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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
弱者との内乱
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均衡と対峙

 朝礼が終わって岸野が教室を出た後でも、例のメールについては、Dクラス内ではそれほど問題にはならなかった。


 今は2限の後の休み時間であるが、特に揉め事が起きそうな感じはない。


 昨日の成瀬の忠告が効いてるんだろうな。


 しかし、引っ掛かる部分もある。


 このまま、犯人はいつまでこんなことを続けるつもりなんだろうな。


 俺1人を潰すために、他のクラスまで巻き込んでいる。


 目的が1人だけなら、Dクラスだけで終わらせればいい話だ。


 だけど、そうしなかった。


 俺だけじゃないってことなのか?


 目的が別にもあるとしたら……。


 口を手で覆い、仮説に没頭しそうになると横から「少し良いかしら?」と成瀬の声が聞こえてきた。


 横目を向けて反応すれば、彼女は軽く腕を組んで不機嫌そうな表情を浮かべている。


「あなたに話があるの、時間を作ってちょうだい」


 ここで拒否ったら、面倒なことになる気がする。


 そして、用があるのは俺1人だけらしい。


 前と後ろの基樹と恵美が席を立とうとすると、「彼と2人にさせて」と言って止めた。


 2人で教室を出て、人気のない自販機の前で止まれば、彼女はフゥーっと長く息を吐いた。


「大変なことになったわ。あなた、相当ピンチに追い込まれてるわよ?」


 スマホを取り出し、画面を見せてくる。


 そこに書かれていた内容は、俺に関するものだった。


 ー----


 1年Dクラスの椿円華は、復讐者。そして、人ならざる化け物である。


 ー----


 そして、画面をスクロールすれば、そこには1つの動画が添付てんぷされていた。


 Fクラスの教室で、俺がヴァナルガンドを装着した時の映像だ。


 その文章を見た時、頭の中でヴァナルガンドが反応した。


『すっげ、まとてるぜ。証拠まで押さえられてやがる』


 るっせぇ、勝手に出てくんな。


 成瀬の表情から、焦りを感じていることがわかる。


 まぁ~、俺の時だけ手の込んだことをしやがって。


「これが最初に私の所に届いて良かったわ。でも、これからどうするの?あなた、もしもクラスのみんなにこれを見られたら……」


「その時はその時で考えるぜ。でも、今は俺のことを気にしてもしょうがねぇ。成瀬、メールの発信元はおまえでもわからねぇのか?」


 成瀬は電子系に強いハッカーだ。


 当然、メールを頼りに発信元を特定する技術は持っているはず。


 だけど、彼女は苦い顔を浮かべて首を横に振る。


「1限と2限の時間に、できる限り探ってみたけど、サーバーは特定できなかったわ。厳重にロックがかかっている。カモフラージュも完璧のようね」


 こいつが特定しようとすることも織り込み済みか。


 今回の犯人は、とても用心深いらしい。


 己のことを一切悟らせないで、俺を追いつめようとしているってことか。


「敵はあなたの力のことを知っている。いつ、どこで、どのようにこの情報を使ってくるか。私は恐ろしくて夜も眠れそうにないわ」


「気を使いすぎなんだよ、おまえは。でも、心配してくれるだけありがてぇけどさ」


 不安と焦りを抱いている成瀬とは対照的に、俺は平然とした態度をとる。


 それが納得いかないのか、彼女は目尻を吊り上げる。


「逆にあなた、どうして冷静なの?もしも、今、この瞬間にもあなたのことを流出されたら、あなたが築いてきたクラスの信頼を崩すことになるかもしれないのに」


「……現状を維持することに固執こしつしていたら、二の足を踏むことになるかもしれねぇ」


 成瀬はクラスの均衡を保とうと必死だ。


 だから、不安に駆られている。


 だけど、俺は違う。


 均衡の維持なんて求めてねぇ。


 いい機会だ、ここで成瀬の方針を確かめておくか。


「なぁ、成瀬……もしもの話だけどさ。今回の事件の犯人が、俺たちのクラスに居るとしたら、どうする?」


 聞かれたくなかったことなんだろう、成瀬の表情に影を落とす。


「……考えないようにしていたことを、わざわざ掘り起こしてくれたわね」


「でも、いざという時にジャッジをくだす責任を問われるのは、クラス委員のおまえだと思わねぇか?」


「わかっているわ。だからこそ、私は……」


 焦りを感じているのは、俺のことだけじゃなかったってことか。


 本当はそう思いたくはない。


 だけど、もしもを想定して対策するのは、リーダーの役割だ。


 外部の敵に対して手を尽くせるようになったのは、彼女にとっては成長だと思う。


 それでも、敵が内部に居る時は別だ。


 成瀬の今のうれう表情からわかる。


 こいつはまだ、内部の敵と戦う覚悟ができていない。


 そんな奴に今すぐ答えを求めるのは、酷かもしれねぇな。


「こういう時、1人で抱え込んだらマイナス思考にまっしぐらだ。おまえにも頼れる相手が居れば、相談でもできるんだろうけどな」


「……確かに、そうね」


 思い当たる人物が居るのか、少しだけ彼女の表情が晴れた気がした。


 こういう時、個人的に頼れる奴と言えば、あいつしか思いつかねぇけど。


 素直に協力するかな。


 休憩時間の終わりが見え、教室に戻る傍らで成瀬が聴いてきた。


「参考までに聞かせて。あなたなら、クラスの中に敵が居たらどうするのかしら?」


「そんなの、決まってんだろ……」


 彼女は、俺の性格を理解した上で聴いているんだろう。


 そして、自分の中での答えは既に決まっている。


「クラスメイトだろうと関係ねぇ。邪魔する奴、気に入らねぇ奴はぶっ潰す。それだけだ」


「……そうなのね」


 そうに呟く成瀬からは、哀愁あいしゅうを感じた。


 これが彼女の決断に、どう影響するのかはわからない。


 それでも、俺は俺にできることをするだけだ。


 成瀬が今回の一件でどんな答えを出すのか、興味が無いわけじゃない。


 だけど、もしかしたら、俺たちの考えは対立することになるかもしれねぇ。


 その時は、俺の目的を果たすために相手をするだけだ。



 ー----

 蓮side



 最近、教室の中に居ることに息苦しさを感じている。


 はたから見れば、何の変化もないAクラス。


 お嬢様を中心に、その調和を保たれている。


 しかし、それは表面上のことであることに俺は気づいている。


 変化は、確かに起きている。


 このことに他のクラスが気づけば、致命傷ちめいしょうとなるほどの大きなすきを作ってしまった。


 それをさとらせないように、クラスのほとんどの者が平静を装っている。


 要お嬢様も例外ではない。


 そして、俺も同じだ。


 こんなクラスに、そして自分自身に対して嫌悪を抱いている。


 だからこそ、俺は……。


「ね、ねぇ、雨水…?」


 終礼を終え、教室を出ようとすればお嬢様に声をかけられる。


 しかし、俺は振り向くことができないまま、足を止めて口をつぐむ。


「まだ、体調が悪いんだよね?だったら、無理しないで―――」


「申し訳ありません。不甲斐ふがいない俺のことは、お気になさらずに。執事として、お嬢様の身体を害するわけにはいきませんので」


 淡々とした声で言えば、早々に教室を出る。


 その時、彼女がどんな顔をしていたのかはわからなかった。


 表情を見ることすらも、嫌だった。


 そして、俺自身の顔を見せるのが嫌だった。


 男子トイレに駆け込み、洗面台の鏡を見る。


 怒りにゆがんだ、醜い顔だ。


「クソがっ…‼」


 左手で壁を殴れば、ズキンっと痛みが走って押える。


 手には包帯を巻いており、隠している傷跡に衝撃が走った。


「……いつになったら治るんだ、この傷は……」


 冬休み期間中に、野良猫に噛まれた傷。


 いつまで経っても、その傷がふさがらない。


 包帯を外し、水で冷やして痛みを和らげる。


 しかし、これでも応急処置だ。


 手で水をすくって顔を洗えど、気分は晴れない。


 晴れるわけがない。


「周りの全てが気に入らない。そんな顔をしているね」


 近くで声が聞こえて横を見れば、「やぁ」と陽気に挨拶をしてくる。


 緑色の髪で、前髪にコンコルドを挟んでいる細身の男だ。


「顔色悪そうだね?大丈夫かい?」


「っ‼貴様には関係ないことだ‼」


 後ろに下がり、早々にトイレを出ようとすれば、その前に「君、嘘つきだね」と言われて止まる。


「……何だと?」


 怒気を孕んだ声を出し、鋭い目付きで睨みつける。


 しかし、俺の怒りの目を受けながら、奴は笑顔を向けてくる。


「自分の感情を押し殺して、辛そうな顔をしている。君は何を我慢しているんだい?」


「俺は何も我慢なんてしていない。デタラメなことを言うな…‼」


 右腕を前に振りながら否定するが、男の笑顔は絶えない。


 逆に顔を近づけ、俺と目を合わせてくる。


「不平不満があるなら、自分に正直になった方が良いんじゃない?今の騒動を起こしている子たちみたいにさ」


 その緑の瞳は、目を通じて俺の心を覗き込む……いや、『何か』で染めようとしているように感じる。


 あまりの不気味さに目を逸らせば、奴はさりげない動作で小さなボトルを顔の前に吹きかけた。


「っ!?何をする…‼」


 甘い香りが鼻腔びこうに入りこみ、すぐに手で押さえる。


「花の香りは、心をリラックスさせるそうだよ?その恐い顔も、少しは緩むと思ったんだけど、焼け石に水だったみたいだね」


 中身は香水だったようで、奴はボトルをズボンの中に戻すと小さく溜め息をつく。


「それにしても、君は楽しそうなことに便乗しない派か……。そっかそっか」


 少し残念そうな顔をし、俺に興味を無くしたかのように横を通り過ぎていく。


「君、椿円華と仲がいいよね。彼と関わるなら、気を付けた方が良いよ。いろんな人から嫌われてるみたいだし、君も被害を受ける……いや、もう受けてるかもね?」


 不吉な言葉を残し、男はトイレを出て行った。


「名乗りもしないとは、失礼な奴だ。……それにしても、あの男、椿円華の何なんだ?」


 椿のことを話す時、奴からは異質な気配を感じた。


 憎悪、ねたみ、悲しみ、怒り。


 あらゆる負の感情が入り混じっていた。


 椿円華……全く、あいつは、柘榴恭史郎以外の者にもどれだけの恨みを買っているんだ。


 周りのことを一切気にしない、かつ目的以外では極度の面倒くさがり屋のあの性格からして、仕方がないことなのかもしれんが……。


 あいつのことが頭に浮かぶと、自分の抱えている問題がくだらないことに思えてくる。


 椿円華ならば、俺と同じ状況に立たされた時、どうするのか。


「……ダメだ。あいつの思考に偏っては、俺まで誰かに恨まれそうだな」


 頭を軽く振って切り替え、包帯を巻きなおしてはトイレを後にする。


 これはAクラスの問題であり、俺の問題でもある。


 しかし、俺1人では解決が不可能ならば……少しは知恵を借りるのも、悪くないかもしれないな。


 あいつには、文化祭で協力した貸しがある。


 それを返してもらう分には、力を借りないこともない。


 お嬢様を救うためなら、何だって利用するだけだ。

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