内側の敵意
瑠璃side
あれから2日間、今日の金曜日になるまで、例のメールは1日に1通ずつ送られてきた。
幸い、円華くんの力のことで騒動は起きていない。
放課後になっても、特に問題なくみんなそれぞれの帰路に就いたり、部活動に行っている。
もしかしたら、最初に私にあの動画を送ったのは、その反応を確かめるためだったのかもしれない。
あの日、円華くんを皆の前で糾弾しなかったことが起因しているのであれば、相手は私のことを見定めていたと視るべき。
そして、メールの内容は日が経つにつれて目も当てられない誹謗中傷になってきている。
それはDクラスだけではなく、他のクラスも同じはず。
こんな生活がいつまで続くのかと、徐々に心が疲弊していくのがわかる。
ただの迷惑メールと割り切ることができれば簡単なのだけれど、事はそう単純じゃない。
割り切れる人間も居れば、そうできない人間も居る。
真偽を明らかにできない情報ほど、相手に対する疑念は増して行く。
こんな状態では、いずれ不平不満が爆発するのは目に見えている。
そして、この一週間のメール騒ぎは1つ1つのクラス単体で解決する問題じゃないと思っている。
私には2つほど引っ掛かる部分がある。
1つは、あの円華くんの能力を映した動画。
あの事実を知る何者かは、彼の力を知りながらもそれを拡散していない。
それが不気味さを漂わせている。
ただ円華くんのことを恐れているが故に黙っているのなら、私のメールに添付してくるかしら。
何か狙いがある、そんな気がしてならない。
そして、もう1つがクラスにとっては重要。
私の所に届いた、円華くんを除いた合計3人の個人情報に関するメール。
その情報の内容が、クラスの内情を知らなければ、観察しなければ知り得ないものばかりだと言うこと。
確かにその情報の真偽を確かめる証拠はない。
それでも、クラスの状況を把握していれば『本当にそうなのかもしれない』と疑わせる要素ばかり。
なのに、円華くんの物だけは具体的に証拠を出してきた。
明らかに、彼に対してだけ特別に狙いを定めているのはわかる。
この2点のことから、私の中で浮かんでいる強くなる仮説。
「本当に、クラスの中に居ると言うのかしら……今回の犯人が」
クラスの中に敵が居る。
考えたくもない予想を立てていると、目を背けたくなる。
円華くんは、自分の目的を達成するためにクラスメイトだろうと排除する覚悟を決めている。
私には、その覚悟がない。
彼の決意を聞いた2日前から、ずっとそのことが頭の片隅に残っている。
誰にも自分の弱さを見られたくないという想いから、独りで地下の帰路についていると、公園の前を横切ろうとした時に視界の端にクラスメイトの姿を捉えた。
高校生にもなって、陽気にブランコに座ってブラブラと揺れている金髪の彼に呆れて声をかけた。
「あなた、こんな所で何をしているのかしら、基樹くん?」
彼は声をかけられれば、私の方に視線を向けるとブランコから飛び降りては両手を広げて着地する。
「何ってぇ……久しぶりに、童心に帰ろうかなって思ってさ。いやぁ~、久しぶりにブランコに乗ったらさ、ガキの時とは見える景色が違ってびっくりしたわぁ~」
両手を頭の後ろに回して陽気にそんなことを言っているけど、それが本心じゃないことはもうわかりきっている。
反応を示さずに黙ってジト目を向けていると、基樹くんは目を逸らして「すんません、嘘です」と謝る。
「何か、瑠璃ちゃんが思い詰めた顔してたし?悩みごとがあるなら、話し相手になろうかなって思っただけ。俺が柄にもなくブランコに乗っていたら、嫌でも気づくっしょ?」
悪戯が成功した子どものようにニッシシと笑うのに、イラつきを覚えて強く足を踏む。
「いった‼暴力反対‼」
「あら、ごめんなさい。足が滑ったわ」
まんまと術中にハマったことに不服であり、声をかけたことに後悔している。
彼は足を押さえながら私にチラッと横目を向けてはこう言った。
「この一週間のメールのこと、気にしてるんだろ?」
「えっ……」
「瑠璃ちゃんの様子を見てたらわかるって。日に日に疲れた顔になってるし、心配すんなって方が無理でしょ」
言いながらブランコに再度座り、隣のもう1つの方に座るように促してくる。
仕方なく、私はそのまま座って俯く。
「私には、わからないの……。クラスの中に静かにだけど、黒い空気が流れ始めている。それにみんな、見て見ぬふりをしようとしている。このまま、事が終わるのを待つまで現状を維持させれば良いのか……騒動を起こした犯人を、見つけだせば良いのか」
心の内を吐き出せば、基樹くんの表情が引き締まる。
「人の噂も75日って言うけど、こう毎日毎日知りたくもないことを流され続けたら、誰だって気が滅入るって。それは瑠璃ちゃんだけじゃない。みんな、同じ不安や不満を抱えているはずだ。だけど、瑠璃ちゃんが言ったんだろ?こんなくだらないことに流されるなって」
「それはそうよ。こう言うことは気にしないに越したことはない。だけど、それでも限界がある。このままだと、クラスが崩壊するかもしれない。それは正しい選択じゃないわ」
クラスの均衡を維持すること、それが正しいことだと思っている。
だけど、それは逃避ではないかと思っている自分も出てきている。
「それ、石上や恵美ちゃん、麗音ちゃん辺りにはちゃんと言ったのか?」
「言えないわよ。私は今、最悪なことを考えている。クラスの中に、同じクラスメイトを陥れようとしている存在が居るかもしれない。それを想像するだけでも……恐いの」
自分を抱きしめるようにして、腰を丸めてしまう。
仮面舞踏会の時は、結局坂橋くんが言ったような裏切り者は存在しなかった。
だけど、今回は違うと直感している。
クラスの内情を知らなければ流せない情報。
そして、円華くんに狙いを定めていると思われる証拠。
この2つと、私が今までクラスの中で感じていた黒い感情が合致してしまう。
これは悪い妄想なら、それで良いと思っていた。
だけど、その願望を基樹くんの次の一言が打ち消した。
「確かに居るだろうな、円華のことを排除したいって思っている奴は。そして、そいつは円華1人を排除するために、クラス全体を巻き込んでいる。学年全体かは、別の話だけどさ」
「……え?」
彼の言葉に引っ掛かりを覚え、顔を上げて怪訝な表情になる。
「今回の一件、犯人は1人じゃない。最低でも、1つのクラスに1人は居るんじゃないかと思ってる。そして、そう仮説を立てると、この騒動を引き起こそうとした火種も居るんじゃないかってな」
「それって、他のクラスの人たちと手を組んで、それぞれが自分のクラスを攻撃しているってこと?一体、何の目的で?」
「そこまではわからない。だけど、損得勘定だけで動くのが人間じゃない。それは瑠璃ちゃんもわかってるだろ?」
確かに、その通り。
私には理解できないことだけど、人は自分のどうしようもない感情や欲望に振り回されることがある。
だとしたら、その人たちの今回の感情や欲望は何なのかしら。
「まぁ~、正常な思考はしてないって思った方が良いよな。どこの誰が関わってるのかまではわからないけど、少なくともクラスの中で暴走している奴をどうにかしないと、瑠璃ちゃんの想像通りになりかねない」
基樹くんが淡々と口にする言葉からは、円華くんと同じような冷静さに感じる。
それに対しても、私は理解に苦しんでいる。
「あなたも円華くんも、どうしてそうも冷静なのよ?クラスが混乱することになるかもしれないのに、まるでそれを気にしていないみたいに……」
「みたいじゃなくて、実際に気にしてないんだよ。少なくとも、俺はね。君ならわかるでしょ」
「……そうね。あなたの場合は、クラスがどうなろうとどうでも良いって思っていそうだわ。だけど、契約したからには、協力してもらうわよ?あなたの知恵を貸してちょうだい」
基樹くんの本心を代弁して口にすれば、それを彼は否定しない。
だけど、気に入らないと思っていても、彼の力は必要だとは感じている。
私には視えていなくても、彼が視えているものがあるかもしれない。
「あなたなら、内部に裏切り者が居たらどうするの?円華くんは、自分の邪魔をするなら潰すと言っていたわ。あなたも同じ?」
「前までの俺なら、即殺処分って言うと思う」
目から光が消えた状態でそう言うけど、「しかし」と区切れば瞳に輝きが戻る。
「それじゃ、君は納得しないだろ。それに、円華も一応の譲歩はしてるじゃん?自分の邪魔するならってことは、そうじゃなかったら放っておくだろ。俺たちも、前よりは考えがマイルドになってるよ」
手を組み、腰を丸めて目が据わる。
「俺なら裏切り者を見つけても、最終的には本人の決断に委ねるかな。自分が変わることを選ぶのか、変わらないことを選ぶのか。どっちを選ぶのかはそいつ自身だ。その先の結末がどうなるにしても、それを受け入れるしかない」
「それなら、私がその人を変えてみせる。誰も犠牲者は出させないわ」
「……瑠璃ちゃん、その考え方は危険じゃないか?」
私の意志を聞き、彼の目が鋭くなる。
「人はそう簡単には変わらない。自分が変わろうとしない奴は、周りが何て言おうと変わらないもんだ。例え、君が救いの手を差し伸べようとしてもね」
基樹くんは今までの人生観に基づく、私の知らない現実を突きつけてくる。
それでも、私は……。
「それでも、変える努力をしなければ、本当に何も変わらない。何もせずに諦めるなんて選択は、私にはできない」
「……だったら、瑠璃ちゃんの思う通りにやってみたら?俺や円華が何て言おうと、それは正解なわけじゃない。譲れないものがあるなら、自分を貫くのが瑠璃ちゃんの良い所だろ?」
無邪気な笑みで言ってくる基樹くんに対して、私は胸の鼓動が跳ね上がって顔を背ける。
「本当に、そう思ってる?」
「当たり前じゃん。俺は瑠璃ちゃんのやりたいこと、それなりに応援するぜ?」
「そこは全力じゃないのね」
「全力だったら暑苦しいじゃん?柄じゃないって」
それもそうねと頷き、ブランコから立ち上がる。
「わかった……。私も覚悟を決めたわ。手遅れになる前に、私のやるべきことをする」
衝突を避けていたら、何も前には進まない。
ここで試されているのは、向き合う覚悟だと思う。
内側の敵意に、私は逃げない。
均衡の維持ではなく、未来のための前進を選ぶ。
それが私の、Dクラスのクラス委員としての決断となった。
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