英雄たちの裏側
???side
12月26日の夕方。
人気のない校舎の前を通り、堂々と正門に向かえば、その前に後ろで手を組んだ神父服の男が立っていた。
男は俺の存在に気づき、閉じられた糸目を開いた。
「遅すぎる学園参観は楽しめましたか、亡霊さん?」
「……てめぇか。まさか、出迎えに来るとは思ってなかったぜ」
フッと笑って目を合わせ、警戒心を向けずに歩み寄る。
「こちらも大変でしたよ。あなたの起こした騒動を鎮静化させるために、根回しに荒っぽいこともさせていただきました。これは、彼に対する貸しと言うことでお願いします」
「俺には関係ねぇよ」
素っ気なく吐き捨てれば、男は口角を上げる。
「久しぶりに会っても、あなたは昔と変わりませんね。自分の欲望以外のことは度外視だ」
「おまえの感想なんてどうでも良い。俺の前に姿を現したってことは、俺の期待している情報を渡す気になったのか、それとも殺されに来たのかの2択だろ?」
前者以外を許さないという圧を放ちながら言い、男はやれやれと言うように肩をすくめる。
そして、胸ポケットから1つのUSBメモリを取り出して渡してきた。
「そこにあるデータから、痕跡を辿ることができるはずです。しかし、あなたはいつまで、追跡者を続けるおつもりで?それも、自らの子どもを放り出してまで」
「……俺は約束しちまったんだよ。何があっても、あいつの命を狙う奴はぶっ殺すってな」
メモリを受け取り、男の前を通り過ぎて正門に向かおうとすれば、その前に問いかけてくる。
「何故、自分の息子に本当のことを伝えないのですか?彼もあなたの真実を知れば、今まで苦しまずに済んだでしょうに」
「おまえには関係ねぇことだ。この先も、妙な気は起こさねぇことだな。お互い、《《死なせたくはねぇだろ》》」
「……そうですね」
互いの事情を知っているが故に、深入りはしないという暗黙の了解がある。
止めていた足を進めながら、俺は前を向いたまま忠告する。
「地下を探り、例の場所を見つけた。奴らは既に次の研究を進めている。他の破滅の従者が変な気を起こさないように、精々目を光らせておくんだな、学園長……ヴォルフ・スカルテット」
「やれやれ、困りましたねぇ。私も時間があまり残されていないのですが。やはり、彼らの力に期待するしかなさそうですよ……死神さん?」
名前を呼べば、奴は立ち尽くしたまま俺を見逃す。
この学園で俺がやるべきことは終わった。
面白いものが見えたのは収穫だったが、まだそれも断片的なものであり、成長途中だ。
新世代がそうであるように、旧世代《俺たち》も動いている。
それが重なる時、全ての根源を追いつめる一手を打つことができるはずだ。
あいつも、その瞬間のために嘘と真実を利用して事を進めている。
これは16年前から続いている、あまりにも細すぎる綱渡り。
全ての善意と悪意を巻き込んだ策略に対する答えは、どこに辿りつくのか。
破滅の根源との化かし合いに終わりが見えるのは、まだ先の話のようだ。
ーーーーー
正門を抜けた先で、1つの黒い車が止まっていた。
その運転席に乗っているのは、黒に近い銀色の髪をした隻眼の男。
真っ直ぐに車に向かって助手席に座れば、「遅いぞ」と小言を言われる。
「知るか。おまえの予定に合わせてやる義理はねぇ。アシモフはどうした?」
「彼は忙しい身だからな。比較的自由に動ける俺に、おまえの迎えを任された。不服だったら、歩いて戻るか?」
「ここら一帯を血の海にしても良いなら、考えてやってもいい」
「それで困るのはおまえの方だ。勝手に《《もう1度》》死んでくれ」
互いに顔を見合わせずに前を向いたまま言葉を交わし、奴はアクセルを踏んで車を発進させる。
「……おまえの弟子、意外と骨のある奴だったぜ」
この間のディアスランガとの戦闘を思い返して呟けば、隻眼の男……谷本健人はフッと口角を上げる。
「当たり前だ。おまえの遊び程度で潰れるような鍛え方はしていない」
「流石はおまえの弟子って所か。……そして、あいつの―――」
「それ以上言うのは止めておけ。もう終わったことであり、掘り返せば怒らせることになる。どこで聞いているか、わからないからな」
「俺としては、また奴と遊んでやっても構わねぇけどな」
「強がるな。おまえにそんな余裕はないはずだ。目的を見失って行動するのは、昔からの悪い癖だぞ」
俺の過去を知っているだけに、こいつと言葉を交わせば敵わない。
話題を変えるため、柄にもなく他人の詮索をしてみるか。
「おまえの方は、嫁とどうなんだ?ちゃんと連絡は取っているのか?」
「それなりにはな。年明けには島に戻り、娘に会いに行くらしい」
「その時、おまえはどこに居る?」
「予定が合えば戻るつもりだ。娘にもそうだが、妻にも余計な心配はかけたくない。あいつは、家族のことになると神経が過敏になるからな」
「それだけじゃない。……まだ、《《あの時》》のことを気にしているんだろ?」
「最上がそうだったように、俺もあの時に罪を背負っている。もう2度と取り返すことはできない。だからこそ、今ある大切な者は守りたいだけだ」
俺は話を聞きながら、タブレットにメモリを刺してデータを読み込む。
そして、求めていた情報を探す中で、タイムリーな痕跡がヒットした。
「……おい、健人」
「何だ?俺に説教する気なら、車を降りろ。八つ当たりに付き合わせてやる」
「そうじゃねぇよ。だがぁ……車は止めた方が良いだろうな」
健人は道路の端に車を止め、俺は1つのデータを拡大して見せる。
それは組織の実験体となった子どものリストであり、その中の1人の子どもを見て奴は左目を見開く。
「……まさか…‼いや、しかし…‼」
「この情報が幸か不幸かは知らねぇが。おまえのやるべきことは、1つ増えたみたいだな」
その子どもの存在に目が釘付けになっており、動揺が隠せていないのがわかる。
「時宗…なのか…!?」
時宗。
それに近しい少年の顔を見た瞬間、健人の中に微かな希望が生まれ始めるのを感じた。
奴の中で止まっていた時間が、動き始める予感がした。
俺たちの物語は終わったと言ったが、その言葉は訂正する必要がある。
主軸が違うだけであり、旧世代《俺たち》の物語は続いている。
大切な者を守る、あるいは取り戻すための戦いがな。
ーーーーー
???side2
誰もが寝静まった真夜中。
2人の男女が、高台から地下街を見下ろしながら言葉を交わす。
『そろそろ、盤上の駒だけじゃ事が済まなくなりそうだよ』
『彼があの力に覚醒した以上、あの子たちだけじゃ太刀打ちできなくなるのは目に見えているわ。だから、そろそろ彼らも動かさなければならないと考えているの』
『そうなんだね。3学期に入ったらどうするの?あなたのことだし、学園の中でいくつかの駒が勝手に動こうとしているのには気づいているんだよね?』
『当然よ。私には何でもわかるんだから。でも、今は自由にさせておくわ。彼の餌として、復讐心と言う食欲を増幅させてほしいもの』
『……ねぇ、どうして、そんなにあいつに執着するの?あいつは、このままだったら後で絶対にあなたのことを邪魔する存在になるんだよ?』
『それならそれで、面白いから良いのよ。20年前と同じ。歴史は繰り返すもの。私にはわかる。希望と絶望の新しい世代が、これまで以上に世界の変革を加速させる。それを止めることは……誰にも、できわしないんだから』
『そして、その先にあるのは、あなたが望む世界。過去に果たせなかった、秩序が存在しない世界の実現』
『そう、それは罪の存在しない世界。誰もが理性の柵から解放される、自由の理想郷。理想を実現させれば、あの人も私のことを認めざるを得ない』
『それがあなたの理想なら、僕はそれを実現させるために全てを捧げるよ。あなたの理想は、僕の理想でもあるんだからね』
『嬉しいわ、可愛い可愛い私の坊や。気まぐれに遊びながら、あなたのことを見守っているわ。私の愛に応えてね』
『わかっているよ』
女は話は終わったと判断したのだろう。
梯子を使わずに、高台から飛び降りては暗闇に消えていく。
『安心してよ、母さん……。僕が母さんの願いを叶えるから。他の誰でも無く……母さんに選ばれた、この僕がね』
男の脳裏に過ぎるのは、狼の魂を宿した少年の姿。
彼はその力に目覚めた少年を見た時に、生まれて2度目にある感情を抱いた。
それは―――妬み。
あの男の時と同じだ。
彼女の心を、奪おうとしている。
許せない。
許しちゃいけない。
誰にも奪わせない。
奪われるくらいなら、その前に奪ってやる。
奪った上で、壊してやる。
『僕から母さんの愛を奪おうとするものは、全て……邪魔なんだよ』
所詮、全ての人間なんて盤上の駒であり、母さんの欲望を満たすための道具でしかない。
それなのに、その盤上が一匹の野獣によって狂おうとしている。
彼女の願いを叶えるためにも、修正しなければならない。
混沌にかき乱されたこの学園を、初期設定に戻さないとね。
そのための布石は、もう打ってある。
『新学期……楽しみだな。最初にリセットするのは、あのクラスだ』
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