女王の焦り
???side
生徒会長選挙戦活動、初日の支持率が公表された。
学園の使われていない視聴覚室にて、その結果を確認しては顎に人差し指を押し当てる。
「やっぱり、ネックとなるのは彼の存在ね…」
自分の駒を立候補者として潜り込ませたのは良いけど、壁となる存在を改めて認識する。
進藤大和。
1年生の特別試験に介入したことをきっかけに、その信用を着実にしている。
幸いなのは、初日から大きい差が開いているわけでは無いこと。
これから私の駒を使っていけば、彼を今の位置から引きずり下ろすことは容易い。
この選挙戦に、ルールは存在しない。
どんな手段を使おうと、最終的に勝者の椅子に座ることができれば問題はない。
私の駒は、何も柘榴恭史郎だけじゃない。
そこら中に、駒を配置して策を巡らすことは可能。
私には、そのための手札があるのだから。
女王としてのプライドにかけて、なんとしても自分だけの権力を手に入れる。
あの方が戻られ、これからの才王学園が以前よりも過激化することは間違いない。
本格的に動き出す前に、地盤を固めなければならない。
さもなければ、私は破滅する…‼
カオスを追いつめるための駒を失い、メモリーライトも手元には無い今、ポーカーズの中で最も力が無いのは私だ。
そのことにエースとジョーカーが気づく前に、新しい力を手に入れる必要がある。
「それもこれも、カオスの坊やが邪魔さえしなければ…‼これほど厄介な存在になるなんて、想いもしなかったわ」
脳裏に浮かぶのは、黒髪の復讐者。
彼のことを思い出すと、途端に激しく感情が揺さぶられる。
ジョーカーは、カオスがあの女と似た目をしていると言っていた。
そして、これまでに見たことも無いイレギュラーな魔鎧装の力を手にしている。
映像データで確認したが、あの紅の狼の力は異常だ。
ジャックの邪蠍装を破壊するまでの実力を持ち、情報通りなら、海牙装を装着したエースをも退けたという現実。
そして、映像越しでも伝わってくる覇気には、キングに近いものを感じる。
いいえ、キングと言うよりは、むしろ……。
記憶の連想で蘇るのは、悪魔のような風貌をした蒼黒の鎧の恐怖。
どれだけの時が流れようとも、それを拭い去ることはできはしない。
だからこそ、自分の理想郷を求める。
そのための障害になる者は、何としてでも排除するわ。
過去の柵から、自身を奮い立たせていると、不意に視聴覚室のドアが開いては廊下の光が差してくる。
ドアの前には、制服を着た長身の男が立っており、顔は逆光で見えない。
……違う、そうじゃない。
男が無言でこちらに近づいてきた時に、別の理由があることに気づいた。
目の前に居る男は、顔全体を覆い隠す仮面を着けていた。
王冠を被った、ピエロの仮面。
それを着けることを許された存在は、1人しか居ない。
「あなたは……まさか!?でも、どうして…あなたは、もう死んだはず…‼」
「地獄から舞い戻ってきた、と言えば信じるか?」
仮面の下で、不敵な笑みを浮かべているのが容易に伝わってくる。
そして、全身から放たれるプレッシャーで冷や汗が流れる。
思考が現実逃避をしようとしても、身体に刻まれた恐怖がそれを許さない。
「何故、あなたがここに居るの……キング!?」
消えたはずの王の再臨に、戸惑いを隠せない。
そして、私の驚愕の表情を一瞥し、キングは口を開く。
「ジョーカーとエースには、俺の存在は明かしている。それなら、おまえにも同じことをしなければ、公平じゃないだろ?」
他のポーカーズの2人は、既にこの事実を知っていた。
それなのに、私には伝えなかったと言うの?
知っていたとすれば、一体いつから……。
いいえ、そんなことはどうでもいいわ。
今はキングが私の前に現れた真意を―――。
「随分と焦りを感じているな。だが、そう恐怖する必要は無い。今のところ、おまえの人形劇に干渉するつもりは毛頭ないのだからな」
思考を巡らせている間に、彼は私の背後に移動していた。
完全に、意識の外に居た。
視界から外れる瞬間すらも、わからなかった。
これは、紛れもなくキングの能力。
彼はそれを示すことで、自分が本物であることを証明した。
瞬間移動のようにも見えるけれど、速さの問題じゃない。
無音の状態で、その場を移動している。
そして、その気になれば私の首を掴んでへし折ることもできたはず。
そうしないのは、本当に私に脅威を感じていないから。
「今回行われる選挙戦、おまえが生徒会長の座を手に入れようしていることは知っている。しかし、そう簡単に事は進まないだろうことは、おまえも気づいているんだろ?」
「私の妨害ができるとすれば、ポーカーズ以外では英雄の娘とカオスだけ。彼らは、私がこの選挙戦に関係していることすら気づいていないはずだし、直接介入することもないわ。今度こそ、私は欲しいものを手に入れることができるのよ」
私の言葉に、キングは自信の肩を一瞬揺らして笑う。
「カオス……椿円華は、進藤大和と手を組んだ。あの復讐者が、ただのボランティア精神で選挙戦に参加するとは思えない。俺たちポーカーズの匂いを嗅ぎつけた、そう考えるのが妥当だ。おまえに、今の彼を退けることができるかな?」
「っ!?た、例えそうだとしても、私がカオスに劣っているはずがないわ‼あんな野良犬、捻り潰すだけよ‼」
王の挑発を受けようと、それを怒気で返す。
しかし、それすらもキングは嘲笑う。
「クイーン、自信過剰なのはおまえの弱点だ。自分の弱さに気づいていない時点で、おまえはカオスよりも遅れている」
妙にカオスの肩を持つキングに不快感を覚え、目付きを鋭くして睨みつける。
「カオスは私たちの敵よ。それに、あなたからしてみれば、取るに足らない存在のはず。それなのに、どうしてそう彼に肩入れするのかしら?」
「そう目くじらを立てるな。理由なんてない。だが、俺から言えることは、1つだけだ」
そう言って、ピエロの仮面越しに彼は強い眼光を向けてきた。
「群れることを覚えた狼は強い。嘗めていたら、痛い目どころでは済まなくなるぞ?」
王の一言は、冗談ではなく確かな意志の重みを感じた。
キングはそれほどまでに、カオスに脅威を感じているというのかしら。
「もしもカオスが私の邪魔をするというのなら、潰すことに変わりは無いわ。殺してでも、必ず欲しいものを手に入れる…‼」
「その意気込みは評価しよう。……その欲望が叶うことを、期待しているぞ」
その言葉に感情はこもっておらず、建前で言っていることはすぐにわかった。
キングは言うだけ言って満足したのか、優雅にお辞儀をしては仮面に付いている王冠の淵を触る。
「それでは、おまえの人形劇が悲劇ではなく、喜劇で終わることを祈っている。……さらばだ」
キングは私の視界から、再度一瞬で消える。
そして、今度は背後ではなく、視聴覚室から姿を消した。
「どいつも、こいつも……女王であるこの私を、バカにしてぇ…‼」
身体を怒りで震わせ、赤黒いオーラが放出される。
あの方だけでなく、キングという脅威が増えてしまった。
私に残された時間はない。
カオスが邪魔をしてこようと、それを越える力を示せば良い。
私には、そのための力がある。
ポーカーズの中で、私だけが持つ特別な力。
それは最古から存在する、強大な罪が刻まれた呪われし宝具。
正体不明の魔鎧装が相手だとしても、負けるはずがない。
大罪の力に勝てる者など、この学園に居ないのだから。
ー----
基樹side
ある人に呼び出され、俺は地下街の路地裏に向かう。
人気のない迷路のような場所で待ち合わせるのは、目印が無ければ困難だ。
スマホに表示されたGPSを頼りに、相手の居る場所に辿り着けば背後から声が聞こえてきた。
「ハァ~ァイ、シャドー。お久しぶり、って言うべきかしら」
陽気な挨拶をしてきたのは、3年Sクラスの桜田奏奈。
元・生徒会長にして、桜田家の次期当主。
俺は彼女からコードネームで呼ばれたため、こっちもそれで返す。
「ブラックチェリー、あなたがわざわざ俺を呼び出すなんて、用件は円華と関係することですか?」
「察しが良いわね……と、言いたいところだけど、今回は違うわ。前々から頼んでいた件について、答えは出たのかしら?」
「……進藤大和の身辺調査、ですか」
体育祭の時、俺は彼女から進藤大和を見張るように言われていた。
文化祭の時も、2学期末の脱落戦の時も、冬休み期間中も、時間を見つけては彼の身辺を調査していた。
奏奈様の命令があったからと言うのもあるが、俺の中で進藤大和に対して引っ掛かる部分があったのも、調査に取り組んだ理由だ。
あの男が、円華に向ける目。
時々、誰にも向けないような儚げな目だった。
それも円華以外に、あんな目を向けている所を見たことがない。
進藤大和は、あいつに対して特別な感情を抱いている。
それが何なのかは、今日までわかっていない。
「俺が調査した範囲では、特に怪しいところは見つかりませんでした。逆にそれが怪しいと言われれば、それまでですけど。自分に厳しく、他者に優しい、学生として模範的な優等生でしたよ。強いて1点挙げるとすれば、円華に対して、異様に干渉しようとしているのが不思議なくらい…ですかね」
「彼が円華に干渉しようとする理由は、1つだけ心当たりがあるわ。進藤くんは、元・椿涼華の教え子だった。あの人の義弟である、円華に注意を向けるのは、無理からぬことよ」
椿涼華の義弟と言う時、不機嫌さを隠さずに顔に出ていた。
それについては気にせず、俺は事実だけを伝える。
「これは余談ですけど、円華は進藤大和と手を組んで、生徒会長選挙に介入するんだそうです」
「……そうなのね。あの子が彼に協力するなんて、意外だわ。でも、進藤くんが生徒会長の席に着くのであれば、少しはこの学園も改善されるかもしれないわね」
複雑そうな表情を浮かべながらも、彼女はその選択を否定はしない。
「どうして、そう思うんですか?」
「進藤大和ほど、才王学園のシステムを憎んでいる男は居ないからよ。それに、彼ならどんな手を使っても、円華を守ってくれるはずだから。私が居なくなった後も、少しは安心できるわ」
進藤大和を肯定する物言いをしつつも、少し悲し気な顔を浮かべている。
「話は間接的に聞いているわ。お父様は、私が卒業した後に円華を殺す算段を付けている。最初はあなたに命令したみたいだけど、それに反抗して啖呵を切ったそうね?」
「……気の迷いって奴ですよ。でも、後悔はしてません。円華と一緒に、抹殺対象に認定されたとしてもね」
俺の覚悟を聞き、奏奈様はフフっと楽しそうな笑みを浮かべる。
「見てみたかったわね、その時のお父様の呆気にとられた顔を。あの人は、自分に関係すること全てが、自分の思い通りにならなければ気が済まない。そんな人が、自分の思惑から外れた存在を許すはずがない。何としても、排除しようと動くはずよ」
「どんな手を使ってくるとしても、桜田家の人間で俺や円華を殺せるような人間が居るとは、到底思えないですけどね」
「お父様の執念を甘く見ていたら、後悔することになるわ。今、この瞬間だって、あなたたちを殺すための戦士を育てているはず。あなたたちも、今の実力で満足していたら、目的を果たすどころではなくなるわよ」
身内だからこそ、当主の恐ろしさがわかっているってことか。
俺と円華を倒すための戦士を生み出すとすれば、俺たちが乗り越えた以上の血を吐くほどに苦しみ、死ぬ限界までの試練を受けることになるはずだ。
そして、あの男は自分以外の人間を道具としか思っていない。
どんな無茶なことだろうと、平然とさせようとするに決まっている。
それを乗り越えられる者が現れるとすれば、確かに俺たちを追いつめる脅威になるかもしれない。
「猶予は次の4月まで。それまでに、固められる地盤は強固にしておくに越したことは無いわね。進藤くんを生徒会長の座に着かせることができるかは、あなたにとっても他人事じゃないわよ?」
「……他人事のつもりは無いですよ。円華が進藤大和を信じて、生徒会長にするつもりなら、俺もそれに協力するだけです。それに、今の話で彼を今回の勝者にした方が、この先も少しは楽になるってわかりましたしね」
「あなたがやる気になったなら、何よりだわ。……狩野基樹」
コードネームではなく、自分の名前を呼ばれては、俺は一瞬反応が遅れて彼女を見る。
奏奈様の表情は、いつもの他人を小馬鹿にするようなものではなく、対等な相手に向ける真剣なものに変わっている。
「円華のことを、友達だって言ってくれて……ありがとうね。これからも、あの子をよろしく頼むわ」
電話の内容を知っているってことは、その時に俺が言っていたことも知っているってことか。
「それは、次期当主としての命令ですか?」
「いいえ、円華のお姉ちゃんとしてのお願い。私がこの学園であの子を助けてあげられることは、もう無いから。あとはいろんな人に、円華のことを託すしかないのよ」
そう言って、彼女は笑顔を浮かべては首を傾げる。
「桜田家の次期当主なのに、カッコ悪いわよね」
「……そんなこと、無いですよ。少なくとも、俺は今のあなたがカッコ良く見えました」
最後に円華のことを改めて託され、気持ちが引き締まった。
シャドーではなく、狩野基樹に対する依頼。
俺は円華のダチとして、奏奈様に認められたんだ。
その事実を噛みしめながら、俺と彼女は路地裏を出て、別々の道で帰路についた。
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