憂鬱の女子会
恵美side
3学期最初の特別試験が終わり、1年生の間で空気が変わったように感じる。
特に私たちのDクラスは、それを顕著に感じている。
戸木慎吾の死と、円華の正体を知ったことが関係しているのは明らかだけど。
最近、教室に円華が居る時に感じていた、少し重たい空気が消えた。
前までは、円華に対して気が引けると感じている人が多かったんだと思う。
戸木のように表立って動かなかったとしても、何かしらの不安や不満があったはず。
人はわからないこと、知らないことに対して、マイナスなイメージを持ちやすい。
円華は自分のことを、大々的に話すことは無かった。
そして、必要以上に人と関わろうとしなかった。
だけど、円華も徐々に変わり始めて、復讐以外のことにも意識を向け、他者と関わりを持つことができるようになった。
そこから、1人ずつだけど円華に歩み寄ろうとする人が増えてきた。
少しずつの変化を経てから、円華はクラスのみんなに自分の過去と目的を明かした。
いきなり、自分の過去を明かしたら、恐怖されて排除される可能性が高い。
彼の過去は、それほどまでに重い経験を積んでいるから。
だからこそ、他者と関わりを持ち始めた過程が大事だったんだと思う。
結果として、早々に円華をクラスから排除しようとする決断は上がってこなかった。
戸木が見苦しくも、どれだけその危険性を訴えても。
クラスの中で、少しずつだけど円華を受け入れる心構えができていたからだ。
そして、あの試験を通じて、その意識が固まりだした。
他のクラスにも明かしてはいけない、円華の秘密を守ること。
成瀬はそれを実現するために、頭をフル回転させて制約を付けたんだ。
「……はあぁ、今日も今日とて息が詰まりそうな1日だったわ」
深い溜め息をつき、成瀬が腰を丸めては両肘をテーブルにつき、組んでいる手を額に押し当てる。
私たちが居るのは、アパートの成瀬の部屋。
放課後になって、私、麗音、成瀬で机を囲んでいる。
「取捨選択試験が終わってから、5日が経った。みんな、戸木くんの死を重く受け止めて、不用意に円華くんのことを他者に言いふらしてはいないみたい。少なくとも、今はって話だけど」
麗音が引っ掛かる言い方をしたのは、これから先を憂いてのことだと思う。
円華の秘密が、いつかは大勢に知らされるかもしれない恐怖。
誰かが裏切らないように、策を用意はした。
だけど、人は機械じゃない。
心のどこかで、いつかは慢心が生まれる、あるいは他者に心の隙を突かれて話す人も出てくる可能性は0じゃない。
「みんなの口を塞ぐことは、正直できないんじゃない?今この瞬間だって、誰かが言いふらしてるかもしれないし。でも、それで大事にはなってない。それが現実だよね」
「それも今はの話よ。私はクラスの仲間を信じたい。でも、約40人で抱えるにはあまりにも大きすぎる秘密だわ。それが外部に漏れた時の対処方法を、私たちは早急に用意しなければならないはずよ」
起きてもいない危険に頭を悩ませている成瀬だけど、正直私はそこまででもない。
「今回の試験で、1年生全員が学んだはずだよ。情報って言うのはその大きさに伴い、それを公表する人も影響を与える人じゃないといけない。私たちは、円華の秘密が事実だって知っているから焦りを感じるかもしれない。そして、クラスのみんなも今までの経験から、合点がいったから信じてくれた」
1度言葉を区切っては「だけど」と言って頬杖をつき、腑抜けた顔になる。
「何も知らない人が、これを知って信じると思う?」
私の問いに、成瀬も麗音も呆気に取られた顔になる。
円華が暗殺稼業をしていたことは、百歩譲って本当だと仮定させられる。
だけど、復讐の話やヴァナルガンドへの変身、そして緋色の幻影のことを、何の兆候もなく明かした所で、それが真実だと証明することは難しい。
まず、円華自身が、その気にならないと真実であることを認めない。
そして、証拠となる物が存在しても、それは普通の人間には扱えない。
話を聞いた人も、そんな状態で信じられるわけがない。
私の問いで冷静になったようで、麗音は肩の力が抜けたのか、テーブルに身体を預けてだらけてしまう。
「当事者ゆえの気の迷いってこと?何よ、この時間が無駄になったじゃない」
「つまり、私たちが証拠を押さえていれば、誰かが裏切らない限りは安心ってことね。これまでの経験が、逆に余計な不安に煽られたってところかしら」
「成瀬、その言い方は裏切りフラグができるからやめて」
3人それぞれに気が抜けてしまい、もはや秘密を守る方法を考えることすらもバカらしくなってしまった。
それでも、話題は円華のことからは逸れない。
「……みんな、気づいてるわよね。最近、円華くんの顔色が晴れないことは」
「何か1人で抱え込んでいるのは、何となく察してる」
「でも、また独りぼっちになろうとはしてないよ。……心の整理が、ついていないだけなんだと思う。戸木のこととか、いろいろと。それか、私たちにも話していない、バカバカしいことで悩んでるのかも」
あの日、円華と戸木が教室を離れた後、私たちは救援に行くのが遅れてしまった。
その理由は、クラスの中で戸木の身に起きた変化と、円華の変身を目の当たりにしたことで混乱が起きたから。
成瀬や麗音、基樹、先生、そして私は円華の秘密を知っていたのに、それを黙っていたことも、クラスの何人かからは咎められた。
これは、事実をひた隠しにしてきた私たちの罪。
クラスのみんなから、責められても当然のこと。
それでも、石上や久実が間に入ってくれたことで、その場は収まった。
あそこで円華を助けに行くことを選ぶこともできたけど、そしたらきっと、クラスの中で新しい亀裂ができていた。
そして、円華の1人で決着をつけると言った誓いに傷をつけることになる。
私たちの中で、円華なら1人でも大丈夫だという気持ちがあったんだ。
その結果、屋上で起きたことを1人で背負わせてしまった。
戸木との戦い、エースの乱入、白騎士…キングの出現と粛清。
全てが、円華の目の前で起きたことだった。
何よりも心に来たのは、キングが戸木を殺した時だと思う。
涼華さんを殺した仇が、自分のクラスメイトを殺した。
その事実により、円華の心に影が差したとしてもおかしくない。
「まさか、例の仇がキング自身だったなんて……。しかも、死んだと思っていたら偽物だったとか、腹立たしいにもほどがあるでしょ」
麗音が自身の髪をくしゃと掴み、怒りで奥歯を噛みしめる。
彼女からしてみれば、脅威が1つ復活したことになる。
キングは麗音に接触していた事実があり、メモリーライトの効果を受けているかは不明。
別の意味で、焦りを覚えるのは当然。
「残りのポーカーズが3人と思っていたところから、4人に増えた。だけど、1つだけ引っ掛かりを覚えるわね」
成瀬は腕を組み、眉をひそめて唸る。
「どうして、キングは円華くんの目の前に現れ、戸木くんを殺したのか。そして、今まで隠していた、自らの名を明かしたのか」
彼女の中で生まれる、2つの疑問。
それは私も気になっていたことだった。
「わざわざ魔鎧装を装着して姿を現したのは、自分の正体を隠す意味もあったと思う。でも、私も戸木に手をかけたことは、意味がわからなかった。戸木は円華に敵意を持っていたし、利用することもできたはず。それなのに、キングは殺すことを選んだ」
「殺すことで得られる利点があったと考えるか。それとも、戸木くんを消さなければならない理由があったのか。どちらにしても、私たちはキング……それ以上に、緋色の幻影のことを、完全には理解できていないようね」
戸木に黒い卵を渡したのは、魔女。
魔女は商人から渡されたと言っていた。
その商人が、緋色の幻影のメンバーであることは確かだと思う。
そうだとしたら、キングは戸木を殺すことによって、その組織の誰かの計画を自ら潰したことになる。
「あたしの知っているキングだったら、意味のない制裁はしないし、自分から直接手を下すこともしないはずよ。ましてや、自ら正体を明かすこともしないはず。あたしだって、あの人のことは仮面をした姿すら見たことないんだから」
ジャックはガスマスク、クイーンはヴェネツィアンマスク、ジョーカーはペストマスク、エースは髑髏のマスク。
それぞれに特徴的なマスクを着けており、円華が見た偽物のキングのマスクは黄金のシンプルなデザインだったらしい。
そのマスクも爆発と共に砕けた今、別のマスクを着けている可能性は高い。
「……そう言えば、何でポーカーズだけが仮面を着けているんだろう?」
「だけってぇ……どういう意味?」
麗音が怪訝な顔で聞き返してくる。
私は今まで戦ってきた、組織のメンバーのことを思い出して言った。
「これまで、ポーカーズは私たちの前に姿を現すときに仮面を着けて現れた。戦う時も、仮面を着けたまま戦っている。でも、ポーカーズ以外の人間はそうじゃない。自分の顔も隠さずに、異能具やいろんな道具を扱ってきた。麗音や岸野先生みたいに、組織のメンバーにすら顔を隠すなんて、よっぽどの理由があるはずだよね」
「味方にすら、顔を隠さなければならない理由……。確かに、そこを突き詰める必要はありそうね」
「あたしでも、そこまでは聞いたことはないわ。ポーカーズと仮面、何か繋がりがあるのかもしれないわね」
今更気づいた、ポーカーズの謎。
顔を隠すことに意味があるのか、それとも仮面自体に意味があったのか。
「ちょっと、待って……」
不意に、私の頭に浮かんだ光景があった。
脳裏に蘇るのは、夏休みの時のこと。
記憶泥棒事件の時に、クイーンと遭遇した時のこと。
あの時、エースも後から合流してきた。
ミストカーテンを展開していた時、あいつは『大事なものを回収するため』に椿家に侵入したと言った。
ジャックのもので、あの家に残っていたのは異能具とガスマスクだけ。
その大事なものが、ジャックの仮面だったなら…‼
「あの仮面は、特別な意味があったのかもしれない」
「何か、わかったの?」
麗音が険しい顔で聞いてくるので、私は強く頷いた。
「エースが椿家から才王学園に戻った後、円華は清四郎さんと連絡を取っていた。ジャックに関係するもので、無くなった物は無いのかって。それが異能具とガスマスク。あのマスクは、他のポーカーズにとっても重要なアイテムだったんだよ」
ジャックが居なくなったにも関わらず、ガスマスクを回収しなければならなかった。
それは、あのマスクに予備は無かったから。
あのマスクでなければならない、理由があったから。
「ポーカーズにとって、人は重要じゃないのかもしれない。必要なのは、仮面だったんだよ。あくまで、仮定の話だけど」
円華の復讐に繋げるためにも、仮面の謎を解き明かさないといけない。
ポーカーズを倒すために、これは確定事項になったんだ。
円華は、次の生徒会長選挙でポーカーズを追いつめる準備を進めている。
その時、仮面のことを知るチャンスが来るかもしれない。
いや、そのチャンスを掴むしかない。
今度こそ、絶対に逃がさない。
次にポーカーズを目にした時、絶対に捕まえてやる。
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