出会い
Eクラスに進級してから3日が経った。
内海景虎は問題を起こしたと言うことで、また1週間も謹慎になったらしい。
これで頭を冷やすことを願うが、あの様子だとそれは確実にねぇな。
あの日以来、Aクラスと繋がりがある俺たちのクラスに対してちょっかいを出してくる奴は現れることはなく、各クラスの関係は、AクラスとEクラスが友好的な所以外は静かなものだ。
朝の登校中、エレベーターで地上に上がってドアが開けて出ると、強い温風が吹いてきた。
やはり、気温の面では地下の方が最適だな。
地上の暑さについ溜め息をついてしまうと、そのまま校舎に向かう。
その時、どこから入ってきたのか、黒い猫が俺の前を通り抜けて行った。
周りを見ると、学園の敷地はすべて全長15メートルの黒い壁で外界から隔絶されており、普通は猫1匹入るのは不可能だ。
つまり、こいつは誰かの連れ猫か。飼い主は今捜してるだろうな。
俺は猫の後ろから首を片手で掴み、そのまま持ち上げる。
猫は暴れずに呑気にヒァ~アと小さな声で欠伸をする。
おそらく、赤ん坊の頃から人間に育てられていて、警戒心がねぇんだろうな。
さて…拾ったは良いけど、これからどうすんだ?
「黒い猫の飼い主は居ませんか?」と大声で聞いて回るのは面倒だし恥ずかしい。
かといって、このまま放置しておくのもダメな気がする。
先生に突き出しに行くか?
いや、あのやる気のないヘビースモーカーに相談したところで『おまえで何とかしてくれ』とタバコを吸いながら言ってくるのが落ちだ。教室に持って行くわけにもいかねぇし…。
校舎の日陰に来て猫を離すと、そいつは俺の隣から動こうとしない。
目を見れば、死んだ魚のような目をしていて、何にも興味がなさそうな顔をしている。
毛繕いなんて始めてるよ。誰に対してもこの状態なら、野生じゃ生きていけねぇな、こいつ。
黒猫を片手で抱え、とりあえず屋上に向かう。
今から地下に降りてたら完全に遅刻だし、少なくとも屋上なら日陰もあるし、熱さで死ぬことはない。
自販機で水を買っていき、右手に猫、左手にペットボトルを持って屋上に向かう。
息切れ1つせずに上がり切り、ドアを開けて外に出る。
風景は壁の外の街が少し見えているが、別にそれを見てもどうとも思わない。
どこか日陰が無いかと思って捜していると、上から女の声が聞こえてきた。
「そんなところに居たの?ノワール」
「…あ?おわっと!?」
反射的に声の方に顔を向けると、上から誰かが降りてきて、俺に飛び蹴りをしてきた。
それを一歩引いて避けると猫を離してしまう。
目の前に着地した女は俺のことは気にも留めず、ボケッとした顔をしている黒猫を撫でる。
「捜してたんだよ?どこまで散歩に行っていたの?」
「…フニャ~~」
「何それ?それが心配しているご主人様に言うセリフ?」
「ブフッ」
「おまえには関係ないって?何をふてくされてんの。しょうがないじゃん、もう出席日数がヤバいって言われたんだから。留年するかもって言われたら、行くしかないでしょ?」
俺は今、俗に言う不思議ちゃんと言うものに遭遇したのかもしれない。
この女、俺が暑さにやられて頭がおかしくなったのでなければ、黒猫と話をしているように見えるのだが気のせいだろうか。
自己主張してる豊満な胸まで伸びている銀髪を全部前に出してヘッドフォンをしており、この暑さでY-シャツの上に白いカーディガンを着ている女は、しゃがんで猫と話したままだ。
俺の存在には一切気づいていない……わけねぇか、飛び蹴りしたくらいだし。
試しに声をかけてみようか。
「お、おい…ちょっと良いか?」
声をかけるも、猫と話すので夢中になっており、全然気づいていない。
本当に聞こえてないのか?
「おい!ちょっと良いか!?」
少し大きな声を出して言えば、女は黒猫から目を離して俺のことを無言で半目で見てくる。
「おまえがこの猫の飼い主か?ちゃんと見ておけよ、下手したらこいつは熱中症で死んでたぞ?夏の暑さを嘗めんな」
「……」
「聞いてんのか?飼い主なら自覚を持てよ。ペットはおもちゃじゃないんだ。何事にも命がかかってることを忘れんな」
「……あんた、うざいね」
「・・・はぁ?」
「そんなこと、わざわざ言われなくてもわかってるし。他人が私に説教なんてしないでよ、ムカつくから」
女は立って、猫を両手で抱えて屋上を出ようとする。
俺は舌打ちをし、女の肩を掴んだ。
「話はまだ終わって――」
「触らないで!!」
俺の手を払うと、その時に手が触れてしまい、銀髪の女は一瞬目を見開いた。
そして、信じられないものを見るような目で俺を見てくる。
「嘘……どうして…!?」
「あ?」
目を鋭くさせて訝しげな表情をすれば、女はハッと我に返ったようで、逃げるように屋上を出て階段を下りて行った。
「あ、おい!!……全く、何なんだよ、あいつ…」
俺は頭を荒くかいて深い溜め息をつくと、スマホの時計を見て、もう遅刻ギリギリになっていることに気づき、急いでEクラスに向かった。
滑り込みセーフで間に合うと、すぐに席に着席する。
前の席の基樹が後ろを向いて、不思議そうな表情を俺に向けてくる。
「どしたの、こんな遅刻ギリギリに来るなんて珍しいじゃん」
「犬のおまわりさんの気分がわかるような体験をしてきた。無性に泣きたくて仕方がねぇよ」
「はぁ?何じゃそりゃ」
やれやれと言った表情をする基樹を見ていると、麗音や成瀬も俺を心配している視線を送ってくるので、一応作り笑顔を向けておく。
そして、急いでいて気づかなかったが、俺の後ろの席に机と椅子があった。
「基樹、昨日は机も椅子も無かったよな?」
「ん?ああ、そうなんだよな。俺たちも気になってたんだ。転入生だったらFクラスからだろ?だから、急にここに席ができるなんて変だよなぁって」
「転入が違うなら、誰かがこの短期間でFクラスからEクラスに上がったか。それともDクラスからEクラスに落ちたってことだよな。そんなこと、現実的にあり得るのか?」
「どうだろうな。多分、あるからこそ…そこに席があるんだろうさ」
確か、転入当初に下克上方式で上のクラスの生徒と下のクラスの生徒が入れ替わることがあると言っていた。
しかし、教室を見た感じでは人数は変わっておらず、そこに机が1つだけ追加された感じだ。
基樹と話をしている内にチャイムが鳴り、岸野先生が欠伸をしながら教室に入ってきた。そして、その後から入ってくる女を見て、俺は目を見開いた。
屋上で見た、銀髪の女だ。流石に今は、ヘッドフォンはしていないが。
「あーっと、今日からEクラスに入った生徒を紹介する。ほら……名前は?」
「…最上恵美…です。別に宜しくしないでくれて良いので……ほっといてください。1人でも生活できるので」
いきなりクラスの奴ら全員に喧嘩を売るようなことを言いやがった、あの女!
俺は頬杖をつきながら教室の中を見渡すと、あの無表情の成瀬が目を見開いており、新森は笑うのを両手で堪え、あの優等生モードの麗音ですら笑顔が引きつっていた。
岸野先生は頭の後ろをかきながら面倒くさそうな表情をすると、最上に俺の後ろの席を指さして行くようにジェスチャーする。
最上はそれにコクンッと頷き、黙って俺の後ろに座った。
そして、俺が後ろを振り向こうとすれば、その前にこう言ってきた。
「挨拶も何も要らないから、必要以上に関わらないで」
「……わかった」
俺は小さく頷けば、そのまま前を見る。
集団意識が高いこのクラスに、成瀬以上に人を拒絶する女が入ってくるとは驚きだった。
いや、成瀬はただ人付き合いが苦手なだけで、打ち解けようとはしているか。だけど、この最上恵美って女は、人を完全に拒絶しているように見える。
それにしても、最上って名前……どこかで聞いたことがある気がする。
何時だったっけ……。




