獣同士の内乱
慎悟side
黒い卵を渡された時、あの人は言った。
『それは、君の欲望によって成長する、もう1人の君だよ。どんな時も君の味方であり、背中を押してくれる。そして、君が窮地に立たされたときは、その卵の声に従いなさい。きっと、君の欲望を叶える力を与えてくれる』
その言葉通り、この卵は俺の味方になってくれた。
決断を肯定し、やりたいようにやれば良いと促してくれた。
これがあったから、クラスのために、クラスを裏切ることを選択できた。
椿円華を排除し、俺の居場所を取り戻す。
それが俺の欲望の根源。
これから先、どうなろうと知ったことじゃない。
俺は前のクラスの方が、居心地が良かったから。
向上心なんて持たず、他のクラスにバカにされても仕方がない。
現状打破など求めず、成長など目指さないクラス。
それが、椿円華が現れてから、居心地が悪くなった。
周りのクラスメイトが、あいつの影響で少しずつ変化していく。
成長していく。
その流れに気づいた時には、俺はもう出遅れていた。
みんなが最初は、椿の存在に疑いを持っていたはずだった。
元・軍人?殺人者?
そんな奴が、真面な人間なはずがない。
だから、俺は椿円華を受け入れることができなかった。
絶対に何か裏がある。
それを裏付けるように、夏休み中に発信者不明のメールが届いた。
椿円華は復讐者だと告発する内容だった。
それがクラスメイトの疑心感を煽るものだと思っていた。
なのに、今では成瀬を始めとしたほとんどが、あいつの存在を受け入れている。
入江も川並も、椿を受け入れてしまっている。
何でだよ、どいつも、こいつも、手の平を返しやがって。
俺だけが、周りのように変われない。
みんなが変化していく中で、置いて行かれる。
椿が作り出した流れが、このクラスを変えてしまった。
だったら……その元凶を消せば良い。
椿円華が居なくなれば、また前のクラスに戻ってくれるはずなんだ。
そのためなら、俺は何だってしてやる。
椿の正体を明かそうとも、あいつを排除しようとする流れにはならない。
あいつを排除しようとする声をあげれば上げるほど、俺は孤立していく。
もはや、もう何の手も残っていなかった。
このまま、俺は裏切り者として追放されるのか?
いや、追放されるだけなら、まだ良い。
成瀬の言い分では、俺が残りたいと言えば、それを了承するだろう。
でも、そしたら俺は、変化に追いつけないクラスの中で、ずっと孤独を感じながら生きていかなきゃいけないのか?
そんなの、耐えられない。
だったら、退学することを選ぶのか?
そんな勇気もない。
俺は強くない、弱者なんだから。
ダメだ……どちらか片方なんて、決められない。
俺は……どうしたら……。
『どうしたいかなんて、本当はわかってるんだろ?』
卵が俺に語り掛けてくる。
『退学……いや、死にたくないという想いと、こんなクラスに残りたくないという想い。どっちも君の本心だ。それなら、君がやるべきことは1つなんじゃないかな?』
声が導くのは、第3の選択肢。
『君の想い通りにいかない、こんなクラスなんて……君の手で、ぶっ壊しちゃいなよ‼』
壊す…。
そうだ、壊せば良いんだ。
全部……俺の想いを、理解しない居場所なんて…‼
黒い卵の声が、自分の中の黒い感情を呼び起こす。
こんなクラスなんて……いらない…‼
椿円華と一緒に、ぶっ壊してやる‼
『そうだ。その欲望に、身を任せろ。そして、俺をその手に取れぇ‼君に、そのための力を与えてあげるよぉ‼』
俺は卵の声の導きに従い、制服のポケットに手を入れた。
ー----
円華side
Dクラスの生徒全員と担任の目の前で、戸木の姿は人間とはかけ離れた、異形のものに変化した。
両腕が異常に太く、硬くゴツゴツした皮膚に覆われた獣。
その体格は人間だった頃よりも頭1つ分大きくなっており、腰を丸めたまま周りをギョロっとした目で見渡す。
「戸木……なの、か…?」
入江が目を見開き、誰かに確認を取るように呟く。
無理もない、人間が目の前でモンスターに変身したら、驚かない方が不自然だ。
かく言う俺も、戸木の変化には頭が追いついていない。
何なんだよ、これは…‼
『っち、面倒なことになりやがった。おまえの反応が遅かったせいだからな、小僧』
ヴァナルガンドが悪態をついてくる。
おい、戸木のこの変化も、希望の血が関係しているのか?
『希望の血?あれだけで、ここまで変化するわけねぇだろうが。こいつは、この前戦った骸骨野郎に近いヤバさを感じるぜ』
確かに、目の前のモンスターからはディアスランガと似た何かを感じる。
だけど、あの剣の獣人からはここまで禍々しいオーラは感じなかった。
さっき再度見えた、赤い世界が関係しているのか?
『考えるのは後にしろ。今は、目の前の獲物を狩ることだけを考えるんだな』
「っ、わかってる‼」
だけど、白華は教室に持ってきていない。
どうやって、この場を……。
「円華、こっち!」
恵美の声で後ろを振り返れば、教室の外から彼女はいつ持ってきたのか、竹刀袋から白華を取り出して投げてきたのを掴む。
「おまえ、どっから白華を持ってきてた!?」
「備えあればって言うでしょ?嫌な予感はしてたから、静かに教室を抜け出して取ってきた。これで戦えるよね」
ったく、道理でずっと静かだったわけか、こいつ。
気配すら感じなかった。
「まぁ、良いか。これで、暴れられるぜ」
スマホを鞘に嵌めこんで起動させ、氷刃を生成する。
獣の姿をした戸木は、その剛腕を縦横無尽に振り回しては机や椅子などを散らかしていく。
そして、近くで唖然としている入江を視界に捉えた。
『入江ぇ…‼よくもぉ、俺をぉ……裏切ったなぁああああ‼‼』
電柱よりも太い腕を振り回し、掴みかかろうとする。
その前に、俺は白華を抜刀して間に入り、刃で受け止める。
「んぐっ‼あぁあああああ‼」
赤眼を解放した状態でも、踏ん張るには力が足りず、後ろに吹き飛ばされる。
何とか刃を床に刺して減速し、壁に衝突することは免れるが、片膝をついてしまう。
「はぁ…はぁ……何て、馬鹿力だよ…!?」
腕を受け止めた時、両腕が痺れるくらいの衝撃が走った。
凍気で感覚を麻痺させているにも関わらずだ。
異能力を使っていなければ、もはや刀を握ることもできていないってことか。
あれは正面から受け止めて良い攻撃じゃねぇ。
「円華、俺も戦―――」
「来るな‼」
基樹が加勢しようとする前に、一喝して止める。
そして、痺れが少し引いてから立ち上がり、教室の隅に固まっているクラスメイトに視線を向ける。
「この内乱は、俺が撒いた種から始まった。だったら、そのケリを付けるのが俺の義務だろ。心配すんな、何も敵わねぇ奴に意地張ってるわけじゃねぇよ。1人で勝てる算段は、ちゃんと付いてる」
なぁ、ヴァナルガンド。
おまえ、言ったよな。
この騒動を起こした奴は許せねぇって。
俺も同じだ。
戸木を許すつもりは毛頭ねぇ。
あいつの、そして、あいつを操ってる奴の想い通りの展開にするのは、面白くねぇだろ。
『俺様の力を借りたいってか?』
ああ、そうだ。
あれはおまえと俺の、気に入らねぇ存在だ。
強くなろうとしている奴らを邪魔する奴は、俺たち共通の敵《獲物》だ
あいつを狩りたいなら、力を貸せぇ‼
俺は左手の親指を強く噛んで血を流し、氷刃に塗り付けて鞘に納める。
そして、鞘に嵌めたスマホをタップし、『魔鎧装モード』を起動する。
「行くぜ、ヴァナルガンド…‼」
「命令すんなっつってんだろ」
その掛け声と共に抜刀すれば、赤い斬撃が飛んではそれが紅の狼に形を成していく。
『ワォオオオオオオオ‼』
狼は咆哮をあげ、戸木の周りを駆けまわって翻弄し、宿主の方に走っては口を開けて牙を剥く。
それに対して、俺は左手に拳を握って突き出して衝突する。
そして、狼は紅氷の外装となって身体に装着されていく。
『紅狼鎧ヴァナルガンド、装着完了』
スマホの音声に合わせ、紅の氷刃を横に薙ぎ払っては凍気を払った。
ヴァナルガンドを装着した俺を見て、クラスメイトから声が漏れる。
「あれが、椿の……」
「本当に、そう…なんだね…」
戸木に続いて、俺の変化まで目の当たりにするクラスメイトからの反応を、心のどこかで恐れている自分が居る。
だけど、今はそれよりも、目の前の脅威に集中する。
みんなに背中を向け、戸木と対峙する。
「先生、基樹、恵美、麗音……みんなのこと、頼む」
実戦で戦える4人に声をかけた後、静かに自分の中の冷徹な部分を解放し、戸木に歩み寄る。
『言っておくが、未来視は使えねぇぞ?おまえ、右目を閉じてる余裕無かっただろ』
わかってる、元から当てにしてねぇよ。
こいつとは、小細工無しでケリをつけなきゃいけないんだ。
『椿いぃ……俺がぁ、おまえをぉ、潰ぅうううううすっ‼‼』
大声をあげながら、両手を床に叩きつけて威嚇してくる。
それに対して、怯みはしない。
戸木に近づきながら、俺は窓の外を一瞥した後、両手で柄を握る。
「みんなが見てる前でぶっ飛ばされるのは、哀しいだろ?冷酷な俺に残ってる、クラスメイトへのほんの一粒の情けだ。場所くらいは変えてやる‼」
刃の腹を向けて大振りで振るえば、強風が発生して戸木の巨体を宙に上げる。
「椿流剣術 舞風‼」
そして、俺も跳躍しては窓に向かって奴に下段から斜め上への回し蹴りを喰らわせた。
『ぐっ‼ぐりぃいいい‼』
窓ガラスを突き破り、戸木の身体は上昇していく。
そして、俺も窓から外に出ては奴を追い、屋上の上を通るタイミングで踵落としをくらわせる。
『ぶぐっ‼んがはぁ‼』
屋上の床に衝突するが、奴は背中を押さえながら立ち上がる。
蹴りの瞬間、両腕を交差させて受け止めていたんだ。
蹴りの衝撃は、教室での一撃しか真面に届いていないと見て良いだろう。
戦いの舞台を教室から屋上に変え、1対1の状況を作り上げる。
「これで、心置きなくやり合えるだろ?遠慮せずに、溜め込んでいた不平不満、全部ぶつけてこいよ‼」
俺の邪魔をする奴は、容赦なくぶちのめす。
その決意に変わりはねぇ。
だけど、Dクラスのみんなの前で、戸木を痛めつけるのは忍びなかった。
せめて、戦うにしても目の届かない所で。
白華を構え、全身から凍気を放ちながら臨戦態勢に入る。
『絶対にぃぃ……殺すぅううう‼‼』
雄叫びをあげながら、何度も両手の拳をぶつける。
拳と拳が合わさるたびに、全周囲に広がる衝撃波が飛んでくる。
それを跳躍して回避し、空中で回転しながら落下して氷刃を振り下ろす。
「椿流剣術 天落‼」
遠心力を利用した剣技を放つが、戸木は再度両手を交差させて剛腕で受け止める。
『ふんぶぅううう‼‼‼』
怒りの形相で力を入れ、天落の衝撃を真っ向から受け止めては剛腕に血管が浮き出る。
だけど、俺の狙いは力比べじゃない。
この剛腕の防御力を、少しでも崩せる可能性。
ヴァナルガンドに変身した今、俺の異能は進化している。
ベキッ‼
大きくひび割れる音が響き、戸木は険しい表情で力任せに腕を薙ぎ払ってくる。
俺は一旦距離を置き、白華の刃がぶつかった部分を凝視する。
「身体は異形の獣でも、魔鎧装や魔装具みたいな出来じゃねぇってことか。だったら、難しく考えなくても良さそうだぜ」
剛腕に小さなヒビが入っており、そこから血が漏れ出ている。
ヴァナルガンドの力は、凍らせた部分から粉砕する力がある。
魔鎧装や魔装具には通じねぇけど、戸木には通じるらしい。
通用するなら、鎧相手じゃないだけ戦いやすい。
自身の傷ついた腕を見ては、険しい顔で『ぶぁああああ‼』とうるさい雄叫びをあげる。
『おまえさえ、おまえさえ……居なければぁ‼俺はあのクラスで、底辺のまま!ぬるま湯のままで!生きることができたんだぁ‼あんな不自由さを、感じることも無かったんだぁ‼何が成長だ!?何が強くなるだぁ!?そんなこと、俺は望んでいなかったぁ‼全部ぅ……おまえのせいだぁあああああああ‼‼』
獣になろうと、俺への怒りは健在だ。
いや、姿が変わってから、歯止めが利かなくなってるって感じか。
「おまえが不自由を感じていたなら、それは変わらないことに固執してたからじゃねぇのか?弱い自分のままで居ることを、受け入れていたからだろうが。俺が気に入らなかったなら、俺を倒すために強くなれば良かっただろ」
実際に、俺を倒すことを目標に強くなろうとしている男を知っている。
現状を受け入れることができないなら、どんな形であれ、変化しなければいけない。
その努力を、戸木は怠ったんだ。
「何でもかんでも、周りのせいにしてんじゃねぇよ。さっき、入江を裏切ったって言ったよな。自分のことを棚に上げんな。おまえが、俺個人への憎しみのために、入江やDクラスのみんなを裏切ったんだ‼」
白華の刃先を奴に向け、仮面越しに冷徹な目で睨みつける。
「そんなクズ野郎を、成瀬たちはともかく、俺は許す気は毛頭ないぜ」
右足で床を蹴り、一気に刀の間合いまで距離を詰める。
その時、殺気を放てば、戸木は両腕を突き出してくるが、それは身体を捻じらせることで紙一重で回避。
「うぉおおおおおおお‼」
そして、がら空きになった胴体に咆哮をあげながら縦横無尽に斬りかかる。
『ぐるっ‼がはっ‼ぎぶっ‼げぶっ‼ぶるぇ‼くぎっ‼ばぶあぁ‼』
身体に直接叩き込まれる乱撃に耐え切れず、よろめきながら後ろに下がる戸木。
そして、腹部に目がけて刃先を突き刺して。
「椿流剣術 瞬突‼」
「ぐがふぁあああああああああああああ‼‼」
一点に力を集中させた突きを受け、奴は壁に背中を打ち付ける。
口から血を吐きながら、なおも立ち続ける。
『ぐぅるうるる…‼』
もはや、人間としての理性で動いているようには見えなかった。
俺への執念に飲まれ、意識ではなく身体が勝手に動いているように見える。
これ以上、こんな姿で居させたくない。
「……今、おまえを憎しみの欲望から解放してやる」
白華の柄を両手で持ち、頭を目がけて中段構えから横に薙ぎ払おうとした瞬間。
背後から、戸木とは比べ物にならない程の強い憎しみの殺意を感じて振り返る。
カキ―――――ンッ‼
その時には、もう目の前に三又の槍が迫っており、身体を横に半回転させて白華で弾く。
すると、相手は後ろに下がって槍を両手で構え直した。
「……嘘だろ?ここはもう、一段落つける流れだったはずだぜ」
その三又の槍を、2学期の仮面舞踏会で見たことがあった。
目の前に立っているのは、魚の鱗のような外装に覆われ、鮫の形状をした兜をしたフルフェイスのマスクをしている。
そして、この俺に向けてくる強い殺意は、1度覚えたら忘れられない。
「おまえ……エースか!?」
こっちの問いに答える気は無いのか、奴は俺に矛先を向けて宣言する。
「カオス、おまえを殺しに来た」
ポーカーズの1人、エース。
奴は魔装の力を携え、俺の前に立っていた。
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