笑顔の蓋
「大体の話は把握したわ。もう慣れた気がしていたけど、本当にあなたの考えることは、私の想像の斜め上を行ってくれるわね」
腕を組んでは、呆れた目でそう言っては小さく溜め息をつく成瀬。
放課後の教室で、俺は内通者を炙り出すための策略を彼女に説明した。
少し呆気に取られた様子だったが、流石に半年も共に行動をしているとすぐに平静を取り戻してくれる。
「でも、私たちでもできることには限界があるわ。彼女の力を借りるとしても、情報が足りなければ与える影響は小さい。それはどうやって補うつもり?」
「事前にAクラスの雨水とEクラスの金本とは、協力関係を結んでいる。あいつらは信頼できる奴だから、安心できる。だけど、それだけじゃ足りない。もっと、情報を得るために人を巻き込むつもりだ。できるだけ、上の人間とな」
「……また、危険なギャンブルに出ることになるのね。あなたの考えることは、いつも冷や冷やさせられで恐ろしいわ」
「勝算のねぇギャンブルはしねぇよ。それにやらなきゃストレスフルな毎日を謳歌することになる。それだけは御免だぜ」
これまで安全策と呼ばれる行動を取ってきた覚えが無い。
特別試験なら尚更、そんなものは存在しないと思っている。
取捨選択試験で、決断を出すためにそれぞれのクラスが動き出している。
正解なんてわからないまま、それが最善と信じて足掻き始める者たちが居る。
俺もその1人であり、裏切り者を見つけ出すために全ての学年を巻き込もうとしている。
そう、全てだ。
進藤大和との契約が成立したとはいえ、それは最後の一手として下すと決めている。
俺の策略のためには、D、E、Aだけじゃ足りない。
S、B、Cクラスも巻き込む必要がある。
「とりあえず、彼女への協力の申し出は私に任せて。あなたは、あなた自身を守るために頭を巡らせなさい」
「……また、その話かよ」
成瀬は心配する目を向けてくる。
こいつの中で、噂騒動の犯人が俺の情報をいつ晒そうとするのかと言う恐れがあるんだ。
他人のことでも、仲間の存在が脅かされるのはいい気分じゃないって所だろうな。
「俺のことは気にしなくていい。目的も果たせていねぇのに、退学するなんて真っ平だ。だけど……」
成瀬は仲間を何があっても守ろうとする。
その姿勢は、理想的なリーダーの形の1つだと思う。
だけど、俺は今回の試験に対しては、彼女の思想を擁護することはできない。
何故なら、クラスに潜むこの騒動の犯人は、最も忌み嫌う人種だから。
そして、その異分子を利用した上で、確かめたいことがある。
このクラスは、本当に俺が居るに値する場所になりえるのか。
それを試すためなら、俺は自分の存在を賭けた勝負に出ることも厭わない。
「この試験の結果によっては、俺がこのクラスから居なくなる未来もあるかもしれねぇな」
右目の力で数秒先の未来を見通すことはできても、多くの人の複雑な思考が混ざり合った先にある結果を見ることはできない。
Dクラスに留まる未来と、どこかのクラスに移る未来。
俺自身すらも、どっちが最善なのかはわからない。
あり得るかもしれない未来の話をすれば、成瀬は目を見開いてしまう。
「あなた……もしかして、別のクラスと交流を持っていたのは―――」
「もしもの話だっての。そんな来るかどうかもわかんねぇ未来予想図にビクビクすんなよ。それに俺が居なくたって、おまえたちなら戦っていけるだろ?元から、クラスの競争で戦力にはカウントしないって話だったはずだぜ」
「戦力とかの問題じゃないわ。あなたと私たちは協力者でしょ?それを裏切ることは、絶対に許さない」
「……それこそ、状況によるだろ。俺にとってこの試験は、それを見定めるための舞台だ」
これ以上追及されるのも気が引けるため、話を切り上げて教室を出る。
「じゃあ、クラスのことはおまえたちに任せるぜ。こっちは言われた通り、自分の身を守るために行動するってことで」
「ちょっと、まだ話は…‼」
呼び止められる前に、速足で廊下を進んで教室から離れる。
そして、ある人物に対して電話を掛けた。
「もしもし、俺だ。少しだけ、時間をもらえねぇか?今回の試験のことで、話したいことがある」
ー----
恵美side
地下街に戻った後、カフェに立ち寄って一息つき、大きく息を吐いた。
「はあぁ~……疲れたぁ~」
言いながらテーブルに突っ伏してしまえば、一緒に来て前の席に座った麗音が頬杖をついて見てくる。
「それって気疲れじゃない?あんた、ずっと気を張ってたでしょ?」
「当たり前。ただでさえ最悪な空気が流れていた所に、毒ガスをまき散らされたような状況なんだよ?」
「それはそうだけど……はぁ、酷い顔してるのは、恵美だけじゃないみたいね」
麗音が周りを見渡してそう呟くと、ある一点を見つめては目を細める。
「あれって……要ちゃんじゃない?」
指さす先を見れば、そこには1人で窓側の席に居る和泉要の姿が視界に入る。
その表情は曇っており、テーブルの上に置いてあるコーヒーとドーナツに口をつけずに俯いてしまっている。
彼女と関わったことはそんなにないけど、いつも明るい笑顔を振りまく姿を見ていたから、らしくない顔をしていることだけはわかる。
そして、そんな和泉を遠目で見ている麗音の表情も少し影を差しそうになっている。
「心配なら、話しかけてみる?」
「……うん」
2人で彼女の近くに移動し、麗音がトントンっと肩を叩いてみる。
すると、和泉はゆっくりとこっちを見上げてきた。
「あ……。麗音ちゃんに、最上さん……偶然だね?」
私たちのことを認識しては、作った笑顔を向けてくる。
だけど、その笑顔でも憔悴していた痕跡は消せていない。
「要ちゃん、隣、良いかな?」
返事を聞く前に、麗音は和泉の左隣に腰を掛ける。
自然と挟むように右隣に座る。
「辛そうな顔をしていたけど……やっぱり、今の特別試験のことで気に病んでる?」
「うん……ちょっと、少しだけね。流石に、今回は参ったなぁ~って」
軽く頭を押さえながら苦笑いになる和泉。
無理して明るく見せようとしているけど、それが空元気なのは異能力を使わなくても見透かせる。
すると、麗音が彼女の様子を見て、テーブルの上に置いてある左手に右手を重ねて握った。
「誰にも言えずに抱え込んでることがあるなら、私たちが話を聞くよ?友達だもん」
「麗音ちゃん…」
自分のクラスで起きていることを、他のクラスの人間に話すのは勇気が要ることだと思う。
普通なら、ここでやんわりとでも断られることも考えられる。
だけど、和泉はそうはしなかった。
「……弱ったなぁ~。麗音ちゃんにそんなことを言われたら、弱音を吐いちゃっても良いかなって思っちゃうね。良かったら、最上さんも聞いてくれる?」
「えっ……私も、聞いて良いの?」
「うん。私は麗音ちゃんと同じくらい、最上さんのことも信頼できる人だと思ってるから。ダメかな?」
そんな、ほとんど接点も無いのに信用されても……。
と思ったけど、彼女に笑顔を向けられると嫌とは言えなかった。
弱ってるとしても、和泉の向けてくる笑顔にはNOと言えないプレッシャーを感じる。
多分、本人は無意識だとは思うけど。
「わかった。聞くだけ、聞くよ」
話を聞くことを了承すれば、和泉は話してくれた。
試験発表当日の出来事と、自分の下した決断について。
話が進むごとに目から光が消えていき、段々と腰が丸くなっていった彼女。
それを私と麗音は、自分の意見を挟まずに静かに頷いたり相づちを打ちながら聞いていた。
「……こんな感じかな、私のクラスは。最終的には、誰を退学にするかが決まらなかったら、私がそうするってことで一段落はしたんだよね」
そして、全てを聞き終わった時、麗音よりも先に私が口を開いた。
「和泉は、その決断の意味、わかってないわけじゃないよね?」
低い声で、感情を押さえながら問いかける。
和泉は静かに頷き、苦しさを隠すように笑顔を作る。
「わかってるよ。退学ってことは、死んじゃうってことだよね。でも、そうならないように、これからのことを考えてるんだ。なのに、頭の中が……今もグルグルしちゃってるんだ」
「グルグル…?」
麗音が復唱すれば、和泉は小さく2度頷いて下を見る。
「あの場ではああ言ったけど、私はそんなできた人間じゃない。本当なら、死にたくないよ?でも……クラスのみんなが、誰が死ぬのかを選ぶ光景も……見たく…ないんだ」
そう言葉を口から出す彼女の声は、震えていた。
自分が退学することも、クラスの誰かが退学することも嫌だと思う。
だけど、それは個人の我が儘なのかもしれない。
Sクラスに届くかもしれない。
クラスの中に裏切り者が居るなら、これからの学園生活のために排除したい。
2つの欲望が重なり、歯止めが利かなくなっているように感じる。
正直、今の話を聞いて、クラスの深刻さで言ったらAクラスは一番大きいかもしれないと思った。
私たちのクラスと和泉のクラスでは、50000ポイントの重みが違うんだ。
また何時、こんな大きなポイントを得られる試験があるかもわからない。
誰かを切り捨てて、またSクラスに大きく近づけるのなら、その可能性にしがみ付こうとする人は少なくないはず。
そんな思考を巡らせ、和泉に対して同情する気持ちがあるのは確か。
だけど、それと同時に怒りの感情が湧き上がってきている
「……死にたくないと思ったのに、何で自分から死を選ぶようなことを言ったの?私には、それが理解できない」
「そ、それは……あそこでそうしないと、もっとクラスが混乱すると思ったから……」
「じゃあ、何でその役目を和泉がする必要があったの?」
目尻を上げて鋭くさせると、私の眼光に彼女は目を逸らしてしまう。
麗音は和泉を庇うことはせず、黙って見守る。
「私が……私しか、あの場を収めることができる人は居ないと思ったから…かな。クラスのみんなは、私のことを信用してくれている。だから、私が退学するって言ったら、それで話は終わると思ったから……。これが、クラスにとっての正しい選択だって」
「……正しい?正解がどうとか、それを和泉1人で決めて良いの!?」
身体を怒りに震わせ、その選択に納得できない自分を隠さずにぶつける。
「和泉がAクラスの人から信頼されていることはわかったよ。だったら、あんたが退学するのは違うんじゃないの!?本当は退学したくないって、自分で今言ったよね?だったら、自己犠牲なんて考えないでよ‼本当にクラスメイトのことを想うなら、和泉は死んじゃダメなんじゃないの!?あんたのことを信じている人が、悲しむって思わなかった!?」
感情のままに言葉を吐き出せば、肩で大きく息をする。
それに対して、和泉は目を見開いては言葉が出ないのか唇を震わせている。
彼女の隣から、麗音がカフェオレを渡してきては「スッキリした?少し落ち着きなさいよ」と宥めてくるので、コップを受け取って一気飲みする。
「ふぅぅ……私が言いたいことは言えたから、今度は和泉の番。あんたは、本当はどうしたいの?クラスにとっての良い選択とか関係なしに、和泉がどうしたいのかを聞かせてよ」
目を合わせて言葉を促せば、彼女は今度は視線を逸らさなかった。
「私……は……」
ゆっくりとだけど、和泉は唇を動かして声を出す。
「私が死ぬ…のも、嫌だし……誰にも……死んで欲しく…ない…。でも、どうしらたら良いのか……わからないよぉ…‼」
それは和泉の本心であり、実現する可能性は極めて低い我儘。
だけど、心の底に押し込んでいた、苦しさと辛さを抱える一面が和泉の中から蓋を開けて顔を出したのを感じた。
無理していた笑顔が消え、その下にあった苦しさと悲しみが表に出てきている。
両目から涙を流し、制服の袖で何度も拭っている。
そんな彼女の頭を周りから隠すように抱きしめ、よしよしと麗音が慰める。
Aクラスが抱える問題は、とても根深いものだと思う。
Eクラスが抱える問題も、小さいものじゃない。
それを解決するためには、1週間以内にそれぞれの答えを出すしかない。
その方法に心当たりがあるとすれば、私の頭にパートナーの存在が浮かぶ。
今日の円華の様子から、もう何か策を巡らせて行動しているのはわかった。
だったら、私は私にできることをする。
麗音と和泉を見ながら、1つの決心をする。
こんなくだらないクソゲーなんて、根本から覆してやる。
この状況を作り出しながら、のうのうと平穏に生きようとしているモグラを許さない。
絶対に、土の上に引きずり出して白日の下にさらしてやる。
私の力は、それを実行することに適している。
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