破らぬ誓い
恵美side
目が覚めた時、そこには身に覚えのある光景が広がっていた。
巨大な氷柱が視界の先まで広がっている、白い空間。
円華の精神世界と、同じだ。
自分の見た目の変化を確認すると、身に着けているのは制服。
それは才王学園のものじゃなかったけど、既視感があった。
「これ……昔、お母さんが着ていたもの…だよね」
罪島で、お母さんの部屋に置いてあるのを何度も見たから覚えてる。
どうして、ヴァナルガンドの精神世界でこれが反映されているのかはわからない。
だけど、何か意味があるのは確かなはず。
歪に並んでいるように見えて、氷柱はよく見たら直線状になっている。
侵入者を、拒もうとしているわけじゃない。
逆に、『こっちに来い』って誘われているような気がする。
警戒はせず、その導きに従って進んでいく。
足を進めていく中で、奥の方から徐々に伝わってくる存在感。
円華を通じて、何度か感じたことがある獣の気配。
1度目はジャック戦の時、2度目は最初のリンカーとの戦い、そして、3度目は円華の精神世界で、彼が初めて紅狼の力を使った時。
思い返せば、その気配を感じたのは、いつだって円華が危機に陥った場面。
奥に進めば進むほど、氷柱の先から黒いオーラを感じている。
そして、その巨大なシルエットが視界に入った瞬間、思わず息を飲んでしまった。
「何……これ…?」
目を見開き、身体が震える。
私の身の丈を、遥かに超えるほど巨大な身体。
漆黒の毛並みをしており、全てを憎んでいるとでも言うような、鋭い目付きをしている
その身体には、全身に蒼い鎖が巻き付いていた。
目の前の狼は、眠るように身体を丸めており、喉を鳴らしている。
この巨大な存在と、私は初めて面と向かって言葉を交わそうとしている。
「ヴァナルガンド……なんだ、よね?」
声をかければ、耳がビクッと反応しては目蓋を上げて蒼と紅の瞳を見せる。
そして、私のことを視線で捉えると口を開いて牙を輝かせた。
『おまえか……。いつかは、ここに来ると思っていたぜ』
四肢で身体を支えて起き上がり、私を見下ろしてくる。
『ようこそ、俺様の世界へ……ってか。大方、小僧に泣きつかれて来たってところか?』
「……確かに、円華に頼まれたのも理由の1つだよ。だけど、それだけじゃない。私自身が、1度あんたと話してみたかったから」
その存在感と気迫に圧されそうになるけど、それに潰されるほど心は弱くない。
「ヴァナルガンド。あんたは、ずっと円華のことを助けてきたんだと思う。そのやり方は、褒められたものじゃないものもあったかもしれない。でも、あんたは円華に力を貸すようになった。だから、少しは分かり合えると思っていたのに……何で、円華に応えてあげないの?」
円華とヴァナルガンドの心は繋がっている。
だから、彼は円華が力を使えないことで悩んでいることに気づいているはず。
それなのに、力を貸そうとしない。
今まで円華が危機に直面した時、力を与えていたにも関わらず。
私には、ヴァナルガンドが何をしたいのかがわからない。
『あいつには、目的を果たすために見えていないものがあったからだ』
意外にも、すぐに答えが返ってきた。
高圧的な態度で、『おまえに言う必要があるのか?』とか言われることを覚悟していた。
それだけに唖然としていると、私を見る視線が鋭いものから柔らかくなる。
『最初は気に入らなかった。あいつがこの才王学園に来たのは、椿涼華の復讐を果たすため。あいつは復讐者としての牙を研ぎ、強者として昇り詰めていくはずだった。だが、おまえたちと出会い、復讐と同等の覚悟を感じさせる目的が1つ増えちまった』
1度言葉を区切り、ヴァナルガンドは右の前足で指さしてくる。
『それはおまえたちを仲間と認め、守ることだ。これまで、繋がりを持つことを避けていたあいつが、自らそれを持つようになった。それに気づいた時、俺様はどうしようもない不安を感じた』
「……不安?」
思えば、円華がヴァナルガンドと対話できるようになる前、頭の中にずっと孤独になるように声をかけられていたと言っていた。
でも、その理由を知ることは無かった。
何故、ヴァナルガンドはそうまでして、円華の繋がりを断って孤独にさせようとしたのか。
この狼の心境の変化を見れば、それがただの意地悪だったとは思えない。
『あいつが、周りの人間どもから畏怖されるほどの実力を手にしたのは、独りだったからだと思っていた。家族以外の誰も信じず、自分を否定してきた者たちへの怒り、憎しみを抱えながら、何百、何千と斬り刻んできたあいつが、新しく信じられるものを見つけてしまった。その繋がりが、小僧を弱くすると思った。孤独だったからこそ得た強さを、大切なものができたことで失うんじゃないかってな』
ヴァナルガンドの行動の真意が、わかった。
やっぱり、円華のためだったんだ。
椿家の家族や健人さんたちは、いわば円華が生きるために、強くなるために必要だった存在。
守られる立場だった円華に必要だった、強い人たちだった。
だけど、私たちはそうじゃない。
円華からして見たら、私たちは守るべき存在。
ヴァナルガンドは、その強さを認めていたわけじゃない。
新しく守るものができたことで、円華が弱くなることを恐れていたんだ。
自分を受け入れてくれる存在が、目の前に現れた。
そのことから、認められないことから生まれる、怒りや憎しみが薄れていくと感じたのかもしれない。
だから、私たちを邪魔な存在だと判断した。
心が2つに分かれた時に、暴走して私を襲ったのもそれが理由。
その真意に気づいた時、ヴァナルガンドは『だけど』と言い、身体を伏せては目線を合わせてきた。
『おまえたちは、小僧を孤独さから救いやがった。それだけじゃない。あいつに、俺様の力を受け入れる覚悟を決めさせた。おまえたち……いや、最上恵美、おまえがあいつを変えやがったんだ。孤独であるが故の強さを、繋がりから得られる強さに変えた』
狼が訝し気な目を向けてくる中で、私はその言葉を一部訂正する。
「円華は元から、孤独を望んでいたわけじゃないよ。誰かに必要とされて、それに応えるために強くなろうとしていただけ。独りだったから強くなれたわけじゃない。円華の中にある強さの根源は、変わっていないよ」
『強さの根源…か。俺様は約束を守るために、これまで小僧を見てきた。だけど、やっぱり、人間じゃない俺様にはわかっていなかったんだな。強さを得るために、何が必要なのかを』
ヴァナルガンドは、憂うように顔を上げて天井を見る。
その視線の先にあったのは、紅い月。
『悪かったな、最上恵美。俺様は、どうやらやり方を間違っていたらしい。小僧が強さを得るためには、おまえたちの存在が必要だ。いつぞやに、おまえを傷つけようとしたことを、謝らせてくれ』
彼は謝罪の言葉を述べ、首を垂れてくる。
傲慢そうに見えて、意外と素直な所があるのが意外だった。
だけど、私はその言葉を受け止めることはしなかった。
「謝られても、今は許せない。あんたのその勘違いのせいで、円華も私も苦しんだんだから」
私は忘れない。
円華があの後、どれだけ大きな葛藤を抱いていたのか。
どれだけ独りで悩んで、苦しんできたのか。
その原因を作ったのは、ヴァナルガンドの暴走なのは否定しようがないのだから。
「許してほしかったら、行動で示して。本当の意味で、円華の力になってあげて。円華が、強くなるために」
円華に協力するように促せば、彼は目が据わっては唸り出す。
『それは小僧次第だ。俺様とあいつは今、繋がりが不安定になっている。小僧の思考と、俺様の思考が合致していない。俺様の力が使えないのは、それが原因だ』
「それって……じゃあ、ヴァナルガンドと円華の考えが一致すれば、もう1度使えるようになるってこと?」
『言うは簡単だ。だが、前の白い野郎との戦いで、あいつと俺様の思考にズレが生じた。今の小僧には、決定的に足りないものがある』
ヴァナルガンドの表情が険しくなり、低い声音で言った。
『目的のために、自らを守ろうとする意志だ。あいつは、復讐を誓いながらも、大切なものを守る覚悟を決めた。だが、そのために自らを顧みることが無くなった。あいつは、目的のためなら自分がどうなっても良いと思っている。それは、俺様の流儀と、あの男との約束に反する……』
「…約束?」
そのワードを口に出す時のヴァナルガンドは、どこか覚悟を決めたような凛々しさを感じさせる。
「さっきから、その約束と円華に何の関係があるの?あんたにとって、そんなに大切な約束って何?」
私の問いかけに対して、彼は視線を逸らしてしまう。
ヴァナルガンドにも、誰にも触れられたくない、何かがあるのかもしれない。
『俺様は、その男と約束をしたんだ。小僧を守ること。そして……小僧と供に、これから強くなることをな』
その約束の内容を口に出した時、彼の表情は優しいものに変化しているように見えた。
全ては、円華を強くするため。
誰かとの約束を守るために、ヴァナルガンドも独りで悩んでいたのかもしれない。
「円華を強くするために、やり方が空回りしてたってことだね。円華のことを大切に想っているなら、ちゃんとその気持ちを伝えてあげれば良いのに」
『あいつが、俺様の言葉を素直に聞くわけねぇだろ。それこそ、自分で気づかねぇと意味がねぇんだよ。自分のことも守れねぇ奴が、誰かを守れるわけがねぇってことをな』
ヴァナルガンドなりに、円華に伝えたい想いがあった。
だけど、私としては1つだけ引っ掛かる部分がある。
「円華の話では、キングとの再戦で1回変身が解除された後、また魔鎧装を使うのを拒否したんだよね?何で、その時は力を貸してあげなかったの?」
そもそもの2人の確執は、そこにある。
円華の復讐への想いを知っていながら、ヴァナルガンドはそれを拒否した。
そのことから、彼の中でヴァナルガンドに対する不信感が生まれているのは確か。
『あのままもう1度俺様の力を使ったところで、白い野郎には勝てなかった。それどころか、復讐の衝動に飲み込まれて自我を失っていた可能性が高い。衝動に飲み込まれたが最後、あいつが人としての意識を取り戻すことは無かったはずだ』
暴走という言葉で思い出すのは、あの漆黒の狼の鎧。
力は圧倒的だったけど、あれは円華じゃない。
円華の心を守るために、ヴァナルガンドは装着することを認めなかったんだ。
『それに、あの野郎は……小僧を仕留める気が無かった。命を狩る者の放つ覇気を、感じなかった』
「えっ……」
キングは、円華を倒すつもりが無かったってこと?
だったら、本当に戸木を始末するために現れて、次いでに円華の力を確かめたと言うことになる。
このことを知ったら、彼は屈辱を感じるかもしれない。
『その2つの要因があったから、俺様は力を貸さなかった。理由は、たったのそれだけだ。これを知れて、満足したか?』
「まぁ、それなりに。……わかったよ、ヴァナルガンドは円華のことを大切に想ってるってことはね」
この対話で知れた重要なことを要約すれば、ヴァナルガンドはハンっと笑って吐き捨てるように言った。
『約束は破らねぇ、それだけの話だ』
「だったら、私との約束も守るんだよね?」
『……言っただろ、それは小僧次第だってな』
素直に答える気はないようだけど、それは肯定だと受け取った。
「わかった。じゃあ、それで良いよ。それと……何か今は話すつもりが無さそうだから、追及する気はないけど、その約束した男の話、今度聞かせてよ。地味に気になるから」
『……気が向いたらな』
素気なく返しては、身体を丸めて寝る態勢に入っている。
もう話すつもりは無いという意思表示なのか、寝息を立てている。
「じゃあ……またね。円華には、あんたの気持ちはちゃんと伝えておくよ」
軽く手を振って別れの挨拶をしても、ヴァナルガンドはそれに対して無反応だった。
でも、止めないってことは、言ってもいいってことだよね。
円華とヴァナルガンドの思考を繋ぐために、その想いを伝える役割をする。
それが、今の私にできることだと理解した。
私はヴァナルガンドの想いを受け止めた後、「リンク・オフ」と呟き、白い精神世界から現実に戻ったんだ。
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