裏のない女
円華side
図書館に着けば、目新しい本を探して新刊コーナーに足を進ませる。
最近は本を読んでる余裕も無かったし、正直言って今もあるわけじゃない。
だけど、気分転換に足を運ぶくらいは許して欲しい。
ずっと目的のことで気を張りつめさせていても、事態が好転するわけじゃないしな。
頭を切り替えて、別の視点で物事を考えることも必要なはずだ。
目的のコーナーに着けば、多くの恋愛小説が並べられているのが視界に入った。
内心、気分が少し落ち込む。
恋愛小説は、そんなに好きじゃねぇんだよな。
優柔不断で受け身な主人公と、それを振り回す登場人物に地味に腹が立つ。
そして、こういう主人公は大抵の場合は八方美人って感じだ。
どんな奴にも良い顔をしようとする奴が、現実に居たら信用できるかって話。
現実と虚構を一緒にするなって奴も居るだろうけど、生憎と俺は別として楽しめない。
今の世界と大分かけ離れている世界観と価値観がある舞台だったら、それなりに許容できるんだけどな。
コーナーの上に貼ってある大きな帯を見ると、「うげっ」と苦い顔で思わず声が出てしまった。
2月のカレンダーに、ある1日が大きなハートマークで囲まれている。
この月のイベントと言ったら、人それぞれで違うと思うけど、誰もが口に出すものは1つしか思いつかない。
「バレンタイン……かぁ~」
14日に焦点を当てれば、目が死んでしまう。
生まれてこの方、周りの人間を寄せ付けない生活をしていたせいで、14日に家族以外からは友チョコすらもらったことがねぇ。
周りの男が彼女とかの異性からチョコをもらいながら、浮かれているのを遠目で見る日が今年も訪れるってわけか。
別に甘いものはそんなに好きじゃねぇし、要るか要らないかで言ったら、正直どっちでもいい。
だけど、今年に関しては面倒な未来が見える。
チョコを1個ももらえなかった場合、数人のアホからいじられそうな気がしてならねぇ。
特に基樹辺りが、ここぞとばかりに突いてくる気がする。
それは地味に腹が立つ。
どうっすっかなぁ。まさか、こんな面倒なことに気づくなんて。
「やってらんねぇ」と小声で呟けば、後ろからバシッと誰かに背中を叩かれた。
「痛っ‼おい、誰だ喧嘩売ったやろうは?」
振り返れば、そこには軽く手を挙げて立っている久実が居た。
「よっ、円華っち!たるんどるなー、後ろががら空きだぞー?」
その隣には、気まずそうにしている伊礼も居た。
「ごめんなさい、椿くん。私がちゃんと止めていればぁ…」
「大丈夫だ、伊礼。悪いのは、調子に乗ってるこのアホだから」
隣で呑気に首を傾げている久実の頭を強く掴めば、「ぎゃぁー‼痛い痛い痛い‼ギブっ、ギブなのら~‼」と痛がっては両手で掴んで離そうとしてくる。
向こうが力で勝てるはずもないため、気が済んだところで手を離す。
「ごめんなさいは?」
「ごめんさい…」
肩を落として反省している久実を後目に、伊礼の持っている国語の教科書を見る。
「もしかして、2人で勉強するつもりだったのか?」
「あ、うん。私と久実ちゃん、最近は放課後にここで勉強してることが多いんだ。前は石上くんも一緒だったんだけど、今は生徒会の仕事で忙しそうだから」
そう言えば、最近は真央も含めた3人の距離が近くなった気はしてた。
理由は、放課後の勉強会だったのか。
1つの疑問が解消されると、久実は新刊コーナーの帯を指さしてニヤニヤした笑みを浮かべる。
「バレンタイン前の恋愛特集…。ほーほーほー、円華っちも男の子ですの~?クリスマスの時は素っ気なくしてたくせに、やっぱこういうのが気になるお年頃~?」
「るっせぇなぁ。偶々新刊コーナーに来たら、特集がこれだっただけだっての。色恋沙汰なんて、気にしてる余裕ねぇよ」
棚の前で話し込んでいると、図書委員らしい人が咳払いをしてこっちを見てきたため、すぐに場所を変える。
流石にうるさかったか、主に久実が。
なるべく人から離れた位置にあるテーブルに移動し、2人が座ると俺もなり行きで席に着いた。
「さっきの話だけどさ、やっぱり、円華っちでもバレンタインの時期になるとソワソワする?」
「んなわけねぇだろ。第一、チョコがもらえるなんて期待、最初からしてねぇよ」
「うわぁ~、悲しいこと言うにゃ~、この子は。まぁ、でも?今年は少なくとも4つはもらえるっしょ~」
「4つ?誰から?」
怪訝な顔で聞くと、久実は開いていた左手の指を1つずつ折り曲げて数える。
「まずはうちが義理チョコを渡すしー、麗音っちも用意してそうだよねー。そんで、瑠璃っちも何だかんだで言ったらくれそうだしー、何より恵美っちだったら確実に渡してくれるっしょ!」
「・・・は?何で恵美は確実なんだよ?」
「いや、だって、恵美っちがこの前、部屋のキッチンでっ……ああぁ~~~っ」
流れで口走ったことに途中から気づき、久実の表情が蒼くなっては冷や汗を流す。
そして、プルプル震えながら伊礼に助け船を求める視線を向ける。
それを受ける彼女は、目を見開きながら小刻みに首を横に振った。
「久実ちゃん、流石にそれは言っちゃいけないこと…だよね?」
「え、えーっとぉ……その、これについてはぁ…聞かなかったことにしてもらえないでしょうか、円華っち!?」
テーブルの上にドンっ!と額を押し付けて頼んでくる久実に、俺は半眼を向ける。
「仮にキッチンでチョコ作ってたとしたって、それがバレンタインに向けてかはわかんねぇんじゃねぇの?つか、俺に作ってるかも定かじゃねぇし」
頬杖をつきながら疑いの目を向ければ、彼女はバッと顔を上げる。
「そこは円華っち以外には逆にありえなくない!?だって、恵美っちが他の男の子にチョコあげるところなんて、うちには想像できません‼」
圧をかけるように顔を近づけて言ってくる久実に、伊礼が「近い近い」と横から肩を掴んでは優しく席に戻してくれる。
恵美が他の男に、チョコを……。
周りに居る男子に対して、チョコを渡そうとしている彼女をイメージする。
地味に…いや、かなり違和感がある。
つか、想像するだけでも……イラっときた。
「まぁ、バレンタインのこともそうだけど、俺たちが目を向けるべきは、今やってる選挙の方じゃねぇか?そう言えば、そろそろ支持率が公表されてる頃か」
思い出したついでに、スマホを取り出せばメール通知を確認する。
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支持率調査の経過(2日目)
進藤大和 26%
風間直子 25%
近藤政 23%
仙水凌雅 26%
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この結果を見て、先程行われた宣誓式の影響が出ていることがわかった。
僅差で優勢だったはずが、もう並ばれている。
「うわぁ~、接戦になってるじゃん。すごっ‼」
能天気に感想を口にしている久実に拍子抜けしそうになるが、これが一般生徒の反応なんだろうな。
今回の選挙戦で、最終的に生徒会長の椅子に座る人間が、自分が投票した者でなくてもペナルティは無い。
間接的にこれから先の学園生活に影響するって言ったって、目に見える物じゃないと実感は湧かないもんだ。
能天気な久実とは対照的に、伊礼は表情が少し曇っている。
「どうした、伊礼?」
「え、あ、うん……私が投票した近藤先輩が、支持率最下位になっちゃったから、大丈夫かなって思っちゃって」
「あー、そうなんだな。でも、伊礼のために言っておくけど、そう言うのは友人や知人であっても言って良いことは無いと思うぜ?世の中、自分と違う価値観を持った奴は、問答無用で敵だって思う輩も居るし」
外の世界で行われている政治の選挙でも、家族にも誰に対して投票したのかを話すことは褒められる行動じゃない。
そのことを話し合った結果、ほんの些細な価値観の違いから関係に亀裂が生じることもある。
最悪の場合は、自分の価値観を押し付けるために、他人を攻撃することもありえるしな。
それにしても、伊礼は近藤先輩に投票したのか。
彼女の性格からして、平等という言葉に強く惹かれた可能性は高いな。
支持率を見返すと、改めて意外な結果だと思う。
進藤先輩と仙水先輩の支持率が並んでいることもそうだけど、もう1つ気になる変化があった。
風間直子に、支持率が集まっている。
あんなデタラメな演説をしておいて、たった1日でこんなに変化するものか?
俺の感受性にもよるのかもしれねぇけど、とてもじゃないが人の心を動かせるようなものじゃなかった。
「う~ん、やっぱり、人気が高い人は応援したくなるものなのかにゃ~?うちにはどうしても、あの風間って人が胡散臭いんだよにゃ~」
「?久実が人をそんな風に言うなんて、珍しいな。胡散臭いって、ただの勘か?」
「ちょっと、うちがいつも直感で動いてると思ったら大間違いだぞー!?」
抗議するような目を向けるが、すぐに人差し指を顎に当てて「う~ん」と唸る。
「変な感じなんだけどね?みんな、大なり小なり人の悪口って言うじゃん?陰口とか、あんまり好きじゃないけど。でも、風間先輩に関しては何の悪口も聞いたことなんだよね。裏で呟かれているところも、見たことが無いし」
裏って言うと、学園の裏掲示板のことか。
見たことはないけど、ネットを使って裏で呟かれてることはあるらしい。
表だって言えないことでも、裏なら負の感情を発散させることはできるってことで用意されているシステムだろう。
風間先輩の一挙一動に対する様子から、主に女子の誰かしらに妬みを抱かれていても不思議じゃない。
人気と不評は裏表の関係にある。
誰かが何かを好きになれば、その何かを嫌う誰かも存在する。
その嫌いな気持ちを1人で抱えることができず、他人に話す、ネットに書き込むという行動で発散させるのが通例だと思う。
それでも、風間直子へ抱いている負の部分は明かされていない。
「万人に受け入れられている……って、楽観的に考えれば、気持ちは軽いんだけどな」
2学期の文化祭を経験しているからか、どこか疑り深くなっている。
風間直子に向けられる闇が見えないことに、不可解な何かを感じている。
言い表せない引っ掛かりを覚えている中で、1つの言葉が頭を過ぎる。
この生徒会長選挙に、ルールはない。
だとしたら、風間の取った手段を探る必要がある。
ただ支持率を得るための印象操作をするだけじゃ、ダメだ。
相手の出方を探り、それの裏をかく必要がある。
学園内の生徒たち信頼を確保し、なおかつ他の立候補者の妨害を掻い潜る。
2つの困難な課題を抱えることになる、この1週間。
次に動き出すとしたら、4人のうちの誰なのか。
進藤先輩は、いつ動き出すつもりなのか。
あの人からは、一向に連絡が来ないが、動き出していることは確かだ。
その時に、俺の力が必要になるはずだ。
未だに、進藤先輩に関してはその実力を把握できていないところがある。
文化祭の時と取捨選択試験への協力から、生徒に影響を与えるほどの人物であることは痛いほど理解できた。
だけど、俺はまだあの人が主軸になった時の実力を見ていない。
進藤先輩が何を考え、どう行動に移すのか。
あの人の思考を、この1週間で見定める。
支持率の確認と情報交換を終えた後、選挙戦のことから頭を切り替え、久実と伊礼の勉強を見ることになった。
午後5時を回る頃まで続いたが、その後に2人と分かれたタイミングでメールが届いた。
差出人は、進藤先輩だった。
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明日、とある人物との契約に向かう。
立ち会って欲しい。
場所は明日の7:30に伝える。
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早速、俺の出番ってわけかよ。
あの人の策がどう動くのか、近くで見させてもらうぜ。
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