炙り出し(Eクラス)
蘭side
椿の言っていた作戦通り、各クラスから集めた噂の情報を利用して作ったフェイクニュースは1年生全員に周知されることになった。
当然、私の居るEクラスの人たちもそれを見ており、周りが騒がしくなっていた。
本当に全てが嘘だったという情報を、信じ込んだ上での安心。
これは本当に嘘なのかの疑念。
自分たちが今まで、学園側に踊らされていた怒り。
それぞれの感情や思考が膨らんでいく。
だけど、その場を取り仕切る人間が居ないままに5時間目開始のベルが鳴る。
皆が席に着き、担任の牧野先生が教壇の前に立つ。
そして、貼りついたような笑みのまま口を開いた。
「さっきの進藤くんの映像は驚いたわね。でも、編集としては中々の出来だったと思うわ。短い時間で、あれだけのクオリティのフェイク動画を作るのは並大抵の努力じゃない。あなたたちも、あの映像を見て、安心した人が多いと思うけれどぉ……」
言葉を区切り、ウフッと口角を上げた。
「現実としては、何も状況は変わっていないわ。あなたたちは今、瀬戸際に立っている。さぁ…退学者を誰にするのか、その話し合いを進めましょうか?」
退学者。
その言葉が私たちに対して重く圧し掛かり、緊張が走る。
この1週間、誰も退学する者が現れなかった。
そのことに痺れを切らして、彼女はこの時間を用意した。
BクラスからEクラスに転落したことで、教師としての自分の評価にも影響があるのかもしれない。
その笑顔からは焦りは微塵も伝わってこないけど、今のクラスの状態を良いと思ってはいないはず。
だから、退学者を選ぶような時間が作られているはず。
誰かを退学させなければ、上のクラスに行くためのポイントが減らされることになる。
誰かを退学にさせるために、決断しなければならない。
昼休みの時間、ずっと教室の中に居たけど、クラスメイトから裏切り者の容疑者を数人に絞り込むことしかできなかった。
柘榴の居ない、Eクラスで迎える初めての特別試験。
これから、このクラスで起きることを想像すると、憂鬱な気分になる。
「学園側と通じている内通者。それは確かに存在するわ。情報の質が、日常を共にしていないと出てこないようなものばかりだった。だから、あなたたちの中に生徒の情報を横流しした裏切り者は居る。それは一体、誰なのかしらね?」
教師と言う立場上、知っていたとしてもそれを公言することはできない。
生徒が見つけ、追放して初めて条件は成立するから。
もしくは、本当に牧野先生も内通者の正体を知らないのかもしれない。
内通者を、あるいはこの中の誰かを退学にするしかない。
だけど、私は3学期になってから、このクラスの変化に気づいてしまった。
それは、その原因になった一因は私にもあるから、余計にそれを感じざるを得なかったのかもしれない。
その変化に気づいているのは、私以外にあと何人居るだろう。
「内通者?そんなの誰かなんて、考えなくてもわかってるだろ。俺たちのクラスがEクラスまで落ちたのは、誰のせいだ?クラスの足を引っ張る奴なんて、1人しか居ないじゃん?」
磯部が歯を見せながらニヤッと笑い、こっちに嫌な目を向けてくる。
「そうだろ?おまえに言ってんだぜ、金本」
名指しで、私が内通者だと言ってくる。
当然、それは違う。
だけど、あいつはどうしても私をこのクラスから排除したいらしい。
そして、磯部を皮切りに他の奴らも便乗する。
「他のクラスの力を利用して、柘榴くんを陥れるような女だ。クラスに悪い噂を流したっておかしくない」
「学園側に、内通者になれば自分だけでも上のクラスに上がれるとか誘惑されたんじゃないのー?」
「結局、自分のことしか考えてない最低女だったってことか」
意味がわからない妄想を好き放題言ってくることに対して、イライラしてくる。
「あんたたちねぇ!あれは嘘の情報だって、さっきの映像で言っていたでしょ!?何をぶり返してるのよ、バカじゃないの!?」
「その必死に嘘だって言い張ろうとしてる所が怪しいんだよ。それに、椿円華と繋がりがあったのは嘘じゃないだろ?この前、おまえと椿が一緒に居る所を見た奴が居るんだよ。聞いた話じゃ、そのまま2人でAクラスの寮まで行ってたんだってな。今度はAクラスの誰に取り入ろうとしてんだ?」
しまった、椿の言っていた不安が本当になった。
周りを見渡せば、誰も私と目を合わせようとしない。
自分たちを巻き込むな、勝手にやってくれと言う姿勢が伝わってくる。
重田にしても、状況を変える一言が出てこないのか険しい顔になっている。
ここでまた、あいつが磯部の前に出たところで何も変わらない。
私が1人で、どうにかするしかない。
頭を働かせないと、退学に向かって一直線よ。
「あんたの下らない妄想に付き合ってる時間は無いのよ。本当に内通者を見つける気があるなら、ちゃんと考えてから発言しなさいよね。私は内通者じゃない。何なら、スマホを見たって構わないわ」
無罪の証拠として、スマホを取り出して磯部に渡そうとした瞬間、廊下側の席から「ちょっと待って」と制止の声が掛かる。
「その行為は、本当にあなたが内通者じゃないなら危険だよ。磯部が内通者だった場合、見えない所で犯人としての証拠をダウンロードされる可能性もあるからね」
そう言うのは浦村さんで、磯部に不信感を抱いた目を向ける。
それを受ければ、当然あいつは反発する。
「俺が内通者だった場合ってのは、証拠があって言ってんだろうな?」
「逆に聞くけど、君が金本さんを追いつめようとしてるのも、証拠があって言ってるんでしょうね?私には、彼女を内通者にしようとしているあんたも、必死そうに見えるんだけど。彼女を内通者にしなきゃいけない理由でもあるわけ?」
少し目を据わらせて聞かれると、彼女の静かな威圧感に磯部は眉をひそめる。
その表情の変化を見て、浦村さんは頬杖をついて小さく息を吐く。
「……やっぱり、君は柘榴くんほどの器じゃないね」
小声ではあったけど、それは磯部の耳に届いたみたい。
「おまえ…今、何て言ったぁ…?」
怒りで青筋を立て、彼女に激昂する。
「ここには、もう柘榴は居ない‼だったら、あいつの代わりが必要だろ!?そんなの、一体誰ができるって言うんだ!?」
「少なくとも、それは君じゃない。彼なら、私程度が睨んだところで言葉が詰まることもなく、笑って受けとめるくらい平然とやる。真似をしようとした所で、君の実力じゃ同じことはできないよ」
淡々とした口調だけど、磯部を責める目の威圧感は弱めていない。
そして、あいつから視線を外すと次は私に焦点があてられる。
「君も軽はずみな行動は良くないんじゃないかな。他人は他人、自分は自分って区切るのは結構だけど、その行動1つで今回のように不信感を抱かれたら、アホらしくない?少しは先を見てほしいな」
「そ、それはっ……ごめん」
偉そうに言われて、むかっ腹が立たないわけじゃない。
だけど、それよりも彼女の言っていることが正しいと納得している自分が居た。
だから、自然と謝っていた。
私と磯部のせいで空気は重たくなっていき、状況は好転しない。
その中で、浦村さんは小さくも長く息を吐いて言った。
「……結局、今のこのクラスで内通者を見つけ出すのは不可能なんじゃないかな」
「いや、不可能って…‼諦めるわけにはいかないでしょ!?ここで見つけ出さなかったら、この先だって私たちの邪魔をするかもしれないのよ!?」
焦りの感情が先走り、過剰に反応するも彼女の表情に変化はない。
「私たち……って、一括りにしてるけど、それは君がこのクラスの本質に気づいていないから?それとも、気づいている上で目を逸らしているから?」
私に問いかけながら、その虚空を見つめるような目で周りのクラスメイトを一瞥した。
「柘榴くんが暴君として振舞っていたのは、彼が恐怖で支配するやり方を好んでいたから。他クラスからは、そう思われているし、私もそうだと思っていた。だけど、それだけじゃなかった。その原因は彼がクラスを離れてから、顕著に現れた。この特別試験が、浮き彫りにしたと言ってもいいかもしれないね」
頬杖をつき、哀れむような目になる浦村さん。
「このクラスから退学者が出ることは無いよ。自主退学をする者も居なければ、内通者を探そうとする動きをしていたのだって極少数。それも、この状況で容疑者の名前が出てこない時点で、結果に結びついていないってことだよね」
言葉の最後に私に鋭い視線を向けてくる所から、私が椿たちの作ったフェイクニュースに関係していることは見透かされてるのがわかった。
そして、容疑者を特定することができていないのも図星だ。
「私たちは、Eクラスに落ちるべくして落ちたんだよ。柘榴くんのせいにしようとしている人も居るみたいだけど、それは大きな誤解。私たちには、他のクラスと比べて決定的に足りない物があったんだから」
その言い方から、彼女も私と同じでこのクラスの弱点を見つけ出している事を察した。
柘榴が居なくなったことで、浮き彫りになったこのクラスの弱点。
それは―――。
「自分たちで状況を変えようとする意志。それが、このクラスには無かった。だからこそ、柘榴くんはFクラスを傘下に置いて利用し、私たちには必要最低限のことしかさせなかった。元から、クラスとして稼働していない集団のことなんて、見限ってたってこと」
このクラスは、最初から集団のために動くような連中じゃなかった。
それでも、柘榴の支配があったから必要最低限はクラスとして成り立っていた。
だけど、あいつはいつしか、椿のクラスと入れ替わる形で最下位になったFクラスを利用するようになった。
その理由が浦村さんの言う通り、柘榴が私たちを見捨てていたからと言うものなら。
あいつが監獄施設に送られることが無かったとしても、結局Eクラスに落ちていた未来は変わらなかったってことかもしれない。
柘榴1人のせいにして、自分たちは悪くないと思いたかったクラスメイトたちも、浦村さんから現実を突きつけられたことで険しい表情を浮かべたり、彼女から視線を逸らす。
「このクラスには内通者を見つけ出すこともできなければ、誰かを退学にさせる力がある者も居ない。例え多数決を取ったところで、それに従う人なんて誰も居ないでしょ?クラスの団結力なんて、これっぽちも無い集団なんだから」
多数決は、集団圧力が合ってこそ成立するルール。
だけど、このクラスにはそんな圧力は存在しない。
他人に対して、無関心な奴らばっかり。
クラスとして、誰かと誰かが協力することは無い。
小グループが点々としていても、その勢力は誰か1人を追い込むほどに大きいわけじゃない。
そんなクラスで多数決を行った所で、それは意味を成さない。
内通者を見つけ出すことはできないし、誰も退学になんてできない。
その結論が、このクラスの弱点を嫌と言うほど突きつける。
誰かの恐怖にすがっていた半年間の結果が、目に見える形として現れたんだ。
私たちの無様な結果を静観し、牧村先生の糸目が薄く開いて腕時計を見る。
「話し合いを始めて、30分が経ちましたが……もう、答えは出たみたいね。言いたくはないけど……あなたたちには、少々失望しました。では、あとは自習ということで」
その言葉を最後に、彼女は私たちを見ることなく教室を出て行った。
いつもの貼りついた笑みが、冷たい眼差しに変わっていた。
担任が教室を出て行ったあと、授業の終わりのチャイムが鳴るまでクラスの中は静かだった。
誰かが退学者を選びだそうとすることも無く、ただ空虚に時間が流れていった。
その中で、私に1つの事実が痛いほど突き刺さった。
このクラスには、柘榴恭史郎が必要だった。
どんな形であれ、それでクラスは成立していた。
それを私が『気に入らない』と言う理由で崩壊させてしまった。
私が……このクラスを弱くしたんだ。
今、クラスの中に隠れている内通者はどんな気持ちで居るんだろう。
隠し通せたことで安心している?
クラスのみんなの、意気消沈した顔を見てほくそ笑んでる?
「……最悪」
自分の席で小さい声で呟いた言葉に、誰も反応することは無かった。
最初は、誰かに必要以上に干渉してくることもないこのクラスに居心地の良さを感じていた。
だけど、今は……その不干渉なクラスに対して、嫌悪を感じ始めている。
どうしたら、また立て直すことができるのか。
もはや、結果の見えている特別試験のことなど気にする余裕もなく、私はクラスに対する責任の取り方だけを考えていた。
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