憧れへの挑戦
円華side
宣誓式を終えた後、2度目の支持率調査が行われた。
あの4人の演説によって、昨日の結果が覆るのかはわからない。
だけど、少なからず天秤が揺れることは想定される。
終礼の後で、俺は校舎内を目的も無くふらついていた。
学園内で目立った変化はないが、玄関前を通れば空気の変化を感じた。
今まではギャラリーが少なかった大型モニターの前で、進藤先輩、風間先輩、近藤先輩といった3人の立候補者の周りに、それぞれの支援者の他に人だかりができている。
さっきの演説の影響か、3人それぞれに声援を送る声が聞こえてくる。
まるで、お祭り騒ぎだぜ。
近くには行かず、その様子を静観していると複数の足音が聞こえてきては横目を向ける。
「……ひゅ~ぅ。これはこれは、1年生の有名人じゃん。今から下校かな?」
声をかけてきたのは、生徒会長立候補者の1人、仙水凌雅。
その周りには、SPのように取り巻きの人間が居て、俺に警戒の目を光らせている。
経験から、こう言う奴らは言葉遣いに敏感だ。
2年生ともなれば、1年生が無礼な物言いをすれば、クソ生意気な後輩として目を付けてきてもおかしくねぇ。
俺は作り笑みを浮かべ、仙水に身体を向ける。
「お疲れ様です、仙水先輩。はい、今から帰るところです。俺みたいな後輩にも、気さくに声をかけてくれるなんて、先輩は優しい方なんですね」
「そう自分を卑下するなよ。おまえの噂は、日を追うごとに広まってるんだ。椿円華の名前を聞けば、多くの人間が聞き耳を立てるくらいにな。それは、気にかけない方が難しいだろ?」
向こうも笑みを浮かべているが、それが友好的なものではないことはすぐにわかった。
大方、有名人を品定めしに来たってところか。
「さっきの宣誓式、おまえはどう思った?」
唐突に、抽象的な質問をぶつけられる。
「どうって……4人それぞれ、とても素晴らしい演説だったと思いますよ。これからの選挙戦、面白いことになると思いました」
「他人事なんだな」
「まだ1年生なんで、実感がわかないんですよ。誰が生徒会長になったって、結局はその誰かの思想に学園が誘導される。俺たちが受けるメリットが、見えてこないんで」
表面的には、選挙戦に興味がないことをアピールしておく。
しかし、それでも仙水は俺への関心を捨てない。
「誰かの思想に誘導される…ね。じゃあ、誰の思想に誘導されるなら、まだマシだと考える?おまえは、この2日間で誰を支持すると投票した?」
単刀直入に聞いてきやがった。
「先輩、プライバシーって知ってます?黙秘権を行使させてもらってもいいですか?」
俺の返しに、取り巻きは目付きが鋭くなるが、仙水はフッと歯を見せて笑う。
「やっぱり、進藤先輩が目をかけるだけの男ってわけか。先輩のプレッシャーにも、物怖じ1つしない。そう言う後輩は、大歓迎だ」
勝手に歓迎されても、こっちはノーサンキューだっての。
……とは、大勢を敵に回したくないため、口が裂けても言えねぇ。
表面上は「光栄です」と言っておき、早々に話を切り上げようとするが、それを仙水は許さない。
「この前、進藤先輩が1年生の試験に介入した件、俺はおまえが手引きしたと考えている。あの人が何のメリットもなく、1年の特別試験に関わろうとするとは思えない。椿、おまえは進藤先輩を動かせるほどの取引を提示し、何かを企んだんじゃないのか?」
「俺に進藤先輩を動かすほどの実力があると思いますか?どれだけ囃し立てられたって、たかが1年生のDクラスに居る一般生徒に変わりありませんよ。生徒会長に立候補できる実力がある人を、俺ごときが動かすなんて、梃子でも無理ですよ」
自己評価を下げて否定すれど、仙水は引き下がらない。
「それなら、進藤先輩が慈善活動で介入したってことで、折り合いをつけることにするか。だが、おまえに対する興味が、それを差し引いても消えないんだよ」
そう言って、奴は俺の左肩を掴んで壁に押し当てる。
ドンッと衝撃が広がるが、痛みのある素振りは見せない。
まっすぐに、平然とした目で仙水と視線を合わせる。
「俺と目を合わせて平然としてられる人間は、この学園には桜田先輩と進藤先輩、そしてもう1人……今、おまえが増えたぜ、椿円華」
「それって、光栄だって思って良いんですかね?」
「ああ、もちろんだ。俺がこれから変えていく学園で、おまえみたいな強者は優遇してやってもいい」
「もう生徒会長になったつもりですか。仙水先輩って、見た目通りの自信家なんですね」
「そう言う先輩は嫌いか?」
「好き嫌いの話をするつもりはないです」
ずっと壁に押し付けられるのも、そろそろ不快になってきた。
押し付けてくる仙水の手首に左手の甲を触れさせ、そのまま外側に払う。
「先輩が敵じゃないなら、それで良いです」
俺の返答に対し、仙水は前髪をかき上げて笑う。
「プッフフ、クックックック‼おまえ、本当に面白いな、椿。だったら、教えてくれよ。おまえの認識じゃ、どういう人間が敵として見られるんだ?」
「……答えたくない、ですね」
「それは何でだ?」
仙水の不敵な笑みに対して、心の中で臨戦態勢を取る。
「その条件を言った瞬間に、先輩は俺の敵になる気がしたからです。さっき名前を出した中に、進藤先輩の名前がありましたけど、宣誓式から見て、仙水先輩は自分が気に入った人と仲が悪くなる傾向にありそうなんで」
「……まっ、あながち間違ってないな」
彼は俺から一歩後ろに下がり、玄関前で支援者に笑みを浮かべている進藤先輩に視線を向ける。
「俺はあの人に、憧れていた……。だけど、あの人の視界に俺は映らない。後ろで見てるんじゃダメなんだよ。真正面に立って、無理矢理にでも、あの視界に割り込まないと」
そう呟く仙水の目には、複雑な感情が入り混じっているように見えた。
自分を認めないことへの怒り、悲しみ、憎しみ。
「この生徒会長選挙で、あの人の目を俺に向けさせる。そのためなら、何だってしてやるよ」
そう決意の言葉を口に出す彼からは、宣誓式での飄々とした態度は無かった。
この男は本心から、進藤大和と敵対することを望んでいるんだ。
「おまえが俺の陣営に付くなら、あの人から目の敵にされて万々歳だと思ったんだが、そうはいかないみたいだ。俺の手の平で踊らせるよりも、おまえは自由に躍らせた方が面白そうだ」
「見物できるような、大層なできじゃないと思いますけどね。復讐者の踊りは」
思い描いていた通りの展開じゃなさそうだが、仙水はそれに対して不服は抱いていないと見える。
「そんじゃ、まずはこの選挙戦で遊んでみるわ。進藤先輩とおまえ、両方から敵として見られるようにな」
彼は玄関の方に歩き出し、取り巻きもそれに追随していった。
俺は今の会話で少し疲れを覚え、下校する時間をずらすことにした。
久しぶりに、図書館でも行ってみるか。
ー----
瑠璃side
2日目の支持率調査を終えての放課後。
私は教室で独り、今回の立候補者4人の履歴を整理していた。
学園のネットワークに侵入し、2年生からの4人の個人情報を抜き取る。
誰を信じるにしても、まずはその過去から学ぶ必要がある。
宣誓式だけでは見えない、彼らの本当の顔。
それを探るための糸口になるかもしれない。
まずは、風間直子先輩。
彼女はチアリーディングのスポーツ推薦で入学しており、その後も学力と部活での功績で今のSクラスの地位を維持している。
目立った経歴はなく、運動神経と優れた容姿で人々の支持を集めているように見える。
1年生の頃からファンクラブが存在し、彼女が望めばクラスの垣根を越えて風間先輩のために尽力すると言われている。
今回の選挙戦でも、多くのファンを利用して票集めに動くかもしれないわね。
だけど、1つ引っ掛かる部分がある。
多くの男性を虜にしている彼女だし、他の女子から妬まれてもおかしくない。
それなのに、誰かが嘘の情報でも風間先輩を陥れるような行動をしていない。
男女ともに好かれているのなら、それで納得できる。
だけど、私を含めても宣誓式の時には嫉妬の目が所かまわず飛び交っていた。
それなのに、風間先輩への妬みの声は上がっていない。
次は近藤政先輩。
元・風紀委員であり、1年生の時点で学園内の不良のほとんどを更生させた実力を持っている。
定期試験では常に上位3名に名を連ねている。
部活は剣道部に所属しており、県大会に出場した功績もある。
たった1人でAクラスまで上りつめた実力は、クラスを問わず認められているらしく、次にSクラスに昇り詰める有力候補となっている。
彼女が常に平等の精神を掲げる理由については、個人情報には書かれていない。
小学生や中学生の時の記録を見ても、最低限の情報しか書かれていない。
彼女があそこまで平等を主張するに至った原因が、見えてこない。
そこに私は、疑念を感じた。
次は進藤大和先輩。
文化祭の時や、取捨選択試験の時に円華くんに助力してくれた頼れる存在。
だけど、彼に対しても思う所は存在する。
今は2年生に在籍しているけど、1年留年しての結果。
だけど、進藤先輩の実力を考えれば、留年する可能性は皆無に等しいはず。
彼が今の結果に至る原因が、私には見当もつかない。
一応、進藤先輩についても入学前の情報を探ろうとした。
「これは……どういうこと?」
下に向かってスクロールしても、中学生より前の記録が残されていない。
所属していた小学校と中学校の名前が、書かれているだけ。
それ以外は空白。
進藤先輩について、何の過去も残されていない。
これでは、何も知ることはできない。
円華くんの時だって、その個人情報には殺人の過去も残されていた。
それなのに、進藤先輩にこの扱いをするのはおかしい。
これは進藤先輩の過去について、何者かが隠蔽しようとしていると考えるべきかもしれないわね。
最後に仙水凌雅の履歴に目を通す。
彼に関しては、小学校や中学校で目立った結果は残していない。
しかし、入学してからの行動には目を見張るものがある。
1年生の間に5人、2年生の現在までで10人も特別試験で退学に追い込んでいる。
それは自分と他のクラスを含めて。
2年生の1学期まではSクラスに所属していたけど、2学期からは自主的にAクラスに降格している。
そして、その時期は進藤先輩がSクラスに戻った後。
タイミングが良過ぎる気がしてならない。
「もしかして、進藤先輩を意識して……。考えすぎかもしれないわね」
彼に関しては、思考の底が知れない。
雲を掴むように、どんな情報があっても本心までは掴めそうにない。
調べようとすればするほど、その普遍的な履歴に不気味さを感じる。
4人の情報を1通り調べたけれど、それぞれに引っ掛かりを覚える部分があった。
誰を信用するべきかを判断する材料にしようとしたけど、逆に疑念だけが深まったような気がする。
特に進藤先輩に関しては、怪訝な顔を浮かべてしまう。
円華くんに協力する素振りを見せているけれど、その本心は見えてこない。
彼は自身の目的のために、進藤先輩に協力すると言っていた。
その選択が正しいものなのかどうか、客観的に見る存在が必要になると見たわ。
円華くんがあの人を信じるのであれば、私はあの人を疑うことで深淵を探ることにする。
この選挙戦にも、緋色の幻影の手は伸びているかもしれない。
その思惑を阻止するのは、もはや円華くんだけの役目じゃない。
才王学園で生きる者として、そして、学園の真実の一部を知った者として、私もまたできることをしなければならない。
まずは、この選挙戦での私の役割を見定める必要があるわね。
選挙戦の水面下で、これから行われる復讐劇。
その傍観者でいる時間は、そろそろ終わりを迎える気がした。
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