疑惑のメール
円華side
朝、部屋を出ていつも通りに登校しようとすると、階段を下りた先でフードを被った男が居た。
壁にもたれ掛かって、俺のことに気づいては1度目を合わせ、次に逸らしながら言った。
「おはよーさん」
「お、おう……」
基樹だ。
挨拶をした後で、気まずいのかフードを深くかぶりやがった。
クリスマスの前日以来、真面に言葉を交わした日は今日のこの瞬間までしかない。
お互いに、柄にもなく感情をぶつけ合った後で期間を開け過ぎたのかもしれねぇ。
どう話せば良いのか、わからなくなっているんだ。
ここは突拍子も無く、気にしてない感じに『今日もさみーな』とか『どうした?暗くね?』とか言えば良いのか?
つか、そう言う風な流れに持っていくには、もう立ったまま無言で10秒は経過している気がする。
頭の後ろに手を回し、何を言おうか考えていると基樹が口を開く。
「この前は、その……ごめんな。頭に血が昇って、思っても無いことを言った」
俺はすぐには言葉を返さず、その表情を見る。
あの時言われたことは、まだ頭の中に残っている。
仲間だなんて思ってない。
そう言った時の基樹の目からは、感情任せに出てきた言葉のようには思えなかった。
だからこそ、そのまま言葉を受け入れることはできなかった。
「……あの時の言葉が、本心だったのかどうかは別に気にしてねぇよ。でも、どんな理由があっても、それが口から出たってことは、おまえの中で少しは感じていたってことなんじゃねぇの?」
ここで『気にしてねぇよ』と言って仲直りって流れは、どうも好きじゃない。
それじゃ解決しないだろ、俺たちの関係は。
基樹は俺の問いに対して、目を閉じて俯く。
「まぁ、でも、おまえの言う通りだと思った。何でもかんでも共有するだけが、仲間じゃねぇよな。俺こそ、悪かったぜ」
予期しなかった言葉なんだろう、あいつは顔を上げて目を見開く。
「何言ってんだよ……。だって、おまえ、凄く怒ってただろ‼」
「あの時は俺も……何が何だかわからなかったから、感情任せになっちまった。だけど、頭が冷えたら、そんなに気にしなくても良いのかもしれないって思ったんだ」
俺の中で抱えていた不安とか不満とか、そう言うのとは別の話だ。
俺にも俺の考えがあるように、基樹にも基樹の、これまでの経験から生まれた考えや価値観があるはずなんだ。
そこに自分の考えを押し付けたら、相容れないのは当たり前だ。
そんなことで、くだらねぇ展開にはしたくねぇ。
「おまえがどう思ってようと構わねぇし、話したくないなら、それで良い。でも、俺は変わらずにおまえのことは仲間だし……大切なダチだって思ってる。それで良いか?」
「ダチ……」
基樹は俺の言葉を復唱すれば、肩をビクッと震わせて下手な笑みを浮かべる。
「何だよ、それ……。あぁ~、バカらしい!年末から年明け、ずっと悩んでたのがバカみたいじゃねぇかよ、コラァ‼」
あいつは俺の首に右腕を回しては両腕を使って固めてくる。
「いてててててっ‼痛いって‼」
「うるせぇよ‼八つ当たりじゃ~‼」
いつもの調子に戻り、2人でバカをやっている。
その中で、基樹がボソッと呟いた言葉が耳に届いた。
「ありがとな……ダチ公」
その後、久しぶりに2人で登校する間に、あいつから2つの大きな事実を聞いた。
1つは来年、桜田家から俺と基樹を始末するために刺客が送り込まれること。
もう1つはこの前、ディアスランガが接触してスサノオを渡してきたこと。
基樹も魔鎧装の使い手になったんだ。
ディアスランガにどういう意図があって、そうしたのかはわからねぇ。
だけど、あいつとしてはもらえる物は有難くもらっておくスタンスらしい。
一応、親父さんの形見みたいだしな。
この時、俺はこの前みたいに父親のことに触れることはしなかった。
また変な空気になるのは御免だし、今じゃないと思ったから。
そして、鎧の話になった所で、あいつは俺に怪訝な目を向ける。
「なぁ、円華……。俺、ずっと恐くて聞けなかったことがあったんだ」
話の流れから、どう言うことなのかは察しがつく。
「おまえ、どうやって魔鎧装を使えるようになったんだ?」
どうやって……か。
ディアスランガがスサノオの鎧を装着した時、そのやり方に違和感を覚えた。
どうやら、俺は特殊な事例らしい。
ヴァナルガンドは別に最初から依り代があったわけじゃない。
今は白華に憑りついているけど、それだって俺の身体から移動したって形だ。
頭の中に語り掛けてきた、獣の声。
あいつは自ら、俺に力を貸すと言ってきた。
あの時から、本当の意味でヴァナルガンドの力を使えるようになったと言っても良い。
それでも、獣の気まぐれに振り回されてるのは否定できない。
だけど、俺があいつの衝動に飲まれる恐怖を克服できたのは、1人でできたことじゃない。
今思えば、恵美が孤独の鎖を断ち切ってくれた時からだったのかもしれねぇ。
「今の自分がカッコ悪いってことを、自覚させられたから…かな」
「…何だ、そりゃ」
特に参考にもならねぇことを呟けば、基樹から半眼を向けられた。
俺は頭の後ろを掻き、苦い顔をする。
「俺自身もわかんねぇよ。だけど、やっぱ……それぐらいしか思いつかない。魔鎧装のことだって、つい最近知ったばっかだし。……いろいろと頭を抱えてるのは、俺も同じだ」
魔鎧装のことだけじゃない。
3学期早々に、いろんなことが立て続けに。
左目を押さえ、意識を集中してみる。
一瞬だけ赤眼を解放してみても、この前のような紅い世界は見えない。
この世界の現実って……何だよ。
「何が何だかわからない。だけど、やらなきゃいけないことは分かっている。そのために、俺は自分の持てる力を全て振るう。それだけだ」
俺の決意を聞き、基樹はフードを深く被っては「あっそー」と興味なさげに顔を背ける。
エレベーターの前に到着して待っていると、その時にスマホから着信音が鳴る。
最近、スマホに届くメールに対して過敏になっており、恐る恐る画面を確認する。
そして、無意識に舌打ちをしてしまった。
『1年Dクラスの川並健司は、女教師に興奮する』
掲示板の次はメールかよ。
今回は1つのクラスに関するものだけだ。
それは基樹にも届いたようで、あいつはスマホの画面を見せてくれた。
『1年Dクラスの伊礼瀬奈は、盗撮を趣味としている』
時間差で周りの1年にもメールが届いたようで、それを見て動揺が走る。
同じクラスの個人の情報だけを送ってくるやり方。
もしかしたら、昨日の掲示板は誰かが自分が動き出したことを知らしめるための布石。
1つだけはっきりした。
このメールの送り主は、クラス内での混乱を起こそうとしている。
ー----
校舎内の1年のフロアでは、既にどこのクラスも少し騒々しくなっていた。
外から見ても、疑心暗鬼の目が広がっている。
そんな状況の中で、近くのEクラスから「ふざけんじゃないわよ‼」と知り合いの女の声が聞こえてきた。
それを聞いただけで、荒々しい光景が目に浮かんだ。
俺はEクラスに向かい、基樹も心配だという理由で流れでついてくる。
廊下から中の様子を確認すれば、金本1人に対して男女数人が相対している。
「私が柘榴の後釜を狙ってるなんて、勘違いも甚だしいわよ、あんたら‼」
「でも、ちゃんと、ここには書いてあるんだよ。おまえが柘榴を陥れようとしていたってさ」
中央に居る男が、後ろに居る女子に視線を送れば、そのスマホを見せてくる。
「ここには確かに、『1年Eクラスの金本蘭は、Dクラスの椿円華に取り入り、柘榴恭史郎を陥れた』って書いてあるね」
「……ってことだ。折角、柘榴が居なくなって清々していたのに、目の上のたんこぶがまたできるって聞いちゃ、黙っていられるわけねぇだろ?」
そう言う男の表情は、この状況を楽しむように不気味な笑みを浮かべている。
「あんた……私を本当に怒らせたいようね、磯部‼」
金本は下から睨みつけ、腰を屈んで今にも一触即発しそうな空気が流れる。
そして、磯部って奴もそれに対してまんざらでもないように見下ろしている。
柘榴が居なくなったら居なくなったで、血の気の多さは変わらねぇのかよ、このクラスは。
磯部の両隣に居る男子も、加勢する気なのか金本に敵意を向けている。
ここは止めに入るべきか?
だけど、話の内容的に俺が割り込んだら余計に話が拗れる気がする。
知り合いが騒動を起こそうとしているのを、見て見ぬふりをするのも気分が悪いしなぁ。
気配を消しながら傍観者をしていると、異常な空気の中で興味無さげに机に頬杖をついてスマホを触っていたギャル風の女子が、サラッと呟いた。
「うっっっざ」
その声は磯部の耳に届いたようで、彼女に視線を向ける。
「浦村……何か言ったか?」
「うざいって言ったんだけど、聞こえなかった?」
圧をかけようとする奴だけど、浦村という女子はそれを意に介していない。
「女子1人に対して、多勢に無勢。恥ずかしいって言葉、知らないならググったら?」
うわぁ、あの女、肝が据わってんなぁ~。
そして、浦村に便乗するように、周りの女子も磯部たちに痛いほどの冷たい視線を向ける。
それだけでなく、金本と磯部の間に頼れる存在が割って入る。
「ここで……仲間割れ……よく…ない」
巨漢の重田が立ちはだかれば、磯部は怯んで一歩下がる。
「何だよ、柘榴が居ないと何もできない木偶が、何の真似だよ?」
減らず口を叩きながらも、彼への恐怖は隠せていない。
磯部の取り巻きも、それは同じだ。
「私は1人でやり合っても良いけど、周りはそうさせてくれないみたいね。まだ私に変なイチャモンを付けたいって言うなら、相手になってあげるけど?」
金本の挑発に対して、奴は彼女と重田、そして周りで見ている浦村を含めた女子を見渡した後で、奥歯を噛みしめてギリっとなる。
「上等だよ。それでおまえたちも巻き添えにできるなら―――」
特攻覚悟で開戦を宣言しようとした時、ハイヒールのカツンッという靴音が大きく響いた。
「双方そこまでよ」
前のドアから、貼りついた笑みを浮かべた女が優し気な声で静止を促した。
牧野先生だ。
この前と同じく、全く気配を感じさせずにそこに立っていた。
そして、彼女の声が聞こえた瞬間に、金本や磯部たちも互いに対する警戒を解いては席に着いた。
気づけば、始業のベルまであと3分も無かった。
俺と基樹は静かに、通行人を装いながらEクラスの教室の前を通り抜ける。
教壇の前に立っている牧野先生を横目で捉えれば、彼女もこっちを向いていた。
その時の先生の目は、若干の鋭さがあるように感じた。
俺たちは自分の教室に滑り込みセーフで席に着き、2人同時に安堵の息をつく。
それに対して、後ろの席の恵美が首を傾げる。
「どうしたの?狩野ならともかく、円華がギリギリなんて珍しいね」
「ちょっと、恵美ちゃん!?俺ならともかくって何!?」
「何って……遅刻常習者だから?」
悪意なく事実を言われれば、基樹はグーのねも出ない様子だ。
少しずつだけど、本当に前の感じに戻ろうとはしているみたいだな。
「Eクラスで騒動が起きててさ、野次馬になってた。ありゃあ、まだ一悶着ありそうだぜ」
先程のことを思い出し、Eクラスの今の状況を分析してみる。
柘榴が一時的に居なくなったことを良いことに、後釜を狙っている奴が居る。
そして、あいつはクラスの全体を支配していたが、個々で見れば別々のグループが存在していた。
これから先、Eクラスがどうなっていくのか。
今回の事件で、変な気を起こしそうで怖い。
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