助けられた責任
円華side
一応、学校には今日は俺たちが欠席することを伝えておき、今回の件で情報を得ることに専念することに決めた。
着替えを終えた近藤先輩が寝室から出てきて、俺たちの方を見て最初に頭を下げてきた。
「ありがとう。君たちのおかげで、私は今も生きていられるわ。でも、どうして、この部屋に?」
「あなたが突然、生徒会長選挙から辞退したことが気になったんです。クラスの仲間から、先輩が学校に来ていないことを聞いて、悪い予感がしたんで。この学園じゃ、裏でいつ暴力事件が起きていても不思議じゃないですから」
抽象的な説明になってしまったけど、これに関しては仕方がない。
クイーンの手がかりを掴むためなんて、馬鹿正直に伝えて情報を吐き出すかはわからねぇしな。
近藤先輩は頭を押さえ、重たい溜め息をついて俺の持っていた白華の入った竹刀袋に視線を向ける。
「この学園で、一般生徒があんな物騒なものを持っているなんて思いもしなかった。君たち、普通じゃないわよね。一体、何者?」
俺たちは緊急事態だったとはいえ、異能具を見られている。
彼女が俺たちの存在に、疑問を持たないはずがない。
その目は命を助けた恩人に対するものとは思えないほど、警戒の色が強くなっている。
近藤先輩の視線に対して、恵美がムッとした表情になって「あの…」っと抗議しようとする前に、俺が言葉を切り出す。
「普通じゃないって意味じゃ、先輩の方からその答えを聞きたいんですけどね。それを聞いた後でなら、俺たちのことを話しても良い。あいつらに狙われる理由、心当たりあるんじゃないですか?」
情報を求めるなら、先に自己開示を求める。
俺は鋭い目付きになり、彼女と目を合わせようとするが逸らされる。
「私には、さっぱり。インターホンが鳴ってドアを開けたら、いきなり入ってきたのよ。選挙期間中だし、誰かが私への妨害に入ったのかもしれないわね」
いきなりの奇襲…か。
そう口にする表情は、怯えているようにも見える。
「だったら、災難ですね。先輩はもう、この選挙戦を辞退している。だったら、狙われる理由は本当ならないはずだ。それに……」
襲撃者してきたマネキンをチラ見すると、入った時の状況を思い出す。
あの時、奴らは先輩を殺す寸前だった。
意志もない機械人形が、拷問していたぶるような思考を持つか?
ありえないだろ、常識的に考えて。
現に奴らは、俺たちの存在に気づいた時には優先的にこっちに対処しようとしていた。
つまり、危険と認識したものを優先的に攻撃するようにプログラムされていた。
あの場面は、彼女が殺される寸前だった。
侵入してきてすぐにあの場面になったことが予想される。
だったら、その時には既に彼女が辞退することは連絡が来ているはずだ。
妨害するという目的のためなら、骨折り損ってわけだが。
「もしかして、前からこういう暴力沙汰があったとか?」
「いや、そんなことは。だけど、常に視線を感じていたのは……確かよ」
誰かの監視の目はあったってことか。
その誰かは、今回の手口から俺としては考える余地があるけどな。
「その視線に耐えられなくなって、選挙戦を辞退したんですか?」
「っ‼それは違うわ‼私だって、本当は―――‼」
俺の問いに対して、先輩は感情的になりそうになったが、すぐに我に返って口を閉じる。
だけど、引っ掛かりを覚えるには十分な反応だった。
「本当は、辞退なんてしたくなかった。だけど、辞退せざるを得なかった…ってことか?」
彼女の気持ちを推測で代弁するが、それに対して俺たちが求めていた答えは返って来なかった。
代わりに返ってきたのは、怯えた表情と震えた声だ。
「君たちが、私の命の危機を救ってくれたことには本当に感謝しているわ。でも、同時に、罪悪感もある。ごめんなさい、私を助けたばっかりに、君たちにもあの人の手が回るかもしれない…‼」
額を両手で押さえ、辛そうな表情で俯く近藤政。
皆の前で見せている毅然とした態度からは想像もできないほど、小動物のように震えている。
彼女のいう『あの人』が、俺の想像通りだとしたら、この人からは聞きたいことが山ほどある。
「まぁ、別に先輩のせいで巻き込まれたなんて思うことはないですし、これが原因で死ぬつもりもない。だから、罪悪感とか、責任とか感じてるなら、先輩の知っていることを話してくれませんか?もしかしたら、あなたを助けることもできるかもしれない」
相手を助けるためという名目で、情報を出すように促そうとも、恐怖心が勝っているのか先輩は首を横に振る。
「……一学生がどうこうできる相手じゃない。あの人だけじゃないんだ。この選挙戦には……もう1人、怪物が居る。そいつのせいで、私は…‼」
怪物…?
近藤政は下唇を噛みしめ、怒りを噛み殺しているように見える。
クイーンの他にも、この選挙戦で暗躍している誰かが居るってことか?
そして、その誰かが彼女を追い詰めた?
「選挙戦……もしかしてだけど、これに辞退したからってことは、考えられない?狙われた理由」
考え込みそうになると、恵美が隣から小さく手を挙げて進言してくる。
それに対して、先輩は肩を小さく震わせた。
この反応、今の恵美の予想は的外れでは無さそうだな。
「辞退したのが理由って、どうしてそう思った?」
「本当だったら、辞退する予定は無かった。だけど、結果としてこの人は辞退している。どこかの誰かの予定が狂って、その腹いせに殺そうとしたって考えてもおかしくないよね」
相手が誰なのかは濁しているけど、十中八九で組織の人間だろうことは察しがつく。
そして、恵美の勘は当たっていたのだろう、近藤先輩の顔色がさらに悪くなる。
彼女を追い詰めた要因は2人居るってことか。
「まず最初に、1つ確認させてください。近藤先輩、あなたは最初からこの選挙戦に参加する意思はあったんですか?」
自発的な参加だったのか、それとも誰かに命令されてからの参加だったのか。
それによって、彼女がこの戦いに向けるモチベーションが違ってくる。
この人は、本心から平等な学園を作ろうとしていたのか。
伊礼や和泉などの、彼女の思想を信じていた人たちの想いを裏切っていたのなら、俺は多分、彼女のことを軽蔑する。
俺の問いに対して、近藤先輩は複雑そうな表情をする。
「最初は、私自身の意思で参加するつもりだったわ。だけど、それは私自身の目で、あの椅子に適任だと思える人を見極めるためだった。そう思える相手が居なければ、もちろん私が生徒会長になることも考えていたけど、私以上に相応しいと思える人が居たなら、その人を支持することも考えていた」
見定めるために、敢えて渦中に飛び込んだってことか。
アグレッシブな精神はあるみたいだな。
そして、この人は本当にこの学園を良くしようと考えていたのかもしれない。
少し意外な一面にプラスな評価をしようとしたが、次の瞬間には表情が曇り、「だけど」と逆説の言葉を出す。
「ある人物が接触してきて、私に必ず勝つように命令してきた。もしも勝つことができなければ、私は殺されるかもしれない。だから、もう見定めるとか悠長なことを言っている場合じゃなかった。あの人がそこら中に張り巡らせた監視の目から、私は本心を押し殺して選挙戦に臨むしかなかった…‼」
恐怖心を思い出したのか、彼女は全身が震えだしては自分で自分を抱きしめる。
「そのある人物って言うのは、誰?」
恵美は怯えている先輩に対して、直接誰なのかを問いかける。
「ここまで話をしておいて、私たちを巻き込んだことに罪の意識があるのなら、教えてほしい。あなたを追いつめていた元凶、その正体を。助けられた責任として、それくらいは話しても罰は当たらないんじゃない?」
助けられた責任。
その言葉は、先輩に重く圧し掛かったのかもしれない。
彼女は少しの間沈黙を貫いたが、次に口を開くときには震えが止まっていた。
「……直接的に、顔を見たことは無いわ。だけど、あの人……彼女は仮面を被って、私の前に姿を現したことならある。蝶のような仮面を着けた女よ」
その特徴を聞いて、俺と恵美に同時に衝撃が走ったのは、言うまでも無かった。
俺たちは、掴んだんだ。
クイーンの張り巡らせた網の一端を。
ここまで来て、様子見をしている余裕はなかった。
「その仮面を着けた女……名前は、クイーンなんじゃないですか?」
「な、何故、君がその名前を…‼」
驚くのも無理はない。
俺たちはずっと、その女を追い求めていたのだから。
だけど、これに関しては詳しく話している時間がない。
「理由は後で、先輩が信用できる人間だと判断できたら話します。だけど、これだけは言える。俺たちは、クイーンを倒すためにこの選挙戦で動いていたんだ。そして、あの女に対抗できる手段なら、もう用意してある。あとは、その正体を掴むだけなんだ」
突拍子のない話に思えるだろう。
だけど、俺の言葉を聞いて、彼女の中で葛藤が生まれていることを、驚愕の表情から察する。
俺たちの戦いを、目の前で見たことがプラスに働いたのかもしれない。
もしかしたら、俺たちならクイーンを討ち取ることができるかもしれないと。
「……クイーンは、私が明かしていない過去のことを知っていたわ。そのことを公表されたくなかったら、自分の言うことを聞くようにって。合同文化祭の時は、流石に驚いたわよ。もしかして、あの人の手が他の学園まで伸びていたのかもしれないって。余計に、恐くなるくらいにね」
手口としては、阿佐美学園の真城結衣と同じか。
いや、真城がクイーンの直接的な駒だったのなら、あの女が女王の真似事をしていたとしてもおかしくない。
どっちにしても、それが原因で余計に近藤先輩が恐怖心を煽られたのは事実だ。
だけど、真城の場合は信頼関係を築いた上で秘密を吐き出させていた。
近藤先輩の口ぶりから、彼女は自分の秘密を他人には明かしていないと言っている。
自分の手駒にしようとした人間の身辺調査をし、弱みを握ったってことか。
それもおそらく、組織の権力を使って。
「俺は別に先輩の知られたくない秘密を聞くつもりはないし、興味もない。だけど、引っ掛かるのはやっぱり、さっきから残ってる疑問に尽きる。秘密を握られてるなら、誰にも知られたくないと思っているなら、尚更辞退するなんておかしくないか?それこそ、いろんな意味で自殺行為だぜ」
現実として、殺されそうになっているし、それを抜きにしても秘密を明かされることだってあり得るはずだ。
それなのに、その危険を被ってまで選挙戦を辞退した。
その結論に辿りつくまでの過程が、いまいち見えてこない。
当然、その疑問が増々深くなっていくのはわかっていたのだろう。
近藤先輩は、意を決した目で俺と視線を合わせた。
「私の心が、弱かったから……というのも、理由の1つね。だけど、それだけじゃない。結果として、私の見通しが甘かったのは事実だけど、まだもう1人の怪物の誘いに乗った方が、秘密を公表されるよりも殺される可能性は無いと思っていたのよ」
ここで出てくるのか、怪物の存在が。
クイーンの恐怖と天秤にかけてまで、選択した答え。
それを提示した人物の名を、彼女は口に出した。
「私がこの選挙戦を辞退するように言ってきたのは、仙水凌雅。彼はもう、この学園の裏の存在に……クイーンの存在に辿りついている」
俺たちの耳に届いたのは、ありえない真実だった。
仙水凌雅。
あの男もまた、俺の復讐劇に知らず知らずのうちに上がっていたんだ。
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