炙り出し(Dクラス)
瑠璃side
教室の中は、これまで疑心暗鬼だった空気が大分軽減されている。
昼休み終わりのチャイムが鳴り、それはこのクラスでの開戦のゴングになる。
私は心の中で、ずっとこのベルが鳴らないことを祈っていた。
これから、この教室は静かな闘技場になる。
クラスメイト同士で疑い合い、反発し合い、罵り合うことになる。
そんな醜い光景が見えるけれど、もはや避けることはできない。
教壇の前に立つ岸野先生が、チャイムが止まった後でサングラス越しにこちらに視線を向ける。
「それじゃ……始めるか、クラス委員長?」
私はその言葉に頷き、席を立っては教壇に向かって足を進める。
先生は代わりに窓側に移動し、腕を組んで静観する姿勢に入る。
「今更言うことでも無いと思うが、ここから先はおまえたちが決めることだ。教師の俺は、必要最低限のこと以外は口出ししない。どんな結果になるとしても、それはこのクラスの決断になる。その意味を考えながら、話合ってくれ」
言葉の最後に、岸野先生の視線は一瞬だけ円華くんの方に向いた気がした。
それを受けた彼は、気にした様子もなく頬杖をついて、クラスメイトたちに俯瞰の目を向けている。
教壇に立つと、よくわかる。
教室全体に広がる、不穏な空気。
誰かが誰かを陥れようとする、悍ましい気配。
私はそれを止めるために、今から全てを―――暴く。
「みんな、まずは私の提案に賛成してくれたことに感謝するわ。取捨選択試験も残すところ、あと1日。このクラスの決断を下す時間は、今しか無い。退学者を出すのか、ポイントを捨てるのか、《《私たち》》が決めるのよ」
誰か1人の独断ではなく、クラスとして答えを決める。
クラスのリーダーという立場ではあっても、私には1人のクラスメイトの人生を切り捨てる決断を、1人で下す勇気はなかった。
自覚している、私はそこまで心が強くない。
だけど、私は1人じゃない。
1人で決断を下すことに対して、抱え込む必要は無い。
仲間であるクラスメイトと共に、助け合うことでこの試験を乗り切る。
それが私の選択。
「成瀬さん、そう言うあなたはもう、どっちを捨てるのかは決めているの?」
瀬野さんが、険しい表情で問いかけてくる。
やっぱり、最初はクラス委員である私の決断から始まることになるのね。
わかっていたことでも、そのプレッシャーは心に圧し掛かってくる。
しかし、それを振り切り、醜い内乱の皮を切る。
「私の決断は、この試験が始まった時と同じよ。内通者を見つけ出すことができなければ、ポイントを躊躇うことなく捨てることを選んだわ。だけど、私は結果として迷っている……。それがどういう意味か、わかってくれるかしら?」
クラスメイトたちを右から左へ視線を移しながら、全体的に目配せする。
その態度から、石上くんが生唾を飲んで言及した。
「じゃあ、見つけたんですね?このクラスに居る、内通者を」
「その表現が正しいのかはわからないけれど、有力な容疑者は確かにこの中に居るわ。あと1日隠し通せれば、安心できると思っていたかもしれない。でも、そうはいかないわ。私たちを裏切っておいて、平穏な日常を送れるなんて甘い考えを許すつもりはない。退学という形かはわからないけど、その罪は償ってもらうわ」
内通者を追いつめる言葉に、クラス全体が数名を除いて息を飲む。
緊張が走る空間の中で、私は1人の生徒に焦点を当てた。
「これが一個人としての、私の決断よ。戸木慎吾くん」
はっきりと、名指しで内通者をクラスメイトに対して晒し上げる。
自分の名前を呼ばれ、少しずつ表情が険しくなっていく戸木くん。
そこから、段々と目から私に対する敵意が漏れ出していく。
「俺が、内通者……。そう言いたいのかよ、成瀬さん?」
「今の話の流れから、そう言うつもりで言ったことが伝わらなかったかしら?」
彼の敵意を正面から受け止め、言葉を返す。
自分の出した答えを、引き下げるつもりは無い。
ここからは、私と戸木くんだけの論争に持ち込むことが理想ではある。
だけど、現実はそう上手くはいかない。
「ま、待ってよ、成瀬さん!戸木が?内通者?そんなはず、ないじゃん!」
「こいつに、そんなことできるはずないだろ‼勘違いだって‼」
彼を庇おうと、入江くんと川並くんが私に言及してくる。
大切な友人を守ることは、確かに素晴らしい行為ではある。
だけど、それを受けているにも関わらず、戸木くんは私から敵意の視線を逸らさない。
まるで、2人のことなど気にしていないかのように、相手を見据えている。
それが妙に、私をイラつかせる。
「戸木くんが内通者かどうかは、彼のスマホを見ればわかることよ。さっきの進藤先輩の動画が終わった後、彼はスマホで誰かと連絡を取ろうとしていた。それが誰なのかを、教えてもらえるかしら。何もやましいことが無いのなら、答えられるはずよ?」
昼休み中に抱いた、大きな疑念を追及すれば、戸木くんはゆっくりと制服のポケットからスマホを取り出して机に放り投げる。
そして、俯いたまま小さく呟く。
「……勝手に見れば?」
素直にスマホを差しだしてくるけど、画面は黒いまま。
自分で起動しろと態度で言っている。
私は彼に近づき、そのスマホを取ろうと手を伸ばす。
「それを取る前に、教えてくれよ。もし、俺が内通者だったら、やっぱり退学にさせるのか?」
戸木くんが、顔を見せずに問いかけてくる。
それに対して、スマホに伸ばした手を止める。
私はまだ2つに1つの答えを出していない。
その答えを示さなければ、この先の議論は進まない。
「確かに、あなたが内通者だった場合、私たちクラスメイトを裏切ったことを許すことは、今すぐには不可能よ。だけど、その罪を償うつもりがあるなら、チャンスを与えたいとは思っている。あなたがこれから、失った5万ポイント分の働きをクラスにもたらしてくれるというのなら、それを受け入れたいとは思うわ」
退学させることは、罪を償うことには繋がらないというのが私の結論。
ポイントを失うとしても、この試験で全てが終わるわけじゃない。
クラスのみんなで力を合わせれば、今以上の結果を導き出せると思っているから。
私の考えを聞き、戸木くんは小さく息を吐いて肩を落とす。
「成瀬さんは優しいねぇ。こんな俺にもチャンスをくれようとするなんて……流石は、クラス委員長だ。成瀬さんが居れば、このクラスはもっと上に行けるかもしれない……。本当に、凄い人だよ」
急に称賛の言葉を送ってくる彼の雰囲気は、言葉とは裏腹に不気味さが増している。
何か、嫌な予感が働きそうになる。
しかし、それに構わずにスマホに再度手を伸ばそうとした時、横から手を掴まれた。
「えっ……」
「瑠璃ちゃん、待った。……ちょっと、これは不注意じゃない?」
掴んできたのは基樹くんであり、彼は戸木くんに鋭い目を向けている。
「戸木……何で、否定しない?おまえ、自分が裏切り者だって疑われている段階で、何でそんなに余裕なんだ?スマホだって、自分で起動させれば良い。……何を企んでいるんだ?」
その問いかけによって、私も戸木くんに対して別の疑念が浮かんだ。
確かに、基樹くんの言う通り、彼の態度は気落ちしているように見えて、動揺は感じない。
スマホだって、見せることに素直に応じた。
私の中では十中八九、彼が内通者だという結末が導きだされている。
それでも、この不気味さの正体はわからない。
戸木くんは基樹くんを下から睨みつけ、ギリっと歯を鳴らす。
「別に?俺がスマホを起動させて見せたって、証拠を隠したとか、消したって思われるだけだろ。だったら、最初から成瀬さん自身が起動した方が疑われないって考えただけだって」
「スマホを起動させるだけなら、スイッチ1つで可能だろ。パスワードだって掛かってるかもしれない。それをわざわざ、彼女が起動させなきゃいけない理由があるのかって聞いてるんだ」
何気ない違和感だっただけに、私も気づかなかった。
人の一挙一動に不信感を抱いていた基樹くんだったからこそ、気づいた罠。
その違和感を突かれ、戸木くんが彼に向ける視線から怒りを感じ取れる。
「瑠璃ちゃん、ハッキングでスマホのデータを抜き取れるだろ?わざわざ、怪しい奴の手の平で踊らされる必要は無いんじゃない?」
「……あなたに誘導されるのも不愉快だけど、言っていることは事実だわ。少し時間をちょうだい」
私は基樹くんに促され、自分のスマホを取り出してハッキングを始める。
すると、戸木くんは血相を変えて机の上のスマホを素早く取った。
「クラスメイトは仲間だとか、信じるとか言いながら、結局はこうなるのかよ!最低だな‼」
態度が変わり、非難する目を私たちに向けてくる。
その変わりぶりから、基樹くんの推察通り、私がスマホを起動することに意味があったことが実証された。
そして、肩を震わせてはクラス全体を見渡し始める。
「全くさぁ……嫌になるよ、本当に。成瀬も、狩野も、おまえたちもぉ……どうかしてる…‼」
私と基樹くんに向けられていた敵意が、クラス全体に広がっていく。
その変化に気づき、入江くんが声をかける。
「な、なぁ、戸木?どうしたんだよ……。おまえ、この頃、様子がおかしかった。何があったのか、俺たちに教えて―――」
「うるさい‼友達面して近づいてくるなよ。おまえだって、その女と同じだ‼狂ってる‼何で、おまえまで……あんな奴を…‼」
彼はクラス全体に敵意を向けている。
だけど、その中でも最も強い敵意、あるいは憎しみを抱いた目を向けているのは1人の男子生徒に絞られる。
「あいつが来たから……このクラスは、おかしくなった。クラスに貢献?なんだよ、それ。上のクラスに行ったって、Sクラスに行けるかなんてわからないじゃないかっ…‼前は……そんなこと、考えることも無かっただろ‼」
怒気を孕んだ声は、段々と声量が上がっていく。
そして、戸木くんは後ろに振り向いては黒い感情を込めた目をその根源に向けた。
「おまえのせいだ、椿円華‼おまえが来たから、このクラスは変わっちまった‼おまえさえ来なかったら、こんなクラスになっていなかった‼全部、おまえのせいだ‼」
円華くんを指さし、感情のままに怒鳴り散らす。
それを受けて、彼の目が冷たくなる。
「俺のせい…ね。だったら、何かおまえに悪い影響でもあったのかよ?」
戸木くんの敵意を受け止めた上で、円華くんは平然とした態度を崩さない。
「非難するのは勝手だ。好き勝手に言えば良いし、そんなことを気にするほど、俺も器は小さくねぇ。だけど、それを言う場面はここで合ってるのか?俺には、おまえが内通者だって疑われるのを逃れるために、話を逸らそうとしているようにしか思えねぇぜ」
話の本筋を、内通者捜しに修正しようとする。
しかし、戸木くんの態度からは焦りを感じない。
「俺が内通者か、どうか…?そんなの関係ないんだよ。おまえは、このクラスから消えなきゃいけないんだ。……内通者がどうとか、関係なくな」
その彼の言葉は、私は身体に衝撃を走らせた。
内通者かどうかは関係なく、彼を排除しようとする戸木くんの真意。
それは、内通者よりも最優先で排除すべき対象であると証明できるものを持っている自信があるから。
「このクラスは、変わっちまった……。何が肉食動物だ、何が草食動物だ‼化け物が、もっともらしいことを言っているんじゃねぇよ‼」
彼は自分のスマホを振り上げ、クラス中の視線を集める。
「俺は知っている、おまえの正体を‼殺人をしたことがある軍人上がり?そんな甘いものじゃない‼」
やはり、あのスマホには例の動画が入っている。
あれをここで流されたら、円華くんは…‼
「止めなさい、戸木くん‼あなたがしようとしていることは―――」
「黙ってろよ、お飾りのクラス委員長が‼おまえがやらないなら、俺がやる‼俺がこのクラスを元に戻すんだ‼あの頃のぉ……俺の居場所になぁ‼」
自分でスマホを起動させ、画面が光る。
そして、1つの動画が大音量で再生される。
そこに映るのは、円華くんと異形の姿をしている柘榴くん。
2人は対峙しており、彼は刀を握っている。
そして、円華くんの姿が紅の狼に変わっていく瞬間が流されてしまった。
もはや、隠し通すことができない真実が、クラスメイトに周知されていく。
その中で、言葉を失っていく者がほとんど。
この状況で、彼を守るために言い逃れする方法が瞬時に思いつくことは無い。
結局、私はこうなることがわかっていながら、それを止めることができなかった。
円華くんに対して、罪悪感が募っていく。
罪の意識に追い詰められる中で、当事者である円華くん本人に視線を向ける。
すると、彼は―――口角を上げて笑っていた。
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