対話の方法
放課後。
化学準備室に向かい、ドアを3回ノックする。
それに対して、部屋の中から「入れー」と気の抜けた声が聞こえたためドアを開ける。
中には、机の前で足を組んで座っている岸野が、棒付きキャンディーをくわえながらパソコンと向き合っていた。
「失礼しまーす」
「失礼なことをするなら帰れー」
ただの挨拶にケチをつけられ、俺がくだらねぇと思って半目を向ければ、向こうは「冗談に決まってるだろ」と呆れた表情で返される。
とりあえず、部屋に入ってドアを閉め、カギを締める。
「時間作ってくれてありがとな、先生。こっちの用件は、メールで書いた通りだ」
俺は5時間目と6時間目の間にある10分休憩の内に、メールを通じて岸野に面会の予約を取っていた。
放課後に時間を作ってほしいという用件の下、その内容については一言で済ませた。
『俺たちの目的について、障害が出た。意見を聞かせてくれ』と。
その後、5分もせずにここに来るように返信が来たので、俺は足を運んだってわけだ。
岸野は俺の前に背もたれの無いタイヤ付きの椅子を転がし、座るように促してくる。
「10分や20分で終わる話じゃないだろ。座って良い」
「そりゃ、どうも」と返し、遠慮なく座らせてもらう。
「それで障害が出たって話だが、何があった?」
世間話の余興は挟まず、いきなり本題に入ってきた。
先生の目はつり上がっており、教師ではなく復讐者としての目に変わる。
「用件は2つ。1つはクイーンと接触したことで見えた、不可解な点について。もう1つは……言いにくいんだけど、魔鎧装について、教えてくれないか頼みにきた」
俺は岸野に2つの事実を話した。
この前、期せずしてクイーンと刃をぶつけることができたが、捕らえることはできなかったこと。
そして、取捨選択試験の最終日以降、ヴァナルガンドの鎧を使うことができなくなったことを。
「戦ってみて、わかった。魔装具を持ったポーカーズと戦うためには、ヴァナルガンドの力が必要なんだって。だけど、いつまで経っても白華の機能に魔鎧装モードは出てこない。このままじゃ……本気のクイーンと戦うことはできない。自分1人じゃどうしようもないってのは、悔しいんだけどさ」
腰を丸め、手を組みながら自分の気持ちを俯きながらも吐露する。
岸野はそれに口を挟まずに黙って聞いた後、壁に立てかけた白華を竹刀袋から取り出して見る。
「おまえの場合、イレギュラーな面が多い。組織の中で、魔鎧装のデータはある程度閲覧したことがあるが、宿主から新しい魔鎧装が生まれる事例はおまえが史上初だろう。これも、希望と絶望の力が影響しているのかは知らんが、情報が少なすぎる」
パソコンの画面を切り替え、ヴァナルガンドの鎧の全体像が映し出される。
「騎士の姿をした紅の人狼。おまえの話から、ポーカーズの魔装具と渡り合える実力は持っているみたいだな。しかし、キングの力には太刀打ちできなかった。それはおまえの実力不足か、魔鎧装の力を活かしきれていないのか」
「……悔しいけど、その両方だと思う。先生がそうなように、俺もこいつについては知らないことが多すぎる」
白華をじっと見つめても、ヴァナルガンドは反応しない。
「だが、一応はクイーンとの戦いで声が聞こえたんだろ?一瞬でも」
「だから、余計に意味がわかんねぇんだよ。俺に注意を促しながら、何で力を貸してくれなかったんだろうって。もしかしたら、あいつの力があれば、あの場でクイーンを捕らえられたかもしれねぇのに」
「それはタラレバの話だ。過去の可能性を探るのも大事だが、終わったことを振り返るのは、目的を遂げた後にしろ。おまえが目を向けるべきは、敵よりも先にヴァナルガンドだろ」
岸野の言っていることは、間違っていない。
復讐を果たすためにも、ヴァナルガンドと対話する方法を探さないといけない。
「心を閉ざした魔鎧装の力を借りる方法……。本来、魔鎧装とその所有者は相性が良いからこそ、その所有者としての契約を結ぶことができる。だが、おまえたちの場合、心が噛み合っていない。だから、契約を結んでも力が不安定になっている」
岸野は状況を整理しながら、白華と俺を交互に見て聴いてくる。
「ヴァナルガンドが、おまえに何を思っているのか。考えたことはあるのか?」
「……考えるまでもねぇよ。そいつは、俺のことが嫌いなんだ。俺が大事に思っているものも、全てが気に入らねぇ。こいつのせいで…俺は大事なものを、何度傷つけたかわからねぇよ」
涼華姉さんや師匠、そして恵美。
俺が獣の本能を制御できなかったから、起きた後悔を忘れたことはない。
「事実はそうかもしれない。だが、真実はそれとは異なるかもしれない」
「・・・はぁ?」
「おまえは自分のことになると、頭が固いんだよ。もっと、別の視点から物事を見てみろ。ヴァナルガンドが、何のために力を貸してきたのか。何のために、おまえを否定してきたのか。それがわかるとすれば、おまえしか居ない」
事実と真実。
また、その話か。
ヴォルフ理事長にも、同じようなことを言われた。
俺が言葉を返せずにいると、岸野のターンが続く。
「魔鎧装っていうのは、強い力を持つ分デリケートな存在だ。自分のことを理解しようとしない者に、力を貸そうとはしない。おまえがその態度だと、向こうも心を開いてはくれないぞ?」
いつもとは違い、岸野がちゃんとアドバイスをくれることに違和感を覚える。
抜けてる態度ではなく、真剣に俺の悩みに向き合おうとしてくれている。
「……さっきから気になってたけど、何で今日はそんなに饒舌なんだよ?」
「そう見えるか?」
「いつもとギャップを感じるくらいにはな」
こっちが追及するような目を向けると、岸野はさりげなく視線を外した。
「気のせいだ。おまえと俺の目的の終着点はほほ同じ。話に熱が入るのは当然だと思うが?」
「そう言うもんか」
これ以上言っても、何も答えは出ないと割り切ることにした。
だけど、胸の中に引っ掛かりは残る。
魔鎧装に関して、データで見ただけって言う割には感覚的な発言が多い気がした。
もしかして、この男も魔鎧装を使用したことがあるんじゃないのか?
だとしたら、どうしてそれを隠す必要があるんだ。
そんな疑問を押し込みながら、もう1つの話題に触れることにした。
「ヴァナルガンドのことは別にして、気になることがあるんだ。先生は、クイーンの持っている剣のことは知っているのか?」
俺の問いに、岸野は怪訝な表情になっては腕を組む。
「クイーンの武器については、正直極秘事項だ。エースやジャック、ジョーカーについては把握しているが、クイーンは自身の武器すらも隠し通している。その理由は、定かではないが」
組織にすら、あの剣のことを隠しているのか?
あの妖しい輝くを放つ剣のことが、頭から離れない。
左目に映った、あの赤黒いオーラの正体と深く関係しているかもしれない。
「だったら、スマホを使わなくても能力を使える武器に、見覚えはあるか?例えば、刃が桃色に輝く剣…とか」
具体例を出せば、岸野は俺の両肩を強く掴んで顔をグッと近づけてサングラス越しに視線を合わせる。
「椿、今の話は、ただの思いつきか?それとも、実際に見たものなのか?」
「な、何だよ、そんな血相変えて……。クイーンが、そういう特徴の剣を持っていたんだよ。近藤先輩の近くで、その剣を鞘から抜こうとしたのを見て……それが、クイーンと一戦交えることになった原因だ」
軽く両手を払うと、彼はすぐに冷静さを取り戻しては離れる。
そして、パソコンの画面をヴァナルガンドから、別のファイルに切り替える。
「その剣は美しき刃の輝きで人の心を惑わし、自身の意のままに心を操る。桃色の刃に魅入られた者は、自身の意志とは関係なく、その剣を得たいがために服従する。……おまえが見たのは、この剣じゃないのか?」
画面に映し出されたのは、美しい装飾が施されし桃色の両刃の剣と鞘。
間違いない、クイーンが手にしていたものと同じだ。
俺が頷けば、岸野は険しい顔になる。
「過去の戦いで失われたものだと聞いていたが、そう簡単にくたばるもんじゃなかったか」
「過去の戦い?……失われたって、何の話してんだよ?」
「クイーンが手にしているのが、この剣だとすれば、あの女への復讐は難しいものになる。妖刀『七天美』。異能具や魔鎧装の原型となった、七つの大罪具の1つだ」
先生の表情から、危険な代物であることは間違いない。
それに、7つの大罪という言葉に引っ掛かりを覚える。
「元々、異能具には原型と言える、7つの武器があった。その強大な力は、あらゆる被害や災いを起こし、所有者やその周りの人間を破滅させるほどの悲劇を起こした事例もある。その災いの種類から、それぞれの武器には7つの罪が刻まれた。それが、七つの大罪具だ」
七つの大罪とは、人間が存在する上で逃れられない原罪と言われている。
傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、暴食、色欲、強欲。
その罪が刻まれた武器と言うことは、それにふさわしい罪の能力が備わっていると言うのか。
「七天美は、色欲の罪が刻まれた大罪具だ。その能力は、刃の輝きで人の心を奪い、自身を手にする人間だけでなく、その周囲の人間をも狂わせる。武器自身の意のままに、周りの人間を操るってことだ」
「何だよ……そんな、ふざけた能力…‼」
「ふざけた力、だから罪の道具って呼ばれてるんだよ。おまえも七天美の刃の輝きを見ていたなら、あの剣に心を奪われていた可能性もある。強靭な精神の持ち主でなければ、あの剣の魅了の力には耐えられない」
それに気づいていたから、ヴァナルガンドは警告してくれたのか。
あいつが居なかったら、俺はクイーンの術中に嵌っていた。
「ヴァナルガンド……おまえが、あの魔鎧装を使いこなせるようになれば、クイーンの魔装具にも、七天美にも対抗することができるかもしれない。可能性の話だが、ヴァナルガンドはまだ未完成であり、成長する魔鎧装だと考えられる。椿、全てはおまえがヴァナルガンドとどう向き合うかで決まると思え」
「結局、その話に戻るのかよ……。責任が重いんだっての」
「だが、逃れられない現実だ。この学園で、魔装具と七つの大罪具を揃えたクイーンに勝てる可能性があるとすれば、現段階では、おまえとヴァナルガンドの成長性に賭けるしかない」
プレッシャーをかけられると同時に、逃げられないと言われたことで気が重くなる。
「1つだけ、おまえに助言をしておく。さっき、自分を理解しようとしない者に手を貸すものは居ないと言った。だが、もう1つだけ力を貸そうとしない条件がある」
岸野は言葉を区切り、少し怖いくらい真剣な目で俺を見てくる。
「自分のことを大切にしない者を、助けようと思う者は居ない」
その言葉は、心に深く突き刺さった。
俺はあの時、自分を大切にすることなんて考えてもいなかった。
「これは、俺が最も尊敬するある人から教わったことだ。おまえは、まだヴァナルガンドに見捨てられたわけじゃない。対話を図る方法は、きっと残っているはずだ。だから、自分の中にある可能性を捨てるなよ」
「……わかった」
ぶっきらぼうに返事をしながら、もう1人の自分と向き合う覚悟を固める。
まずは、ヴァナルガンドが何を思っているのかを知る必要がある。
だけど、心を閉ざしている獣に語り掛ける術を、俺は持っていない。
そんなことができるとすれば、あいつぐらいしか思い浮かばねぇな。
「ありがとな、先生。相談に乗ってくれて。少しは頭が整理できたぜ」
「俺は仕事をしただけだ。感謝をするなら、行動で示してくれ。ここは―――」
「どんな形であれ、実力を示さなきゃいけない学園だ……だろ?それくらい、もう嫌ってほどわかってるぜ」
そう言葉を残し、俺は白華を持って化学準備室を後にした。
クイーンと戦う上で、ヴァナルガンドの力は必要になることを理解した。
クイーンの打倒と、進藤先輩を勝者の座に着かせること。
生徒会長選挙で、この2つを必ず成し遂げる。
この弱肉強食の学園を変えるために、俺は復讐を完遂する。
それが、涼華姉さんの望んだ未来に繋がっているはずだから。
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