炙り出し、開始
全ての準備を終え、来たるべき日を迎えたのは取捨選択試験終了の前日だ。
時間としてはギリギリだったけど、期間内に間に合ったのは多くの人たちが協力してくれたおかげだ。
朝礼の後、疑心暗鬼の暗い空気が充満する教室の中で、成瀬が自分の席で後ろに目を向け、視界の端に俺を捉える。
それを受けて軽く頷けば、彼女も応えるように頷き返してくれた。
さぁ、隠れたモグラの炙り出し、その序章の始まりだ。
1限目が始まるまで、残り5分を切っている中で、成瀬はみんなに見えるように立ち上がって視線を集める。
そして、後ろを振り向いてはクラス全体を見渡してこう言った。
「みんな、気づいていると思うけど、明日で取捨選択試験が終わるわ。だけど、私たちはまだ、内通者を見つけることができていない。このままいくと、罪もない誰かを犠牲にするか、ポイントを犠牲にするかを強いられることになる」
当てずっぽうでクラスメイトを退学にし、そいつが内通者である可能性は決して高くない。
今、Dクラスに居るのは俺を含めても45人。
45分の1を運に任せ、内通者を追い出すことができるなんて希望は持てない。
かと言って、今日まで自分の正体を隠し通してきた奴が、いきなり「自分が内通者だ、退学にしてくれ」なんて名乗り出るなんてありえない。
だったら、どんな手段を使ってでも内通者を引きずり出すしかない。
そのための舞台を作るのは、学級委員である成瀬でなければ難しい。
「だから、私は決断することにしたわ。誰かを退学にするのか、ポイントを犠牲にするのか、今日の午後のホームルームで全てを決めましょう」
突然の学級委員の宣言に、クラスメイトがざわつく。
その中で、最初に動いたのは真央だった。
「確かに、そろそろ白黒はっきりさせた方が良いかもしれませんね。ですが、その決断に至るにしては、いささか遅すぎたようにも思います」
彼は成瀬に怪訝な目を向ける。
「今日、このタイミングでその決断を下したのは、理由があるんじゃないですか?もしかすれば……もう、あなたは内通者を知っている、もしくは、その手がかりを掴んでいる。違いますか?」
「……憶測を口にするのは構わないけれど、私は今、その答えを言う気はさらさら無いわ。答えを知りたいのであれば、私の宣言通りに動くことをおすすめするわ」
長い紫の髪を片手で横に軽く流しながら言えば、彼女に対する視線が険しくなる。
内通者を知っているのか、知らないのか。
手がかりを掴んでいるのか、居ないのか。
知っているならば、何故、すぐに告発しないのか。
様々な疑問が頭に浮かぶだろうが、その答えを得るには彼女の用意した舞台に上がるしかない。
内通者ならば、なおさらだ。
成瀬の発言力は、クラスを動かすには十分だ。
自分の知らない内に、策を巡らせていたと考えれば、それを阻止するために動かなくてはならない。
しかし、面と向かって対抗しようとすれば、内通者であることを暴かれるかもしれない。
どっちにしろ、今この場では拒絶できないんだ。
「わかりました。でしたら、僕は成瀬さんの提案に乗ろうと思います。住良木さんは、どうですか?」
真央に話を振られれば、麗音はすぐに頷いてみせた。
「私も同じかな。成瀬さんが、何の考えも無しにこんなことを言うとは思えないし。みんなで話し合うためにも、時間を作るのは賛成だよ」
学級委員が提案し、副リーダーとも言える2人が賛成すれば、自然とクラスメイトも賛成する方に傾いていく。
この流れに逆らおうとする愚者は、現れない。
「では、みんな、そのつもりで。まずは午前の授業に集中しましょう。私たちのクラスの課題を忘れないように」
学級委員として、頭を切り替えろと言う指示が飛んだタイミングで、1限目の数学教師が教室に入ってきた。
俺は軽く頬杖をつきながら事の成り行きを見ていたが、後ろから恵美が半目を向けてくる。
「悪いことを考えてる顔……」
「あ?」
「今の流れ、どうせ円華が3人に頼んだんでしょ?」
「……なぁんのことだか」
「白々しい。私、この試験の攻略については何も聞いてないんだけど?」
不服というように頬を膨らませて言う恵美。
それに対して、頭の後ろに左手を回しながら答える。
「言う必要が無かっただけだ。それに、おまえだって試験が始まってから、何かしてたんだろ?」
意外な返答に、彼女は首を軽く傾げる。
「気づいてたの?」
「おまえの行動が不自然だったからだ。何も言わなかったって意味じゃ、お互い様だろ」
「だって、円華の邪魔をするのは悪いかなって思ったから……」
「気を遣ってくれてどうも。つか、そう言うなら文句を言うなっての」
「私に隠し事をする円華が悪い」
「どういう理屈だよ、それ……。まぁ、良いや」
これ以上言っても並行線だと思って自分から折れれば、最後に恵美が小さくこう呟いた。
「円華は自分のやりたいようにすれば良いよ。私も、そうするから……。私のやり方で、《《あいつ》》を追いつめるから」
あいつ…?
引っ掛かる言い方だったから聞き返そうすれば、背後から今まで感じたことのない怒りのオーラが肌に伝わった。
まさか、恵美は……この騒動の犯人を、もう知っているのか?
だったら、何でそれを俺に言わないんだ?
……いや、こいつがそう決めたなら、それを追及するのは無しだ。
恵美も、俺の意志を尊重してくれている。
だったら、こっちもそうしなきゃ対等じゃない。
もしかしたら、俺はこの取捨選択試験を通じて、恵美の成長を感じることになるのかもしれない。
そして、このDクラスの覚悟と強さも。
ー----
午前の授業を全て終え、昼休み。
いつもと同じように、学園中の生徒が、各々の場所で昼食の弁当や食堂のランチメニューを食べている頃。
俺は屋上で進藤先輩と、電話でやり取りをしていた。
「じゃあ、先輩……頼みます」
『わかった、こちらの準備は終わっている。おまえたち1年生の努力を無駄にしないために、最大限の貢献をさせてもらおう』
「そう言われると、心強いですね。……期待させてもらいますよ、進藤先輩。俺に尊敬できる所を見せてください」
『任せろ。しかし、あとはおまえたちの学年の動き次第だからな?』
「わかってます。このチャンスは、絶対に無駄にしない。約束です」
口約を交わして電話を切れば、その2分後に学園中にチャイムが響き渡る。
そして、1年生エリアのテレビ画面が起動し始める。
テレビだけでなく、先程まで動画やゲーム等をしていた1年生たちのスマホの画面も切り替わる。
そこに映っているのは、赤いカーテンの前に立つ1人の長身で眼鏡をかけた男子生徒。
2年Sクラスで生徒会長候補の1人、進藤大和だ。
『才王学園の1年生のみなさん、突然のことに驚かれた方も多いことでしょう。私は2年Sクラスに所属する、進藤大和です。火急の用件であった故に、このような形でみなさんの前に顔を出すことに、まずは謝罪をさせていただきます』
1年生だろうと、あの人の態度は変わらない。
公然の場では、下級生であっても頭を下げられる。
その姿勢に対して、1年生たちは只事ではないことを感じ取り、画面に集中する。
『今回、みなさんが学園から新しい特別試験を課せられ、それに四苦八苦している状況にあるという情報を受けました。私は2年の先輩として、1年生の後輩たちに対して少しでも助力できることはないかと独自に行動を起こしました。その結果、みなさんの不安を払拭する情報を入手したため、この配信の場を借りて、全体として公開したいと思います』
彼の言葉に合わせ、画面が切り替わる。
映されているのは、これまでの1年生内で流れた噂の一覧だ。
一定時間ごとに、左にスライドして内容が公開されていく。
『この数々の噂話が、みなさんのスマートフォンに送信され、それに気分を害された方も多いことでしょう。信頼していた友人に疑いを持った方も、自分の噂が他の誰かに知られているのではいかと不安を感じた方も居ると思います』
同情を示す言葉を並べる進藤の声音は、それに共感を示しているように聞こえてくる。
その中で、彼は「しかし」と言葉を区切った。
『このようなデマに心が乱されている精神力の持ち主では、この先の学園生活を生き残ることはできない。あなたたちは、この弱肉強食の学園で生き残るために、もっと強い心を育んでいく必要がある‼』
同情するものから一変し、厳しく諭す言い方に変わった。
そして、画面は戻って進藤先輩の姿を映す。
その表情は険しく、力強い目が画面越しに俺たちを見ている。
『君たちは、この試験で大きく精神力を試された。それも互いを信頼する力を。学園がそれを確かめるために、この状況を用意した。その証拠を、お見せしよう』
進藤先輩の目での合図によって、再度画面が切り替わる。
それは先程のような文字の羅列ではなく、録画映像だ。
女子生徒が男子生徒と密会している所や、1人の生徒が購買のパンを取ってはポケットに入れる所、幼女の写真集を読んでいる男子生徒など、これまで噂で誰かが見たことがあるであろう映像が流れる。
その中で、放課後の校庭の前で、1人の男子が女教師を木陰から見つめているのが映し出される。
『先生……今日も綺麗だよなぁ…』
その後ろ姿は川並篤人であり、彼に後ろから付けられている女教師は瀬戸先生だ。
カメラが彼に詰め寄り、トントンと肩を叩く。
『おい、何してんだよ、川並?』
『うわぁ!?』
オーバーに驚く川並だけど、後ろを振り返れば安堵の息をつく。
『な、何だ、おまえかよ……。瀬戸先生を見つけたから、ちょっと…気になってぇ』
『疑われるようなことしてんじゃねぇよ。おまえ、女教師に目がないって噂になってるんだからさ』
『何だよ、その根も葉もない噂は!?俺、そんなんじゃねぇぞ!?』
『でも、瀬戸先生のことをストーキングしてたんだよな?』
『いやぁ~、それはぁ~、まぁ~……』
歯切れの悪い川並は、カメラの方を見るとバツの悪い顔からニコッと明るい表情に変わる。
『って、これはおまえらがやれって言ったからだろーがい!』
ノリの良さそうなツッコミを入れる彼に対して、カメラ側から1つの看板が手渡される。
その看板には、『フェイク大成功‼』と赤文字で書かれていた。
『テッテレー、ドッキリならぬ、フェイクニュース大成功…ってな‼』
川並の告白と同時に、画面が進藤先輩1人のものに切り替わる。
そして、彼は口角を上げて笑顔で言った。
『今の映像は全て、善意の提供者からのフェイクニュースだ。1年生諸君、楽しんでくれたかな?』
1年生のほとんどが、その事実に呆気にとられたような表情になる。
「フェイク…ニュース?」
「え、じゃあ、これって……」
「本当のことじゃない……ってこと?」
混乱する生徒たちの画面には、映像に出演した生徒たちがさっきの俺と同じように『フェイクニュース大成功‼』の看板を持っては笑顔でアピールしている。
『皆、内通者の流した噂話にまんまと乗せられたかもしれない。しかし、これらは全て嘘の情報だ。実際に、彼らに噂のような事実は存在しないことは、この映像から理解してくれることだろう』
進藤先輩が大々的に、1年生全体に知れ渡るようにフェイクニュースを公開した。
これが事実であれ、嘘であれ、先に行動した方が与える影響は大きい。
内通者が使ったのは文字の情報。
だけど、こっちはその情報を利用した上でのリアルな映像での情報。
人は信じたいようにしか信じようとしない。
そして、信じようとするのはより印象に残る情報だ。
映像と文字では、どっちが印象に残りやすいかは明らかだ。
例えそれが事実だったとしても、それは嘘であるという印象を刷り込ませる。
事実かどうかは関係ない。
弱い事実は、より強い影響を与えた方の事実に飲み込まれるのだから。
『これから先も、皆に噂が流れることがあるかもしれない。しかし、それは事実ではないことを、この映像の数々から理解してくれたと思う。皆がこれから、この経験を活かして精神的に大きく成長してくれることを望む』
最後に進藤先輩は、この言葉で締めくくった。
『以上で、私からの報告は終わりだ。私はこれからも、困難を抱えている生徒が居るのであれば、このように手を差し伸べるつもりだ。私は君たちが、学園の理不尽な試験に打ち勝てるように導きたい。そのためには、1年生も含めた1人1人の力が必要だ。……よろしく頼む』
深々と一礼し、1年生エリアの画面はそれぞれの通常のものに切り替わった。
画面から目を離し、俺はフッと笑う。
「最後の最後に、公約かよ。……抜け目ねぇな、あの人」
期待通り……いや、期待以上の波紋が、1年生の中で広がっているのが屋上から、それぞれの教室を俯瞰してわかった。
ここからは、1つ1つのクラスでの戦いだ。
さぁ、炙り出しの個別戦だ。
感想、評価、ブックマーク登録、いつもありがとうございます‼




