2度目の面会
蘭side
私の目の前にそびえ立っているのは、灰色の監獄施設。
ここに来るのは、冬休み以来では2回目。
前は重田と一緒に来ていたけど、今日は私1人。
門を開き、足を踏み入れては施設の中に入っていく。
相変わらず、ここに居るだけで息苦しさを感じてしまう。
あいつは今、こんな所で生活をして1か月半が経過しようとしている。
3か月という期限の半分を切ったわけだけど、心を保てているのかはわからない。
この施設では日々、受刑者が体罰を受けると聞いている。
そんな毎日の中で、精神が壊れる者も居るらしい。
私は最初にここに来た日から、あいつの姿をもう1度見ることを避けていた。
痛々しい傷痕がある、情けない顔を見たくないと思っていたから。
だけど、もうそんなことは言っていられない。
受付で手続きを済ませ、30分ほど待たされた後で面会室に案内される。
室内に通されれば、案内役の職員は『面会時間は30分だ』と言って面会室を出て行った。
ガラスの壁を1枚隔てた先に座っているのは、色素の薄い赤髪をした男。
私はそいつと対面する形で座り、声をかけた。
「少し痩せたみたいね。ちゃんと食べてるの?」
こっちの声かけに、あいつは下から睨みつける形で反応してくる。
「何しに来た?まさか、また俺の前にその面を見せるとは思ってなかったぜ、金本」
手錠をしている両手で前髪をかき上げ、背筋を伸ばしてはクッフッフと変わらずに不敵な笑みを浮かべている。
そして、今の私の顔を見て少し肩を震わせた。
「どんな顔をしているかと思えば、情けねぇ面をしやがる。少しは解放感に浸れたんじゃなかったのか?おまえは、この俺を引きずり下ろした立役者の1人なんだぜ?だと言うのに、勝者と言うよりは負け犬の面だ」
「……うっさいわね。あんたには関係っ……ない、ことも、ない…わね」
反論しようとしたけど、すぐにここに来た目的を思い出し、歯切れ悪く答えてしまう。
そして、思っていた反応と違ったのか、柘榴も怪訝な顔を浮かべる。
「負けん気だけが取り柄のおまえが、こんなクソの掃き溜めのような場所に居る俺よりも、憔悴し切っている。大方、地上でまたでかい特別試験でもおっぱじまってるってところか」
「特別試験は、もう終わった。……そう、終わったのよ。私たちは、自分の無力さを思い知ったわ」
私はあいつに、この前の取捨選択試験でのことを話した。
柘榴はずっとこの施設に居たから、外部で行われている特別試験の内容なんて知る由も無かったみたい。
クラスの中に居る内通者の存在には驚きは示さなかったけど、所々で小さな質問は挟んできた。
結局、Eクラスからは退学者は出せなかったことを伝えると、あいつは手を叩いて笑い出した。
「クッハハハハッハッ‼やっぱり、おまえらだけじゃ、その結果で終わったかぁ。その試験の内容からして、おまえたちで乗り切るのは天地がひっくり返っても無理だったろうぜ。その時のおまえらの間抜け面が見れなかったことが、心底残念だ」
パイプ椅子に深く腰をかけ、嘲るような笑みを浮かべている。
だけど、そう言われても仕方がない結果。
この男が抜けただけで、クラスとしては機能しなくなることに気づかされた。
だから、何も言い返すことができない。
「そう言うなら、あんたが居たら裏切り者を見つけ出して、退学させることができたって言うつもり?」
「退学させるかどうかは別にしても、その進藤大和のフェイクニュースを利用し、裏切り者を炙り出すことはできただろうなぁ」
柘榴のその平然とした態度が、ハッタリじゃないのは付き合いの長さでわかる。
「俺なら、その裏切り者を利用して黒幕を見つけ出す。そして、そいつを脅して次の奴隷にするまでが王道だ」
「あんたの悪趣味な思考は、ここに来ても改善されないみたいね」
「人の性根は、どれだけ痛めつけられようが変わらねぇのさ。その先に、確固たる信念や目的があれば、な」
私が最初にここで会った時の柘榴は、全てに諦めを抱いているような顔をしていた。
だけど、今のこいつの目は違う。
身体を見れば、身体的な暴力を受けてボロボロなのは変わらない。
それなのに、目の輝きを取り戻している。
「あんた、私と重田に行ったわよね?3か月後にここを出たら、退学するつもりだって。その話はどうなったのよ?」
「あー、それか。状況が変わった。まぁ、生きるのが退屈だと感じてきたら、退学してやっても良いが、今は次の遊びのための準備期間だ。あいつが手に入れた力と、同系統の力を掴めるかもしれない。そのために、今は耐える時期なのさ」
あいつって……もしかして、椿のことじゃないでしょうね?
椿が人を越えた力を持っているのは、冬休みに聞いているし、実際に目にしているから理解できる。
だけど、それと同じ力を柘榴が手に入れるなんて……。
「あんた、それって正気?」
「何をバカなことを。俺の頭が、イカれてないとでも思ってたのか?そんなはずねぇだろ」
元から、この男の思考は狂ってるという認識しかない。
「それよりも、聞かせろよ。今の地上の状況を。外で誰が何をおっぱじめようとしているのか、それを知っておくに越したことはない」
「……わかったわ」
取捨選択試験が終わった後、今は生徒会長選挙が行われていること。
候補者は4人居たが、その内の1人は何者かに悪事を暴露されて身動きが取れないこと。
その他にも、椿が進藤大和と接触を続けていることを伝えた。
すると、柘榴は終始険しい表情だったけど、話を区切れば歯を見せて笑う。
「椿は進藤を選んだか……まぁ、勝ちに行くなら、それが定石だな」
「はぁ?勝つって誰に?この選挙戦、私たち1年への影響はそんなに大きくないでしょ?」
意味がわからずに聞き返せば、あいつは呆れたような溜め息をついては天を仰ぐ。
「おまえ、椿のことはどこまで知っている?」
「そう聞いてくるあんたは、どうなのよ?」
先に情報を明かす気になれず、疑問形に対して疑問形で返してしまう。
「クッフッフ。バカ丸出しの返しだが、おまえらしいか。俺の知っていることを話すなら、椿はこの学園の根幹に関わる奴らに喧嘩を売ろうとしている。そして、この選挙戦が喧嘩の舞台になる。あいつが目的を果たすためには、このイベントを利用して敵の尻尾を掴む必要があるってわけだ」
「…だから、進藤先輩とコンタクトを取っていたのね……」
自分の中で納得がいったけど、柘榴は「しかし」と言って声色が変わる。
「あいつが今回ターゲットにしようとしている奴は、そう簡単には尻尾を見せない。それこそ、生半可なやり方じゃ逃げられっちまうのが落ちだろうな」
「何それ?あんた、いつもそうやった高みから見下ろしてる風を装ってるけど、今やってもカッコ悪いことに気づいてる?」
前から思っていたことを面と向かって言ってやれば、向こうは青筋を立てて「あ?」と睨みつけてくるけど、今の私には全然効かない。
「ちっ、やりづらいったらねぇな…。まぁ、良い。おまえ、その選挙戦であいつに協力するつもりなのか?」
「……椿には借りがあるし、私もあいつのことは少しは信用してる。頼られたら、少しは手伝ってあげてもいいかなってスタンスね」
私の返答に対し、柘榴は肯定も否定もせずに「そうか」と生返事をする。
「今回、あいつが狙う相手には、俺も間接的に煮え湯を飲まされた。本当なら、この俺が手を下してやりたい所だが、こんな状態じゃ何もできねぇ。だからこそ、奴に対する嫌がらせとして、椿を利用するのも悪くねぇ」
ブツブツと視線を逸らしながら言っているけど、要するに言いたいことはこれだと思う。
「何?あんたも椿の復讐に協力するってこと?」
「はぁ!?誰がそんなことを言った、ぶっ殺すぞ!?」
怒り顔で凄んでくるけど、私はニヤッとした笑みを浮かべてしまう。
「うわぁ~、あんたってそんな可愛い所あったのねぇ~」
「おい、金本ぉ…‼てめぇ、俺のことを嘗めてんじゃねぇだろうなぁ~‼」
立ち上がって怒鳴ってくるけど、強化ガラス越し故に、手を出したくても出せない柘榴は椅子に座り直す。
そして、俯いた状態でボソッと呟いた。
「生徒の機密データが入った、USBメモリがある。それを椿に伝えろ」
「えっ…何?機密データ?何それ?」
聞き返すと、柘榴は前屈みになってはガラスに顔を近づけて小声で話す。
「あいつのターゲットは、この学園内の人脈を握っている。だが、それは信頼で繋がっているわけじゃない。生徒や教師の秘密を握り、それを明かさないことを条件に縛りつけているだけだ。そして、そのデータが入ったUSBを、あいつは保管している。紫の蝶がプリントされたUSBだ、それを奪うように言え」
「回収するって……一体、どうやって?」
「肌身離さず持ってるんだよ。つまり、そのUSBを持っている奴が黒で間違いない」
「……それを、椿に伝えろって言うのね?」
確認するように聴けば、柘榴は静かに頷いた。
そして、背筋を伸ばして時計を見れば、もう時間は残り5分を切っていた。
「それにしても、当然と言えば当然だが、俺が抜けた穴は、そう簡単には塞がらなかったようだな。これから先、おまえたちがどう立ち回るのか、楽しみにさせてもらうぜ」
「自分のクラスのことなのに、他人事みたいに言うのね」
「そのクラスから俺を追放しようとしたのは、おまえだろ?」
「違う、私はっ…‼」
否定しようとしても、言葉が出てこなかった。
柘榴の暴走を止めたかったのは本当だし、その結果、今、こいつはこの監獄に閉じ込められている。
失ってわかった。
あのクラスをまとめるには、方法は気に入らなくても柘榴の存在が必要だったこと。
そして、今のままだと私たちは勝ちあがれないこと。
「どうすれば良いって……言うのよ。私には、もうどうして良いかわからないの」
頭を抱え、つい弱音を口に出してしまうと、柘榴は澄ました目を向けてくる。
「勝ち上がりたいっていう気持ちはあるのか?」
「当然でしょ。ずっと底辺なんてごめんよ」
「だろうな。そこは素直に同意してやる。だが、俺はここから出ることができず、何ならクラスには、裏切り者が潜んだままだ。解決しなければならない問題は、少なくない」
裏切り者の問題を抱えているのは、Eクラスにとっては大きなハンデになる。
それを見越した上で、柘榴はこう言った。
「俺がここを出るまでの間、クラス内のある者を監視し続けろ」
「か、監視…?一体誰を?」
あいつがその名前を口に出せば、私は目を見開く。
「まさか、あいつが裏切り者だって言うつもり?だったら、監視なんて言ってないで、追及すれば―――」
「監視だけで良い。俺が出てくるまでは、それだけに徹しろ。向こうに対して、常に見られているという感覚を植え付けさせるんだ」
「たったそれだけ?何を企んでるわけ?」
「調子に乗ってる内通者に、一泡吹かせてやるって話だ。おまえらの無い頭に知恵を与えてやってるんだ。黙って言う通りにすれば良いんだよ」
「相変わらずの上から目線が腹立つ…。あんた、戻ってきたら覚えときなさいよ…‼」
私の怒りは無視し、時計を確認する。
「そろそろ時間だ…。良いか?無能なおまえらの唯一の利点は、その従順さだけだ。言われた通りに動けよな」
「あんたのそういう所、やっぱり嫌い!」
フンっとそっぽを向き、時間になったため面会室から出ていく。
そう言えば、話している時には気づかなかったけど、柘榴の雰囲気が少し変わったような気がする。
言い方や性格が最悪なのは変わっていないけど、顔はどこか憑き物がとれたような感じだった。
「言われた通りにすれば良いんでしょ……わかったわよ、やってやるわよ…‼」
不思議な感覚だけど、今のあいつの言うことなら、100歩譲って聞いてやってもいいと思い始めていた。
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