四者四葉
円華side
選挙期間の2日目、昼休み明けの5限。
全校生徒が講堂に集められ、舞台の上に立っているのは4人の2年生の立候補者と進行役の生徒会役員が1人だ。
これから、立候補者から選挙戦に向けての決意表明が行われるらしい。
そんなものは初日の昨日にやれば良いと思ったけど、敢えて1日目の結果を知った上で見ることに意味があるのかもしれない。
俺は4人の男女を、1人1人観察する。
2年Sクラスの風間直子は、自身に集中している視線に圧されることなく、満面の笑顔で手を振っている。
2年Aクラスの近藤政は、腕を組んでは目を閉じて精神統一している。
2年Aクラスの仙水凌雅は、周りのことを気にせずに口角を上げている。
そして、彼は隣に座る今回のライバルに視線を送っては口を開いた。
その相手…2年Sクラスの進藤大和は、彼に横目で視線を返して開口している。
何の話をしてるんだ…?
すぐに隣に座る成瀬の左腕を、肘で軽く小突く。
「いきなり、何?」
「舞台に居る進藤大和ともう1人話してる男、2人の話してる内容を教えてくれ。読唇術、得意なんだろ?」
「人のプライベートな話に首を突っ込むなんて、良い趣味じゃないわ」
呆れた目を向けられ、やんわりと断られる。
諦めて舞台の方に視線を戻せば、飄々とした態度の仙水先輩とは対照的に、進藤先輩は目付きが少し鋭くなっているのがわかる。
仙水凌雅はAクラスだし、普通なら2人に親交は無いはずだ。
ただの競争相手への挨拶か。
それとも、2人の間には何かがあるのか?
「……やっぱり、気になるんですよね。あなたが1年生に肩入れする理由が…って、仙水先輩は言っているわ」
考え込みそうになると、成瀬が仙水の一言を通訳してくれた。
俺が横目を向けると、彼女は呆れた顔から真剣な表情に戻って舞台に視線を向けている。
「途中からになるから、話の全体像を掴めるかはわからないわよ?」
「それでも良い。断片的にも、得られる情報は知っておきたいんだ。ありがとな、助かるぜ」
成瀬の通訳を受けながら、2人の会話を探る。
『1年生の試験に介入してまで、この選挙のためにイメージアップを狙うなんて。先輩も策士ですねぇ』
『何とでも言え。打てる手を打つのが、この学園での基本だ』
『流石っすね。でも、本当にそれだけなんですか?俺には、他にも理由があるような気がしてならない。1年生に介入するきっかけがあった。例えば、1年生の誰かに泣き落としをされたとかは、どうですか?』
『考察するのは別に構わない。しかし、今は目先のことに集中したらどうだ?支持率の結果を見ても、気を抜いて良い状況じゃないはずだぞ、仙水』
『へぇ~、初日1位の人が言うと言葉の重みが違うなぁ~。でも、まだ始まったばかりですし?俺と先輩の仲じゃないっすか。気楽に行きましょうよ、進藤せーんぱいっ』
『残念だが俺とおまえでは、この戦いにおける覚悟が違うようだ。気持ちも手も抜くつもりは無い。気楽な気持ちで居るのなら、差を着けて早々に勝負をつけるまでだ』
『恐い恐い。でも、俺も負けるつもりは無いんで。正々堂々と、戦いましょうね』
仙水の言葉で話が終わり、その後は2人とも口を閉じていた。
会話の内容から、進藤先輩と仙水凌雅は既知の中だということがわかった。
そして、軽そうな口調をしつつも、進藤と戦うことに対して気負ってはいないようだ。
他の2人もそうだが、俺の中で仙水先輩の存在に大きく焦点が当たる。
なんて言うか、癪に障る感じがする。
確か、進藤先輩と仙水先輩の支持率は拮抗していた。
あくまで主観的な見解だけど、進藤先輩を追いつめることができるとすれば、その可能性が一番高いのはあの男なのかもしれない。
だとしたら、クイーンの駒は仙水になるのか?
いや、都合よく考えすぎだよな。
他の2人のことも観察しようとするが、その前に講堂内が暗転する。
そして、アナウンスが流れる。
『皆さま、大変長らくお待たせいたしました。これより、第10回生徒会長選挙の宣誓式を開幕致します。壇上に居られる立候補者の4名様、ご起立ください』
舞台上の4人がスポットライトによって照らされ、一斉に席を立つ。
『風間直子様、近藤政様、仙水凌雅様、進藤大和様。以上4名には今回の選挙戦に向けて、この場で宣誓をしていただきます。ご自身の望む生徒会長としての姿、この学園の未来を、ご自身の言葉でお伝えください』
左側から座っている順序で名前を呼ばれ、流れとして最初に呼ばれた風間先輩が舞台上に設置された演説台の前に立つ。
見た目としては、ふわふわとしたイメージをした長髪の女性だ。
風間先輩は軽く右手を挙げ、話を始めた。
「みなさん、こんにちわー。ご紹介に預かりました、2年Sクラスの風間直子です、よろしくお願いしまーす!」
まるでアイドルの握手会かの如く、一部の生徒が「うぇーい!!!」と彼女の向ける笑顔に湧きたつ。
ま、マジかよ……。
俺の顔が引きつってることを察し、成瀬が死んだ目で説明してくれた。
「風間先輩はチアリーディング部で、その身体能力とスタイルの良さで、男子生徒から高い人気を誇っている人よ。ああいう扱いをされるのは、日常茶飯事みたい」
「いや、男子から人気って……俺、知らねぇんですけど?」
「あなたは興味が無かっただけでしょ?ほら、あれを見てみなさい」
成瀬の指さす先で、入江と基樹がどこから取り出したのか、顔写真がプリントされた内輪を左右に振って興奮を露わにしている。
「うわー、楽しそー」
「心の籠ってない反応なのはバレバレよ。……全く、あんな下心丸出しの女に現を抜かしているなんて……信っっっじられないわ」
何故か苛立たし気に呟いている成瀬に、俺は疑問が浮かんだがツッコまないことにした。
また足を踏まれたり、脛を蹴られるのは御免だしな。
「直子が生徒会長に立候補したのはー、学園のみーんなが仲良しになれるようにするためでーす‼生徒会長になったらー、『直子親衛隊』を組織して、学園のみーんなが、直子を中心に平和に過ごせる学園にしまーす‼無益な喧嘩はダメ!みんながみんな、直子を通じて仲良くなれるようにー、直子と仲良くできるイベントを開いてー、特別試験もー、直子を大切にしてくれる人は優先して助けていきまーす‼みんなー、直子のことー、おーえんしてね☆」
最後にピースをし、ウインクで終了する風間先輩。
「「「はー---い‼‼応援しまーす!!!」」」
ファンのみなさんの返事がうるさい中、俺は彼女の演説?に対して、ガクッと肩から崩れてはすぐに姿勢を直す。
正直、中身なんて一切ないだろ、これ!?
つか、自己中すぎて話になんねーよ!?
いやいやいや、これがクイーンの送り込んできた駒なわけねぇな。
・・・ねぇ、よな?
風間先輩が席に戻り、次は近藤先輩が出てきては演説台に来ては咳払いで場を黙らせる。
「2年Sクラス、近藤政です。私は風間さんのように、人情に訴えるやり方はできません。したがって、私は未来の話をすることで、みなさんからの信頼を勝ち取りたいと思います」
彼女は真面目で凛とした態度で話しだした。
「これまでの才王学園は、1年生のS~Fの7クラスから始まり、各々のクラスで団結して争い合うことが主流でした。多くの人が、この学園から去って行った……いいえ、死んでいきました。みなさん、この状況をどう思われるでしょうか?」
俺たちに語り掛けるように、話を広げていく。
「私は悲しい。争いからは何も生まれない。ただ破壊を生み出すだけです。このままでは、この場に居る多くの人が、競争のために死んでいく。だから、私はこの競争のシステムを変えたい。そのために、私はクラスの上下の壁を無くすつもりです。上下の関係などなく、皆が協力していく平等な学園を作ります」
平等主義……だな。
近藤先輩の主張は、誰もが助け合う学園を創るということだ。
「その目的を達成するために、協力体制を作るのはルール。皆が協力し、誰かを傷つけることを許さないというシンプルなルールです。そのルールを破った者は、学園内から孤立する。1人がみんなのために、みんなが1人のために行動する学園。それが、私の目指す理想の学園です」
一応、筋が通っている……ように見せかけているな。
だけど、平等であることが、必ずしも正しい解答であるとは限らない。
確かに争いを生み出さない環境は理想的だ。
しかし、それは無益な争いを生み出さないという話だ。
皆が手を取り合い、助け合うには分厚い壁がいくつも存在する。
それなのに、近藤先輩は平等こそが正しいと信じ切った話し方をしている。
彼女の信念が妄信まで足を突っ込んでいるのかは、今は判断がつかない。
近藤先輩の宣誓が終わり、次はあの男……仙水凌雅が立つ。
彼は観客席側に座る全校生徒を一瞥した後で、フッと笑う。
「ここに居るみんなに1つ質問……。今のこの才王学園、居心地悪くないか?」
自己紹介をすることなく、演説台の両端に両手を置いて前の顔を出す。
「俺は退屈だ。1つ1つのクラスに割り振られて、その中で何人かの実力者が祭り上げられる。それが指標になって、上のクラスを目指すため、今の位置を守るため、実力者だけが努力する。その実力者に、多くの弱者はおんぶに抱っこ。そんなので、本当に面白いのか?」
仙水は右手を前に出し、何人かの生徒を指さしていく。
「おまえも、おまえも、おまえもおまえもおまえも。本当に、今の地位に満足しているのか?もしくは、今のクラスの地位に居ても良い存在だと思っているのか?弱者が強者の足を引っ張るのは、世の常だ。だが、俺がこの学園に居る限り、そんな甘えは許さない‼」
彼は強い口調で、弱者を否定する。
「この学園は弱肉強食だ。それなのに、そこら中に弱者が溢れかえっている。おまえたちは、本当に自分の実力を正当に評価されていると思うのか?本当に実力がある奴が、何で弱者に脚を引っ張られなきゃならない?本当は実力がない人間が、何でのうのうと我が物顔で生きてられるんだ?全ては弱者のままで良いと思わされているほどに、この学園のシステムがざるだからだ‼」
後ろを振り返り、風間先輩を指さす。
「自分を大切にしてくれる奴を優先して生かす?おまえの機嫌を伺わなきゃ生きていけないなら、学園の実力を計るシステムは破綻する‼おまえ1人の基準で、実力を計れるわけがない‼」
次に近藤先輩を指さす。
「皆で助け合いながら手を取り合う?弱者と弱者が手を取り合ったって、できることなんて程度が知れてる‼結局、強い奴は余計に足を引っ張られる‼」
前を向き直し、ダンっと台を叩いて注目を集める。
「俺がこの学園を、弱肉強食の世界に引きもどしてやる。自分の牙を研いだ強者だけが生き残り、望むがままに変えられる学園にな。そのために、生徒会長の権力で学園のシステムを書き換える。手始めに、この学園に蔓延る弱者を洗い出すシステムを作る。真の強者が、浮かばれるようにな」
真の強者のための、弱肉強食の学園を作る。
そう豪語する仙水の言葉に、その場に居た生徒の何人かの目が変わる。
今の環境に不満を抱いていた者が、目の色を変えて彼を見ている。
生徒たちの視線が集中する中で、仙水は設置されていたマイクを外して進藤先輩に向ける。
「これが俺の目指す才王学園の姿だ。それじゃ最後に、トリを飾ってくださいよ。2年生の現ナンバー1、進藤大和」
さっきまでは先輩と言っていたのが、フルネームに変わっている。
そして、俺たちに対しては後ろを向けているはずなのに、仙水の今の表情が伝わってくる。
あの男は今、口角を上げて笑っているはずだ。
『俺はやってやったぞ、あんたはこれを越えられるか?』と挑発しているようにすら見える。
進藤先輩はまっすぐに仙水を見上げ、視線を合わせたまま立ち会がってはマイクを受け取る。
彼は仙水から目を離し、演説台の前に出てはマイクを近づけて口を開いた。
「3人それぞれの宣誓を聞き、私……いや、俺にも思う所はあった。なるほど、俺たち4人は共通に、この学園を良くしたいという志は同じだということはわかった。風間、近藤、そして仙水、君たちと競い合えることを、俺は誇りに思う」
3人それぞれに敬意を払う意志を示した後で、「しかし」と言って目付きが鋭くなる。
「この学園を改革するのは、この俺だ。誰か1人を善悪の基準としたやり方でも、平等という言葉に縛られたやり方でも、強者のみを救おうとするやり方でも、残念ながら才王学園の根幹には届かない‼」
3人それぞれのやり方では、理想に届かないと否を突きつける。
そして、進藤先輩の視線は全校生徒の中から、こっちに強い眼力を向けて言った。
「俺はある人と約束した、この死と隣り合わせの学園を、俺が変えてみせると。俺が目指す才王学園の未来は、生徒の誰もが絶望から立ち上がり、自身の可能性を掴める学園だ。1度失敗しても、そこから這い上がって成長することができるのが人間の強さのはずだ」
誰もが絶望から立ち上がり、自身の可能性を掴める学園。
初めて聞いた、進藤先輩の望む才王学園の未来の姿。
強者のためでも、弱者のためでもなく、今を生きる俺たちを救うための意志を感じる。
「確かに弱者は、強者の足を引っ張ることもあるだろう。しかし、それだけで終わる弱者だけじゃない。弱いままで終わらない者が居ることも、また事実だ。数々の失敗を経験し、そこから学習して成長する可能性があるのは、みんな平等だ。俺はその可能性を潰す者を、絶対に許さない‼誰もが自分の可能性を掴むために、この学園での死のシステムを変えてみせる‼」
自らの決意を力強く宣言した後、姿勢を正して目を閉じ、息を少し大きく吸っては最後にこの言葉で締めくくった。
「約束する。俺がこの学園を変え、生と死の学園の歴史を終わらせる。俺を…見ていてくれ」
進藤先輩はマイクを元の位置に戻し、自分の席に戻る。
そして、彼が着席したタイミングで、少しずつ拍手の音が出始める。
その音は段々と大きくなっていき、講堂の生徒全体が手を叩いていた。
この拍手は進藤先輩個人に対するものなのか、それとも4人全員の宣誓を聞いての総合的なものだったのかはわからない。
だけど、この4人の言葉を聞いて、俺の中にある確信が芽生えた。
今回の生徒会長選挙において、その座に座ることが許されるのは1人だけ。
そして、俺が座らせるべき相手を勝たせるためには、一筋縄ではいかないはずだ。
敵は強いと、はっきりと感じることができた。
クイーンの駒がどうとか、そう言うことじゃなかった。
進藤先輩を勝ち上がらせるためには、この3人を倒さなきゃいけないんだ。
彼と同等の覇気を持った、この人たちを。
この宣誓式は、立候補者だけが自分の信念を固める場ではなかった。
俺もまた復讐者として、目的に近づくために気を引き締めることができたんだ。
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