーライトを使って消すように頼んでおいた。
その時に、彼女は俺たちに助けられた恩義と、クイーンの恐怖を払拭するために、こちら側に協力してくれる姿勢にあると伝えてある。
和泉に対する俺の決意が伝わったのか、麗音は表情が険しくなる。
「ねぇ、最近どうしたのよ?クラスのみんなにもそうだし、他のクラスの人にもそうだけど、あんたの事情を外部に漏らし過ぎじゃない?それだけ、円華くんの首を絞めることになるって、わかってる?」
彼女の心配は尤もだ。
前までの俺なら、こんな選択はしないはずだ。
だけど、今は違う。
「そんなことは、わかってる。俺も流石に、人は選んでるつもりだ。だからこそ、和泉の力も必要になると判断したんだ」
相手はクイーンだ。
多くの人の中に紛れ、裏から操る術に長けている。
見つけ出すには、俺や恵美たちだけじゃ手が足りない。
頼れるなら、こっちも多くの協力者が必要になる。
「なりふり構わずってわけじゃねぇんだ。俺だって、本当なら危険なことに巻き込みたくない。クイーンを倒したいというのは、俺の復讐心が発端だ。だけど、事はもう俺の復讐だけの問題じゃない」
近藤先輩を切り捨てた以上、クイーンがそれで諦めるとは思えない。
求める絶対的な権力を手に入れるために、また次の駒を手に入れようとするはず。
そして、その候補は2人しか居ない。
だけど、その1人である進藤大和は、俺と協力関係にあり、目を光らせているのはわかっているはず。
そうなれば、白羽の矢が立つのは仙水凌雅だ。
あの男の掲げる理想と、クイーンが求める絶対の権力が噛み合えば、何人の退学者が出るかわからない。
それはどれだけの死者が出るかということも示している。
「立ち向かわなきゃいけない。相手がこの学園に潜む悪意なら、尚更だ。ここは、俺たちの学園なんだ。だから、その未来を決めるのは、傲慢な女王から押し付けられた欲望じゃない……」
そこで1度言葉を区切り、次の一言を発する前に過去の自分の思考を思い出す。
俺は今まで、姉さんや師匠、そして周りの大人の命令を聞いて、その通りに生きて来た。
そこに自分の意思が、どれだけ反映されていたかはわからない。
だけど、この学園に来てからは違う。
姉さんは死んだ、もう居ない。
だけど、姉さんの残してくれた最後の命令が、俺の中に確かに残っている。
大切な者は、もう見つけた。
それを守るという答えを前に、迷うつもりは無い。
この学園に来てからの俺の行動は、俺が多くの経験をしてきて、それを基に決めてきたことだ。
そして、俺を支えてくれた人たちも、誰かの意思に従ったわけじゃなくて、自分の意思で決めてくれた。
俺たちは、自分で選んで今を生きている。
だからこそ、この一言を自分の言葉として口にすることができた。
「決めるのは、この学園で生きる俺たちだ…‼だからこそ、抗うための力が要る。……多くの人の、力が」
麗音は俺の決意を聞き、納得してくれたのか表情が緩む。
「まぁ、話は分かったわ。でも、要ちゃんの力を借りるって言うけど、それだけでどうにかなる相手じゃないのはわかってるでしょ?」
「当たり前だ。だから、向こうが人脈を掌握する手に優れているなら、こっちもそれで対抗してやるだけだ。その上で、余裕ぶった女王を追い込んでやるんだよ」
俺の中で、既にプランは出来上がっている。
あとはそれを伝え、協力するように頼むだけだ。
向こうはもう、この選挙戦の残り日数でできることは、限られていると感じているはずだ。
そして、俺が手がかりを掴んでいることを見抜いていることも想定している。
この期間の内に、クイーンの想像を超える動きを見せて精神的に追い詰める必要がある。
ここから先は、文字通りの総力戦。
鍵となるのは、蝶のUSBの存在。
クイーンが伸ばす網か、俺がこれから展開する網か。
どちらかが、もう片方の網に引っ掛かった時、この戦いに決着が着くことになる。
「面白そうな話してるじゃん。いい加減、俺も混ぜてくれる?」
俺と麗音の話を、陰で聞いていた男が1人。
陽気な声を出しながら、曲がり角から出てきては「よっ」と挨拶してくる。
「基樹!?おまえ、いつから…」
「割と最初から。だって、おまえと麗音ちゃんがいかにも『何かありました』って顔で教室を出て行くもんだからさ。そりゃぁ、心配になるだろ?つか、恵美ちゃんも表情硬かったし、瑠璃ちゃんも落ち着かない様子だしさぁ……。何も知らないの、俺だけ!?仲間外れって酷くない!?」
抗議するような目でやんのやんの言ってきたが、「まぁ、それはさておきさ」と基樹は透明な仮面を取って俺と向きあう。
「円華……その多くの人の協力って奴さ、もしかして、クイーンと直接対決することも視野に入れてのことか?」
「……察しが良いな。流石は影だぜ」
今の俺には、ヴァナルガンドの力を顕現することはできない。
だけど、クイーンは容赦なく魔装具の力を使ってくるはずだ。
それに対抗するための手段として、考えていた筆頭候補は―――。
「だったら、1度だけ俺にクイーンと戦わせてほしい」
「・・・はぁ?」
願っても無い提案だったが、俺は眉をひそめてしまう。
確かに、基樹はスサノオの力を扱える。
魔装具を使用する相手には、魔鎧装で対抗することが望ましい。
だけど、彼のそれは単なる善意からの提案には思えなかった。
基樹のその言葉は、単に俺の力になるためという意思以上のものを感じた。
「おまえがそう言ってくれるのは嬉しいけどさ、大丈夫なのか?相手は異能具とは違う、強力な武器だって―――」
「岸野先生から、話は聞いてる。向こうは、七天美を持ってるんだよな。だったら、余計に俺もこの件に関わらなきゃいけないんだ」
色欲の大罪具の存在を、何で先生は基樹に話したんだ?
それに、その名前を口に出す時のあいつの目は、怒りを帯びていた。
おそらく、ここでそのことに追及したなら、基樹の俺に対する信頼が揺らぐような気がする。
そして、俺の中のこいつへの疑念が深くなっていくのも感じる。
だからこそ、俺は全ての疑問を今この場では、次の一言に集約させた。
「……信じるぞ、基樹?」
「ああ、任せろよ。ダチ公」
基樹はフッと笑い、軽く拳を突き出してくる。
俺はその拳に自身の拳を合わせ、契約を成立させる。
基樹とクイーンが相対した時、何が起こるのか。
予感したのは、ディアスランガと対峙した時の再来。
俺が狩野基樹という男を見定める上でも、クイーンとの直接対決は重要なものになりそうだ。
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