妖艶なる襲撃者
鈴城紫苑が仙水の側に着いた今、次の一手を考える必要がある。
彼女があの男を支持することを公表すれば、他のクラスの支持率にも影響を与える可能性は高い。
それなら、俺も同じことをすれば良いのか?
いや、ダメだ。悪い意味で目立ち過ぎているし、俺が進藤先輩に加担していることに気づかれた場合、強い妨害を受けることも考えられる。
先輩の邪魔をしないためにも、俺は裏から手を回す必要がある。
進藤大和が表で票を獲得し、俺は裏から動いて妨害者を排除する。
それが理想的なんだと思う。
そう言うことで、俺は今、進藤先輩の票集めの活動を遠目から見守っている最中だ。
時間は昼休みであり、場所は校舎内の1階にある廊下。
あの人は支援者を連れながら、校舎内に居る1人1人の生徒に語り掛けては握手を繰り返している。
自ら足を運び、耳を傾けて対話を計ることで信頼を得ようとする。
選挙活動の正攻法として、よく見られる方法の1つだ。
そして、それは別の場所でも行われている。
スマホを見ると、風間先輩が票集めのためのアピール動画をしているのが流れている。
それもエンドレスで、同じような内容だ。
その背景に、アイドルの真似事みたいにオリジナルソングを流している所が痛い。
これを授業終わりの10分休憩の時にも出しているんだから、鬱陶しい。
近藤先輩は、校庭に陣取っては宣誓式でした演説と同じようなことを話している。
それぞれが違うやり方で票集めをしている中で、俺の中で気がかりなのは仙水凌雅だ。
あの男がどんな方法でこの選挙を勝とうと動いているのかが、見えてこない。
紫苑と言う強力なカードを手に入れただけで、満足するような奴だとは思えない。
競争相手である3人に注意を向けながら、俺は陰ながらボディーガードとして、竹刀袋を肩に担いでは、進藤先輩の身辺を観察する。
今のところ、彼に対して敵対心を向けている者は特に見当たらない。
だけど、何か胸騒ぎをしている自分が居る。
肌がヒリヒリするって言うか、身体に力が入って強張っている感覚。
これは無意識のうちに、異変を察知している時の暗殺者としての本能が働いている証拠だ。
命の危機に何度も晒されてきた経験が、この状況に警戒しろと言っている。
そんな神経が張りつめている中で、後ろから「つーばーきくん!」と名前を呼ぶ声が聞こえ、誰かに肩をポンッと叩かれる。
それに過敏に反応してしまい、殺気混じりの視線で後ろを振り向いてしまった。
「うわっ‼……どうしたの?そんな怖い顔をして?」
背後に居たのは、Aクラスの和泉要だった。
彼女は俺の顔を見て、心配するような目をしている。
すぐに殺気を消し、少し息を吐いて気持ちを整える。
「悪りぃな、和泉。人混みって慣れなくてさ、気を張ってたみたいだ」
3学期になってから、彼女と顔を合わせるのはこれで2度目だ。
しかし、この前会った時よりも顔色がさらに悪くなっているように見える。
傍らには、専属執事の姿は見えない。
さりげなく、探りを入れてみるか。
「この前の試験、Aクラスからは退学者が出なかったみたいだな。その後はどうなんだ?クラスの変化とか」
「そ、そうだね。私たちの方は、特に変わったことはない…かな。みんな、…いつも通りに、過ごしてるよ」
いつも通り。
その言葉を口に出すことに、少し躊躇いを感じた。
「それは、クラスの中に居た内通者もってことか?」
「……うん」
流石に、内通者の話題になると顔に影が差した。
取捨選択試験は、和泉に多大な精神的疲労を与えたはずだ。
そして、予想通り、Aクラスは内通者を追い出すことができなかった。
その弊害は、この先も和泉のクラスを苦しめることだろう。
内通者の問題を抱えたままのクラスと、切り捨てたクラスでは精神的なアドバンテージに差がある。
和泉はこの前の試験を思い出した次いでに、小さく呟くように心の内を吐露した。
「試験の最終日にね、雨水と喧嘩になっちゃったんだ。考えが甘いって……久しぶりに、怒られちゃった」
「あいつが、和泉に?面と向かってそんなことを言うなんて、執事の立場はどこに行ったんだよ」
「あははっ。いつもの雨水を見ていると、そう思うよね。でも……ちょっと、嬉しかったんだ。あの時は、咄嗟のことに泣いちゃったけど、後から思い出したら、辛いって感情よりも嬉しいって方が勝ってた」
「怒られたのに、嬉しい?それ、危なくねぇか?」
泣くほど辛いことだったはずなのに、後からそれが喜びに変わっていた。
普通は、そんな風に気持ちの切り替えはできないはずだ。
しかし、和泉の次の言葉を聞いて、その意味を少し理解できた。
「雨水が……執事としてじゃなくて、友達だった時の目をしてくれたから。もう何年も見てなかったんだ、感情を表に出した…蓮の顔を」
あいつのことを名前で呼んだ彼女の顔は、少しだけ和やかに見えた。
最初から、主と執事の関係だったわけじゃなかったんだな。
2人の馴れ初めを詮索するのは、また今度にするか。
俺は世間話をする思考から、目的への思考に頭を切り替える。
「そう言えば、和泉、おまえは今回の生徒会長選挙で誰を支持するかはもう決めたのか?」
「う~ん、まだ考え中かな。2人で迷ってるんだよね。言葉に出すのは、人前だから難しいけどぉ……」
和泉の視線は、俺の顔から校庭の方に移動する。
そこで演説する、近藤政に。
和泉の性格からして、平等主義を選ぶのは当然か。
そして、次に反対方向に顔を向けては、巡回している進藤先輩に目を向ける。
平等な学園か、這い上がれる学園か。
「……前者には納得したけど、後者の方はどうしてだ?おまえなら、平等な学園だけを選ぶと思ったぜ」
「確かに近藤先輩は何度かお話させてもらったことがあるし、信頼できる人だよ。それに、平等な学園は理想だと思う。だけど、進藤先輩の失敗してもやり直せる学園にも、魅力を感じるんだよね。それこそ、この前の試験を経験しているからっていうのも理由の1つかな」
和泉のことだから、クラス内に残る内通者のことを考えてのことかもしれねぇな。
どっちにしても、彼女の理想に近しいものが2つ存在するから、心の天秤は拮抗している。
和泉の天秤をこちらに傾けることができれば、少しは状況を動かすことができそうな気もするけど……。
進藤先輩と近藤先輩に交互に視線を向けていると、不意に心臓がドクンっと脈打っては左目が疼き始める。
「っ!?…何だよ、こんな時に…‼」
咄嗟に左目を押さえるが、和泉は俺の異変に気づいてしまった。
「ど、どうしたの?椿くん、具合でも悪いの?」
「……ちょっと、頭がな。大丈夫だ、少し休めば治る」
そう返し、指の間から左目を開いてみれば、視界に紅い世界が広がる。
また、これかよ…!?何だってんだ、一体…‼
その状態のまま校庭に視線を向けると、近藤先輩の背後から少し離れた柱の陰から、赤黒いオーラが視認できた。
この反応は、戸木が持っていた黒い卵と同じ…いや、それ以上の大きさだ。
そして、左目と同じく右目でその場所を見れば、そこに長い黒髪をした女が映る。
その左手には、華やかな赤い装飾が施された鞘が握られている。
女はその柄を握り、少しだけ引いて刃を見せる。
薄っすらと桃色に輝くそれが目に入った時、背筋が凍る感覚に襲われた。
あれは……ヤバい‼
「和泉悪い、話はまた今度にさせてくれ」
「え?ちょっと、椿くん!?体調悪いんじゃないのー!?」
彼女の呼びかける声にも振りむかず、窓から奴を視界に捉えたまま人混みを駆け抜ける。
そして、向こうも俺が見ていることに気づいたようで、刃を鞘に納めてはゆらりと体育館裏の方に足を進める。
「待て、逃げんなよ‼」
呼び止めて反応を窺えば、相手はこっちを振り向いては口元に笑みを浮かべていた。
そして、曲がり角に身を隠したのを追いかければ、壁に行くてを阻まれ、女は背中を向けて立っていた。
「行き止まりだぜ。その刀を渡せ」
一応の警告をしながらも、竹刀袋から白華を取り出してスマホを装着する。
「フッフッフ、おめでたい子ねぇ。私の存在に気づいたのは意外だったけど、ここには自分の意志で来たの。誘い込まれたのよ、あなたは」
そう言って、女が振り向いた瞬間、その顔に着けているアイテムを見て黒い感情が込み上げた。
目を隠すように覆われている、ヴェネツィアンマスク。
恵美から聞いていた、クイーンのシンボル。
「良い顔をするわねぇ。こうやって顔を合わせるのは、初めてかしら?カオスの坊や♪」
俺のことをカオスと呼んだことで、復讐者としてのスイッチが入った。
「おまえが……クイーン‼」
名前を呼ぶと同時に、白華を抜刀して駆け出す。
一気に距離を詰め、両手で柄を握っては下段構えから光速で振り上げる。
「椿流剣術…燕返し‼」
カキ―――ンッ‼
それをクイーンは、左手に持った鞘で軽々と払いのける。
その反動で腕に電気が走り、距離を開けて態勢を整える。
「女の扱いを知らない坊やねぇ。レディーには優しくするのが、モテる秘訣よ?」
「っ‼おまえみたいな女に、モテたいなんて思わねぇよ‼」
この女、細身な体型の割に力が強い。
単調な動きじゃ、全て防がれる。
その場で両足に力を込め、高く跳躍しては落下する勢いに任せて上段から振り下ろす。
「椿流剣術、衝天‼」
この一撃も鞘で防ごうとしたようだが、クイーンは咄嗟に一歩下がっては回避行動を取る。
しかし、次の動きは既に想定してある。
地面に着地し、土煙をあげる中から俺は剣先を前に突きだした。
「瞬突‼」
「なっ‼」
この流れは想定していなかったようで、クイーンから狼狽の声があがる。
そして、鞘から刀を抜いては桃色の刃が露わになっては防がれる。
それが白華の刃とぶつかった瞬間、クイーンは全身が強張っては表情が怒りのそれに変わる。
「よくもっ…このガキィ―‼」
力任せに薙ぎ払われると同時に、クイーンは大きく息を吐いては平静を装う。
「少しは遊んであげようと思ったけど、流石はカオスと言ったところかしら。この刃を抜かせたことは、褒めてあげる」
「心にもねぇ言葉なんて要らねぇよ。おまえと言葉を交わすのは、尋問の時だけで十分だぜ」
「フッフッフ、面白い冗談だわぁ。でも、残念ね?私も遊べる時間は長くないの。今日は、ここでお暇させてもらうわ♪」
クイーンは制服の袖から腕輪を露わにし、それは柘榴が魔装具を召喚する時に使っていたものと同じだった。
「魔装具解放……妖蝶装‼」
解放の言葉を口に出せば、腕輪に嵌めこまれた宝玉から桃色に輝く巨大な蝶が現れてはクイーンの身体を飲み込んでいく。
そして、蝶の姿が人型の鎧に変化していった。
それは羽根を広げ、妖しくも美しさを感じさせる。
「じゃあね、カオスの坊や。また会えたら、今度は心ゆくまで楽しみましょう?」
「ふざけんな、逃がすわけねぇだろ‼」
白華に嵌めこんだスマホに、魔鎧装モードは無い。
だったら、生身でも喰らいついてやる。
白華を両手で握り、遠距離から下段構えで振り上げる。
「椿流剣術、漣‼」
斬撃波を飛ばし、クイーンに迫る。
しかし、奴は1度両翼を前に動かしただけで相殺し、桃色の刀を上段に構える。
「健気な攻撃ね。だけど、魔装具を装着した私には通じないわ。……さぁ、御覧なさい?私の美しき輝きを‼」
刃の輝きが強くなり、その場を覆うように広がっていく。
その光が目に飛び込む瞬間、頭の中に声が響いた。
『あの刃を見るな、小僧‼』
警告の言葉が届き、咄嗟に左腕で両目を隠す。
そして、前方で小さな爆発が何度も起きたのを視認する。
「くっ‼面白くない子ね…‼」
そう苦言を吐いては、クイーンは両翼の羽根をはためかせては飛び立っていく。
奴を見上げることしかできない悔しさはあったが、それよりも今聞こえた声に意識が向けられる。
「俺を助けてくれたのか…ヴァナルガンド?」
俺が声をかけようとも、あいつは反応を示さない。
だけど、あいつの声が無かったら、クイーンの術中に嵌っていたんだと思う。
今の数十発の謎の爆発に、巻き込まれて。
飛行能力と目に見えない爆弾、そしてあの妖しく光る謎の刀……。
初めて刃を合わせたけど、クイーンの実力は想像以上だ。
特にあの刀に対しては、言い知れぬ不気味さを感じた。
あれも異能具なのか?
いや、見た所スマホが嵌めこまれているのは確認できなかった。
スマホが無くても能力が発動する異能具があるのか?
疑問が次から次に浮かぶ中で、1つだけ確信を得ることができた。
やっぱり、魔装具と対峙するなら魔鎧装の力は必要なんだ。
ヴァナルガンドを使えないと、話にならない。
今のままじゃ、クイーンに復讐することは不可能だ。
こうなったら、専門家に頼るしかないか。
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