掲示板の書き込み
早速、例のメールの送り主の仕業なのか、学園の渡り廊下にある掲示板の前に人だかりができていた。
少し警戒しながら近づいて見れば、そこには1つの貼り紙がセロハンテープで固定されている。
そこに書かれている内容は4つ。
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・1年Sクラスの科野真紀は、2年Aクラスの桑沢敬に積極的にアプローチをかけている。
・1年Aクラスの宇垣勇は、幼女趣味。
・1年Bクラスの辰崎甲は、2学期末試験でカンニングをした。
・1年Cクラスの池田怜は、Aクラスの飯島香枝にストーカー行為をしている。
・1年Dクラスの石上真央は、同性愛者。
・1年Eクラスの門田梅代は、上のクラスに行くために他クラスに援助交際を迫ってはポイントを集めている。
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1年の1クラスごとに、1人の生徒に対する書き込みがされていた。
この中でも名前がわかるのは、同じクラスの真央だけだ。
だけど、あいつに関しては同性愛者なんて話は聞いたこともねぇ。
いや、別に仮に事実だったとしても、他人に話すようなことでもないのは確かだ。
問題は、この6人に対する書き込みを誰がここに貼ったのかだ。
昨日のメールの人物とは関係ないのか、俺については書かれていない。
誰が、何の目的でやった嫌がらせなのか、今の状況じゃ全く見当もつかない。
「生徒諸君、これは何の騒ぎだ?」
学年主任兼Sクラス担任の間島先生の声が聞こえ、振り返れば、険しい顔をしている。
ほとんどの生徒が掲示板と先生を交互に見れば、彼は貼り紙に気づいてはその内容に目を通し、目を見開いて紙を取っては丸めてジャージのポケットに突っ込んだ。
「こんな程度の低い悪戯で騒ぎ立てるな。全員、さっさと教室に行くように。すぐに朝礼が始まるぞ?」
そう言って、先生はそそくさとその場を離れていった。
周りを見るに、貼り紙がしてあったのはこの掲示板にだけ。
だけど、誰もが通る渡り廊下の掲示板に貼られれば、全員にではないにしても注目を集めるのは確実だ。
さっきの書き込みの内容を、大勢の生徒が見た。
この事実に対して、俺の中で嫌な予感が生まれてくる。
「ただの悪戯……なら、良いんだけどな」
プライバシーに関わるもの、不正をしたという証言、関係を迫ったという内容。
どれも聞いていていい思いがする者じゃない。
こんな根も葉もない書き込みに対して、揺れるようなことが無いことを祈るしかない。
嫌な予感を考えだしたらキリが無いけど、昨日のメールから神経質になっているのかもしれねぇな。
とりあえず、俺も人の群れが散るのを見計らって掲示板から離れ、Dクラスの教室に向かった。
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教室に入れば、案の定と言うべきか、1つの机の周りにクラスメイトがたむろしていた。
主に女子が。
「石上くん、男の子が好きって本当なの?」
「嘘だよね!?私たち、石上くんのことを信じてるから‼」
「で、でも、相手がイケメンなら、それもそれでぇ……」
「変な妄想しないの‼石上くんは清廉潔白なんだから‼」
女子どもの心配する眼差しを一心に受けながら、真央はやれやれと言った表情を浮かべている。
「当事者の僕の意見を信じてもらえるかはわかりませんが、とりあえずは弁解させてください。僕は同性愛者ではありませんよ。同性の友人は居ますが、それはあくまでも友人ですからね」
その一言にホッと胸を撫でおろす石上真央ファンクラブ一行。
しかし、それで納得する者も居れば、そうでない者も当然現れる。
「そんなの、口ではどうとでも言えるよなー。こういう噂って、される原因があるから出てくるわけだしよー」
遠くの方からわざと聞こえるような言い方をする男子。
今のは、前から真央に対して良い印象を抱いていなかった男子グループの中の1人、坂東からだ。
坂東の突っかかる言い方に対して、真央本人ではなく女子グループの沢野と上田が反論する。
「何よ、あんた。石上くんに文句でもあるわけ!?」
「そんなことを言うなら、証拠を出しなさいよ。証拠を‼」
「そう言うなら、逆にあの貼り紙が嘘だって証拠もあるのかよ!?」
水を得た魚のように、真央に対して圧をかけようとする男子たち。
今まで、女子がチヤホヤしていた悪い影響が、ここになって出てきたか。
真央がクラスのために尽力してくれていることは確かだけど、周りの扱いのせいで彼に対する心境は大きく2分されたのは前から気づいていた。
実力があることと、女子からもてはやされていることが気に入らないと思うことは別の話だしな。
当の本人の前が仲裁に入ろうとしても、それで事態が収まるわけでもない。
こういう時、必要なのは双方から実力も人柄も認められている存在だ。
「あなたたち、何を言い合っているの?教室の外まで聞こえているわよ」
成瀬の声が聞こえ、全員がドアの方に視線を向ける。
彼女は軽く腕を組み、男子と女子の双方に視線を向ける。
「もしかして、あなたたち、あの掲示板のことで揉めていたのかしら?」
「だ、だったら、何だよ?あれが本当のことかどうか、本人に直接聞いた方が早いじゃん。なぁ!」
坂東が後ろの自身の味方に同意を求めれば、数人が渋々と言った感じで頷く。
それに対して、女子たちも敵意剥き出しの目を向ける。
その様子を見て、成瀬は小さく「くだらないわね」と言っては教室に入って自身の机に鞄を置き、振り向きざまに冷ややかな目を向ける。
「あれが事実であれ、嘘であれ、その情報に流されている今のこの状況に対して、私は先が思いやられるわね。この状態こそが、あの掲示板の犯人の狙いかもしれないのに」
「それは……どう言うこと、成瀬さん?」
上田が緊張した面持ちで聞けば、成瀬は男子と女子の双方に1度交互に指をさす。
「2学期の文化祭の時と同じよ。今、こうやってクラスの間で仲たがいさせることも、犯人の目的だとは考えられないかしら?あの時は学園同士のことだったけれど、今はそれをクラスという単位で置き換えただけよ」
説明を受ければ、ほとんどのクラスメイトが頭を冷やし始める。
そして、真央が成瀬に苦笑いで歩み寄った。
「すいません、成瀬さん。僕のことで、こんなことに……」
「別にこれはあなたのせいではないわ。くだらない噂も、すぐにみんな気にしなくなるわよ。何なら、面白おかしくしちゃえば、犯人の思惑も外れるわ」
「面白おかしく……ですか?」
「気にしないで。それは今後のもしもの対策として言ってみただけのことよ。だけど、あなたも変な言われようのないように、身の振り方は少し改めた方が良いかもしれないわ」
真央に言った後に、女子の方にもジト目を向ける。
「あなたたちもわかったでしょ?あなたたちのこれまでの彼への振る舞いも、今の騒ぎの一員になったことを自覚してちょうだい」
「「は、はぁ~い」」
学級委員からの説教を受ければ、素直に女子グループも返事をした。
今更だけど、成瀬も学級委員としての影響力って強かったんだな。
みんな、それだけ彼女の実力と人柄は認めていると言うことらしい。
言い方は、時々あれだとは思うけどな。
朝礼の時間も近づいてきており、自然と先生が来る前に席に着き始める。
俺も自分の席に座り、頬杖をつきながら思考を巡らせる。
成瀬の言っていた通り、今のように仲たがいさせることも犯人の目的だったのかもしれない。
だけど、これは俺たちのクラスではという話だ。
他のクラスでは、一体どんな風になっているのか。
文化祭の時は、才王と阿佐美という2つの大きなグループのいざこざで終わった。
だけど、今回はあの時とは事情が違う。
6つのグループの中で、どれだけの勢力に分かれるかはわからない。
対象者を攻撃しようとする者、守ろうとする者、無関係を装う者、両者を仲裁しようとする者。
1つの言われのない噂だけで、どれほどの展開が待ち受けてるのかはわかったもんじゃない。
最悪の場合、1つのグループだけで終わる話じゃなくなるかもしれない。
「俺の居場所を無くしてやる……か」
あのメールの内容を小声で呟き、これからの展開を予測してみる。
俺にはどうしても、メールの送り主と掲示板の書き込みが無関係な気がしなかった。
これで、余計な波乱が起きなければ良いんだけどな。
もしかしたら、これが草食動物の戦い方なのかもしれない。
朝礼の時間になり、岸野先生が不機嫌な顔で教室に入ってきた。
その表情から、掲示板のことはもう知っているのだと察した。
教壇の上に名簿を投げ置き、生徒に半眼を向けて見渡す。
「おまえら、朝の貼り紙で余計な面倒事を起こしてないだろうな?あんなのに振り回されるようなら、この先が思いやら―――」
「先生、それはさっきほど、私が言っておきました。みんな、反省していると思います」
成瀬が軽く手を挙げて進言すれば、岸野は一瞬固まった後に「わかった、それならいい」と切り替える。
そして、真央に心配する目を向ける。
「石上、おまえも気にすんなよ。このことで変なことを言い出す奴が居るなら、そいつにこう言い返してやれ。『事実でも嘘でも、くだらないことに振り回されてるバカの相手をしてる暇はない』ってな」
「は、はい……考えておきます」
真央の人柄からして、そんなことを面と向かって言うとは思えねぇけどな。
彼へのフォローを入れた後で、改めて俺たちを見渡す。
「今回のことは、どこのクラスでも『どっかのバカが暇潰しにやったことだ』ってことで処理するように動くだろう。このDクラスもそのつもりだ。こういうことは、相手にしないに限る。だが……」
懸念が残っているのか、岸野の歯切れが悪い。
「火種は撒かれた……。そう解釈はしといた方が良いかもな」
低い声で呟くところから、教室の空気が重たくなった。
何かがおかしいと言う気持ちは、先生も同じなのかもしれない。
成瀬たちには隠しておくにしても、同じ引っ掛かりを覚えているだろう先生とは情報を共有しておいた方が良いかもしれない。
昼休みか放課後に、メールについて伝えておくか。
何かいいアドバイスがもらえるとかは期待してねぇけど、それでも担任の耳にクラス内の問題を入れておくに越したことはねぇからな。
忠告と1日の予定を確認した後で、岸野は教室を出て行き、それぞれが1限の数学Aの準備を始めた。
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