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カオスメイト ~この混沌とした学園で復讐を~  作者: カナト
弱者との内乱
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真実の先

 ヴォルフは俺の態度を見ても、特に怪訝な顔を浮かべることはなかった。


 むしろ、微笑まし気に笑っている。


「君の力のことは、既に把握しています。そして、2学期に起きた騒動の真実もね。君の中に眠る獣は、凄まじい可能性を秘めているようだ」


 俺を通して、ヴァナルガンドのことを見透かそうとしているのか。


 あいつと意識が繋がっている今、誤魔化そうとしても意味がない。


 いや、直感でわかる。


 この男には、誤魔化しは通じない。


『今、ここで喰っちまうか…!?』


 バカ、おまえにはわからねぇのかよ。


 ヴォルフ・スカルテットは、ディアスランガよりもヤバい…‼


 対面して立っているだけで、ひしひしと伝わってくる。


 隙だらけのように見えて、その威圧感は戦う意志をそぎ落としていく。


 今の俺じゃ、ヴァナルガンドの力を使ったって勝ち筋が見えない。


 頭の中で獣の意志を押さえつけていると、顔の前に右手の平を見せる。


「安心してください。私は君をどうこうするつもりはありません。無論、その復讐の意志を否定するつもりもね」


「……だろうな、あんたがそのつもりなら、俺はもうこの場に居ないんだろ?」


「察しが良いですね。その通りです。いかなる手を使おうとも、この学園から排除しようとするでしょう。しかし、そうはいかない事情があるのも確かです」


 両手を腰の後ろに回し、ふぅぅと小さく息を吐く。


「君にとって幸か不幸か、私は少し学園を空けなければならなくなりましてね。この機会に、君に真実を話しておいた方が良いかもしれません。それを聞けば、私が先程言った言葉の真意も、わかってくれることでしょう」


 俺がこの学園をぶっ壊すって話か……。


 学園の秩序を統制するべき存在が、その破壊を望んでいる。


 矛盾した話だ。


「あんたは一体、何がしたいんだ…?」


「私の目的は、先程言った通りです。それ以上でも、それ以下でもありません。しかし、そのためには今ある学園の調和を乱す存在が必要でした。その役割を担うのに、君は打ってつけだったわけです」


「何だよ、それ。答えになってねぇだろ」


「抽象的な表現になってしまいましたね。それならば、君が来る前の学園の成り立ちを話しましょう」


 ヴォルフ理事長は話しだす、才王学園の調和の意味を。


「そもそもの話が、この学園事体、弱肉強食の理に則った実力主義の上に成り立っているのは、君も痛いほどわかっているはず。今日までの数々の苦難を乗り越えてきた中で、犠牲になった生徒も多い」


「他人事みたいに言うんだな……。退学=死のルールを作ったのは、学園側だろうが」


「確かに、その通りです。しかし、何の目的も無しに、ただの気まぐれに生死をかけた生活をさせていると思いますか?君は既に、その引っ掛かりを頭の中で感じているはずです」


 自身の頭をトントンッと人差し指で軽く叩く理事長の問いに、俺は口に右手を当てて考える。


 その間に、ヴォルフは言葉を続ける。


「成瀬校長が、あなたに真実の断片を話したのは知っています。なので、包み隠さずに言いましょう。緋色の幻影と言う組織が、君たち生徒に対して何を求めているのかを」


 学園の中で行われてきた、生死を賭けた特別試験デスゲーム


 悪趣味な大人の娯楽でないのなら、何を目的にこんなことをやっている?


 俺はまだ、この学園の核心には迫っていない。


 校長の話を、今までのポーカーズや組織のメンバーの言動を思い返し、雲を掴もうとしても捉えきれない。


「君は疑問に思いませんでしたか?この学園の生徒が、何故、今の状況を受け入れているのかを。君のように特殊な環境で育ってきた人間ならともかく、多くの生徒は危険とは無縁の生活を送ってきた。にも関わらず、この学園のシステムを受け入れている」


 それについては、夏休みの頃から頭に残っていた疑問の1つだ。


 何かがおかしいことは、初めから分かっていた。


 だけど、それについて知り得た情報は皆無に等しい。


「人は1つの疑問を目の前にした時、2つの選択肢を取るものです。1つは、徹底的に自分が納得するまでその疑問を解消しようとする。もう1つは、深く探究せずにありのままを受け入れようとする。君は無意識に、その後者を選ぼうとしたのではありませんか?」


 ヴォルフ理事長の問いかけに対して、俺は面と向かって否定することはできなかった。


「何故、疑問を疑問のまま放置したのか。その答えは簡単でしょう。周りがそうだから、それが普通なのだ、常識なのだと認識してしまった。しかし、その前提となる現象があった場合、その常識という認識は大きくくつがえることになる」


「環境がそれが普通だと認識させたから、思考放棄させたとでも言いたいのか?」


「その通りです。生物というものは個人の意思で動いていると思いつつ、その実は行動のほとんどが環境による影響が大きい。100人がそれを正しいと認識すれば、1人の違和感など容易く塗り替えることができる。それは君とて、例外ではありません」


 無意識に自分が思考を止めていたことを突きつけられれば、ヴォルフは人差し指を立てる。


「そして、ここからが本題です。この学園の環境は、人が死ぬことを受け入れている。イイヤツの放送でパニックが起きた事実はあれど、それでも生徒たちはこの生活を受け入れることを選んだ。本当ならば、自ら死を選ぶ生徒が居てもおかしくはなかった。しかし、その事実はどこにもありません」


「学園側が自殺した生徒を揉み消したんじゃねぇのか?」


「何のために?まず前提として、彼らは死にたいという思考になるわけも無いと言うのに」


「……はぁ?」


 理事長の言葉に違和感を覚え、まゆひそめる。


 死にたいという思考になるわけも無い。


 その言い回しは、ある意味……。


 俺の引っ掛かりに対して、ヴォルフは答えを示した。


「この学園の生徒の思考は、一定の範囲で支配されているのですよ。気づきませんでしたか?」


 平然と口にするその真実に、衝撃が走った。


「……思考……を、支配…?そんなこと―――」


「できるのですよ。私の力ではありませんがね。この学園に入学している時点で、生徒は()()()()の思考に支配されている。これは紛れもない事実です」


 ヴォルフの口から出てくる言葉が、理解不能だった。


 だけど、その態度からは嘘を言っているようには見えない。


 何かの異能具の能力なのか?それとも、個人の異能力か。


 もしくは、俺の知らない特殊な何かがまだ隠されているのか。


 受け入れようとしている気持ちと、目を背けたい気持ちが相反する。


「しかし、例外も存在する」


 そう言って、俺のことを指さす。


 人差し指の先に向けているのは、右目だ。


「君はその存在の力に抗う力を持っている。だからこそ、今ある学園の調和を少しずつですが揺るがしている」


「……あんた、俺の何を知っている…?」


 視線を逸らさず、まっすぐに目を合わせれば理事長はフフっと笑う。


「残念ながら、何でも知っているわけではありません。しかし、君より把握している情報は多いでしょう。少なくとも、君の中の狼くんのことは、その根源までわかっている」


 ヴァナルガンドのことを触れられれば、奴の怒りの衝動が伝わる。


『こいつ…‼今すぐに喰らいつくす‼』


 やめろ、ヴァナルガンド。今攻めたら、思うつぼかもしれねぇだろ‼


 必死に獣を押さえつけている間に、理事長はノーモーションから右手を伸ばして俺の頭を掴む。


「っ!?」


 左目を覆うように掴んだ手から圧迫する感覚は無かったけど、左手の人差し指を立てて口元に当てる。


「偶然とは言え、私に辿たどりついた君にプレゼントをあげましょう。少ししびれますが、我慢してくださいね?」


 そう言って、心の準備をする暇もなく、左目を通じて電気が走った。


「っ!?ぐぁああああ‼」


 顔の左半分が痺れ、手を離せば頭を押さえて右目で睨みつける。


「何っ…をした…!?」


「言ったでしょう、プレゼントですよ。()()()をどう使うかは君次第ですが、きっと重宝ちょうほうしますよ?」


 優し気な笑みで言うヴォルフからは、一欠片ひとかけらの悪意も感じない。


 この男、警戒はしていたけど動きが視えなかった。


 そして、さっきの感覚……異能力者だ。


 だけど、今の攻撃は一体……。


 痺れが少しずつ薄れ、左目を開けば、その視界に映る光景が一瞬だけ異質なものに変わった。


 目の前に広がったのは、紅の世界。


 だけど、それはすぐに消えた。


「な、何だ……今のは…‼」


「君が見えたであろう紅い世界が、()()()()の現実です。そのことを、ゆめ々忘れないようにしてください」


 この世界の……現実?


 また訳の分からない疑問に襲われそうになる前に、ヴォルフ理事長は校舎を見上げて悲し気な顔を浮かべる。


「生徒たちには、本当に悪いと思っています。望んでも居ない環境の中で、文字通り自身の命を賭けた戦いに身を投じさせている。本当ならば、私もそんなことはさせたくない……」


「あんた、理事長なのにそんなに権限はもらってないのかよ?」


「残念ながら。……やれやれ、本当に困ったものですよ。だからこそ、君のような存在を待ちわびていたのですが」


 ヴォルフの目は俺の後ろにある時計台に行き、時間を確認する。


「そろそろ、昼休みも終わりのようですね。君との再会が嬉しくて、ついつい長話をしてしまったようです。本当ならば、要点を伝えて終わらせるつもりでしたが……。私も、知らず知らずのうちに焦っていたのかもしれません」


「焦る…?」


「いや、こちらの話です。では、今の話の中で君が最も知りたいであろうことの答えを提示し、ここでの話を終わらせるとしましょう」


 ヴォルフはこれまでの話の流れが、全て繋がっていることを示す。


「君をこの学園に招いた理由……生徒たちの命掛けの戦い……そして、その思考の支配。全ては、緋色の幻影の目的―――――RUINの復活に起因している」


 RUIN。


 それが何を意味するのかは、全くわからない。


 だけど、この言葉を聞いたのは、これが初めてじゃない。


 冬休みに会った、ディアスランガの後に現れた男の言葉を思い出す。


破滅ルインの呪縛からは、解放されたみたいだな』


 ルイン……そいつと俺は、無関係じゃない。


 俺の驚きは気にせず、ヴォルフは言葉を続ける。


「ルインの力は、その支配下にある者の思考を操ることなど容易です。あの方は、自身をよみがえらせる器として、この学園の人間を――――」


 理事長の言葉が核心に迫りかけたその時、彼の後ろから女の静かな、そしてはっきりとした声が聞こえた。


「ヴォルフ理事長、ここにいらっしゃったのですね」


 そこでヴォルフは言葉を止め、笑顔の仮面を張り直して振り返る。


「何でしょうか、牧野先生?」


 牧野……確か、金本のクラスの担任教師だ。


 彼女もまた、理事長と同じように笑顔を崩さず、感情が読めない。


「生徒との談笑中に失礼いたします。そろそろ、授業の時間ですので、彼を教室に戻してあげてはいかがでしょうか?」


「……そうでしたね。私も時計は見ているつもりでしたが、彼との会話が楽しくてつい。申し訳ありませんでしたね、椿()()()


 あくまでも人前では教師と生徒と言う立場で線を引くヴォルフ。


 それに対して、俺も「別に気にしてないです」と返す。


 確かに時計を見れば、もう5限まで6分しかない。


 しかし、理事長としてはまだ話し足りないようで、名残惜しそうに目を合わせてくる。


「では、教室に戻る前に、最後に私から君にアドバイスを1つ」


 言葉を区切り、一瞬だけ牧野先生に視線を移した後で言った。


「目に見えているもの、聞いたこと、起きている状況が事実だとして、それを信じるかどうかは別の話。その裏に隠されている真実の先を見据みすえる力を、身に付けてください」


 そして、アドバイスの最後に、離れ際にこの言葉を残した。


「どうか、自らの強さを追い求めることを止めないで。この才王学園では、常に成長することを志す強者だけが、生き残ることを許されるのですから」


 もう心残りは無いようで、言いたいことを言っては足を止めずに俺から離れて牧野先生の方に歩みを進めた。


 俺も集中できるとは思ってないけど、授業をサボる気にもなれねぇから教室に戻った。


 常に成長することを志す強者……か。


 ヴォルフ理事長のその言葉は、俺の胸に深く刻み込まれる。


 いろいろと考えることは増えたけど、わかったことも大きかった。


 RUIN……それが、緋色の幻影の目的。


 その名前だけは、ポーカーズと同じく、忘れられないものになりそうだ。

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