自分と向き合う時
???side
そこは薄暗い、巨大なテントの中。
用意された舞台の上には、数本の柱に縛りつけられた男女の姿がある。
その中央に居るのは、右目にモノクルを着けた小柄な老人。
「おーおー、これはこれは。今日はまた、大量の供物が用意されたものデスねぇ。やはり、このイベントは人間の本性が少なからず現れるものデス。だからこそ、私も心が躍ると言うもの」
気持ち悪い口調で、生徒たちを見上げては舌なめずりをする老人は、後ろを振り向いてこちらを見る。
「そうは思いませんか?今回の主催である、クイーン殿?」
不快な声で話しかけられるけど、私は「そうね」と返すのみに止める。
「相変わらず、あなたはクールデスねぇ。しかし、あなたも人が悪い。最も強い悪意を持つ人間を、生徒会長に立候補するように誘導し、その上で圧倒的な絶望に叩きつける。本当ならば、彼女はその器では無かったと言うのに」
「組織の目的を果たすために、必要なことと判断したまでよ。人間の悪意は、あの方が目覚めるために必要な餌。それを限界まで増長させたところで、絶望という甘い汁を抽出するのが効率が良い。私がこの選挙戦で負けることなんてありえないのだから、仕事を優先させたまでよ♪」
「相変わらず、恐い女性デスね」
大袈裟に身震いをする老人を無視し、左手に持っている妖刀を鞘から抜く。
「あなたたちは、これから崇高なるお方の一部になるの。光栄に思いなさい」
刃は輝きを放ち、目の前に居る生贄たちはその光に魅了される。
最初は恐怖に表情が歪んでいたが、文字通り目の色が桃色に変われば頬が緩んでしまう。
「美しいぃ…その剣でぇ…私を、斬ってぇ…‼」
妖刀に対して身を乗り出し、自らその刃で血に染まることを望む風間直子。
私は彼女の懇願に対し、ゆっくりと歩み寄っては左の二の腕を浅く斬り付ける。
「ひぁああっ‼」
傷口から血が吹き飛び、周囲の男や床に付く。
斬られた張本人は、頬を紅潮させてはだらしなく表情を歪ませる。
「もっと…もっと斬ってください‼その剣で、私をもっと切り刻んでぇ‼」
「へぇ~、そんなこと言って。あなたって子は、そんなにこの刀に血を吸わせたいのかしら♪」
「お願いします‼もっと、私の血でその刃を染めてください‼斬られる悦びを、もっと感じさせてぇ‼」
もはや、斬られることが快楽に変わって行く。
常人の思考力は停止し、ただその美しき刀に全身を切り刻まれることを望んでしまう。
しかし、私はその願望を叶えない。
風間直子への仕置きを一時止め、次に隣に居る男を斬り付ける。
そして、またすぐ隣、次の男に一太刀ずつ食らわせる。
死なない程度の威力にとどめて。
その結果、その場に居る生贄を全員斬り付けたところで、私の聞きたい音色が飛び交う。
「もっと、俺を斬ってくれぇ‼」
「いや、俺にもっと、強く‼」
「ダメだ、僕が先だ‼その剣で突き刺してぇ‼」
私に斬られることを望み、懇願する声が木霊する。
その声を聞き、全身から快楽という感情が溢れ出てくる。
「そおぉ…悪い子たちだこと♪」
血の付いた刃を舐め、全員に1度ずつ刃先を向ける。
「どぉ~れぇ~にぃ~、しぃ~よぉ~かしら。一番いい顔をしている子を、先に殺してあげる♪」
自身を妖刀で、切り殺されることを望む生贄たち。
やっぱり、この美しさには誰も敵わない。
この女王を追いつめることなんて、誰にもできるはずがないのよ。
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円華side
風間直子の騒動から2日が経ち、今日は土曜日であり休日。
あの後、混乱は少しずつだけど終息を見せ始めている。
その理由は単純なもので、騒動の次の日に全校生徒に送信されたメールが主な要因かもしれない。
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生徒会長選挙実行委員会からのお知らせ
この度、ご本人からの強い意向により、2年Sクラス 風間直子様が生徒会長選挙から脱落されました。
今後、残り10日間の選挙期間は彼女を除いた3名の立候補者が生徒会長の椅子を争うことになります。
なお、この決定は再度更新される可能性がありますことを、ご了承ください。
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風間直子の、生徒会長選挙戦の脱落。
そして、掲示板に貼り出されている、2年生の退学者の名簿。
その中には、風間直子と複数人の男子生徒の名前が一覧として載っていた。
あれが本当に、退学という形で消えたのかはわからない。
いや、薄々気づいてはいる。
この学園のルールは、嫌というほど頭に刻まれている。
表の意味でも、裏の意味でも。
どちらにしても十中八九、彼女たちはもうこの世には居ないだろう。
立候補者は、残り3人。
クイーンの駒を絞り込むには、あと2人。
そして、進藤先輩が相手にしないといけない数でもある。
「選挙戦が本格的に動き出したんだ。向こうが痺れを切らす前に、こっちの問題も解決しておかなきゃいけねぇよな」
壁に立てかけている白華を手に取り、言葉をかける。
「そろそろ、意固地になるのも飽きてきたんじゃねぇの?あいつを呼んだから、言いたいことはちゃんと言えよな」
届いているかはわからないが、一応は伝えておく。
後々になって、『聞いてねぇぞ、小僧‼』って悪態をつかれるのも面倒くせぇしな。
時計を見れば午後3時を回り、そろそろ呼び出した奴が来る頃合いだ。
そう思っていると、インターホンが鳴った。
それだけでなく、前に居留守を使ったことを根に持っているのか、スマホの着信が鳴ったので出る。
「もしも―――」
『私、恵美ちゃん。今、円華の部屋の前に居るの』
「何か怪談話で出て来そうなセリフ回しだな、おい。いつから、おまえは捨てられた人形になったんだよ」
『冗談だよ。さっさと開けて』
メリーさんを彷彿とさせるやり取りの後、玄関に向かっては重々しく押し開ける。
「おっす、ヒーロー参上」
恵美が手を軽く挙げて言ったのをスルーし、「はいはい、さっさと入れよ」と言って中に通す。
すぐに靴を脱いで上がると思っていたが、その前に「んっ」と言って小袋を向けられる。
「・・・何だ、これ?」
「開ければわかる。ドッキリ箱じゃないよ」
俺の反応に納得がいかないのか、恵美は不服そうな顔をしながらも押し付けては上がって行った。
そして、白華を手に取っては、ヘッドフォンを耳に当てる。
しばしの間、目を閉じて声を聞こうとしていたようだが、耳から離しては小さく溜め息をついた。
「予想はしてたけど、前から変わってない。ヴァナルガンドは怒ったまま。ちなみに、円華は何で怒っているのかはわかったの?」
「……何となくだけど、わかっては来た」
岸野先生との話し合いで、見えてきた魔鎧装との繋がりの在り方。
俺はキングとの戦いで、復讐心に飲み込まれてしまった。
あの時、あいつの想いを理解しようとしていなかった。
だけど、今になっても、ヴァナルガンドが俺に何を伝えようとしていたのかまではわからない。
その真意を確かめるために、恵美の力を借りることを選んだんだ。
「言っておくけど、できるかどうかは五分五分なんだからね?円華や麗音は人だから、繋がることができたけど、ヴァナルガンドは……」
「大丈夫だ。こいつには、怒るとか、いじけるだけの感情がある。だったら、心があるってことだろ。……それに、こいつは別に、おまえのことを拒絶しているわけじゃねぇだろうしな」
何となくだけど、ヴァナルガンドの力を使えるようになってから、こいつが変わったように感じている。
周囲に居る者すべてを拒絶して、孤独を求めていた頃もあったかもしれない。
だけど、ほんの少しだけど、その気持ちが揺らいでいるような気がする。
それは思い返せば、初めて紅狼鎧を装着した時からわかっていたのかもしれない。
あいつは、俺が恵美やクラスのみんなを助けに行くのを止めなかった。
逆に、俺に後悔して沈んでいる暇があったら、動けと発破をかけてきた。
ヴァナルガンドも、変わろうとしているんだ。
そのことに気づいたのが、今頃と言うのも遅いのかもしれねぇ。
それでも、俺にはこいつの力が必要だ。
俺と同じように、ヴァナルガンドも変わることができるのなら、それを受け入れるための覚悟が要る。
獣としてでも、復讐の道具としてでもない。
もう1人の自分として、向き合うために。
俺と目を見合わせた後、恵美は白華を凝視してヘッドフォンを再度両耳に当てた後に目を閉じる。
「じゃあ、とりあえずチャレンジしてみる。私が戻ってくるまで、身体のことはよろしく」
彼女はそう言って、意識を集中させては「リンク」と呟いた。
その瞬間、身体が震えては電池が切れたように床に倒れそうになったのを、その前に抱きかかえる形で受け止める。
「うわっと‼…相変わらず、見ていて冷や冷やする能力だぜ。……それにしてもぉ」
視界にY-シャツの間から谷間が飛び込んできて、すぐに目を逸らしてはベッドに運んで横にさせる。
「無防備過ぎんだよ…。ったく、そんなに俺が人畜無害な男に見えてるのか?」
頭の後ろを掻きながら、横目で意識が抜けている彼女をもう1度捉える。
そして、クリスマスの時に見たビジョンを思い出しては、すぐに頭を激しく振る。
「あぁ~、無し無し‼こんなことで揺らいでどうすんだよ。……他のことするか」
無防備な恵美を気にかけつつも、頭を切り替えるために今できる作業をすることにした。
そう言えばと想い、左手に持ったままの小袋を開ければ、中身は星形やひし形などの色々な形をしたチョコレートだった。
「そうか、今日は14日だった。甘いのは苦手だって、前に言わなかったかよ?」
久実から、前にチョコを作っていたのを聞いたけど、本当に俺に渡すつもりだったとは思わなかった。
とりあえず、もらった物を粗末にする気にもなれず、1つ摘まんで食べてみる。
「……美味い」
食べてみれば、甘味を抑えた味がした。
ちゃんと、俺の好みに合わせてくれたみたいだ。
「はぁ~、ったく。バレンタインに、チョコを渡してくるとか……。期待してなかったのに、気を持たせるんじゃねぇよ」
心がかき乱される感覚がありながら、日常用のスマホが鳴っては現実に引き戻される。
画面を見ると、意外な女からの着信だった。
金本蘭だ。
場所を変えて電話に出れば、向こうから陽気な声が聞こえてきた。
「もしもし。こんな日に急にどうしたんだよ?今からチョコをくれるって言うなら、虫歯になりたくねぇからノーセンキューだぜ?」
『なぁ~にをバカなことを言ってんのよ。ちょっと、あんたに耳よりな情報が手に入ったから、それを伝えようと思っただけよ』
「耳よりな情報…?」
気になった部分を復唱すれば、金本は真剣な声で言った。
『あんたの復讐相手の秘密を掴んだわ。一泡吹かせるチャンスじゃない?』
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