血筋の因縁
基樹side
風間直子の暴露動画から起きた騒動は、瞬く間に学園中に波紋を広げていった。
教師たちが沈静化を図ろうとするが、選挙戦の候補者の裏の顔が明かされたという現実は抑えつけられるものではなかった。
特に2学年では混乱が起き、風間直子を始め、動画に映っていた彼女の粛清に関わった者たちは全員、学年全体から吊るし上げられたらしい。
結局、その日1日学園内は騒然としており、支持率調査は放課後に各自で行うように促され、午後の授業を迎えることなく1年と3年は休校となった。
円華は進藤先輩に用があると、校舎に残ることを選び、俺はいつものメンバーで地下街を歩いていた。
このまま、カフェに行って軽食を取るつもりだ。
「本当に、大変なことになったわね。風間先輩の件は、少なくともこの選挙期間中に鎮静化することはありえない。あんな事実を明かされたら、誰も彼女を支持する者は居なくなる。それどころか彼女がこの先、学園内で生きていくには、その罪は大き過ぎるわ」
瑠璃ちゃんが険しい表情で、風間直子を哀れむ。
「でも、あのままあの人のことを放置されて、もしも生徒会長に選ばれていたらって思うと、うちはぞっとするよ。まさか、あのキャラで変な噂を聞かなかった理由が、あんな恐ろしい本性に関係してたなんて驚いた」
「結局は、化けの皮を剥がされただけ。それで気色悪い集団と息苦しい空気が改善されるなら、それで良いんじゃない?気になるのは、風間直子の本性をこのタイミングで明かしたこと。そして、どうやってあんな動画を手に入れたのかだよね。さっきの騒動を起こした張本人は、どこまでを見越してあんなことをやったんだろう」
恵美ちゃんとしては、風間の自業自得は二の次であり、目を向けているのは騒動を起こした存在。
それも当然か、俺も思考の先は同じ方向に向かっている。
「今回の立役者の候補で、考えられる可能性は2つ。1つは積年の恨みを抱えた、風間直子への復讐者。もう1つは、他の3人の立候補者の誰かだ」
風間直子の被害者がしたという線は、おそらく可能性としては皆無。
身体と心に染みついた恐怖を乗り越えられる精神をしている者が居るなら、当の昔にこれを流している。
それに、あんな動画を即席で作れるとは思えない。
俺が気にしているのは、あのカメラアングルだ。
天井から固定された位置から撮影されていた。
風間直子は、学園側に自分の本性を隠す必要があった。
だからこそ、わざわざカメラが設置されている空間であんな愚行を犯すのは考えにくい。
それなら、誰かがカメラをあの場所に設置したと言うことになる。
あの日、あの場所で犯行が行われることを知っていた者が居たと言うことだ。
そして、それを止めることなく、自らがあの女を陥れるための道具とした。
実際、その効果は抜群だった。
風間直子の本性は白日の下に晒され、今もその事実を中心に混乱が起きている。
加害者と被害者、双方に消えない傷を残す形で。
この先、風間直子を擁護しようとする存在は、よっぽどのお人好しのバカか過度な妄信者以外は現れるはずがない。
詰んだ状況って奴に、追い込まれたってことだ。
今回の犯人は、そこまで読んだ上で動画を配信したのかはわからない。
1つだけ仮説を立てるとすれば、この混乱を起こしたのは組織自身だというものだ。
生徒会長の椅子を求めるクイーンが裏で動き、候補者である彼女を潰した。
そう考えれば、不可解な点についてパズルのピースがぴったりとハマる。
しかし、これが有力な仮説であるだけで、他の可能性も無くはない。
見えない敵の、手段を選ばぬやり方に危機感を覚え始めている。
それに……何だ?この妙な胸騒ぎは。
この生徒会長選挙が始まってから、ずっと心が落ち着かない。
胸の内側から、本能が何かに反応して出たがっているような感覚がある。
それに振り回されているわけじゃないが、気色悪いことには変わりない。
「…どうしたの?顔色が優れないみたいだけど」
瑠璃ちゃんが、怪訝な顔でこっちを見てくる。
「お?基樹っち、もしかして風邪かー?バカは風邪引かないって言うのに。寒いんだから、ちゃんと温かくして寝ないとダメだぞー?」
「何気に貶されてない?…まぁ、良いや。先に部屋に帰って休んでるよ。悪いけど、俺はここで」
それだけ言い残し、俺は3人から離れて一足早くDクラスのアパートに向かった。
ー----
普段と違う自分を見られたくない。
そう言う恐れが働き、1人になることを選んだ。
誰かに弱い部分を見せることができない。
それは仲間にだって、例外じゃない。
1人になれる空間を求めて帰路に就く中で、黒い霧が目の前を突然通り抜けた。
その霧を見たのは、これで3度目だ。
『変な匂いがすると思って来てみればぁ……葛藤と怯えを抱えた匂い、やっぱ、おまえだったか』
霧が実体を成していき、俺の横に豹の髑髏を被った獣人が現れる。
「ディアスランガっ…‼」
すぐに距離を取り、制服の懐から短剣を取り出そうとするが、その前に奴が手を掴んで防がれる。
『反応してから、動きに移るまでがおせぇんだよ。敵と判断したなら、考える前に反射で動け』
「っ‼突然出てきて、説教垂れんな‼」
力づくで振りほどき、スサノオの短剣を抜刀して向ける。
見た所、ディアスランガは武器を持っていない。
しかし、刃を向けても相手に怯む様子はない。
逆にクックックと愉快そうに笑い、短剣を指さしてくる。
『少しは使いこなせるようになったのか?あれから、1回でも使う機会はあったのかよ?』
「……おまえに、言う必要がない」
『そういうわけにもいかねぇんだよ。おまえには、強くなってもらわなきゃ困るぜ。なんせ、今はそこら中から……甘くどい、懐かしい匂いがするからなぁ』
ディアスランガは俺から視線を逸らし、周りを見渡すように顔を動かす。
「懐かしい…?何を言ってるんだ?」
『その内わかるさ。もしも、この匂いの正体があいつなら……おまえとも、無関係じゃねぇからな』
奴は首を傾け、肩を震わせながらククッと笑う。
『まぁ、おまえの正体を勘づかれて、目を付けられねぇように気を付けるんだなぁ。あいつが相手なら、俺が手を貸してやらねぇこともない』
「自分にしかわからない言い方しやがって。結局、おまえの言う匂いの正体と俺と、何の関係があるんだ!?」
もはや、戦う気は失せていた。
ディアスランガからは戦う意思は感じられず、俺自身も奴の言葉に引っ掛かりを覚えていた。
ここで知れることは、知っておきたい。
『七つの大罪……』
奴は静かに、その単語を口に出した。
『おまえの両親は、その罪の名を冠する呪われた力と深い因縁があるんだよ。そして、その血を引くおまえも、例外じゃない』
罪の名を冠する、呪われた力…?
「そんな話、誰からも聞いたことない‼」
『バカか、言えるわけがねぇだろ。おまえの親も、かく言う俺も、20年も前に終わった話だと思っていたんだからな…。気に入らねぇ奴ほど、しぶとく長生きするのは世の常ってことだな』
ディアスランガは嫌気が差すような言い方をし、近くにあった電柱を苛立たし気に蹴った。
少なくとも、こいつはその俺の両親の因縁について、快く思ってるわけじゃないようだ。
「ディアスランガ……おまえが、父さんと一緒に戦ったなら、その因縁のことを、誰よりも詳しく知っているんじゃないのか?」
『……聞きたいか?楽しい家族の思い出とは、大分かけ離れた酷な話だ』
「そうだとしても、自分の親のことだ。真実を知る権利は、あるはずだ」
ディアスランガは少し俯き、首を鳴らしながら回しては話しだした。
『呪われた7つの罪を持つ道具があった。それは7つの最も愚かな魂を生贄として捧げられ、生み出された。そして、その道具を手にした使用者は、その魂の影響を少なからず受けることになる』
奴は俺の前に人差し指を上げて見せてくる。
『1人は正義感が強く、何よりも仲間を大切にする男だったが、それを守るために強い力を欲した結果、罪の力を使い続けることで精神が耐えられなくなり、強者との戦いを求める狂人となった』
1人の話を終え、次に中指を上げる。
『もう1人は強い心と肉体を持った女だった。しかし、組織の陰謀で心身ともに数々の傷を負い、その隙を突かれた所を、美しい身体を器として心を奪われ、その身体すらも奪われた。そして、その身体が呪いから解放された後も、その魂は憎しみと共に狂人と宿主の命を求め続けた』
2つの話を終え、何となく誰のことなのかはわかった。
そして、ディアスランガが言わんとしている、もう1つの事実も理解できた。
「俺の父さんと母さんは……2つの罪の力に、人生を狂わされてきたんだな」
拳を握り、複雑な感情で震えだす。
「1つは、父さんと母さんの命を狙い続けた因縁の力……。そして、もう1つは……」
目の前に居る髑髏を被った獣人と、視線を合わせる。
「父さんたちと、共に戦い続けた力。……おまえなんだろ?7つの大罪の力を持った、2つの内のもう1つの力って言うのは」
俺の問いに対し、ディアスランガは顔を背けてはどこからともなく骨剣を取り出し、肩に担ぐ。
『ああ、そうさ。俺が七つの大罪、『強欲』の罪を背負った存在、【狂剣ディアスランガ】。そして、おまえたち家族と因縁のある罪は『色欲』。多くの人間の心を奪い、その刃を欲望のままに血に染めてきた刀【七天美】だ』
強欲と色欲。
俺の家族を狂わせた、2つの大罪。
それが今、この学園の中に存在する。
「……だったら、その因縁を俺が断ち切るだけだ。父さんと母さんがやり残したことを、成し遂げる…‼」
俺の怒り混じりの決意を聞き、ディアスランガは愉快そうに笑う。
『クックック、おまえならそう言うだろうと思ったぜ。だから、言ったんだ。おまえには、強くなってもらわなきゃ困るんだってなぁ‼』
奴は骨剣を振り上げ、上段から振り下ろす。
それをスサノオの短剣で防ぎ、力で圧される前に半歩下がって距離を取る。
『混沌のガキは、今回の祭りで手一杯だろ?そろそろ、腕が鈍る前に、遊び相手が欲しいところじゃねぇのか?』
さっきまでとは打って変わり、骨剣を持った時から雰囲気が変わっていた。
今の話を聞き、こっちもやる気が出てきたところだ。
「わかった、遊んでやるよ。しかし、ここじゃ人目に付くかもしれない。場所を変えようぜ」
『……しょうがねぇなぁ』
俺たちは、互いの得物を持って人気のない路地裏の倉庫に向かった。
ディアスランガが、父さんを狂わせた存在だということはわかった。
だけど、それに対して怒りは感じなかった。
今はただ、倒すべき敵を討ち取るために、純粋に力を求めていた。
こういう所は、父さんの遺伝なのかもしれない。
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