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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
真実と嘘の選挙戦
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資格者の苦悩

 その日の夜は、寝つきが悪かった。


 恵美から精神世界での出来事について聞いた後、彼女は疲れた表情で自分の部屋に戻って行った。


 部屋に1人残されてから、ずっと頭の中がグルグルしている。


 あいつの話を聞いてみれば、岸野が言っていたことと似たような内容だった。


「自分を大切にしない奴を、助けようとする奴は居ない……か」


 自分が視えていないと言われれば、それを否定できない。


 ヴァナルガンドは、一貫して俺のことを守り、強くしようとする想いがあった。


 それなのに、俺はあいつの想いに気づかずに、自分の中に宿る反対の意志を持つ存在として見てしまった。


 最近は、あいつにも自分と共通する思考があるのだと気づき始めていたのに。


 俺は、大切なものを守る復讐者になると決めた。


 だけど、その大切なものの中に自分がふくまれていなかった。


 それがヴァナルガンドにとっては気に入らなかったってことかよ。


「無茶……言うんじゃねぇよ」


 壁に立てかけている白華に横目を向け、一瞥いちべつした後で自分の右手を見る。


 もう自分は独りじゃないと実感できるようになっても、手を見た時に見えるものは変わらない。


 獣の手だ。


 それも、べっとりとした赤い血に染まっている。


 この手で、多くの命を奪ってきた。


 目には見えなくても、その時に浴びた血は、いくら洗っても消えない。


 表面上は洗い流せても、記憶の中にしっかりと浸透しんとうしている。


 自分が大切なものに気づいた時には、もう俺は誰かにとっての大事なものを多く奪ってきたんだ。


 そんな俺が、今更自分を大切にしようとするなんて、許されるとは思えない。


 どうしても、俺とヴァナルガンドの思考が合わない。


 欠落しているものがわかったとしても、それを埋めることができない。


 こんな状態で、またヴァナルガンドの力を借りようとしたところで、応えてくれるかどうか。


 そんなのは、自問自答するまでもねぇだろ。


「無理だ…‼」


 クイーンとの決戦までに、ヴァナルガンドを使えるようになりたかったが、それも難しいことがわかってきた。


 だけど、そんなことは関係なく、クイーンは魔装具と七天美を使ってくるはずだ。


 魔装具を使う相手に、生身のままで戦うには分が悪すぎる。


 自分で戦うことができないなら、別の方法を考えるしかない。


 この際、手段についてとやかく言っている場合じゃない。


 そのための一手は、既に見えている。



 ー----

 紫苑side



 2日間の休日が明け、選挙戦も残り1週間となる。


 生徒会長の候補者は残り3人となっているが、未だに誰が風間直子を陥れたのかはわかっていない。


 しかし、私はあの騒動の犯人は数人に絞ることができている。


 問題は、目的の者が関係しているかどうか。


 選挙戦において、仙水凌雅せんすい りょうがに近づいたのも目的を遂行するための手段に過ぎない。


 あの男ならば、風間直子を陥れる方法として、一般常識としては卑劣ひれつと言われる手段を取ることも考えられる。


 個人的には、仙水凌雅の実力を見定めたい気持ちも確かにあるが、今回は私情はできる限り挟まないスタンスだ。


 あくまで、重きを置くのは使命。


 だからこそ、それを遂行するために、気に喰わないが協力を仰ぐべき相手が居る。


 早朝、化学準備室を訪れてはノックもせずにドアを開ける。


「居るか、岸野敦」


 予期していなかった来訪だからだろう。


 デスクの前でコーヒーを飲んでいた白衣の男は、こちらを見ては面食らった顔をしている。


「お、おまえなぁ……普通、教師の居る部屋に入る時は、アポを取るべきだし、ノックをするのが常識だろ」


「すまんな。気の置けない相手には、無礼をしてしまうのは私の悪い癖だ」


 一応の謝罪をするが、それを受けても彼の表情はさらにくもる。


「そう言いつつ、おまえが態度を改善する気が無いのは知っている」


「私が自らの意思で態度を改めるとすれば、それはマスターの前だけだ。それも、あなたは知っているだろ?」


 悪びれる気もなく、逆に笑みを浮かべてみれば、頭を押さえて溜め息をつかれる。


「はあぁ~。聞く気もないおまえに、説教をするのも疲れる。学園内では、できる限り接触を避けて別行動をとるって話だっただろ。こんな朝っぱらに、用件は何だ?」


 私が唐突に姿を現したことに疑問を感じ、表情が険しくなる。


 それに合わせ、私も目付きを変える。


「風間直子の一件で確信を得た。奴らが動き出しているようだ。この選挙戦、さらに荒れるぞ?」


「……やはり、おまえもぎつけたか。だが、一歩遅かったな。それに最初に気づいたのは、()()()()()()()()だ」


「何だと…?」


 その口振りから、連想される存在は1人のみ。


 椿円華だ。


 岸野の言葉に顔をしかめると、奴は口元に笑みを浮かべる。


「あいつの復讐に賭ける執念までは、女帝でも完璧には予測できなかったようだな」


「……そのようだ」


 素直に自身の不測を認め、腕を組んで長考する。


 円華が復讐者として、奴らに挑もうとしていることは事前情報で聞かされていた。


 最初はその実力を見定めるために、何度か接触を試みてみたが、彼の力を理解したのはやはり、師から聞いた伝言。


『椿円華は、魔鎧装をまとうことに成功している』


 魔鎧装を装着することができるのは、選ばれし存在のみ。


 円華には、その資格があったと言うことだ。


 強者としての資格が。


 それだけで十二分に、私と同等の実力者と認めるにあたいすると思えた。


 そして、それを聞いた時に1つだけに落ちないことがあった。


「岸野、あなたは私に円華が魔鎧装を顕現させたことを伝えなかった。それは意図的なものなのか?」


 私の疑問に対して、岸野は言葉で返す前にPCを操作しては画面を切り替える。


「答えは、おまえの目の前にある」


 PC画面をこちらに向けてこれば、そこには見たことも無い人狼の鎧が映しだされている。


「これが、円華の魔鎧装…?」


紅狼鎧ぐろうがいヴァナルガンド。この鎧の形状、おまえには既視感があるんじゃないのか?」


 既視感と言われ、私の脳裏にある光景がフラッシュバックされる。


 荒廃した街にたたずむ、十字の剣をたずさえし蒼き魔人の後ろ姿が。


 獣のような禍々(まがまが)しさも感じるが、その奥に戦士としての風格をそなえた鎧。


「まさか……いや、しかし…‼」


戸惑とまどうのも無理はない。俺も最初にこれを見た時は、()()()の片鱗を感じたものだ。だが、あいつは違う」


 岸野はヴァナルガンドの鎧をじっと見ては、目元がゆるむ。


「椿はもう、この力の使い方に気づいている。そして、力に飲まれないために必要な存在も、あいつのそばにある。今は復讐という道を進んでいるが、それが全てじゃない」


随分ずいぶんと肩を持つじゃないか」


「それは自分の生徒だからな」


「そして、自分が唯一愛した女の忘れ形見がたみだからじゃないのか?」


 椿涼華つばき すずか


 その存在については、師からも聞かされていた。


 岸野敦と椿円華にとって、どれほど大切な女性だったのか。


 その名を口に出せば、岸野の表情が怒りを帯びたものに変わる。


「いくらおまえでも、あいつのことで軽はずみな言動をするようなら……容赦なく()()させてもらう」


「これは失礼した」


 軽く謝意を述べるが、今度は平謝りではなく頭を下げる。


 私としても、現状で本気のこの男を相手にしている余裕はない。


 そして、教育という言葉であることに気づく。


「教育……と言うのであれば、おまえは魔鎧装の扱い方を円華に教示する気があるのか?」


「あいつが魔鎧装について聞いてきたことがあったが、基本的なことを教えたに過ぎない。第一、俺が世話を焼いたところで、あいつが素直に聞くとは思えない」


「あの事実を伝えれば、喜んでご教示を願うと思うがな」


「……」


 私の言わんとしていることが伝わったのか、岸野の表情がゆがむ。


「昔のことだ。今の俺には、資格がない」


「だが、自身の経験を伝えることで、後の者が同じ道を辿らないようにすることはできる。円華に、あなたと同じ失敗をさせるつもりか?」


 彼の過去を知る者として、核心を突く問いかけをする。


 それに対して、岸野はしばらくの間沈黙した後で口を開いた。


「椿が目的を果たす過程で、俺と同じ過ちを繰り返す道を辿るのなら、身をていしてでも止めてみせるさ。それがあいつに後を託された、俺の役目だ」


「……自己犠牲、か。あまり褒められたやり方ではないな」


 彼が今、誰のことを思い話したのかは、その凛々しい目を見れば確認するまでもない。


 そして、椿円華という存在に賭ける想いもまた、彼女に対するものと同等に強いと見える。


 これもまた、愛という感情ゆえだとするならば……。


 ダメだな、こんなロマンチシズムな思考は私には似合わない。


「あなたの決意表明には、目を熱くさせられた。しかし、申し訳ないが話を戻させてもらおう。椿円華…そして、私の今回の共通の標的ターゲットである、クイーンの形跡を掴んだ」


 クイーンの名前を出せば、岸野の表情が険しくなる。


「この選挙戦に潜り込んで、意味はあったようだな」


 私は静かに頷き、両目に意識を集中させては視界が紅に変わる。


 紅い世界の中で、岸野敦の周囲には濃い紅のオーラを視認する。


「久しぶりに見たな。やはり、その目で見られると背筋が凍る。すぐに戻してくれ」 


「これは失礼した。私としては、()()()()()()の方が見慣れているものでな」


 視界が紅から今までの世界に戻ったところで、岸野と視線を合わせる。


「おそらく、向こうも私が自分を追っていることには薄々気づいているはず。だからこそ、尻尾を垂らして掴ませる」


「おまえ、それは…‼」


「そうでもしなければ、奴らを仕留めることなんて不可能だ。何、私も無茶をするつもりは毛頭ない。掴ませるのは、尻尾までだ」


 私の決意が変わらないことを察し、彼は荒く頭をく。


「おまえのそう言う無茶なことを平然としようとする所は、あの人に似たんだろうな」


「その言葉は、誉め言葉として受け取っておこう」


 皮肉を不敵な笑みで返してやった後で、もう1度PC画面のヴァナルガンドを一瞥いちべつする。


 そして、自身の師の後ろ姿を。


 その力に対して期待する気持ちもあるが、やはり私としては、少しねたんでしまうな。


 椿円華、あの約束を果たす日が来たのであれば、その時はおまえの力を私の全身全霊を以て試させてもらう。


 まずはその前に、自分の使命を果たすことが最優先だ。


 頼むから、この程度の戦いで奴らの手に落ちてくれるなよ。


 おまえを倒すことができるとすれば、マスターの意志を継いだ私だけなのだから。

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